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似非文学少女はしぶとい
萌え 2018/05/20 23:54


・安室視点
・安コのつもりはないけど安コが滲んでるかもしれない
・変態が出る
・登場する歴代の変態共は掲示板の麻衣兄スレより
・親友の名前は***
・BLではないが絡みがある





「だって麻衣お姉さん、誰かに追いかけられてるんでしょ?」

 僅かに目を細め、小学生らしからぬ鋭さで踏み込まれた少女は、一瞬だけきょとんとしてから苦笑した。敵わないなとでも言いたげに。





 それはランチタイムが終わり、ちょうど客が引いた頃のことだった。穏やかな昼下がりにドアベルが涼やかな音を立てる。彼――安室透は顔を上げ、カウンター越しに喫茶店ポアロの入口を見た。

「いらっしゃいませ――ああ、コナン君か。それに麻衣さんも」

 店内に入って来たのは、ランドセルを背負った小学生・江戸川コナンだった。時刻から考えると、恐らく下校途中なのだろう。しかし、喫茶店の二階にある毛利探偵事務所でランドセルを下す間も惜しんでここに来るのは珍しい。その理由は、彼が手を繋ぐ相手にあるのだろう。

「こんにちは、安室の兄ちゃん。今、ちょっといいかな」

 案の定、彼の目的は安室にあるようだった。真っすぐにお一人様の時の定位置であるカウンターまでやって来たコナンは、手を繋いでいた少女――谷山麻衣をそこに座らせた。米花町以外の地区の高校の制服を着た彼女は、困惑した表情ながら大人しくカウンター席に座る。どうやら彼女は半ば強引にコナンに連れてこられたのだろう。

 安室は人好きのする笑顔を浮かべてコナンと麻衣を見た。

「ちょうどお客さんがいないから大丈夫だよ。何かあったのかい?」

 答えるついでに注文を取ると、コナンはアイスコーヒーを頼んだ。人前なのでてっきり、あどけない子ども然とした可愛らしい声でオレンジジュースを所望すると思ったのだが。猫かぶりはどうしたのだろうか。一方、麻衣は少し逡巡してからホットコーヒーを頼んだ。どちらもブラックという共通点に、安室は一瞬だけ妙な笑いが込み上げそうになった。

 安室は、二人分のコーヒーを準備しながら耳を傾ける。麻衣は興味深そうに安室の手元を見ながら「いえ、特に何も」と答えた。そんなわけはないだろうとコナンを見ると、彼は不満げな顔で麻衣を見ていた。それが分かったのか、麻衣は肩をすくめる。

「コナン君、自分は別に迷子とかじゃないから」

 彼女は変わった一人称を使う。“自分”という一人称は男性でも女性でも使うことがあるが、彼女が使うと性別が曖昧になるような印象を受ける。世良真純という女子高生も“僕”という一人称を使うが、それは彼女のボーイッシュさを上手く表しているようなものであり、麻衣とはまた印象が違うのだ。またそれでいて、麻衣は彼女と違い、その一人称をあまり使い慣れていないのだろうとも。時折、“自分”という前に僅かに言い淀むことがあるのだ。何を隠しているのだろうかと気にならないでもないが、それは好奇心の塊である小さな探偵がいつか解き明かすかもしれない。

 ともかく、彼女はコナンに迷子と思われてここに連れてこられたようだ。しかし彼女の態度は迷子のそれではなく、コナンもまたただの迷子をポアロに連れてくるわけがない。それこそ、彼が居候している探偵事務所か、あるいは近くの交番に連れて行けばいいのだ。だがコナンはそうしなかった。それは探偵事務所で毛利小五郎を頼るのではなく、私立探偵の安室透を頼りたいからだろうし――探偵事務所に行けなかったからかもしれない。例えば、小学生が迷子を保護するという、微笑ましい理由をでっち上げるような事情で。

「でも、放っておけないよ」

 唇を尖らせて見せたコナンは、しかし次の瞬間には眼鏡の奥の目をすっと僅かに細めた。

「だって麻衣お姉さん、誰かに追いかけられてるんでしょ?」

 だろうな、と安室は納得した。探偵事務所ではなく喫茶店を選んだ理由。それは、彼らを見ているであろう誰かに警戒されないためだ。

「……分かっちゃうんだ。さすがは少年探偵団。人を迷子呼ばわりしたのは方便かぁ」

 物騒なことを言い当てられた割に、麻衣は妙に落ち着き払っていた。楽天的というよりも、場慣れしているような雰囲気がある。

「ああでも、こういうのは初めてじゃないし、どうにかなるから気にしなくてもいいよ」

「は?」

 あっけらかんとした少女の言葉に、コナンが思わず子供らしからぬ低音で唸った。安室も同じ反応をしようとして、寸でのところで言葉を飲み込む。

「初めてじゃないって、いつも誰かに追いかけられてるの?」

「いつもじゃないけど、たまにね。追いかけられたり、目の前に来られたり」

 コナンは半眼で少女を見つめていた。まるで「警戒心が無さ過ぎるんだよバーロォ」とでも言いたげに。安室も同じ気持ちだったが、気を取り直して私立探偵の顔を作った。本当に場慣れしているのかもしれないが、だからといっておざなりにすませていいようなことではない。

「もしかしてストーカーですか?」

「いえ、通りすがりの変態です」

「は?」

 安室は今度こそ声を上げた。我ながら低音であった。それでもコーヒーカップとソーサーを少女の目の前に音もなく給仕できたのは、安室の面の皮の厚さの賜物かもしれない。もちろん、そのすぐ後には小さな探偵用のアイスコーヒーもスマートに置いた。いつもは「ありがとう」と無邪気な振りをして喜んで見せる小学生も、麻衣の話が気になるのかグラスを持つ手がぎこちない。

「要は、その辺で活動している変態の標的になりやすいってだけの話です。こっちは変態ウェルカムのつもりは一切ないんですけどね」

 安室は、小学生と並んで目の前のカウンターにちょこんと収まる女子高生を見つめた。入店直後に見た格好は、以前にも見た制服姿と相違ない。毛利蘭や鈴木園子といった女子高生たちよりも長めのスカート丈で、その下にはさらにスパッツも履いているという防御っぷり(なお、安室はスカートを捲って中を確認するなどという卑劣な行為はしていない。風で偶然少し見えたことがあるだけである)。膝下までのハイソックスに、さほど踵が高くない、きちんと磨かれたローファー。セーラー服の胸元のリボンはお手本のように結われており、その上から大きめのカーディガンを羽織っている。肌寒さを感じているのか、ゆったりとした袖口を伸ばし、カーディガンからちょこんと出した細い指でコーヒーカップを持つ様子には、庇護欲を抱く男も少なくないだろう。本人の口調や態度は自立心がやたらと強いため、そういった欲に応えることはなさそうだが。しかし見た目だけの話をすれば、顔立ちも悪くない彼女はいかにもといった大人し気な文学少女で、とても――手を出しやすそうに見える。雑踏に埋没しそうな少女だが、好む者には非常に好まれそうだ。

 実のところ、安室はこの少女のことを記憶の隅に留めていた。事件現場で数回鉢合わせることがあったため、念のために軽く身辺を洗ったところ、彼女が幼くして両親を亡くした孤児であることが分かったからだ。幼い頃に父親を亡くし、中学生の頃に母親まで失くし、頼れる親戚もいなかった天涯孤独の彼女は、しかし逞しく一人で生きている。奨学金制度を利用して高校に通い、心霊調査事務所の事務員という変わったアルバイトをこなして生活費を稼ぐ健気な苦学生だ。彼女の強さに好意的な安室としては、こちらの都合が悪くなければ、彼女が困ったときに手を差し伸べることもやぶさかではないと考えていたのだ。

 それがまさか変態が関わる事案とは思いもしなかったが。

 コナンがストローでちびちびとアイスコーヒーを啜りながら、恐る恐る麻衣に尋ねる。

「……麻衣お姉さん、そんなにその……変態と、会うの?」

「割と」

 迷いのない女子高生の回答に、安室の中の降谷零が嘆かわしい日本の現状に絶望した。警察は実害のある変態をもっと取り締まるべきであるし、実害のある変態は日本から出て行って欲しい。匿名で通報して警察官の巡回を増やした方がいいのだろうか、と安室はそれなりに本気で検討した。女子高生――未来ある日本の若者は守られるべきである。

 安室は徹夜明けの頭脳が現状の拒否を求めて痛みを発しそうな気配を知りつつ、それでも口を開いた。なにしろ、少女の口振りでは変態との遭遇は一度や二度の話ではない。

「差支えがなければ、どんな相手に会ったことがあるのか教えていただけますか?」

 麻衣の隣に座るコナンの表情は、謎への探求心というよりも怖いもの見たさの方が強く滲んでいた。先程まではあざとく揺らされていた細く小さな足は、今はピタリと静止して隣人を窺っている。麻衣は「そうだなぁ」と本当に大したことではないように被害を淡々と告げた。

「――おススメは白らしい」

「お姉さんごめんそれちょっと分からない」

 コナンは本気で分からなかったようだが、何となく察してしまった安室は笑顔が引き攣ったことを自覚した。ついでに、察してしまう大人の汚さあるいはジェネレーションギャップ的なものを思い知ってしまった。光り輝く童顔とはいえ三十路リーチとピカピカの小学一年生を並列するのが冒涜的だったかもしれない。そうさせてしまうのは、類稀な頭脳を持つコナンのせいだろうが。

 麻衣はコーヒーを一口含んで満足げに目を細めてから(味はお眼鏡に叶ったらしい)、やはりさらりと告げた。

「女物のパンツを握り締めたおっさんにパンツの色を聞かれて、ラッキーカラーは白だとか白のフリル付きパンツを勧められた挙句、その場で下着の交換を要求された」

「思ったよりも変態だ!?」

 ストローから唇を離してコナンが叫ぶ。同僚の榎本梓が客足が途絶えてから先に休憩に入っていて良かった、と安室は心底安堵した。間違っても一般人の女性に聞かせたい話ではない。麻衣が遭遇した変態は、安室の予想の斜め上を行くハイレベルな変態だった。さすがの安室も笑顔が完全に崩れた。

「あとはそうだなー」

 麻衣は完全に世間話のノリで続ける。ストックはまだまだあるらしい。

「住宅街で通りすがりのおっさんに“ねえねえお嬢ちゃん、夏は好き? 僕はすごく好きだよ! だって裸でいても誰も攻めない季節だからね”と言われて迫られたり」

「ウワァ」

 コナンがぱっかりと口を開けた。安室も同じ気分だ。今すぐ顔を覆ってしまいたい。この少女、特定の方向に関して不憫すぎる。性犯罪者の囮捜査に向いているかもしれない。一般人にそんなことはさせないが。

「女性用下着を装備した同年代少年に告白されたこともあった」

「彼は補導されていますよね?」

 つい安室は間髪入れずに尋ねた。女性用下着を着用する男性がいても個人の趣味の範疇だ。文句は言えない。だが麻衣がそれを知っている時点で、彼が彼女の前で一定以上の露出行為に及んだことを意味する。アウトである。速やかなタイキックを要求する。降谷零は前途ある若者の味方だが、性犯罪者の成長は応援しない。さっさと施設にぶち込んで更生させるに限る。性癖が治らずとも、それを表に出さない程度には根性を叩き直さねばなるまい。

 麻衣の返事は「周囲に知られないようにこそっとは」だった。本来ならば自分が受ける周囲からの眼差しを気にしてだろうが、彼女の場合は自分の気持ちより相手の将来を優先しての行動なのだろう。最早震え上がるほどの神々しさだ。しかし同時にやたらと図太いとも言える。幾度となく変態に迫られてもへこたれているように見えないその精神力は、精錬された鉄を超える強度だろう。場慣れしてしまった少女の悲哀を感じる。お巡りさんとしては、そんなことに慣れさせたくなかった。

「痴漢してきたおっさんに緊縛プレイとか家畜プレイを期待された時は困ったなぁ」

「困らない人っているの?」

 打てば響くようなタイミングでコナンが告げた。小学生の顔は赤くなったり青くなったり、随分と忙しそうだった。緊縛プレイと家畜プレイの内容は分かるらしい。その辺りの話は多少察しが悪くとも、知識としてはあるということか。安室は江戸川コナンの教育方針について、海外にいるらしい彼の両親を小一時間ほど問い詰めたくなった。この小学生、恐らく緊縛も家畜も漢字で書ける。

「いないと思いたい。駅のホームで土下座された挙句に時給3000円で女王様プレイをお願いされたし。オプションに鞭と蝋燭とハイヒールがついてた」

 縛られた女子高生の妄想が、男を足蹴にする女子高生に切り替わる。そっちか、と安室は考え、同時に頭を抱えたくなった。何故自分は、この穏やかな昼下がりの喫茶店で女子高生の痴態を想像する羽目になっているのか。安室は徹夜したせいで頭が沸いているのだろうかと思いかけ、自分がたった一日の徹夜程度ではどうにもならない体力の持ち主であることを思い出した。そうでなければトリプルフェイスなどやっていられない。

 一方のコナンは真顔で首を横に振った。

「そんなオプションいらない」

「鞭は赤と紫の二本だって」

「この世にはそんなにどうでもいいカラーバリエーションがあるんだね」

 少年の青く美しい目は死んでいた。未成年には早すぎる世界への恥じらいを超え、行動力のある変態共への絶望を知ったのだろう。可哀想に、と安室はコナンと麻衣を憐れんだ。安室が普通の警察官で現場に居合わせていたら、片っ端から検挙しまくって豚箱にぶち込み、臭い飯を口に詰め込ませていただろうに。世の中のままならなさに、安室は自身の眉間を押さえた。

「そんなアルバイトは絶対にやらないでくださいね」

 やらないと信じているが、彼女が苦学生であることを知る安室は、その時給の良さにうっかり頷かないか心配になった。麻衣はふっと苦笑し、「さすがにそこまで追い詰められてません」と答えた。追い詰められたらやるのかと問いたくなったが、答えを知りたくなかったので安室は珍しく口を慎んだ。饒舌も過ぎると余計な情報を掘り起こす。

 麻衣はコーヒーを飲んでほう、とため息をつき、ふと思い出した顔をした。

「……あっ。そういえばストーカーもありました」

「あったんですか……」

 安室は眉間を揉み解す。沈痛な面持ちになってる自覚はあった。コナンの手元でも、しばらく飲まれていないアイスコーヒーのグラスがびっしょりと汗をかき、小さな手とコースターを濡らしていた。両手で温められたアイスコーヒーは、溶けた氷で薄まって味が落ちているだろう。

「……一回だよね?」

「いや複数回」

「麻衣お姉さん、警察に行こう?」

「どっちも通報はした、同僚が」

「同僚」

「だって目の前にストーカー本人がいたからなぁ」

「どんな状況」

 コナンが光の失われた目でアイスコーヒーを見つめる。麻衣の口振りでは、最低でも2回はストーカー被害に遭っているのだろう。もしかするとその2回というのは、同一人物ではなく別人かもしれない。ストーカーの目の前で刺激するようなことをせずに同僚が通報するのは理に適っているかもしれないが、アルバイト先に押しかけてくるストーカーとはなかなか強烈だ。安室は無神論者だが、彼女には何か良くないものが憑いているのかもしれないとも思う。非科学的だがお祓いを勧めたくなるし、もっと現実的に何らかの対処法を考えてやりたい。

 そもそも、彼女はどうしてここまで特定ジャンルの良からぬ輩にモテるのだろうか。やはり見た目なのだろうか。しかし、いかにも真面目そうな見た目の彼女に服装を変えろというのも気が引ける。どう変えれば良くなるかもあまり想像がつかない。

「ま、まあ、ともかくさ」

 終わる気配のない濃い変態話に終止符を打つべく、コナンがわざとらしく明るい声を出した。

「今は麻衣お姉さんを追いかけ回してる奴をどうにかするのが大事だよね」

 安室は「そうだね」と彼に相槌を打ちつつ、ちらりと店の外に視線を遣った。女子高生による酷過ぎる変態被害歴に耳を傾けつつも、安室は彼女が入店した後からこちらを窺っている人影に気付いていた。ポアロの前を右へ左へと何度もさり気なさを装って通り過ぎながら、店内を――正確にはカウンターに座る麻衣だろう――を探る男がいる。遠目で見る限りでは安室と同じ年代の平凡そうな男性だが、麻衣の話を聞いていると碌でもない性癖を持っているのかもしれないと根拠もなく疑ってしまう。どちらにせよ、男が怪しいのは一目瞭然であった。恐らく本当は店内に入りたいのだが、麻衣とコナン以外の客がいないため二の足を踏んでいるのだろう。だから何度も通り過ぎつつ、カモフラージュとなる他の客が入るか、彼女が店から出るのを待っているといったところか。

 さてどうアプローチしようか、と安室は思案した。ここで男を追い払うのは簡単だが、追い払っただけでは根本的に解決しない。一時的に目の前から消えても、後で麻衣の元に現れることも考えられる。しかし、下手な通報の仕方をすると、警察の姿を警戒して逃げられる。もし麻衣に恋人がいれば身を引く類の相手ならば、この場限りの恋人のフリをする手もあるのだが、現状ではそこまで相手をプロファイリングできていない。逆上して被害が深刻になる可能性もあるだろう。あえて少し揺さぶりをかけてみるのはどうだろうか、と考えたところで、解決策が自分からやって来たことを安室は悟った。

 ドアベルが涼やかに鳴る。安室は顔見知りの来店に、完璧な店員の笑顔を浮かべた。

「いらっしゃいませ。お久し振りですね」

「ええ、お久し振りですね、安室さん」

 入口に立っているのは、美しいという形容がこの上なく似合う青年だった。顔の造作で言えばコナンも紅顔の美少年と評するにふさわしいのだが、彼と青年が決定的に違うのはそれを自覚して使えるかどうかだ。安室はコナンが子どもらしさを強調して、大人の情に訴えかけることを知っている。だがそれは自身の整った顔立ちではなく、子どもという立場を使ったものだ。一方の青年は自分の容姿を理解し、完全に使いこなしているように見えた。一見すると彼は、飛び抜けた容姿と理知的で温和な性格をもって周囲を魅了する好青年である。安室も絵から抜け出たような眉目秀麗で出来た青年だという第一印象を抱いた覚えがある。それはコナンの好奇心に腹を据え兼ねた彼の巧妙な行動によって覆されたが。

 振り向いたコナンがうげっと顔を顰め、慌てて引き攣った笑顔で取り繕う。コナンはとある事件の際、完璧な笑顔でいながら実は自分のことをほぼ話さないという、謎に満ちた彼を探ろうとしたことがあった。そのしつこさに、微笑の下でその実機嫌を悪くしていた彼は、周囲の人間を巧みな話術で誘導し、大人として幼い子どもへの当然の気遣いというスタンスでコナンが関係者に聞き込みするのを妨害したのだ。誰に話しかけても好意的な沈黙を返されて愕然としたコナンは、少ししてからそれが彼の仕業だと気づいたのである。その経験から、コナンは彼が苦手なのだろう。もちろんコナンとほぼ同じタイミングで気づいた安室も、彼への印象を油断ならない青年というものに改めた。

「あれ、リドル?」

 きょとんとした顔になった麻衣が不思議そうに声をかける。トム・リドル。飛び級で進学したというアメリカの大学からの留学生であり、どういう経緯で知り合ったのか不可解だが麻衣の友人である。友人に声をかけられた彼は、「探したよ」と整った形の薄い唇で弧を描き、耳障りの良い声色でくすりと笑う。青年が持つ鴉の濡れ羽色の髪と目が、穏やかな日差しを受けて輝いていた。

「それにその人は?」

 麻衣が首を傾げる通り、リドルは一人ではなかった。一歩後ろに一人の男を連れている。その男が誰なのか知っている安室は内心で舌を巻き、コナンは注意深く観察する目を男に向けた。リドルはやはり完璧な笑顔を麻衣と連れの男に向ける。

「ついさっき仲良くなったんだよ。ね?」

 男はおずおずと頷くと、戸惑うようにリドルと麻衣を交互に見た。その様子を見たリドルは彼の肩を親し気に叩き、カウンター席に足を向けた。そのままリドルは自然な仕草で彼女の隣――幸か不幸かコナンとは麻衣を挟む形で距離を取れた――に腰かけ、さらにその隣に連れの男を座らせる。男はそろりそろりと座り、落ち着きなく少女を窺っていた。リドルは安室に紅茶を頼むと、男を視線で促した。連れの視線に気づいた男はハッと我に返り、ホットコーヒーを注文した。

「待ち合わせ場所に来なかったから驚いたよ。連絡くらいしてほしいな」

 麻衣とリドル、そしてもう一人の青年は大抵一緒にいた。女子高生一人と男子大学生二人という不思議な三人組は、男性二人の容姿が整っていることもありそれなりに人目を引く。安室も、とても親しげながら男女の仲を一切匂わせない彼女たちの関係は少し気になっていた。それだけに、今のリドルの声の甘さには驚きを禁じ得ない。まるで愛しい恋人を咎めるような、それでいて甘えるような、要は交際相手に向けるような声色だったのだ。少し見ない間に関係性が変わったのだろうかと疑問に思う。コナンもリドルの様子にぎょっとしたらしく、小さな頬を赤らめていた。

 しかしその疑問は、麻衣の反応を見ればすぐに氷解した。彼女は「何言ってんだコイツ」とでも言いたげな顔を一瞬だけして、それから諦めたような妥協したような、そんな表情で彼に応じたのだ。しっかり観察していなければ見逃しそうな素早い変化だったので、彼らにとってこういう状況は初めてではないのだろう。随分と息が合っているので、やはり彼らは仲が良い。

「悪い、忘れてた」

「全く」

 リドルは肩をすくめて見せてから、右手を彼女の左手に重ねた。彼女の手は机の上に置かれていたので、小さな手が筋張った大きな手に包まれる様子がよく見える。ぴくり、と連れの男の肩が動いた。

「心配したよ。***もね。あまり一人でフラフラしないで欲しいな」

 武骨ではないが少女に比べれば太い指が、細いそれをゆっくりと絡め取る。友人関係以上のものを思わせる艶っぽい動きを見たコナンが、とうとう耳まで赤くなった。それでも彼らから目を離そうとしないのは成り行きを知るためだろうが、初心な少年に対しては拷問に近いのではないだろうかと安室は思う。安室自身は、ハニートラップをするのもされるのも一度や二度の経験ではないため、平然とした微笑で彼らを見つめていた。

「いやあ、便宜的な迷子になりまして」

 便宜的な迷子というのは言い得て妙だ。コナンを意識した麻衣の言い回しに含み笑いを堪えつつ、安室は男を窺う。恐らくリドルに言い包められて店内に連れ込まれた彼は、徐々に体の震えを大きくしていた。あまり堪え性がないようだ。そもそもあるなら、こうはなっていないだろう。

「またそんな屁理屈を言って」

 麻衣の言葉でちらりとコナンを一瞥したリドルは、すっと顔を彼女に近づけた。

「駄々を捏ねるのはこの口かな?」

 吐息を込めた湿った声色に、いよいよコナンの目が泳ぎ始めた。意図は分かるが見ていられないという思いがはっきりと分かる。大したものだ、という安室の感想をコナンに正直に教えたら、何とも言えない目を向けられるに違いない。

 二つの唇が徐々に近づく。果たしてどこまでできるのだろう、と若干野次馬めいた興味で安室が見守っていると、とうとう男が爆発した。

「この嘘つき野郎! 恋人じゃないって言ったくせに!」

 スツールを蹴倒して立ち上がる男に、リドルは意味深に微笑みかけた。

「恋人じゃないよ? イイお友達さ」

 思わずどんな友達だと問いたくなるような言い草だ。絡め取った細い手を自分の口元まで持ち上げ、キスするような仕草を見せるリドルに、男は拳を震わせて激怒した。

「その子に触るな! 俺はずっと後ろから見てたんだ! 俺はずっと一緒にいたんだ! これからもずっと傍にいるんだ!」

「通報」

 その瞬間、麻衣とリドルの声が一字一句違わず重なった。麻衣は半眼で男を睨み、リドルもまた冷たい笑みを彼に向けている。二人の手はあっさりと離されていた。

「自白をどうもありがとう。君が彼女を追いかけ回した犯人だね」

 やはりリドルは、どういった経緯か麻衣の状況をほぼ把握していたらしい。そしてポアロの前をうろつく犯人に声をかけ、店に連れ込んで逃げ場をなくした挙句自白させたのだ。

 ようやく嵌められたことに気付いた男は、真っ青になりながら顔の前で両手を振った。

「ち、違う! 俺はただ、この子のパンツになりたかっただけだ!!」

 それはつまりどういうことだ? 安室は思わず男を凝視した。降谷零が守る日本の国民が予想以上に頭のおかしいことを言っている。安室がたとえ五徹した後に書類の山に埋もれて黄色い朝日を浴びたとしても、そんな気が狂ったことは言わないだろうと確信するような言葉だった。万が一言ったら、確実に絶望した風見が降谷を仮眠室のベッドに縛り付けて睡眠を取らせようとする。

「誠に遺憾ながらそういうお役目は求めておりません」

 麻衣は沈痛な面持ちでドン引き、そっと席を立った。彼女は同じくドン引きしたコナンに手を引かれ、カウンターの内側に避難する。安室は二人を、特に再びカウンターの外に行こうとするコナンを背後に匿った。コナンの蹴りは体躯に見合わない自衛力に満ち溢れているが、店内で何かをシュートできると思わないで欲しい。それに理屈を超えた変態に、コナンの言葉が通用する気がしない。

「待ってくれ! 俺を君のパンツにしてくれ!」

 聞くに堪えない。新手の拷問に少しだけ気を遠くしつつ、安室はしかし冷静に状況を判断した。とりあえず確保しておこう。それから通報だ。

 安室は鮮やかにカウンターを乗り越え、そのままの勢いで男に飛び掛かった。闇雲に伸ばされた男の拳を半身をずらして避け、その腕を取って捻り上げて床に押し倒す。カウンター内では能面のような顔をした麻衣が、淡々とスマホで警察に通報していた。女子高生からやたらと具体的な変態出没の訴えを受けた相手はさぞかし困惑しただろう。

 一方リドルは、そんな中でも優雅にカウンター席に座っていた。押さえつけられる男を見下ろしながら、頬杖をついている。異様なほど落ち着き払った様子を不審に思った安室は、店の奥からガムテープを持ってきたコナンに片手を差し出しつつ尋ねた。

「目の前で人が暴れ出そうというのに、随分と落ち着いているんですね。何か護身術でも」

「いえ、まさか。ただ――」

 リドルは不意に悪戯っぽく笑って安室を見た。

「いきなり転びそうだなぁ、と思いましたから」

 それがどういう意味なのか、安室にも、恐らくコナンにも分からなかった。



+ + +



犯人を超能力で転ばせとけばええんやで。

アイスコーヒーを頼むコナン君:麻衣兄さんの前だとその辺りの好みは割とさらっと出す。事件現場で麻衣兄さんが何も言わずにフォローしたり、対等に扱ってくるため。この人、俺がコーヒー飲んででもさらっと流すなと思われている。実際流す。そのうち少年探偵団と自分の扱いの差に気付くかもしれない。

身辺調査は済ませてる公安警察:何回も関わるし変わった子だから軽く調べておこう→何て健気な苦学生なんだ……
麻衣兄さん・リドル・親友は奇妙な共闘シナリオを数年前にクリアしてる&無能じゃない警察にお世話になった想定なので、安室さんが軽くではなくガッツリ調べたら、特定の期間の情報が不自然な消され方をしていることに気付くかもしれない。某国家組織絡んでるから……。



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