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カクテルに酔うか酔わされるか
萌え 2018/04/22 20:21


・バーボン視点
・黒の組織のお仕事をゾル兄さんが依頼で手伝うことになったら
・兄さんは素性を隠したい(隠せるとは言っていない)





 草木も眠る丑三つ時。美しき魔性ベルモットに連れられて東都郊外の廃工場にやって来たのは、一人の黒尽くめの男だった。黒い厚手のパーカーについたフードを目深に被り、黒いホルターネックに黒いジーンズ、黒いロングブーツ、両手にも黒い手袋という出で立ちは夜に紛れやすいだろう。しかしながら、顔面が黒いガスマスクで覆われているため、一目で不審者だと判断されるに違いない。

 ――ラスティネイル。“あのお方”から贈られたコードネーム。探り屋バーボンの耳に入ったのはつい最近のことで、碌に情報を持っていない。顔を合わせたのもこれが初めてだ。ベルモットから「仲良くしてあげて」と意味深な笑みで紹介された男は、無言のまま手ぶらで立っている。

「そいつが協力者か」

 ジンは明らかに信用していないようだった。だが不満や疑心を口に出さないのは、男がここにいるのは“あのお方”からの指示だからである。ジンに追従するウォッカも同じらしく、サングラスの向こう側にある目は男を油断なく見ているのだろう。聞いたところによると、男――ラスティネイルは組織の人間ではなく、外部者。“あのお方”の依頼を受けてここにいるだけだという。それでいてコードネーム持ちというのは異質に過ぎる。ジンやウォッカが反抗心を覚えるのも当然だろう。否、ジンの場合は異様なまでに疑り深い。誰が新顔でも信用することはないだろう。

 それにしても、とバーボンは捉えどころのない軽薄な笑みを浮かべながら、ラスティネイルを観察した。

(ラスティネイルとは……随分と擦り寄るようなコードネームだ)

 カクテル言葉となぞらえて決めているのかは分からないが、もしそうだとすれば奇妙ではある。ラスティネイルのカクテル言葉は「私の苦痛を和らげる」、あるいは「いつまでも親友でいよう」というものだ。彼の力量を信用しているとも取れるし、牙を向けないでくれと懇願しているようにも取れる。

 ラスティネイルは長身痩躯で、特段筋骨隆々とした印象を受けない。しかし服で隠れているのだろうし、体術に優れたバーボンとて細身だ(忌々しいが赤井秀一もその例に入る)。見た目は当てにならない。何より、ただ立っているように見えるが隙が全く見当たらない。さらに色のせいで分かりにくいが、ブーツの内側に細身のナイフを吊っている。格闘術にはそれなりの実力があると思っておいた方が無難だろう。ただ、パーカーの内側に銃器を仕込んでいるかまでは分からなかった。独特の膨らみや仕草が全く見受けられないのだ。このご時世、武器がナイフだけなんてありえるだろうかと考えたが、別のものに擬態させた仕込み銃もないわけではない。見た目だけで決めつけるのは早計に過ぎる。

 恐らく彼には“あのお方”が認める何かがあるのだろう。何にせよ今は仕事をするだけだ。ラスティネイルに関してはこれから探っていくしかない。バーボンはそう結論付けて頭を切り替えた。

「初めまして。僕はバーボンと呼ばれています。どうぞお見知りおきを」

 バーボンが口の端を愛想良く持ち上げてそう声をかけると、ラスティネイルはガスマスクをこちらに向けた。薄暗い場所のため、ゴーグルの向こう側の目が何色かも分からない。

「――こちらこそ」

 流暢な日本語だ。しかしガスマスクに変声機を仕込んでいるらしく、機械音のため本来の声色も窺い知れない。それでも言葉少なながらに、ジンよりはまともに会話ができそうだとバーボンは感じた。しかし、握手をしようと右手を上げかけたところ、それを察したラスティネイルが片手を軽く上げて制した。そこまでしなくていいというだけか、単純に接触を嫌うのか。現状では判断をつけがたい。相手が不要としているのだから無理強いはしないでおこう、とバーボンは素直に手を下げた。あわよくば、握手で相手の手の感触から何か推測できることはないだろうかと狙っていたため、それができなくなったのは少し残念だ。まあ、触れたところで手袋に阻まれて何も分からなかったかもしれないが。

 ベルモットはバーボンとラスティネイルの様子を見てから口を開いた。

「ラスティ、その二人がジンとウォッカ。どちらも腕は確かだから、あなたの足手纏いにはならないわ」

「おい、どういう意味だ」

 彼女のあけすけな言葉に、ジンが元から悪い目つきをさらに鋭くする。ベルモットはそれに怯む様子もなく、むしろ笑ってのけた。

「それだけ、彼が“あのお方”に信頼されているということ。頼もしいでしょう?」

 ジンは舌打ちすると、ラスティネイルを睨み付けた。殺気交じりの視線を受けても、彼は微動だにしない。少なくとも度胸はありそうだ。彼はゆるく首を横に振った。

「ベルモット。目的が違えば行動も変わる。俺が彼らの邪魔をしてしまうかもしれない」

(謙虚な物言いだな)

 組織の頭に重用されているのなら、それなりのプライドがあるのだろうかと思っていたが、予想に反して彼の態度は慎ましい。加えて穏やかで理性的と言える。予想外だったのはジンも同じなのか、彼は片眉を上げた。

「俺への依頼は■■■の暗殺。あなた方の目的は少し違うと聞いている。だから邪魔しないルートを取りたい」

「フン……殊勝な奴だな。ご苦労なことだ」

 ジンはつまらなそうに鼻を鳴らした。確かにラスティネイルの言う通り、彼らの目的は標的の持つUSBとPCの内容を押さえることが第一であって、標的の身柄に関してはその次だ。標的の命を第一の目的とする役割がラスティネイルだったということである。方向性としてはさして変わりはないが、優先順位が違うため、場合によっては互いの邪魔をする可能性もなくはない。

 その後、会話は事務的な情報交換と段取りに終始した。ベルモットは顔合わせのための紹介役とラスティネイルの送り役だったらしく、会話の途中で早々に離脱した。ベルモットにここまでさせる時点で、彼が相当に特別扱いされているのだと察せられる。組織に忠誠を誓っているわけでもなさそうなのに重用される男と知り、バーボンの興味が酷く掻き立てられる。どう転ぶにせよ、知らぬまま放置するというのはあり得なかった。

 話が終われば、何の未練もなく分かれて仕事に当たる。バーボンは幸運にも、ジンとウォッカとは別行動の裏方だったため、それを口実にラスティネイルにしばらく同行することができた。二人きりでひと気がまるでない道路を歩きながら、バーボンはラスティネイルに話しかけた。彼は自分からバーボンに話しかけることはなかったが、尋ねられたことを無視することも、機嫌を損ねることもなかった。やはり、ジンより遥かに話しやすい。

 バーボンがラスティネイルに仕事について尋ねると、彼は当たり前のようにさらりと答えた。

「俺は■■■の命の代金を提示された。だから標的(ターゲット)を殺すが、それ以上もそれ以下もしない」

 それは、標的以外を殺すことはしないということだろうか。やはり話した感覚通り、血に飢えた獣のような男ではないようだ。

「随分と崇高な目標意識をお持ちだ。ですが、殺害現場を目撃されることもあるでしょう?」

「見られなければいい」

「……まあ、そうですが」

 言われる通りだが、そう上手くいかないのが現実というものだ。ジンなどはそもそもそんなことなど考えもせず、見られたら即座に撃ち殺すが。バーボンが苦々しい思いを隠して頷くと、ラスティネイルは無防備に小首を傾げた。

「人を殺すのは好きか?」

(――っ、そ)

 そんなわけないだろう、と怒鳴り付けたくなる衝動を堪える。“バーボン”がここで激昂するのはおかしい。安室透は、降谷零は、彼の胸の内で押し殺された。バーボンならこう答えるだろうという言葉を瞬時に弾き出し、口を開こうとしたバーボンはしかし口を噤む。目の前に黒い手袋があったからだ。

 ガスマスクが、真っすぐにバーボンに向いていた。

「良かった。俺も嫌いだから、嬉しい」

(何を言っているんだ、この男は!)

 暗殺が仕事だと恐ろしく冷静に告げながら、人殺しが嫌いだと嘯く。馬鹿にしているのか、と吐き捨てたくなった。本当に殺しが嫌いなら、さっさと足を洗えばいいのに! 足を洗えない理由があったとしても、そんなことなど知るものか。

 もしかすると同族嫌悪が絡んでいたのかもしれない。正義のために悪を成す自分を思い出し、バーボンはすぐさま感情を殺した。バーボンは探り屋だ。バーボンはさらなる興味を持ってラスティネイルに踏み込む。

「へえ。変わった人ですね」

 ラスティネイルに笑いかけるバーボンの声は、一片の震えもなかった。



+ + +



素性の隠し方が至って雑な兄さんの話。不審者感が酷い。

そいつ、喫茶店ポアロのアルバイターのハルクです。拍手コメで指摘された通り、ポアロの戦闘力がヤバい。

カクテル言葉が面白いなーと思う今日この頃。兄さんのコードネーム考えるの楽しかったです。あとカクテルの組み合わせとか。ラスティネイルもスコッチとかウォッカとかアイリッシュとか組み合わせがあるようです。ジンとベルモットの組み合わせも何種類かあってとてもえろいや素敵です。

例のあのお方(ヴォルデモート卿ではない)も、成功率100%の暗殺者が金次第(というか先着順)で動くと知ったら怖いだろうし、できるだけ仲良くしておきたいだろうなと思いました(ゾルディックは仕事の方針上、仲良くしても割と無駄です)。そもそもどこでゾル兄さんのことを知ったんだとか、どこで実力知ったんだとか色々ありますがスルーです。



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