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探り屋の困惑
萌え 2018/05/14 15:43


・バーボン視点
・ラスティネイルの分析
・GPSがなんぼのもんじゃいという話





 ラスティネイルというコードネーム持ちは異質である。

 そもそも、組織においてコードネームは一定以上の貢献と忠誠を見せた者にしか与えられない、貴重なものだ。しかしラスティネイルは外部の人間であるという。つまり組織への貢献――能力が飛びぬけて優れていると推測される。任されているのは専ら殺しの仕事ばかりらしいので、前線に出るタイプなのだろう。しかし得物は未知数。銃の一丁は所持しているだろうが、それを全く窺わせない。両太腿にダガーナイフ、目を凝らして観察すれば両足にブーツナイフを装着しているのは分かるが、どの程度使うのかは不明だ。ただ、どちらも対人殺傷用の暗器に分類されるため、雇われの殺人者――暗殺者に似つかわしい得物と言える。数回会ったところ、基本的にその二つはほぼ確実に装備されており、日によって後ろ腰にグルカナイフが装着されていることもあった。どうやらナイフが好きらしいが、それでどこまで“仕事”をこなせるのか疑問である。しかし暗殺成功率は100%と聞いているので、ナイフの間合いに接近するのは容易なのだろう。確かにいつ見ても、ラスティネイルには隙がない。脱力した自然体で会話しているように思える時でさえ、不意を突いて銃で撃ち抜ける気がしなかった。彼が構えを取る姿も、ナイフの柄に触れる姿すらも見たことがないというのに。それはバーボンが裏社会で積み重ねた経験に基づく推測とも言えるし、高いレベルでボクシングを修めた人間としての勘とも言えた。せめて何らかの武術を学んでいるかだけでも知りたいのだが、その機会には未だに恵まれていない。

 性別は不詳。一見する限りでは180pを越える身長と体格のため、恐らく男であろう。しかし肌を完全に覆い隠す服装のため、体格を偽装した女である可能性も捨てきれない。年齢や性別が出やすい首や手すら完全に見えないのが面倒だった。また、バーボンが知る物よりやむを得ず数段劣るからか、あるいはあえてそれを選んだのかは分からないが、独特の機械音が混じるため変声機を使用しているのは明らかだ。全く謎めいている。

 性格は――未だに測りかねるが、偽善者と捉えている。人を殺すことを生業としている癖に、人を殺したくないと嘯くことが偽善でなくて何だというのか。その考えが根底にあると、どんな会話をしたところで疑わしいと感じる気持ちが強くなる。殺し以外の会話が実に善良な市民でしかないのが、強い違和感で不愉快になるのだ。しかしその偽善故に、標的以外の人間は決して殺さないという。実際に今のところ、ラスティネイルが標的以外を殺した話を聞かない。ジンが手を下すより余程被害が少ないのは美徳と言えるだろうか。嘘か本当か、ジンが殺せと言った相手を殺さずに突っ撥ねたこともあるという。事実ならばラスティネイルは組織のトップの指示しか受けないということであるし、ジンに銃口を向けられても偽善を突き通す気概があることになる。ラスティネイルが偽善を貫く限り、組織の中では比較的接しやすい相手というのが結論だった。それでも不快感が消えるわけではなく、油断ができる相手では決してない。

 なお、能力に関しては疑わしい一面もある。ベルモットの足代わりとして深夜、車を走らせていた時のことだ。助手席の彼女が、戯れに自身のスマホの画面をバーボンにかざして見せた。

「これ、何か分かるかしら?」

 薄い画面に映っていたのは坏戸町の一部の地図と動く赤い点だ。推理するまでもない。ハンドルを握りながら一瞥したバーボンは、さらりと返した。

「発信機でしょう。誰に付けているんです」

「誰だと思う?」

 特定には数秒を費やした。ただ直感も含めて推測すると、一人しか浮かばない。バーボンが興味を示すもので、ベルモットの興味も惹き、なおかつ彼女が発信機を付けられる相手。あるいはつけられても黙認する相手。「ラスティネイルですか」と確信を込めて問うと、ベルモットは美しい笑みを悪戯っぽく輝かせた。

「見ていると面白いわよ。彼、ちょうど仕事中だから」

 素直にベルモットの言葉を信じれば“彼”――ラスティネイルは坏戸町でこれから殺しをするというのだろう。愛する日本で殺人など、という降谷零の気持ちを一瞬で沈め、バーボンは「へえ」と薄笑いを浮かべて画面を注視する。運よく信号は赤だった。

「彼、気付いていないんですか?」

 不用心だという思いを込めて尋ねると、ベルモットはあっさりと告げた。

「気付いているでしょうね。でもラスティは気にしないみたい。プレゼントを喜んでいたわ」

 ラスティネイルがスマホを支給された件はバーボンの耳にも入っている。それがGPSで捕捉されているのだろう。組織から支給されたものを素直に使うのはやはり不用心でしかないように思えるが、気にしていないのならそれは自信の裏返しだろうか。

 ベルモットが面白いと評するGPSの光点は、傍から見れば異常でしかなかった。一般的な歩行速度かと思えば、瞬間的に車並みの速度を出し、道を歩いているかと思えば、高い塀があるはずのところを何もないかのようにすり抜けている。GPSが正常に動作しているかどうか疑わしいが、ベルモットの様子を見るにこの機動は本物なのだろう。何らかのトリックを使っているのだろうが、この情報だけでは皆目見当もつかない。車並みの速度という部分で動物の体に括りつけている線も消える。そもそも光点は目的地に向かって進んでおり、動物のような一地域に留まる動きを見せていない。

「面白いでしょう」

「興味深いですね。どういうカラクリですか?」

 探り屋としても私立探偵としても、そして公安警察としても興味はある。この機動は一体どこからくるのか、誰にでも利用できるものなのか、そして“敵がこのように攻めてきた場合、どうすれば防げるか”。攻守双方の意味合いにおいて頭に入れておきたい情報である。外部の雇われだろうが、ラスティネイルが組織の関係者であることに変わりはない。いずれ敵対することを考えると、手の内を知っておくのは当然のことだ。

「あら。そこは探り屋の腕の見せ所でしょう?」

 ベルモットに答えるつもりはないらしい。彼女も知っているか怪しいところではあるが。バーボンは「パルクールなんていう移動術もありますが」と尋ねてみたが、「そうらしいわね」と含み笑いで流された。彼女がどういうつもりでバーボンにGPSを見せたのか不明だが、少なくともこれ以上の情報が与えられることはなさそうだ。バーボンは肩をすくめて正面に視線を戻し、アクセルを踏み込む。信号は青に変わっていた。

「あなたは彼を構うのがお好きですね」

 不毛な深追いを諦め、話題を彼の能力から人柄に移す。ベルモットは「だって可愛げがあるもの」と笑った。大女優の声色からは、利用してやろうという悪意があるようにも、性的な興味に乏しいからかい相手として見ているようにも、そして反応の良い小動物を愛でるようにも見える。一夜の男としてはラスティネイルよりもバーボンの方が好みなのだろうか、と個人的には極めてどうでも良いことをふと考えた。何しろ、ベルモットはハニートラップが通用するような、それこそ可愛げのある女ではない。むしろ男を食い物にする魔性である。足代わりに徹する方が気楽だ。遠回しに可愛げがないと評されたが、そんなことはどうでも良い。

 滴る蜜のような美しさを持つ女は、実に楽しそうに告げた。

「彼、とっても倫理的よ。人を殺せるだけで、それ以外は人懐っこい“普通”の子」

「それはそれは」

 つい吐き捨てるような声色にならないよう、注意しなければならなかった。人を殺せる普通の人間だなんて、馬鹿にしているのか……という思考はバーボンには存在しない。優先すべきは感情ではなく情報である。言葉尻を捕らえてベルモットに問う。

「彼は若いんですね。手練れの暗殺者というので、3、40代くらいかと思っていました」

 20代以下に年齢を特定できるか試しに尋ねてみたが、残念ながらベルモットは含み笑いを漏らすだけで明言を避けた。もう少し踏み込んでみようかと口を開きかけたバーボンは、しかし諦める。ひと気のない道路を走る車は、既に目的地に差し掛かっていた。

 去り際にベルモットが告げた言葉は、バーボンの頭の片隅に残った。

「精々、上手く調べて立ち回るのね、バーボン」

 ――果たして塩を贈られたのか否か。結局のところ、ラスティネイルを暴くバーボンの手腕にかかっているようだ。



+ + +



「安室さん、ハムサンドを3つとホットコーヒーを2つ、オレンジジュースを1つで」

「分かりました」

 最近よく聞くようになった低い男の声がオーダーを告げる。喫茶店ポアロのカウンターの向こう側では、安室透よりは饒舌ではないが人懐っこい雰囲気の青年が、エプロンを纏ってウエイターをしている。名字で呼ばれると嬉しそうにする変な男だ。

 この男がラスティネイルだったら話は早いのだが、と安室は詮無いことを考えながら食パンを手に取った。



+ + +



その男がラスティネイルです。

男として見られてない兄さん:いつもの「どうせ異世界」モードが根底にある+恐らくベルモットが求める男のレベルに達していないため。中身はアレだから仕方がない。綺麗なお姉さんに尻尾を振るただのワンコである(ただし猟犬)。

名字で呼ばれると嬉しい兄さん:(ノマ兄名字)類と名乗っているため。さすがに探偵組の前でゾルディック(殺人鬼)は言い出しづらかった模様。

仕事中のゾル兄さんをGPSで観察したらバグっているようにしか見えないだろうなという話。


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