TOAでもお兄さんと一緒:ミルキ編
萌え 2013/11/17 22:32
・ルーク視点
・場所:どこかの街道。国境付近かもしれない
・時間軸:たぶん序盤
・何故かミルキがTOAにinするという不幸
彼がルイの弟だと聞いたとき、ルークはすぐさま嘘だと判断した。そう判断したのはルーク以外の全員だったらしく、ガイは笑顔で「冗談だろう」と言い、イオンは困った微笑みで凍り付き、ティアは疑わしそうな眼をし、アニスは「嘘でしょ」とからから笑い、ジェイドは曖昧な笑みを浮かべてやたらと眼鏡の位置を直した。何しろ、ルイの弟(仮)は、サラサラとした黒髪こそ似ていたものの、見た目はただの鈍重な肥満男である。痩せればルイと似た顔立ちなのかもしれないが、脂肪で膨れ上がった顔は全く兄の面影を感じさせない。今までバチカルの屋敷にこもりきりだったルークは、ここまで膨れ上がった人間を見たのは初めてだったので、ただただその脂肪の量に圧倒されていた。
一方のルイは、乾いた笑いを漏らしながら自分の顔の前で手を振った。
「いや、本当に実の弟だから」
「兄貴は無駄にイケメンだから、信じられた例(ためし)がない」
「お前が太りすぎなんだよ馬鹿野郎」
ルイの言い分はもっともであるが、身内だからなのか、歯に衣着せぬ物言いだった。それは心得ているのか、ミルキというらしい男は、傷付いた様子もなくふくふくとした肩をすくめてみせる。
ルイは申し訳なさそうな顔になると、主にルークとジェイドに対して口を開いた。
「悪いけど、うちの弟も同行させてもらえないか? ここで放り出したら野垂れ死にしかねない」
「でしょうね」
返事をしたのはジェイドだった。レンズの奥で遠い目をしながら、彼は淡々とルイに同意する。
「残念ながら、それ以外の未来が全く見当たりません」
「俺は別に構わねえけど……」
ルイの視線がルークの答えを求めていたので、ルークはもごもごと返した。ルークはルイの雇い主だが、異常な強さを持つルイが、丸々と太った実弟を同行させたからルークの護りが甘くなるということは考え難い。特筆して同行を拒否する理由はなかったのだ。ただ、未だに目の前の兄弟に血の繋がりがあることを信じられないだけで。
「しかし、付いて来られるのですか?」
ジェイドは無遠慮にミルキを上から下まで眺め、疑わしそうな眼をしてルイに尋ねた。それに対して、ルイはにっこりと晴れがましい笑顔を浮かべてみせる。
「首に縄付けてでも付いて来させるから」
そう言って宙を握り締めるルイの手は、妙に力がこもっているように見えた。ミルキの顔が少し蒼褪めたので、間違いはないだろう。
かくしてミルキを加えて歩き始めた一行だが、小一時間経つ頃には、ジェイドの――いや、全員が心配していた事態が起きた。ミルキが音を上げたのである。彼は文字通り滝のような汗を流しながら、巨体を揺らしてぜいぜいと息を荒げていた。「やっぱりダメじゃん」というアニスの隠さない呆れ声に、反応すらできない様子である。
「……やはり」
こめかみを押さえたジェイドが口を開きかけたその瞬間、 ミルキの背後の木に、小さなナイフが突き刺さっていた。確かスローイングナイフとかいう名前のはずだ。木の幹に深々と刺さっているその様子からは、そのナイフが遊戯用だとはとても思えない。そして酔狂にもそれを扱っている男は、ミルキの実兄しかいなかった。だらだらと冷や汗だか脂汗だか分からない、明らかに疲労によるものではない汗を流しながら、ミルキがルイを見上げる。ルイは笑顔だった。だが、ルークが今まで見た中で最も恐ろしく、威圧感のある笑顔だった。全く関係のないルークですら、背筋に寒気が走ったほどだ。
「ミールキ」
弟を呼ぶ兄の声は、非常に優しく甘い響きだったが、何故か白々しいものを感じる。ミルキもルークと同じように感じたのか、大量の汗に加えてがたがたと震え始めた。その顔は、たとえるならば「ドロドロに溶けた甘ったるいチョコレートを1リットルほど、こじ開けた口に流し込まれた」らなる表情かもしれない。甘いお菓子が毒と化す瞬間である。
「な、何だよ兄貴。オレはもう」
「もう疲れて歩けない、なんて言わないよな?」
ミルキがルイに文句を言おうとしたが、ルイはそれを遮って言った。恐ろしい笑顔のままで。
「ミルキはいい子だから、そんな我儘を言うはずがないもんな?」
「いや……その……」
口答えはできない雰囲気だが、しないではいられないという風情のミルキは、もごもごと文句を言い淀む。それを見かねたのか、イオンがおずおずと口を挟んだ。
「ルイ、あの、休憩を入れることも必要かと……」
「イオン、甘やかさなくていいから」
しかしルイは、イオンの慈悲深い提案を一蹴した。敬意を払わなくて良いというイオンの希望に従い、相手が導師であっても、何の遠慮もない即答だった。すると、イオンに勇気づけられたのか、はたまた容赦のない兄に腹を据えかねたのか、とうとうミルキが叫んだ。
「でも兄貴! これ以上歩かされたら死んじまうって!」
「健康のために死ね」
言い切るルイの表情には、一片の迷いもなかった。彼は本気だった。
「本末転倒だろ!?」
「やかましい」
弟のもっともな反論を潰し、ルイはやはり微笑んだ。その目は明らかに据わっている。
「俺は悟ったんだよ。俺とお前がここに居るのは、天啓なんだって」
「は?」
「ぶくぶくと肥え太ったお前を痩せさせろっていう神の導きだ間違いない」
ルークには所々分からないことを言っているが、ルイの語る理屈が、彼にしては珍しく横暴であることは何となく理解できた。ミルキにとって、その理屈が限りなく死亡フラグに直結していることも。
「安心しろ、ミル」
ゆっくりとミルキに歩み寄り、その背後にある木からナイフを抜き追ったルイは、薄い刃を日の光に透かしながら言った。
「お前はお兄ちゃんが、ちゃーんと標準体重にしてやるからな?」
ミルキは絶望した。ルイが怖かったので、なんとなくルークも泣きそうになった。
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