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幽霊と睨み合う麻衣兄さんとお説教2
萌え 2016/04/25 23:53


・乙女ノ祈リ(放課後の呪者)編終盤(ほぼ終了)
・事務所での話
・リンさんと兄さんを絡ませたい
・同題の続きで説教編





 湯浅高校での事件が終わった後、SPRのオフィスでのこと。ナル君が話の流れで、SPRのメンバーにマンホールの中であったことをバラした。つまり、俺が幽霊に喧嘩売って睨み合いをしていたことを告げた。ついでに女の幽霊と初対面のとき、似たようなことを既にしていたことまで話した。すると、オフィスで寛いでいたぼーさんと綾子さんが呆れた顔になった。バカなのこいつ、と言いたげな目である。ジョンでさえ苦笑している。

「麻衣、お前なぁ」

 ぼーさんは俺を咎めようと口を開きかけたが、それを遮って冷たい声が俺に投げられた。

「――あなたは一体、何をしているのですか」

 まさかのリンである。何やらナル君にお説教をした後の彼は、そのままの流れで俺に説教をするつもりだろうか。俺は若干引きつつ、へらっと笑った。

「じ、自分に出来る最善の行動を取ってみた結果です」

「最善?」

 バカだこいつ、と言いたげな顔であった。おのれ、事情を事細かに説明できない訳ありのこの身が憎い。

「お説教はぼーさんから受けときますんで、リンさんはどうぞナル君へのお説教を続けてください」

「麻衣!」

 珍しくナル君が恨めしそうな声を上げる。本当に珍しい。

「残念ですが、そちらは一区切りつきました」

 だが、リンのナル君に対する説教は既に終わっていたらしい。本当に残念であった。

「いやいや、でも説教は坊主なだけにぼーさんの方がね」

「あっ、おにーさん、用事思い出したから帰るわ」

「ちょっ!?」

 俺はぼーさんを盾に逃げようとしたが、肝心のぼーさんにさらりと見捨てられた。さっきは何事か言おうとしていたじゃないか、という思いを込めて睨むと、ソファから立ち上がった彼はしてやったりという笑みを浮かべてみせる。

「そんなわけで、説教役は俺よりこわーいお兄さんに“チェンジ”ってな」

「……まさか、この前の公園の仕返し?」

 確かにあの時は我が身可愛さにぼーさんを見捨てたが、結局水を被ったのは俺(とリン)である。仕返しされるいわれはないと主張したい。しかしぼーさんが聞き入れてくれるはずもなく、彼はあっさりとオフィスから逃げてしまった。

 俺が呆然とオフィスの扉を見つめていると、ぼーさんと入れ替わりで真砂子ちゃんが入ってきた。

「こんにちは。今日は滝川さん以外お揃いですのね」

「真砂子ちゃん! いいところに」

 今日もきちんと着物を身に付けている彼女は上品で愛らしい美少女だ。真砂子ちゃんは花のように微笑んでこちらを、と言うよりナル君を探すようにオフィス内を見た。すると、リンの隣に立っていたナル君が突然出入り口に向けて歩き出した。

「…………外に行ってくる」

 彼はコート掛けからいつもの黒いコートを取ると、それを羽織って外へ出て行く。

「ご一緒しますわね」

 真砂子ちゃんが当たり前のように彼の腕に手を添える。ナル君はものすごく物言いたげな顔をしたが、諦めたらしく深々とため息をついただけだった。元々、二人で何か約束をしていたのかもしれない。いや絶対にそうなのだろう。結局、彼は何も言わずに真砂子ちゃんと連れ立って外出してしまった。

「……えっなにそれ。このタイミングでデート?」

 しかもお相手は和服美少女。一方、大男に説教されそうになっている俺。この落差は何なんだ。ああ、貴重な美少女が対面数秒で帰ってしまうなんて酷い話だ。ナル君そこ代われ。

「真砂子もなかなか大胆よねぇ」

 ソファにゆったりと腰掛けた綾子さんはニマニマしている。そうだ、まだ救いの女神はいらっしゃるじゃないか。俺は満面の笑みで彼女に提案した。

「そうだ綾子さん、自分とデートしましょう!」

「あーら。あいにく、これからジョンとデートなのよ。ね!」

「ええっ? いや僕は、あの、ええと、……すんまへん」

「流れるように見捨てられただと」

 ささーっと立ち上がった綾子さんは、しどろもどろになるジョンを引き摺ってオフィスから出て行く。「若い二人でごゆっくり〜。あ、片方は若くないか」などと余計すぎる一言を添えて。二人と言っても片方は30歳前後(予想)の男、もう片方は中身20歳の男である。色気もクソもない。そして綾子さんに連れて行かれるジョンはひたすら謝りつつ、しかし残ろうとはしないのだった。ジョンも同罪だからな。覚えておくぞ。だが個人的にはぼーさんよりも罪は軽いとしておこう。理由? ただの贔屓である。

 いっそ、このまましれっと俺もオフィスから退散するのもいいかもしれない。そんなアホなことを考えていると、見透かされたのか非常に冷たい声が掛けられた。

「谷山さん。いつまでふざけているつもりです」

「……すいません」

 今まで黙っていたのは元来の無口さ故か、苛立ち故か。やぶ蛇なので尋ねないでおこう。

 立ちっ放しで話を聞こうと向き直ると、リンはキッチンスペースの奥からパイプ椅子を一脚持ち出し、来客スペース傍にある自分の机の近くに置いた。座れと。それはつまり、それなりに長いお説教になるということなのか。何でだ。ナル君の方が短い説教とは解せぬ……という気持ちを察したのか、「ナルには後で続きをします」と言われた。ナル君、ご愁傷様です。君が逃げた気持ちが少しだけ分かりました。確かナル君とリンは壁を叩けば飛んでくる距離に住んでいる(同居か?)らしいので、さぞかし説教もはかどるだろう。

 俺がパイプ椅子に腰掛け、リンが自分の席に着くと、彼は眉間にしわを寄せたままこちらを見た。

「いくらナルが対抗策を持たないとはいえ、あなたが前に出るのは誤りです。何故そんなことをしたのですか」

「だから、あれが自分に出来る最善だったんです。あのままナル君の頭が幽霊にかち割られるのを見ているのは忍びないでしょう」

「常識的に考えて、私が間に合わなければあなたの頭が割られていたのでは?」

 そう返されると言い訳が難しい。その前に俺の鉄パイプが火を噴いていたなどと言っても「寝言は寝て言え」と返されて終了である。俺は誤魔化すように苦笑した。

「まさか、リンさんからこんなに心配してもらえるなんて、思ってもみ」

「谷山さん」

「……はい」

 駄目だこれどうしようもない。リンさんは俺の扱いを覚えつつあるのだろうか。俺は苦笑を引っ込めた。リンは腕組みをすると、見透かすような目をこちらに向ける。

「それとも、あなたは何らかの退魔法の心得があるのですか? こちらに明かしていない、そういった類のものがあるのなら納得できますが」

(説教と言うか、こっちが本題じゃね?)

 都合良く他の面子が席を外したからだろうか。リンの眼差しはいつぞやの探るようなそれだった。ナル君のお守役にも見える彼にとっては、ナル君の傍にいる人間を知っておきたいのは当たり前のことで、それは俺も重々承知している。実のところリンは、俺がナル君の前に出たのは、性格的な要因と能力的な要因の半々で推測しているのかもしれない。

 言いたくない気持ちはずっと変わらないが、多少は匂わせておいた方がお互いのためだろうか。しかし気は進まない。どうしたものか。少し考え込んだ俺は、リンに尋ねてみた。

「誰にも言わないって、約束してくれます?」

 発言した後、それでは自分に何かあると言っているようなものだと思ったが、発言を取り消すことは出来ない。それに元々、リンは何らかの理由で俺を警戒していた。その何らかの理由が念能力に関係しているのなら、無理に隠そうとしても意味がない。むしろ教えても妥協できる情報だけちらつかせた方がいいだろうか。

 リンは黒い左目でじっと俺を見つめた後、僅かにそれを伏せた。

「……職務上知り得たことには守秘義務があります。が、上司には報告するでしょう」

「そうだと思いました」

 彼は正しく社会人だ。そういう行動を取るのが普通だろう。リンがナル君に報告するのは当たり前だ。だが、俺が最も知られたくないのもナル君である。ナル君はとても頭がいい。彼にガンガン突っ込んで尋ねられると、念能力のことを洗いざらい話してしまいそうな気がして恐ろしいのだ。しかし、念能力はみだりに他者、それも非能力者にその存在を知らせてはならない。ここがハンター世界でなければバラしていいものではないのだ。何故なら、念能力はその絶大な力とは裏腹に、扱う素地自体は誰でも持っているものだから。その理がこの世界でも通用するのか分からないが、警戒はするべきである。

 ここは“何らかの力を持っていて自覚もある”程度で済ませておくのが無難かもしれない。リンがナル君に報告しないのならばもう少し喋ってもいいが、その保証がないのなら無理だ。俺は笑みを浮かべた。

「以後、気をつけます。それで今回は勘弁してください」

 無理矢理話題を打ち切り、俺はその場を離れるべくパイプ椅子から立ち上がろうとした。だが、そうする前に手首を大きな手で掴まれた。リンは思わずといった表情を浮かべている。自分でも自分の行動に驚いているらしい。彼は少し言い淀んでから、言いづらそうに告げた。

「――プライベートで知り得たことでしたら、上司への報告は必要ありません」

「いいんですか? ナル君に内緒にしちゃって」

「構いません。それで私の疑問が幾許か解消されるのなら」

 恐らくリンの中では、ナル君の好奇心と安全では後者が優先になるだろう。後者を取るために前者を捨てるという選択に至るのは当然かもしれない。

「こちらとしても、警戒の手を緩めてもらえるのは歓迎です」

 以前、リンに「好きなだけ警戒してくれ」と言った身ではあるが、されないほうが精神衛生上いいのである。

「それにあなたのことですから、ナルに告げたらアルバイトを辞めかねませんし。代わりの人間があなたと同等以上に使える保障がありません」

「確かにそうなった場合、ナル君が何を言ってもSPRと縁を切るくらいはします。というか、自分をそれなりに買ってくれてたんですね」

 やることはきっちりやっているつもりだが、こうして改めて評価を口に出されると悪い気はしない。普段、リンがそういったことを一切口にしない(そもそも無駄口を叩かない)からなおさらだ。俺が照れ隠しでへらっと笑うと、リンは薄い表情で釘を刺した。

「つまり、それだけあなたは力を自覚していて、なおかつ価値を理解しているわけですか。自惚れでなければ」

「……否定する材料はないですね」

 腹を探られすぎると困るので、いざという時は本気で縁を切る気だ。そしてそれを認めると言うことは、探られて困る程度の、つまりナル君がホイホイされるものを持っているということでもある。我ながら迂闊な口に呆れるしかない。俺は乾いた笑い声を白々しく上げてから、ふと思いついて提案した。

「そうだ。せっかくだから質問し合いましょう。自分がリンさんの質問に1つ答えたら、リンさんも自分の質問に1つ答える。答えたくないものには答えなくていい代わりに、他の質問に答える。どうです?」

 俺だけ暴露するのは癪だという考えと、どうせならリンの腹を合法的に探りたいという魂胆であった。それに気付かないわけがないリンは、しかしあっさりと頷く。

「いいでしょう。プライベートですし。ですが、ここで話す情報はお互いに他言無用ということでお願いします」

 ようやく俺の手首がリンの手から開放される。俺はパイプ椅子に座り直して彼を見上げた。

「もちろん。もしリンさんが約束を破ったら、語彙力の限りを尽くしてリンさんを罵倒してからSPRと縁切りますね。女子高生の立場をフル活用して、気まずい立場にしてやります」

 脅し3割、からかい7割でそう言うと、リンは思いのほか余裕のある態度で返答した。

「ええ、どうぞ。あなたが約束を破ったら、私も洗いざらいナルに話します」

「それは本気で嫌だなぁ……」

 よく分からない機材で周囲を固められ、容赦なく質問責めにされる未来しか見えない。学者バカにバラすの、ダメ絶対。



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