更新履歴・日記



幽霊と睨み合う麻衣兄さんとお説教3
萌え 2016/04/26 00:10


・乙女ノ祈リ(放課後の呪者)編終盤(ほぼ終了)
・事務所での話
・リンさんと兄さんを絡ませたい
・同題の続きで質問編





「じゃあ、リンさんから質問してもらえますか。自分はもうちょっと考えてから質問したいです」

「分かりました。では遠慮なく」

 そう答えると、リンは少しだけ考えてから口を開いた。

「あなたの持つ力は何ですか?」

「それはちょっと質問の範囲が広すぎません? 答えようがないですよ」

 何と言われても、できることを列挙すれば限りがないし、霊能力でも超能力でもない新たな能力名を明かすのも気が引ける。こちらの解釈次第でいくらでも答えようがあると、下手すれば余計なことまで喋りそうだ。

 するとリンは未練もなく質問を却下した。

「やはり駄目ですか」

「うわ。いきなりせこい手使ってきますね。大人って汚いなー」

 微妙な質問の仕方なのはわざとだったらしい。SPRだとナル君が一際目立つが、この男も頭が回る。自分も20歳の男だということを棚に上げて笑い混じりに文句を言うと、リンは肩をすくめた。

「試しに言ってみただけです。……そうですね、あなたは霊能力を持っていますか?」

「うーん……答えづらいですね。何て言えばいいのかな」

 ハンター世界の理屈を用いれば、念能力は霊能力に通ずる。というより、霊能力とは念能力の一種である。しかしこの世界では、その関係性が少々違うような気がするのだ。霊能力の代替となるが、霊能力ではないという解釈が正しいかもしれない。

「自分は霊能力だと認識していません。ただ、その真似事はできます」

 どうにかそう答えると、リンは少し眉をひそめた。

「聞き方が悪かったようですね。質問をどうぞ」

 せっかくなので、俺もリンに倣ってズバリ聞いてみることにした。

「リンさんって陰陽師ですか?」

 それは前回の調査現場で、ヒトガタを使って浄霊したナル君に対するぼーさんの見解である。しかし実のところ、ヒトガタを作ったのはナル君なのかリンなのか判明していない。そのため、質問の取っ掛かりとしてリンが陰陽師であると仮定してぼーさんの説に乗っかることにしたのだ。

 すると、俺のカマ掛けが成功したらしく、彼は曖昧だが肯定とも受け取れる回答をした。

「そのようなものです」

「へー。じゃあ陰陽師じゃないんですね。陰陽師と能力が被るような何かってところかな」

 リンは何も言わない。だがそれが答えのようなものだった。

「ここではぐらかすってことは、相手に勘違いして欲しいって言ってるようなものじゃないですか」

 俺もたまにやるので分かる。「そのようなものです」という言葉はとても便利だ。断言してはいないし、嘘も言っていない。答えているようでいてその実、解釈を他人任せにして明確な回答を避けているのだ。

「うーん。自分も聞き方を失敗しました。次で決めてやります。質問どうぞ」

 俺の言葉に渋い顔をしたリンは、すぐに気を取り直したのか目を細めた。

「あなたの力を総称して何と呼びますか?」

 ……そういう尋ねられ方をしたら、「念能力と呼びます」と答えるしかない。素直に答えるべきか否か。俺は迷いに迷って、ハンター世界の決まりごとを引っ張り出した。

「あー……すみません。それ、答えられないです。答えられないというか、同業者以外に存在を明かしてはいけないんですよ。ですから表向きは存在しないとされています。名称を認知されなければ、ないも同然ですから」

「今さらですが、私に言ってもいいのですか?」

「だから特別です。本当にバラさないでくださいよ?」

 ぽろっと漏らす性格ではないと信じているから、リンにある程度打ち明けているのである。SPRの関係者は大体そうだとは思うが。真砂子ちゃんに至っては俺の素顔と年齢性別まで知っているが、未だに誰にもバラしていないようだし。真砂子ちゃんは大天使だ異論は認めない。

「同業者以外に口外しないとなると、一子相伝の」

「はいダメー。それ、2つ目です。今度はこっちの番ですよ」

「2つ目でしょうか? 総称名は答えられていませんが」

「答えられないものだって教えたじゃないですか。今の回答、ノーコメントじゃないですよ。でもまあいいや。一子相伝ではありません」

 一子相伝どころか、素質は誰にでもある恐ろしいものである。そういえば俺以外に念能力者は存在するのだろうかとふと思った。ハンター世界の理屈が完全に適用されるのであれば、リンも念能力者ということになる。……だが、彼を含めたSPRの霊能者勢から念能力者特有のオーラが見えたことは一度もない。やはり何かが違うのだろう。

「リンさんは何という名称の霊能者ですか?」

 俺はリンに追従するように、はぐらかしようのない尋ね方をする。俺からこう尋ねられることを予想くらいしていただろうが、それでもリンの表情は優れなかった。苦虫を噛み潰したような表情の中に、戸惑いと躊躇い、そして嫌悪が見え隠れしている。もしかすると地雷を踏んだだろうか、と質問の撤回を考えていると、リンが重い口を開いた。

「――中国巫蠱(ふこ)道の道士です」

「へえ、初めて聞きました。巫蠱道って……あ、これ質問2つになりますね。やめます。次どうぞ」

 リンは中国人なのかもしれない。呼び方も“リン”なのだし。まあ、ここでわざわざ確認するほどのことでもないだろう。巫蠱道についてもある程度見当がついているし、詳しくは後で調べればいいだけだ。質問がもったいない。

 リンは深いため息をついて、いつの間にか刻まれていた眉間のしわを消した。一瞬だけ何か言いたそうな顔をした彼は、しかし気を取り直して質問をする。

「あなたは霊から身を守るためにどのようなことができますか?」

 どこかで聞いてくるだろうとは思っていた。それは俺がナル君を守る理由に繋がるのだから。しかし、どのようなことができるかと尋ねられると答え方に戸惑う。“霊から身を守る”とそこそこ限定してくれたので、とりあえず素直に答えてみた。

「に……肉体言語」

「は?」

「殴ったり蹴ったり……あと武器で叩いたり? 自分にとっては鉄パイプだろうが30cm定規だろうがコンパスだろうが、それなりに使える退魔武器です。多分」

 実際に殴ったり蹴ったり叩いたりした経験はないので、効果があると断言は出来ない。除霊できるかもしれないし、怯ませる程度で終わるかもしれない。胸を張って実用性を訴えるのならば、いくらか検証が必要になるだろう。

 リンがひどい顔になった。一体、どこの世界に肉弾戦で除霊を試みる霊能者がいるというのか。いや、俺は霊能者ではないが。

「作法が……いえ。結構です。質問をどうぞ」

 彼は疲れたようなため息をついてからこちらに主導権を投げ渡すので、俺は引き攣った笑顔で質問を考えた。

「リンさんはどうして自分を警戒して……あ、ちょっと待ってください。リンさんは……多分、自分に何らかの力があると感づいてましたよね。いつどうやって気付いたんですか?」

「それは2つの質問ではないですか?」

 すかさず突っ込まれて言葉に窮する。

「う。じゃあ、さっきの作法がって奴も答えておきます。質問の続きを教えてください」

「そうですか。では、あなたの能力は同業者の中で作法が確立されているのですか?」

 作法というと、ぼーさんで言う真言(マントラ)や、綾子さんで言う祝詞だろうか。あとは決まった動作とかそういうものだろう。念能力は、基礎と応用的な使い方は確立しているのだが、いわゆる必殺技である“発(はつ)”になると人によって違うので、共通の作法(使用ルール)はない。ヒソカの≪伸縮自在の愛(バンジーガム)≫のように応用が利く使い勝手の良い能力もあれば、俺やクロロのように使用条件が厳しい能力もある。……不本意な知人の上位陣を思い出してしまった。

「……基本的な使い方はある程度確立されています。細かいことになると個人差が大きすぎるので何とも言えません」

「分かりました。では私が答える番ですね」

 曖昧な答え方だとは思ったが、リンは特に何も言わなかった。こちらが答え方に迷ったことを察したのだろうか。

「まず、あなたに何らかの力があることは初対面で気付きました」

 リンは少し考えてから、右目を覆う前髪を片手で上げた。すると、初対面のときにも少しだけ見えた青い目が露わになる。改めてじっくりと見ると、焦点が合っているのか分からない瞳だ。視力はあるのだろうか。

「こちらの目は時々、変わったものを映し出します。あなたは白いもやのような何かに覆われているように見えました。こんなことは今までに一度もなかったので、警戒していたんです」

「もや、ですか」

 すっと背筋が冷える。もやとは、オーラ(生命力)のことではないだろうか。ここがハンター世界なら間違いなくそうだろう。それではリンは念能力者ということになる。しかし、リンは“こんなことは今までに一度もなかった”と言った。つまり俺にだけもやが見えるということだ。

(普通に考えればオーラだけど、オーラは誰にでもある。非能力者と能力者ではオーラが顕著に違うから、それを見ているのか? それとも、俺のオーラはこの世界の人間と違う?)

 考えたところで情報が少なすぎるので分かるはずもない。ならば多少のリスクを覚悟で、情報を自分から求めていくしかない。せっかくの他言無用の場、活用してなんぼである。俺は意を決してリンに提案した。

「リンさん。これから自分が能力を1つ見せるので、次の質問を1セットチャラにしてもらえません?」

 彼は驚いて瞠目したが、このチャンスを逃せないと思ったのだろうか。すぐに了承した。

「……これを右目で見てもらってもいいですか?」

 俺は右手の人差し指を立て、顔の高さまで上げた。位置は顔から少し離している。そして指先からオーラを発して変形させ、円を描いてみせた。ネテロ会長がハンター試験で、受験者全員の前で念能力者向けの説明にこっそり使った手段だ。

「何か見えます?」

 リンは指で前髪を避けたままじっと俺の指を見た。こうして見るとやはり彼はイケメンだ。うわムカつく。イラッとしないでもないが、能力を使っているので平静を保つ。何しろ俺は、師匠のハザマさんをして気持ち悪いレベルのオーラコントロールと褒められたが、それでも変化系に分類されるコントロールは苦手である。どうやら相性が悪いらしく、こうやってオーラをぐにょぐにょと動かすのは得意ではない。集中しなければ形があっさりと崩れてしまう。

 青い目でまじまじと見つめていた彼は、どうやら何かが見えているらしい。その様子を、俺は左手で自分の頬を掻くふりをして片目を隠しつつ、そっと“凝(ぎょう)”をした。指の隙間から片目だけで見たことなどなかったが、さほど難しいことではないので上手くできた。そうして俺は、彼が俺の右手に意識を取られている間に、念能力者の目で彼の右目を観察したのである。

(なるほど分からん)

 現実は無情だった。幽霊に似た何かが見える気がしないでもないが、その程度しか分からない。一方のリンは半ば感心したような声を上げた。

「……白いもやが、円を描いているように見えます。まさかあなたがやっているんですか?」

「反則だ!」

 俺は思わず叫んだ。だってずるくね? 修行しなくても相手のオーラが見えるとか反則じゃね!? 俺、ハザマさんと修行したのに!

 すると、リンはきょとんとした顔になった。

「何が反則ですか」

「そんなにあっさり見えるなんて……あ、もしかしてすっごくハードな修行をした結果で見えるとか?」

「いえ、この目は元々です」

「ええぇ……」

 自然と俺の口からげんなりしたような声が出る。いや、リンとてその目を持って何の苦労もないとは思わない。前髪でわざわざ隠しているくらいなのだから、何かあるのだろう。視力だってほぼないのかもしれない。それでも、俺がそもそも念能力を手に入れて操るに至った経緯を思い出すと、どうしてもこんな反応になってしまうのだ。だって俺、腹をぶっ刺されて能力に覚醒してますから。もうちょっと穏便に出来ませんかね。

「何ですか、その恨めしそうな目は」

「こっちはあんだけ修行したのに……血反吐吐いて頑張ったのに……」

「血反吐?」

 ぽろっとこぼれた言葉に、リンは思いのほか引っ掛かりを覚えたようだ。眉間にしわを寄せた彼は、呆れと忠告交じりの声色で告げた。

「……前から思っていたのですが、あなたはもう少し女性としての自覚を持った方が良いのではないですか」

(女性じゃねーよ!! 男の自覚なら溢れてるよ! 可愛い彼女が欲しいです!)

 などと言えるはずもない。俺は問いかけに答えず、論点をリンにすり替えようとした。

「いやいや。リンさんこそ、そろそろ身を固められてはどうですか?」

 推定三十路前後のリン青年。立派な結婚適齢期だろう。しかし左手の薬指はスッカスカで、女っ気の一つもない。それどころか時折、人嫌いの気配を漂わせている始末。この男にそもそも結婚願望はあるのだろうか。

 俺に指摘されたリンは、ぴくりと片眉を跳ねさせた。

「余計なお世話です」

「こちらとしても余計なお世話です」

 オトコ女(※男である)と婚き遅れ(※恐らく貰う側)の罵り合いであった。一体誰が得するというのか、いやしない。

 人類に何の利益ももたらさない睨み合いは、数秒も続かなかった。俺は首を振って告げた。

「……やめましょう。不毛です」

「ええ。そうですね」

 こんなやり取り、ぺんぺん草も生えない。女らしくしろという主張には殺意と絶望を覚えるが、一方のリンの結婚論などどうでもいい。何だか質疑応答を続ける気が削がれてしまった。俺は前のめりになっていた姿勢を戻しつつリンに尋ねた。

「そろそろ終わりにします?」

「では最後に一つだけ。あなたは自分の力を問題なく制御できていますか」

 最後と言われて尋ねられたのは、恐らくリンが俺を警戒せざるを得ない理由の一端であろう。得体の知れない何かを持っているかもしれない相手が、それを自覚しているのか、制御できているのか。それらの確証がないからこそ、リンは俺とナル君が不測の事態に一緒に巻き込まれることを厭っていたのだ。

 俺ははっきりと答えた。

「はい」

「――そうですか」

 リンの雰囲気が微かに和らいだ気がした。……俺が自分の意思で人を傷つける可能性を除外した質問をされている辺り、人間性は信用されているのだろうか。そういえば以前、人間性に問題があるわけではないと彼に言われたような。

「じゃあ、自分も一つ」

 普段は無口な男の、言葉にされない心情を想像して感じたこそばゆいものを振り払いつつ、俺も尋ねた。

「リンさんの除霊の力って、どのくらい強いんですか? あ、これ答えづらいですね。でも他に聞き方が分からないな……すいません、答え方は任せます」

 本当は、彼の持つ力と念能力の共通性や差異について知りたかったのだが、残り一つの質問では聞ききれない。諦めた結果の質問だった。

「そうですね……滝川さん程度はある、としておきましょう」

(マジか)

 ぼーさんは前回の調査現場で本領を発揮している、除霊ができる本物の霊能者だ。しかも素人目で見る限り、かなり強そうな感じがする。そのぼーさんと同等だとさらりと言えてしまうのはとんでもなくないか。

「強いですよねそれ。しかもその言い方だと、ぼーさん以上とも受け取れますけど」

「どうでしょうね」

「駄目かー」

 答える気はないらしい。そうですね俺の聞き方が悪かったですね。早々に諦めて肩を落とすと、リンは不意に声色を僅かに変えた。

「しかし……あなたも人が好いですね」

「悪人ではないと思ってますけど、どの辺りがです?」

「相手が質問に対して嘘をつかないと信じている辺りが、です」

 ……言われてみれば、はぐらかされるとは思っていたが、嘘をつかれるとは思っていなかった。う、うわあ。これでリンが嘘をついていたら、俺だけ内情を暴露した形になるのだが。

「嘘ついたんですか?」

「いいえ」

「じゃあ、それでいいじゃないですか」

 今はその言葉を信じるしかあるまい。それ以外にはどうしようもないのだ。そう考えてあっさり現状を飲み込むと、リンは呆れたような、あるいは拍子抜けしたような顔をした。



* * *


肉弾戦で除霊する霊能者:別世界のあなたの親友です。

人を疑おうとしても基本的に性善説で動いちゃう兄さんの話でした。



prev | next


×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -