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ワクはカクテルに酔えない
萌え 2018/04/25 19:56


・カクテルに酔うか〜のゾル兄さん視点
・温度差でグッピーは死ぬ
・クール&セクシーな美女とか最高かよ(ゾル兄さん心の声)




 転職活動は大切だ。旅館に居づらくなった以上、辞めるのなら別の収入源を探すしかない。しかし誰も黒の組織に就職したいとは言っていない。嫌に決まっているだろあんなブラック企業(比喩にあらず)。仕事でミスしたら上司に怒られる前に額に風穴が空く職場とか何なの。上司がジンだったら俺は即座に辞職届を提出する。そうなれば恐らく、新入社員退職RTAで新記録を樹立できるだろう。

 うっかり、本当にうっかり“あのお方”にスカウトされた俺は、外部協力者(という名のアルバイター)としてコードネームまで授かり(ラスティネイルという。錆びた釘ってなんじゃそら)、気づけば美女のエスコートで黒塗りの高級車に乗っていた。誤解がないように言っておくが、俺は美女にすっ転んだわけではない。だが眼福ですありがとうございます。こんな絵に描いたような素敵なお姉さまが俺担当の教育係とか、控えめに言って最高かよ。俺は女教師と聞けばちょっとは、ほんのちょっとはAV的な展開を妄想してしまう程度には普通の男の子である。いやもちろん、その美貌に骨抜きにされれば最後、利用されるだけ利用された挙句に東京湾に沈みかねないので、心の中でニヤニヤするだけに留めておく所存だ。こんな場面でも上辺を取り繕えるゾルディックスペックは便利である。

 後部座席に並んで座る、夜闇の中でけぶるように淡く輝く金髪を持つ絶世の美女――ベルモットは、長い金糸に縁どられた宝石のような青い瞳を困惑に染めて俺を見ていた。

「……ラスティ。貴方、本気でそれを付けるの?」

 それとは、俺の手にある無骨なガスマスクである。組織の連中に顔を見られるのが嫌すぎる(ベルモットとあのお方、ついでに運転手は手遅れなので除く)が、かといって謎の技術を駆使した全頭マスクで変装するというスキルもない俺ができるのは、何の捻りもなく物理的に顔を隠すくらいだ。変声機も仕込んでもらったので、声に関しても完璧だ。体型は諦めた。あと全然関係ないが、さり気なく俺を愛称で呼んで心理的な距離を詰めてくる美女とかご褒美かな?

「俺は変装とか器用なことはできないから」

 あなたと違って、というメタ知識を内心で付け加えつつ素直に答えると、ベルモットは残念そうな顔をしてこちらに手を伸ばした。まさに白魚のような、洗練された美しい指先が俺の頬をつぅっとなぞる。これがハニートラップだったら俺は車内でスキップする。手の平で転がされているだけでも俺は喜ぶ。念のために言っておくがドMではない。ただ、年上の世慣れたお姉さまに弄んでいただくのが大好きなだけである。普通ならば妄想で終わるはずの叶わぬ夢が叶いそうで、ちょっぴりテンションが上がっているだけなのだ。

「綺麗な顔をしているのに、隠してしまうの?」

(お姉さまの方がとても綺麗なお顔です!!)

 むしろ美しくないところがない。さすがは表の世界で大女優をしているだけはある。顔も手ももちろんだが、黒いタイトスカートから伸びるすらりとした足だって吸い寄せられそうな美しさだ。吸い寄せられたら痴漢行為になるのでやらないが。痴漢ダメ絶対。

 整った小さな顔を寄せられ、僅かに心拍数が上がる。理性と感情を切り離す訓練をしているとはいえ、夢のようなシチュエーションである。目の前にあるルージュを引かれた唇からくすりと笑い声が漏れたので、もしかすると少し顔が赤くなっていたかもしれない。……家族、特に親父殿にバレたら無言で風俗街に放り込まれそうなので黙っておくことを決意した。修行が足りなくて申し訳ない。イルミにバレても悪意ゼロで色々言われそうなので絶対に言わない。

「ベルモットだって綺麗だよ。隠さなくていいのか?」

 つい視線を逸らして目を伏せつつ言い返すと、またベルモットが笑う気配がした。彼女は「ありがとう」と艶やかに囁くと、俺の耳元に唇を寄せる。

「Women naturally deceives, weep and spin.」

 ――欺く、泣く、紡ぐは女の性なのよ。

 地球に近い異世界だからか、毎度お馴染みの異世界特典・共通語理解スキルが英語に働いたらしい。確かに流暢な英語が鼓膜を揺らしたのだが、脳はそれを自然と日本語に変換した。要は変装だけが隠す手段ではない、という意味だろうか。

「心配には及ばないわ」

 少し体を離してにこりとする彼女は、やはりとても美しかった。

 しばらく車を走らせると、やがて東都郊外の廃工場に到着した。着く少し前にガスマスクをつけ、パーカーのフードを下した俺は、車から降りてすぐに工場内部にある気配を察知する。気配は3つで同じ場所にいるようだ。誰が待っているのか知らないが、まともに会話が成立する相手だといいなと考えた。ベルモットは俺を待ち人に紹介したら帰ってしまう手筈になっているので、大して対人能力がなくても相手に出来ると嬉しい。

 ……などと甘えたことを考えていたせいだろうか。俺たちを待っていたのはポエマー兄貴ことジンとその右腕のウォッカ、そしてトリプルフェイスのイケメンゴリラだった。

(辞職届を書いた方がいいかな?)

 俺の脳裏でTAS先輩が「早く辞職届をしたためなさい」と叫んでいる。新入社員退職RTA的には、車に乗る前に書いておくのが正解だったか。

 正直なところ、ウォッカは別にいい。実は色々とこなせる器用な男である彼は、この3人の中では比較的普通に会話できる相手である。1か0しかないジンのフォロー役だからだろう。だがジン、テメーは駄目だ。疑わしきはぶっ殺す精神の彼と行動するなんて、背後から鉛玉が飛んでくる心配を常にしなければならないではないか。いや、飛んできたところで纏(てん)でもしておけば酷いことにはならないが。それからバーボンも嫌だ。この男は頭が良すぎるし、なにより喫茶店ポアロで同じくアルバイトをする仲である。表でも裏でも同僚ってなんなの。バーボンとして探り屋を自称し、表では頭の切れる私立探偵、実情は公安警察という男が俺を探らないわけがない。油断したらケツの毛まで毟られそうで怖い。毟っても俺の戸籍は出てきません。メタ知識が出てきたらすまんな。

(……そういえば俺、この3人とは別行動だったわ)

 別行動だが向かう先が同じであるため、行く前に顔を合わせておこうという話だった。思い出せば少し気が楽になったので、紹介を済ませてからサクサクと話を進める。そしてこれからお仕事です解散しましょうという流れになったのだが。

 俺の隣を公安警察が歩いている件について。

(帰ってください!!)

 心の底からお帰り願いたい。相手からすれば、これから人殺しに行ってきますと宣う奴を放置する方がおかしいかもしれないが。どうせならジンの方にくっついていて欲しかった。何しろこの男、よく喋る。ずっと答えているとボロが出そうだ。頭の回転の速さと饒舌さを武器に情報を引き摺り出す男と会話を続けたいとは思わない。

(ベルモットー! 帰って来てー!)

 内心で彼女に助けを呼んだが、誰も来てくれるはずはなかった。




+ + +



錆びた釘:カクテル言葉に詳しくない兄さんは、直訳してよく分からんという残念な結論に至ったのである。青山作品のイケメンではないので、キザさが圧倒的に足りていない悲劇。なお怪盗キッドの真似をすれば羞恥で死に、詩ジンの真似をすれば後で発言の解釈に迷う程度。

新入社員退職RTA:新年度に出る話題。新入社員退職Real Time Attackの略。最速記録は入社初日退職。午前来て午後辞めたとかレベル。

TAS先輩:tool-assisted speedrunの略。ゲームを限りなく早くクリアするリプレイを作成して再生すること。



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