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幽霊と睨み合う麻衣兄さんとお説教1
萌え 2016/04/25 23:45


・乙女ノ祈リ(放課後の呪者)編
・調査現場の女子高での話
・ベースでナルに向けられた呪詛が出てくる





 夕方頃、校内を回っていたナル君がベースに戻ってきた。一緒にいたリンがいないので、彼はナル君が何かの指示を出しているのだろう。そうでもなければ、リンがみすみす俺とナル君を二人きりにするとは思えない。単純に、ベースに俺以外の誰かがいると思ったのかもしれないが。

 そう、俺は一人でベースの留守番だった。他のメンバーは校内の調査で出払ってしまっている。今回の事件は広い構内のあちこちで無数に起きているため観測用の機材が足りず、仕方なく片っ端から除霊して回ることになっているのだ。その結果、霊力のない一般人で通している俺は一人寂しくベースに残り、被害者のカウンセリングや情報の整理をしていたのである。

 どうやら調査の進みは芳しくないらしい。ナル君の表情は普段とあまり変わらないが、進捗状況を聞くと「何とも言えない」と返された。パイプ椅子に腰掛けるナル君に茶を出してやりながら、俺は何の脈絡もなく考えた。

(“円(えん)”でもしてみるかね)

 俺が校内を歩くときは、こそっと目に“凝(ぎょう)”をして辺りの様子を窺っていた。すると、幽霊の姿は見当たらなかったものの、嫌な気配があるオーラを漂わせる箇所がいくつか見つかったのだ。事件は複数起こるが霊の姿が見えないという真砂子ちゃんの言は、俺の目からすれば納得のいくものだった。仮に嫌なオーラが事件と関係しているとすれば、念能力でそれらを探査することは可能と言える。その方法が“円”だ。自分のオーラを周囲へ薄く延ばし、自分以外のオーラを感知できる。

 自分の茶も淹れ直してパイプ椅子に腰掛けながら、オーラを周囲へ広げていく。ベースとしている会議室にオーラをめいっぱい展開した瞬間、俺は思わず乱暴に立ち上がっていた。

「どうした」

 ナル君が怪訝な顔をして俺を見る。しかし、一般人で通している俺には説明のしようがない。それに、今はそれどころではなかった。

 不審なオーラが、俺の“円”に引っかかったのだ。

 そちらに目を向けると、そこは天井だった。だが、白い天井板から一筋の黒い何かが垂れている。……天井板の切れ込みからではなく、板を貫くような位置から。

 ナル君が俺の視線を追って同じものに気付く。するとまるでそれを待っていたかのように、ずるりと黒い房が垂れてきた。それは長い黒髪だった。

 途端、急激に室温が下がった。部屋の電灯が頼りなく瞬き出し、不穏な空気が漂う。二人で黒髪を注視していると、ずるずるずる、とそれは真下に伸び、やがて白い額が現れた。髪の毛の持ち主は、逆さになった女の顔だった。肌は病的に白い。やがて首まで露出した女は、閉じていた目をかっと見開いた。そして血走った目でナル君と視線を合わせると、にやりと嫌な笑みを浮かべる。害意が透けて見える表情だった。

「ナル君、あれは」

「動くな」

 いつの間にか俺の一歩前に出たナル君が、こちらを手で制しながら女を見つめている。目は決して逸らさない。女もナル君から目を逸らさない。そればかりか、さらに女の体がゆっくりと露わになる。女が着ている白い着物は合わせが右前になっており、いわゆる死者の装いだった。

(今の俺、“凝”してないのに視える。ってことはつまり、それなりに強い霊か?)

 俺は女を警戒しながらそろそろと背後に移動し、壁に立てかけてあった、スクリーンを引き下ろすための棒を掴んだ。鉄製の長い棒は、ハンター世界で使っていた小太刀と違い細く頼りないが、オーラを纏わせて強化すれば十分使用に耐えうる。俺は棒を正眼に構えると、じりじりと前進した。

「ナル君、ゆっくり下がって。自分が前に出る」

「あれがこの学校の霊なら何も出来ない。大丈夫だ」

 彼はそう言うが、専門家ではない俺は安心できない。現に、女は今もその全身を露わにしようと動いているのだ。もし女が天井から完全に抜け出した場合、何が起こるのかわからない。

「それにしては、あちらさんはナル君に注目しているみたいだけど」

「そうかもしれない。だから――おい。前に出るな」

 俺はナル君の声を無視して前に出る。彼はゴーストハンターを名乗るが、霊能者ではないらしい。だったら、念能力者である俺が守るしかない。

「ナル君も霊能者じゃないんだろ? だったら、動ける人間が前に出たほうがマシじゃないかな」

「霊にそんなことが関係あるか」

「いざとなったらナル君抱えて逃げてあげるよ」

 実際にそんな展開になったら、色々な世間体を投げ捨てねばなるまい。自分より背の高い少年を小脇に抱えて全力疾走する女子高生って何だよ。ゴリラか。しかし人命には変えられない。ああ、何故こういうときに限って頼りになりそうな霊能者組(主にぼーさん。リンも怪しい)はいないのか。そう思っていると何かが通じたのか突然、会議室のスライドドアが勢い良く開けられた。

「――ナウマク サンマンダ バザラダン カン!」

 部屋に飛び込んできたのはぼーさんだ。彼が真言(マントラ)を唱えると、女はすぐに天井へ引っ込んで消えた。





・学校の敷地内にあるマンホールに麻衣兄さんとナルが落ちる
・二人で救助を待っているときに女の幽霊登場





 暗所の捜索などしないし、するとしても室内なので電灯をつけられる環境だったのが災いして、懐中電灯を持ち歩いていなかった。あと1時間もすれば夜を迎えるこの時刻。頼りは遥か頭上のマンホールから降ってくる日光だけなので、救助を待つにしてもなかなか辛い状況だ。劣化した梯子が壊れた位置は高く、無事な部分は一般人がジャンプしても届きそうにない。俺はいけそうだが、ナル君には無理だろう。俺も彼の前で身体能力を披露するわけには行かないので、大人しくしているしかない。自分の身長以上を軽々とジャンプした挙句、腕力だけで梯子を昇り切る女子高生とかホラーか。心霊事件の調査員(手伝い)が積極的にホラーを提供していく姿勢はよろしくない。

 下水管内の行動範囲内に電灯設備や外部との連絡手段は見当たらず、ただ時間だけが過ぎていく。ナル君をつついて暇つぶしでもしようかと思ったが、彼は下水管に落ちてから顔色が悪い。怪我はしていないようだが、あまり無理をさせてはいけないだろう。そう思いながら、俺が何度目かに頭上の出口を見上げた時だった。

 空が見えない。夜になったわけでもないというのに。

 俺はぞわりと感じた嫌な予感に従って“円”を展開した。すると、先日感じた不審なオーラをその位置に察知してしまう。ナル君も俺の様子に気付いたのか、あるいは違和感を覚えたのか、同じ場所を見上げていた。

 ずるっと現れるのは黒髪、そして逆さになった白い女の顔。だが今回、女は口になにやら木の棒を咥えていた。前回より状況が良くなったと考えるのは無理がある。俺は咄嗟に、床に転がっていた古い鉄パイプを掴んだ。以前の細い棒よりも握りやすい太さで、遥かに構えやすい。やや折れ曲がっているのはご愛嬌か。

「おい、お前はまた」

 ナル君が声を上げるが、俺は鉄パイプを構えたまま彼ごと後退した。腰まで現れた女は、口から飛び出ている棒を手にとってゆっくりと引き出した。――草刈鎌だ。湾曲した白い刃は、女の薄い下唇を裂きながらその全貌を露わにした。唇から流れた血の筋が、つーっと女の顔面を垂れて二分する。それはパタパタと音を立ててコンクリートの地面に滴った。

 草刈鎌を飲み込むとかどこのびっくり人間だよと突っ込む余裕もない。にたにたと笑う女が放っているのは、ナル君に対する純然たる殺意だ。

「今度は大丈夫じゃなさそうだ。下がって。自分が相手する」

「そんなもので相手ができるか」

「黙って殺されるのは御免だからさ」

 正確に言うと、どうにかする力を持っているにもかかわらず、彼を見殺しにするのが御免だということである。俺はナル君に対して恨みを持っているわけでもないし、さすがにそこまで薄情になれない。

「また僕を抱えて逃げるとでも言うつもりか?」

「いや、今度は戦う。さすがに下水道の中を逃げ回る自信はない」

「無謀だ。下がっていろ」

 ナル君の語気がやや強くなる。だが俺の認識では、この場をどうにかできるのは俺だけだ。俺がナル君を守らなければならないので、何と言われようが大人しく下がっている気はない。これはただの正義感ではない。状況を計算した上での行動だ。

 とうとう女の全身が自由になった。下半身は煙のように儚く足先が見えない。どう見ても古典的な幽霊ですありがとうございます。口からボタボタと血を溢しながら歪んだ笑みを浮かべる女に、俺は鉄パイプの先端を向けた。

「そこのあんた。どうやらナル君を殺しに来たみたいだけど」

「おい」

 背後からの声は無視だ。とりあえず俺は女に話しかけてみることにした。内容は脅し同然だが。

「殺すつもりなら、やり返される覚悟もできてるんだろうな? そうじゃなきゃ、割に合わない」

 俺は体にオーラをまとう“纏(てん)”をし、さらにパイプにオーラをまとわせる“周(しゅう)”をした。相手が呪詛でも威嚇ぐらいにはなるだろう。脅しなんてしたくないのだが、話を聞いてくれる相手には見えないのだから仕方がない。ごめんなさいして勘弁してくれる幽霊ならば、俺はとっくにプライドを捨てて土下座している。あの幽霊の場合、土下座したら首を刈られそうだ。

「その物騒なものを持って襲い掛かってくるなら、こっちもそれなりに抵抗する」

 念能力のことをバラしたくないが、人命には変えられない。このまま女が襲い掛かってくるなら、本気で攻撃しよう。

 オーラを感じ取ったのか、俺の言葉が通じたのか、あるいは単なる偶然か。女は依然として草刈鎌を持ったままニタニタしているものの、こちらに近寄るのをやめた。ただ、どうして女がこちらを窺うに留めている理由が分からない以上、油断は出来ない。女の視線がナル君から俺に移ったので、何かしら気を引くことはできているようだが。

 すると、背後からナル君が俺の肩を掴んだ。

「いい加減にしろ。死ぬ気か」

「ナル君、邪魔」

 表情こそ見えないものの、イラッとしたような気配を感じた。ぞんざいに扱いすぎただろうか。

 結局、俺と女の睨み合いは、マンホールの外からナル君を探しに来たリンが顔を出すまで続いた。



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