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アルバイターは暗殺者
萌え 2018/04/18 21:42


・安室視点
・まあこうなるわな系話の続き
・ゾル兄さんは旅館のアルバイトをやめたようです。





 ある時は公安警察、ある時は組織の幹部、そしてまたある時は私立探偵。トリプルフェイスを使いこなす彼ーー今は安室透と名乗ろうーーは困惑を通り越して真顔になった。東都郊外の旅館で犯人にされかけていた青年・類が、疲れたような愛想笑いを浮かべてこちらを見ていたからだ。それも、安室透のアルバイト先である喫茶店ポアロで。どうやら彼は新しいアルバイターらしい。

 旅館に勤めていたはずの彼に転身の理由を尋ねてみれば、「さすがに居づらくて辞めてきました」とのこと。確かに犯人と疑われ、疑っていた筆頭が真犯人で、と人間関係が取っ散らかり、なおかつ自分を拾った主人が殺されていてもう居ない、となると居づらいだろう。しかし内容の割にあっけらかんと答えられて反応に困る。ちなみにその後、一体どれほど数奇な顛末を辿ったのか、今度はポアロのオーナーに拾われたらしい。彼は経営者に拾われる才能でもあるのだろうか。そんな便利なスキルがあるなら安室だって欲しい、仕事的な意味で。ちなみに自分を拾ってくれた相手が“あの”喫茶店ポアロのオーナーだと知った類青年は、思わずといった様子で無言のまま両手で顔を覆ったのだが、その真意を知る者は本人以外いない。

 彼がコナンと共に、山中へ逃げ出した挙句遭難した(本人は自暴自棄で死ぬ覚悟だったらしい)真犯人を見つけて連れ帰ったくだりは、コナンから聞いている。酷い暴風雨の中、背中に小学生を括り付け、小脇に成人男性を抱えて平然とした顔で帰ってきた青年はなかなか忘れられない。ついでに、死んだ魚の目をした小学生も。類が外へ行ったと聞いたときは、台風の最中海を見に行くアホな若者か、危険を顧みず作物の様子を見に行く農業従事者だろうかと考えたが、実際はただのターミネーターであった。安室はコナンの話を聞いた後、ターミネーターである自覚があるなら暴風雨など恐れるに足らずか、と考えたところで類がとりあえず生物であることを思い出した。そんな安室自身は、コナンから人間に擬態したゴリラであることを疑われている。

 雨風に晒されたせいではなく顔が白いコナン曰く、彼はハルク並みの身体能力だという。尋常ではない悪路を軽々とハイキングする人非人であると。それでいて悪い人には見えないから、良いハルクだとも。 安室は、良いハルクと悪いハルクがいるのかとか、ハルクよりはゴリラの方がまだ現実的な表現ではないかと告げたが、ゴリラのくだりで小学生に胡乱げな目をされたのでやめた。後から思い出してみると、あれは動物園の檻の中で新聞を広げてくつろぐプロゴリラーを見る目だった。

 何はともあれ、新しいアルバイターを迎えて一週間。安室とはまた種類の違うイケメンの追加イベントで、喫茶店は大いに客足が増えた。客が増えればそれだけいい客も悪い客も増えるが、もう少し時間がたてば客足が落ち着いてくることを安室は知っている。今の忙しさはそれまでの辛抱だろう。

 すっかり客も帰り、閉店前の時間。店内にいる客が夕飯を食べに来たコナンだけになると、安室は気さくな口調で類に声をかけた。コナンの前では店員に徹する必要がないため、饒舌さで相手の内情を丸裸にする安室ならではの行動だった。

 この一週間で、類が悪い人間に見えないのは確かだった。見る限り、黒の組織と関わりを持っているような独特の気配もない。しかし奇妙な面を持つ人物であることも確かなので、身近にいる人物である以上、ある程度の人となりを掴んでおきたいのは安室もコナンも同じだ。アイコンタクト一つでそんな意思が伝わるコナンは、オムライスを頬張る無邪気な小学生とは程遠い賢さである。……だがそのアイコンタクトも実は類にしっかり見付かっており、知らない振りをされていることは安室もコナンも気づいていなかった。

 意味があるようでない雑談が始まる。のらりくらりとされていることは安室も察しているため、本腰を入れて探りたい相手ではないにしろ胸中は複雑だ。そんな中、ふと話題が車の話になった。

「そういえば安室さん、リッチな車をお持ちですね。前に見かけました」

 確かに安室はスポーツカーを愛用している。私立探偵設定にしては豪快な買い物かもしれないが、それを言及されたことはない。車に関しては特に隠してはおらず、類が知っていてもおかしくはないだろう。

「自慢の愛車です」

 愛車とは言いつつも、必要になれば躊躇なくどこぞに突っ込ませる程度だが。国の、ひいては国民のためならば、愛車など容易く廃材にする。安室は国が恋人と臆面もなく言い切れる男だと類が知れば、割りと素直に尊敬の眼差しをするであろうことは誰も知らない。それは類が国よりは家族に執着する男だからなのだが、安室はまだそこまで彼の人となりを把握出来ていなかった。

「類さんは免許をお持ちで?」

「一応は。バイクに乗ってました」

 類はにこっと微笑む。自分が優れた容姿の持ち主だと自覚している安室だが、類もなかなかに整った容姿だと思う。ジーンズに包まれたすらりとした長い脚が、バイクを軽々と跨ぐ様はさぞ絵になることだろう。だがハルクだ。あるいはターミネーターだ。それが時折、安室の思考を乱そうとする。安室は胸中で首を振る。人間もハルクもターミネーターも乗り物は必要だろう。

「いいですね。ツーリングとかしてます?」

「いや全然」

 もしかするとバイクより強靭そうな両足ではないかと思しき青年は、あっさりと否定した。そして余計なことを付け加える。

「毎朝峠を攻める程度です。ダウンヒルの方が得意ですね」

「……ンン?」

 安室は首を傾げた。ツーリングの話を持ち掛けようとしたら峠を攻められた。意味が分からない。だが見たところ、類は真面目にそんなことを言っているようだ。嘘をついているようには思えない。これで嘘だったら、公安の目を欺くバイク野郎の称号を得られるだろう。

「バイクは手放してますし、最近はもう全然ですけどね」

「そうですか……へえ……」

 切り返しに困る。車庫入れの切り返しは最低限で済ませる程度のドライビングテクニックの持ち主である安室をしても、軽率に峠を攻める青年への相槌には迷いが生じた。いきなりダウンヒルをするな。毎朝どこの山を下っていたんだ。どこの山と聞かれれば富士山級の山(ククルーマウンテン)なのだが、幸か不幸かその山はこの世界には存在しない。

 天下のトリプルフェイスを困らせている自覚があるのかないのか、類は悪意を感じない笑みのまま続ける。

「安室さんって何でもできそうだから、ドラテクもすごそうですよね。溝落としとかできちゃうタイプ」

 溝落としって何なんだ、と安室は貼り付けた笑顔のまま考えた。みぞ(おちを殴って相手を)落としたりする技ならできるが、車とは関係ない。少し考えた安室は、ようやく車と関係ある溝落としを思い出した。四輪自動車のイン側のタイヤをあえて雨水溝に落して引っ掛けることで遠心力に対抗し、コーナーをスピーディーに切り抜ける技である。知識としてはあるが、実際にやったことはない。そんな安室の思考による返答の遅れをどう捉えたのか、類は唐突に苦笑した。

「あ、藤原とうふ店とか通じない感じですか」

 安室は混乱した。バイクで峠を攻めるのは分かるし、溝落としもまあ分かる。だが豆腐は分からない。そっとコナンを窺うが、スプーンを咥えた小学生は首を横に振った。彼も分からないらしい。

 ――唐突に、店外で何かが割れる音がした。続いて女性の悲鳴が響く。安室は混乱する自分の思考を切り替えて外を見た。一方、コナンは脊髄反射の様相で店から飛び出す。放っておくわけにもいかずに続いて飛び出そうとした安室は、背後で類が呟く声を聞いた。

「さすが日本のヨハネスブルグ」

 すさまじく不名誉なことが聞こえたのは幻聴だろうか。きっと幻聴だろう。

 店外で起きていたのは、痴情の縺れによる傷害事件だった。衝動的な犯行で、トリックも何もない。最後に店から出てきた類が、怒り狂って泣きじゃくる女を宥めていた。「お姉さんの代わりに俺が浮気男をビンタしてあげようか」と笑いながら冗談を言う類の言葉に、安室は騒ぐ男の方を宥めながら「それはやめてくれ」と考えた。ハルクにビンタされたら人間は死ぬ。しかし賢い人類である安室は無駄な危険を冒さないので、決して口にはしない。ゴリラならワンチャンある、と警察に通報しながらコナンが考えていることなど知らない安室は、そっとツッコミを胸の内に閉じ込めた。



+ + +



ハルクへの熱い風評被害。ハルクはいい超人。

藤原とうふ店:頭文字Dのネタ。秋名山の麓にあるホテルに豆腐を最速で配達する主人公の話(なお作中最速は父親)。何でもできる安室さんはあのドラテクもできそうと勝手に考えた結果。
登場人物の一人の愛車がRX-7なので、安室さんのスポーツカーと同じシリーズだったりする。
コナン世界に頭文字Dが存在するかは不明。ゾル兄さんは一応、安室さんが機動戦士お巡りさんだと知っているので、あまりまともに受け答えする気がない。

謎のダウンヒル:ただのバイク通勤。勤め先の学校は山の麓にある町でした。



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