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霊能クトゥルフの麻衣とリドルの初対面
萌え 2017/04/09 23:01


(ただしイケメンに限る)





 あまり広くはないが兄妹二人が身を寄せ合って暮らすには十分な部屋に、インターホンの音が鳴り響いた。

「はーい」

 偶然、玄関の傍にいた麻衣は、無防備に返事をしてドアに近づく。そして鍵を開けようとしたところで、兄から口をすっぱくして言い聞かされていたことを思い出し、ドアにチェーンを掛けた。女の子が無防備に玄関を開けてはいけません、と兄の声が脳裏によぎる。心配性かもしれない兄の言葉は、根本的に構われることが好きな麻衣にとってはくすぐったい。少しだけ思い出し笑いをしながら、麻衣はようやくドアを開けた。

 ……そこで麻衣は、思わず口を半開きにするという呆けた表情をすることになった。

 ドアの向こうには背の高い青年がいた。兄よりも高く、しかし兄の親友よりは低い。まだ幼さが残る顔立ちなので、少年かもしれない。艶やかな黒髪と黒い瞳は見慣れた彩りだが、肌の白さや彫りの深い顔立ちは日本人的ではない。海外の人だ、と麻衣は二番目に思った。そう、二番目である。一番目はさらに単純で、信じられないくらい格好良い、という感想だった。

 タイプとしては、アルバイト先の少年所長と同じだろう。インドアで知的そうな印象を受ける。そして少年所長と同じく類を見ないほど整った顔立ちだ。違いといえば、少年所長より目の前の青年の方が海の向こう側にいそうな顔立ちということと、表情が柔らかいということだろうか。特に後者については、少年所長並みの美しさを持ちながらも親しみやすさを同時に感じさせる。

 青年はぽかんと見上げる麻衣を見下ろすと、目を細めてにっこりと微笑んだ。それだけで麻衣は、花が綻んだような錯覚を覚えた。少年所長が時折見せる美しい笑みは大抵、相手を強烈に皮肉る際に用いられるのだが、青年はそうではないのだろう。美しい青年に微笑みかけられた麻衣は、自分の頬が一気に熱を持つのを感じた。恋する相手がいるとはいえ、麻衣は年頃の乙女だ。美形の青年に微笑まれて平静でいられるほど朴念仁ではない。

 麻衣の目の前で、整った形の薄い唇が開かれる。

「こんにちは」

 ハンサムは声まで美しいのだろうか。変声期を終えた低い声で挨拶をされ、麻衣は飛び上がった。彼が一体誰に挨拶をしたのか分からなかったが、目の前にいるのは自分だけである。奇行を恥じるようにおどおどしながら、麻衣は彼に挨拶を返した。

「君が麻衣?」

 挨拶をされたばかりか、名前まで呼ばれた。苗字ではなく、名前だ。麻衣の頭の中はいよいよ混乱してきた。目の前の彼はとんでもなく格好良いし人当たりも良いが、見知らぬ人だ。麻衣の名前を知っている理由が分からない。麻衣が対応に困ってあわあわとしていると、彼はくすっと小さく笑った。

「僕はトム・リドル。君のお兄さんの――そうだな、友達だよ」

 言葉の途中で小首を傾げる姿すら格好良い。そんなことを考えながら麻衣は安心した。兄の友人なら、麻衣の名前を知っていてもおかしくはない。彼は友人に会いに来ただけだろう、と麻衣は判断した。兄がそんな妹の思考を知ったのなら、「いや、相手が嘘ついてる可能性もあるから」と冷静にツッコミを入れていただろう。しかし、そもそも警戒心が強い方ではない上、愛想の良い美形に見とれていた麻衣に冷静な判断を求めるのは酷であった。加えて、絶世の美形だが性格に難がある例を身近に知っていた分、性格の良い美形に惚けてしまうのである。……それについても兄が知ったのならば、「いやいや、そいつの性格も最低寄りだから」とツッコんでいただろう。彼女の兄は間が悪かった。とても。

 青年――リドルは、ふいに背中を丸めて麻衣に顔を近づけた。長い睫毛がはっきりと見えてどきどきする麻衣に対して、彼は囁くように告げる。

「彼って、こんなに可愛い妹がいるんだね。羨ましいな」

「え」

 真昼間なのに真夜中のような気配がする、色気を含んだ声色だった。麻衣は彼と似た美形所長と普段からやり合っているものの、こんな風に接される経験には乏しい。あっという間に思考が沸騰した麻衣は、意味もなく両手を顔の前で振って後ずさった。

「あっ、あたしは別に! そんなことは! そんな、かわいいって!」

「そうやって照れる姿は、とても魅力的だよ」

 頭の上から蜂蜜が降ってくるようだ、と麻衣は感じた。「毒液の間違いだ」と断じる兄はいない。「むしろ支配血清」と身も蓋もないことを告げるリドルは本性を隠したままである。兄の発狂待ったなしであった。

「とにかく、ここを開けてくれないかな?」

「う、うん! 開けます!」

 リドルの言葉に即答した麻衣はすぐにドアを閉じると、チェーンを外してから再びドアを開けた。すると、口元を片手で覆って顔を背ける青年の姿が目に入った。わずかに肩が震えている。どうしたのだろうかと思っていると、麻衣の背後から声がかかった。

「麻衣? どうした……ってリドルお前、何の用だ?」

 この絶世の美形は、本当に兄の友人だったらしい。兄はリドルと麻衣、玄関ドアを順番に見ると、深々とため息をついた。恐ろしいことに、兄はそれだけで何があったかを察したようだ。兄はリドルを放置すると、麻衣の正面に立って両肩を掴んだ。

「麻衣、あいつの言葉を真に受けるなよ。イタリア男にとっては、女の子を褒めるのは社交辞令だ」

「あの人、イタリア人なの?」

「いや、イギリス人」

「お兄ちゃん、大丈夫?」

 主に、頭が。

 麻衣はそろそろ心配性な兄が心配になってきた。だが、兄の顔が思いの他真面目だったので、麻衣はリドルの甘い言葉をあまり信じないことにした。そもそも麻衣には想い人がいるのだ、余所見は良くない。

 ……それからずっと後。麻衣はリドルの性格が一筋縄ではいかないものだと知ることになり、真に受けなかったことを心から安堵するのであった。まっとうな性格の美形は、それほど世の中に存在していないものなのかもしれない、と。



+ + +



リドルが爆笑している理由:麻衣が無警戒にチェーンを外したから。
兄さんがため息をついた理由:リドルが麻衣をイケメンの力で引っ掛けたのを察したから。
支配血清:クトゥルフ神話のアイテムでヘビ人間が持っている。名前でお察しの効果。

恐らくこの後、リドルに「君の妹、警戒心ないよね。僕、あの子の前で君の名前を一回も出してないのに」と言われたり、兄さんが「この時代はまだストーカーがさほど認知されてないから!」と必死にフォローしたりすると思われる。
そして霊能クトゥルフ調査譚で麻衣から「この男、鬼畜だし全然性格良さそうじゃないぞ!」と思われるまでがワンセット。兄は妹の認識が正しいことにコロンビアポーズで大喜び。



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