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喫茶店の怪
萌え 2018/04/25 19:58


・審神者ゾル麻衣兄さん
・標的は人か霊かの後日っぽい
・長谷部は安定の主厨です





 女子高生はイケメンが好きである、というと非難を浴びそうだが、少なくとも俺の周囲にいる女子高生はイケメンが好きだ。世界が嫉妬する美貌のナル君にきゃあきゃあはしゃぎ、イケメンがいる喫茶店があると聞けば嬉々として学校帰りに立ち寄るくらいには。

 谷山麻衣としてのクラスメイトの少女に腕を引かれてやって来たのは、一軒の喫茶店だった。際立って洒落た雰囲気というわけでもなく、街角にある素朴な店という佇まいである。しかし、電車に乗って辿り着いた駅が米花町である時点で悪寒がし、さらに喫茶店の名前がポアロであると理解した俺は喫茶店の前で死(というかフラグ)を覚悟した。

 喫茶店ポアロ。それは二階にかの毛利小五郎の探偵事務所を抱えた店であり、名探偵コナンに登場する場所だ。つまり俺は、うっかり犯罪都市米花町にホイホイ足を踏み入れてしまったのである。ねえ待って。コナンの陣地(テリトリー)に踏み込むなんて聞いていない。コナンの世界にしては心霊現象が起こりすぎだと思うから、繋がり(クロスオーバー)なんてなかったことにならないだろうか。……そういえばまじっく快斗とクロスした作品なので、魔法が存在する世界観だった。今更、幽霊の一つや二つ程度では驚きもないか。殺人事件の推理中に幽霊が出てきたら、雰囲気ぶち壊しもいいところだが。

(あまり行きたくないなぁ)

 と俺が思うのは理由がある。つい先日、同じ学校の生徒が自殺に見せかけて殺された事件で、SPRのバイト中の俺はコナン君ご一行と遭遇したのだ。その中の一人である安室透のアルバイト先が、このポアロである。彼はポアロの名物イケメン店員なのだ。そのため、別にかの事件の際におかしな行動を取ってはいないが、それを口実に声をかけられるのは面倒だなとは思っている。可愛らしい花の女子高生の興味の矛先が彼だと判明したので、俺に話題が向きそうでとても面倒臭い。

 しかし店の前まで来ておいて回れ右するのはさすがに難しい。俺はあえなく店内に連行されたのであった。

 非常に残念ながら彼のシフトと合ってしまったらしく、褐色肌の金髪好青年は店内にいた。久し振りに見た青年はやはりケチのつけようのないイケメンである。あのエプロン付けた男、お巡りさんなんだぜ? すると、彼の姿をいち早く捉えた本日の護衛であるへし切長谷部が口を開く。

「主。あの男はいつぞやの件で関わった公安警察の降谷零では?」

(長谷部君。超級のメタ発言は控えようか)

 霊体化しているため、霊視能力を持つ者以外に認識されないからこその遠慮の欠片もない発言であった。もちろん、天下のトリプルフェイスは俺に正体を察知させるような真似はしていない。これはひとえに俺のメタ知識のせいであり、かつ異世界とはいえ特殊なデータベースを持つ未来政府の力(主にこんのすけ)の賜物である。こんのすけが持つデータベース検索機能で、どこかでデータに残っているような情報はまるっと閲覧できてしまうのだ。トリプルフェイスの情報は警察庁に残っているので普通に閲覧できたりする。なお、データに残らないような情報――例えば工藤新一と江戸川コナンの関係性など――は閲覧できない。できなくとも、コナン世界と知っている時点で分かることはいくつもあるし、工藤新一と江戸川コナンの活動時期を照らし合わせた推測だって可能だ。とにかく未来政府マジでチート。もしコナン世界と未来政府の世界線が繋がっていれば、さらに詳細な情報検索もできてしまうというのが恐ろしい。情報管理社会は馬鹿にできない。

 長谷部の発言が終わるか終わらないかといったタイミングで、安室青年もこちらに気付く。「いらっしゃいませ」と朗らかに呼びかけながらも、視線が明らかに俺と合った。あちらも俺がいつぞやの事件で居合わせた相手だと気づいたのだろう。しかしそれをネタに話しかけられたくないし、何より少女たちの前で人死にが関わることを仄めかされるのも嫌だ。そう思った俺が、クラスメイトに見つからない位置でそっと片手を上げて制するようなポーズをしてみせると、察しのいい青年は僅かに口角を上げ、自然な仕草で俺から視線を逸らした。

「一期から聞いてはいましたが、なかなかできる男ですね」

 安室さんと俺の間の一瞬のやり取りに気付いている長谷部は、少し感心したような声を上げた。俺自身は専門でないとはいえ、俺とゾルディックの屋敷である程度の諜報技術を仕込まれている彼は、そういう意味でできる相手を尊敬している。長谷部自身、教わった技術を一部、今剣や乱藤四郎、博多藤四郎といった刀剣男士たちに指南する程度の実力はあるのだが。お陰様で我が本丸の諜報部隊は安泰だ。

 俺は口元だけで微笑んでそれに答えると、クラスメイトと一緒に案内されたボックス席に腰かけた。

 おすすめはコーヒーとハムサンドらしいので、それを注文する。待っている間、少女たちは安室さんの姿をちらちらと見ながら楽しそうにはしゃいでいた。俺の隣の通路にはなかなかのイケメン刀剣男士(ただし社畜)が立っているので、少し面白い光景である。

 軽く相槌を打ちながら、不自然にならない程度に店内を見る。飾り気はないが落ち着いた雰囲気で好感が持てる。店内にいる客は若い女性が多く、カップルもいるようだ。イケメン店員よりも断然美女店員の方が気になる俺は、カウンターの向こう側に榎本梓さんを見つけて内心でにっこりした。家庭的な可愛らしさを持つ女性といった風情で、店内の雰囲気とよく合っている。あんな美人が同僚の安室さんが羨ましいと思わなくもないが、彼は三つの顔を使い分けて毎日を忙殺されているので、別に代わって欲しくはないなと結論付けた。仕事は人生の張り合いとして欲しいが、忙しさで殺されたくはない。

 注文の品は美人店員ではなく、イケメン店員の方が持ってきた。俺の前にハムサンドを置くとき、意味深に一瞬だけ笑みを濃くするのはどういう意図だろうか。まあ、やたらと察しがいい男なので、俺が声掛けを拒んだ理由を良い意味で解釈したのだろうと思うことにする。

 メタ情報によるとイケメンのお手製らしいハムサンドは、なかなかの絶品だった。我が本丸の厨(くりや)メンバーの料理ももちろん美味しいのだが、それとはまた別種の旨さである。イケメン目当てでなく、純粋に味に惹かれたリピーターも何割かいるのだろうと思わせた。神は彼に二物も三物も与え過ぎではなかろうか。……いやいや、その分やたらと過酷な過去を負わせているようなのでチャラか。

「主!」

「――このっ」

 とか何とか考えながらハムサンドを齧っていると、長谷部の焦りと怒り交じりの声と、誰かの声が重なった。それとほぼ同時に背後から何かが飛んでくる気配がしたため、咄嗟にハムサンドを左手に持ち、空いた右手でそれを受け止める。風を切る音で大体の大きさが分かるので、伸ばした手が打ち据えられるような失態は犯さなかった。振り向いて受け止めたものを見ると、それは業務用の大きな水差しだった。何がどうして水差しが宙を舞うのか。少なくとも、ポルターガイストではないことは確かである。

「いい加減にしろよ!」

 俺の背後のボックス席から怒声が響いた。さすがに腰を浮かせてそちらを窺うと、俺の背後に座る女性に対し、向かい側に座る男性が怒鳴りつけているようだった。水差しが飛んできたのは、十中八九その男が投げたのだろう。それが女性を通り過ぎ、こちら側に到達したようだ。……痴話喧嘩だろうか。何とも傍迷惑な話だ。俺が防いだからいいものの、少女たちの誰かに水差しが当たっていたら大変なことになっていた。

 話を聞いていると、どうやらイケメン店員安室さんに見とれる彼女に業を煮やし、彼氏がぶちギレたようだ。美しさは罪ということか。イケメンは大変だな(他人事)。

(さすが犯罪魔境都市。フラグに事欠かないな)

「お客様、大丈夫ですか?」

 内心で呆れ半分怒り半分でいると、駆け寄ってきた元凶の好青年にひょいと水差しを奪われ、ついでに右手を取られた。手首を痛めていないか心配しているらしい。すまない、ゾルディックの手首を心配するときは暴走するダンプカーを手で止めるときくらいだ。俺の周囲で、少女たちが心配そうな声を上げようか黄色い声を上げようか迷っている。どっちでもいいのよ。お兄さん、気にしないから。

 視界の端で長谷部がとてもとても悔しそうにギリギリしているのをスルーしながら(本当は自分が安室さんに代わりたいのだろう)、俺は曖昧に笑った。

「大丈夫ですよ。気にしないでください」

「無理はしないでくださいね。後から痛んだら教えてください」

 心配そうに手を離した安室さんは、次いで隣のボックス席に向かった。その間に、俺はクラスメイトをその場から遠ざけるように誘導する。キレて物を投げるような奴の近くにいたら危ないことこの上ない。残念ながらハムサンドは皿の上に残留させた。

 あとは別に何の心配もいらなかった。腐っても敏腕お巡りさんである。ささっと宥めて(物理+口八丁)ご退店である。警察のお迎えは、被害者加害者共に嫌がったので、ひとまずなしとなった。俺が水差しをキャッチしたので怪我人が誰も出ていないということもある。なお、さらりと対応する安室さんは、黄色い声のみならずやっかみにも慣れていそうな雰囲気であった。イケメンは大変だな(他人事)。

 お巡りさんスゲーだの、イケメン大変ねーだの、適当に流していたせいだろうか。いやいや、思い返してみれば完全に俺の油断の賜物であった。少女たちをさり気なく背後に押しやりながら成り行きを眺めていると、不意に下から声をかけられた。

「お姉さん、すごいね! 背後も見ずに受け止めるなんて」

(ば、ば、ば、バーロォォォ!?)

 誰かが近づいて来ているのは気付いていた。だがそれが死神少年だとは知らなかった。彼は驚きの事件吸引体質少年と教えていなかったので、長谷部の警告もなかった。データを閲覧しながら、江戸川コナンが生涯関わった事件数の異様な多さには気付いているだろうが、それが探偵ものの主人公故の吸引力とは当然ながら気付きようがないのである。

「当然だ! 俺の主は可憐なお姿になりながらも、その実力は確かなままだからな!」

(オメー、呑気に自慢してる場合じゃねーから!)

 谷山少女が健康的な可愛らしさを持つことは同意するが、それにしたって長谷部はチョロ過ぎないか。主を褒められたからといって喜んでどうする。聞こえていないと知りながら熱く主張してどうする。加えて、谷山少女の体になってからスペック自体は落ちているので、さすがに刀剣男士には負けるし、コナン世界の猛者共とも拳を交わしたくない。大観覧車の上で殴り合い? その遊園地には絶対行きませんから。

 認めよう。確かに俺はさらっと常人と思えぬすごいことをしてしまった。背後の確認など一切せずに、突然飛んできた水差しを涼しい顔で背面キャッチする女子高生とか怪しすぎるわ。でも見逃して欲しい。お兄さん、悪いことしてない。

「ありがとう」

 安室さんがお騒がせカップルに卒なく対応していることもあり、「ボク、危ないから下がっていなさい」と言うこともできず、とりあえずお礼を言ってお茶を濁しておく。だが好奇心の申し子である小学生探偵が、それで大人しく引き下がるはずもなかった。

「あの時に会ったお姉さんだよね。すごいなぁ。どうやってやったの?」

「あの時? 麻衣、その子知り合い?」

 江戸川少年が言う“あの時”とは、もちろん例の殺人事件のことだ。クラスメイトに聞かれた俺は、「ちょっとね」と軽く笑って誤魔化した。わざわざ話題にすることではない。それから、俺は小学一年生(偽)に対して小首を傾げて見せた。

「勘」

「……ええ〜?」

 江戸川少年はあからさまに納得してませんという声を上げる。だろうな。だがな、風の音を聞いて投擲物の大体の大きさを推測し、空気の流れを感じて軌道を察知するなんて芸当、許されるのは格闘ものの漫画である。仮面ヤイバーなら許されるが、名探偵コナンでは許されない。そんな説明を馬鹿正直にしたところで「え……この人、ヤバすぎ……?」という感想しか得られないだろうし、そもそも信じてもらえない。

「何か飛んでくるなーって気がして、この辺かな? と思ったらそうだっただけだよ」

「でもお姉さん、すごく冷静に受け止める準備していたよね。受け止めた後も全然驚いてなかったし」

 ……こいつ、いつから見てやがった! 小さな体だから、軽く店内を見た程度では見つけられなかったようだ。

 確かに江戸川少年の言う通りだ。俺は両手で持っていたハムサンドをわざわざ左手に持ち替え、余裕をもって右手を水差しが飛んでくる場所に移動させた。受け止めた後も驚く素振り一つ見せなかった。気づいてしまえば偶然とは思えない異常な事態である。

「そう言われてもなぁ」

 俺は素知らぬ顔で肩をすくめ、江戸川少年の追及をスルーした。大女優の息子さんの演技力は計り知れないが、こちらとてゾルディック印の暗殺者だ。面の皮はそこそこ分厚い。そして少年が口を開く一瞬前に、悪気のない笑顔でとどめを刺しておいた。

「まあ、いいじゃん。悪いことしたわけでもないし」

「……そうだね!」

 江戸川少年は言葉を飲み込んで笑顔を作った。でも気になるんだよ、と言いたげな顔からしれっと視線を外し、俺は内心でため息をついた。少年探偵が気付いているなら、機動戦士お巡りさんも気づいているに決まっているではないか。悪いことをしたわけではないので悪意的な目で見られることはないだろうが、何だコイツ、という具合に記憶の隅には残ってしまうだろう。

(まあ、俺が探偵組の生息圏に来なければいいだけの話か)

 実際、俺は黒の組織と何らかの関わりを持っているわけではない。刀剣男士たちもそうだ。俺が刀剣男士たちと行動を共にしていると知られれば、何らかの組織ではないかと勘繰られるかもしれないが、そうされたところで情報など何も出てこない。ハッキングのしようもないし、仮に何らかの手段でこちらのデータベースにアクセスしようとしても無駄だ。Windows95でWindows10の新機能データを見ようとするようなものである。みんなのトラウマ・安定のブルースクリーンで、どうぞ。

 お騒がせカップルを退店させたイケメン店員が戻ってくる。爽やかな笑顔が眩しくて目が潰れそうだ。さっさとハムサンドを平らげて帰りたいなぁ、と俺は強く思ったのであった。



+ + +



長谷部君は主に仇なす者には光の速さでキレますが、褒めてくれる相手には結構簡単に尻尾を振ります。振るけど主からは離れない。主が可憐な女子高生に変貌したことでセコムに進化した刀剣男士の一人。



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