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麻衣兄さんと公園の怪談
萌え 2016/04/09 22:13


・10月頃の話(公園の怪談編)
・真砂子ちゃんがSPRに依頼を持ってきた
・とある公園でカップルの頭上に突然水が降ってくる事件
 →公園でのドラマ撮影が進まない→SPRで除霊→囮調査でカップルのフリをしよう←今ここ!
・リンを無理矢理絡ませようの巻(原作では絡まない)
・メンバーは麻衣兄・真砂子・ナル・ぼーさん+リン





 件の公園までやって来た俺たち4人(俺・真砂子ちゃん・ナル君・ぼーさん)は、早速真砂子ちゃんの提案通りに囮調査をすることにした。問題はその組み合わせなのだが。

「真砂子ちゃ」

「では、あたくしはナルと組みますわね」

 俺が真砂子ちゃんに声をかけようとした瞬間、真砂子ちゃんは素晴らしい笑顔でナル君の腕を取った。ナル君は何かを言いたげな顔をしたが、すぐに諦めたようだ。ため息をつきながら真砂子ちゃんに引き摺られて近くのベンチに座る。俺はその姿を呆然と見送った。真砂子ちゃんに伸ばしかけた腕を宙に浮かせたまま。

 心のどこかで分かってはいた。真砂子ちゃんはナル君のことが好きだ。この怪異事件の調査を口実に、ナル君とお近づきになりたいのだろう。だからカップルのフリは当然ナル君を選ぶ。分かってはいた。だが俺は自分に降りかかる現実を認めたくなかったのだ。

 俺の背後からぽんと肩を叩いてきたのは、余りもののぼーさんだ。

「じゃあ俺は麻衣とだな」

「……チェンジで」

 男とカップルのフリなんて寒すぎる。俺は真剣な顔でぼーさんに振り向いた。だが彼が聞き入れるはずもない。

「諦めてお兄さんと公園デートだ」

「神は死んだ」

「おいおい」

 結局俺はぼーさんに引き摺られて、真砂子ちゃんたちとは少し離れたベンチで待機する羽目になったのだった。





 俺を座らせてからどこかへ行っていたぼーさんは、さして間を空けずに戻ってきた。手には缶を2つ持っている。わざわざ近くの自販機か何かで購入してきたらしい。彼はどかりと俺の隣に座ると、缶を1つ俺に渡した。

「ほい、紅茶」

「え? ありがとう。いくらだった?」

「このぐらい、いーって。お兄さんに奢られなさい」

 ここは素直に奢られておくのがいいだろう。俺がぼーさんの立場だったら、無理に女子高生から金を受け取りたいとは思えない。

「じゃあ遠慮なく」

 中身は温かいミルクティーだった。安っぽい香りが何だか懐かしい。俺はそれを大人しく飲みながら真砂子ちゃんたちを眺める。傍目から見ると若い美男美女のカップルだが、この状況でもナル君がファイルから手を離さず読みふけっているので妙な光景だった。囮捜査に渋々協力はするものの、雰囲気作りには手を貸す気がないらしい。つくづく乙女心への理解がない。……というより、理解しようとする気がない。ナル君から真砂子ちゃんへの好意があるかどうかは分からないので、性格的に当然の行動かもしれなかった。

 一方、ぼーさんは格好つけてにやりと笑う。彼も顔はいいのだが、俺の中身が男なので効果はゼロである。

「ふふん。オトナの魅力にクラクラしたか?」

「この気遣いはナル君には無理だなーとしか」

 ぼーさんのことは嫌いではない。むしろ好きな部類だ。ただ、時折垣間見える“女の子扱い”が猛烈に引っかかるだけで。俺が見た目も男だったら、何か変わっていたのだろうかと考えかけてすぐに内心で首を振る。俺の性別がどうであれ、俺が“彼ら”と深く関わり合う意思がない以上、この距離感が変わるはずもない。

「年上は趣味でねーの?」

「いや? むしろ年上好きかな」

 ただし、年上の“女性”に限る。野郎はありえない。帰れ。ハウス。

「えっ、意外。あんまりにも冷たいから、年上には興味ないと思ってたぞ」

「年下よりは興味あるよ」

 今まで出会った女性を思い浮かべて確信を深める。自己評価としては、年上に魅力を感じることが圧倒的に多いし、恋愛対象にしやすいのもそちらだ。

「ひょっとしてお前さんもナル狙いとか? 一応年上なんだろ?」

「ははっ」

「うん、今のお返事で一切興味がないって分かったわー」

 ぼーさんのふざけた問いに明るく乾いた笑い声を返すと、彼はすぐに自分の考えを改めた。俺がナル君に惚れることは天地がひっくり返ってもありえない。そもそも、心霊現象が恋人と言われても違和感がないナル君に、恋人を作るだけの甲斐性があるようには見えない。真砂子ちゃんも苦労するだろう。……顔目当てならいくらでも彼女候補が現れそうだが、付き合ったとしても即日別れる気がしてならない。

「ナルちゃんのキレーなお顔にはあんまし興味ないの?」

 性格ではなく顔に言及する辺り、ぼーさんのナルに対する評価も似たようなものだと思われる。

「世の中には観賞用って言葉があるから。それに、あのレベルの顔は見慣れてるし」

 思い浮かべるのはもちろん、傾国のイケメンことトム・リドルである。あの男を見慣れてしまえば最後、大抵の美形は色褪せてしまう。要は耐性がつくのだ。なにせあの男、自分の魅せ方をよく知っているので。

「そりゃすごいな。あの顔はなかなか拝めないだろ」

「拝めちゃったんだなぁ、これが」

「まさか、麻衣の彼氏かぁ?」

「いんや、悪友」

 あんな生き物を彼氏にするなど世も末である。手の込んだ自殺としか思えない。それ以前に男は無理。

「おにーさん、麻衣ちゃんの交友関係が心配になってきたわ……」

 俺も自分の交友関係が心配だ。異世界に知り合いを作れる環境にいたくないのだが。

「そいつにはクラッとしないのか?」

「吐き気をもよおす邪悪」

「どんだけ嫌なんだ」

 それだけ嫌なのである。

「それにしても、ナル並みのお顔ねぇ。性格の方もナル並みだったら面白いな」

「残念。ナルより悪い」

 もしリドルがSPRの所長なら、ぼーさんは今頃、もっと都合よくこき使われているに違いない。しかも、ぼーさん本人には一切悟らせずに。リドルは自分の魅力を理解しているし、その使い方を誰よりも知っている。そして、人を自分に心酔させる方法も存分に使える。歯に衣着せぬという意味で直球かつ実力勝負なナル君より数段、性質の悪い人間なのだ。

「そんな人間、実在するのか?」

「笑顔で他人をどう利用するか考えているようなゲスだけど」

「お前さん、そいつは本当に友達か?」

「友達なんだよなぁ……」

 唯一、世界を超えても放って置けなくなってしまった友人だ。俺が線引きを間違えてしまった最初で最後の一人。だが不思議と後悔していないし、これからも何だかんだで長く付き合っていくのだろうと確信している。彼はもう、原作から乖離して別の道を歩み始めた友人だ。口ではこう言うが、心の底から下衆ではない……と思っている。

「自分の話はいいよ。そっちこそ彼女いないのか?」

 あまり突っ込んで話す内容でもないので、ぼーさんに話題を移す。

「残念ながら」

「へー」

「自分から振っておきながら興味なさそうにするのはやめよう?」

 興味がないのである。確かに話題を持っていったのは俺だが、思いのほか興味がなかった。

「ぼーさんに彼女がいてもいなくても、関係ないかなって」

「ドSなの? 麻衣ちゃん、実はドSだったの?」

「至ってノーマルだけど。自分に冷たくされてもめげないぼーさんはドMなの?」

「おにーさんは至ってノーマルよ!」

 俺とぼーさんは見つめ合い、そして項垂れた。

「……何でカップル御用達の公園に来てまで野郎と二人で性癖を話さなきゃならないんだ」

「麻衣ちゃん、そういう生々しい字面にするのはやめよう?」

 事実なのだから仕方がない。

 さて、俺たちはこうしてそれぞれベンチに腰掛けてカップル(笑)のフリをしているのだが、頭上から水が降ってくるという怪奇現象は一向に起きない。至ってのどかな公園で日向ぼっこをしているだけである。真砂子ちゃん・ナル君ペアと俺・ぼーさんペアは、何者かの中ではカップル認定されなかったらしい。哀れ、真砂子ちゃん。紅茶も全て飲み切り、今日はこのまま何も起こらずに終わるのだろうかと考えていると、長身で黒尽くめの男がこちらに歩み寄ってきた。事務所で留守番していたはずのリンだ。彼は何かのファイルを手にしており、ナルと会いに来たのだろうと思われる。携帯電話が普及していないこの時代、細々した連絡が不便である。

 俺はベンチから立ち上がると、彼に声をかけた。

「リンさん!」

「……その様子では進展がないようですね」

 彼の言う通りである。だが今はどうでもいい。俺は笑顔でリンに提案した。

「チェンジでお願いします!」

「えっ、まさかリン狙いか!? それは予想外だったなぁ」

 同じくベンチから立ち上がったぼーさんが素っ頓狂な声を上げる。俺はぼーさんをじろりと睨んだ。

「はあ? チェンジするのは自分とリンさんだよ」

「はああぁぁあ!? 何でだよ! そこは普通、俺とリンがチェンジだろ!? どうしてわざわざ公園に来てまで、野郎と二人でカップルのフリをしなきゃならないんだ!」

「その言葉、そっくりそのまま返す」

「女子高生のセリフじゃない!!」

 ぼーさんが頭を抱えて仰け反ったが、俺は彼を放置してリンに満面の笑顔を向けた。

「リンさん、お疲れですよね? こっちにいい塩梅のベンチがあるのでどうぞ! 席は温めておきましたので!」

「豊臣秀吉か!」

 ぼーさんはそう突っ込むが、俺は懐で草履を温めてはいない。どちらかというとベンチウォーマー(控え選手)である。ぼーさんは引き攣った笑顔を無理矢理浮かべると、背後から俺の肩をががしっと掴んだ。そして俺越しでリンに話しかける。

「リン、お前さんはナル坊に用事があるんだよな? ベンチには座らなくていいぞ!」

 リンを追い払おうとするくらいには、野郎と二人でカップルごっこが嫌だったらしい。俺も嫌だからその気持ちはよく分かる。分かるが労わりはしない。犠牲になるがよい。リンは状況を察したらしく、すっと俺たちから顔を逸らした。

「……ナルと話したら早急に帰ります」

「ちょ、待ってください! 見捨てないで!」

 ここで彼に見捨てられたら、俺は引き続きぼーさんとカップルごっこしなければならなくなる。それは御免だ。何としてでも避けねばなるまい。俺(女子♂高生)とぼーさん(成人男性)の組み合わせが怪奇現象のお気に召さなかったのだから、ここはぼーさん(成人男性)とリン(成人男性)の新たな組み合わせで挑むのが良いに決まっている。決まっていないが、そういうことにする。そして俺は逃げる。

 生贄を捧げるべく、俺はリンの右腕を掴んだ。女子力(物理)に溢れた掴み技から常人が逃れられるはずがない。このまま犠牲になるべし。

 リンは心の底から嫌そうな顔をして、俺の手をどかそうと左手で掴んだ。

「面倒そうなことに巻き込まないでください」

「本音は心にそっとしまってください!」

 その時、少し離れた場所から真砂子ちゃんの声が聞こえてきた。

「――ナル、あちらに出ます!」

 彼女に振り向く間もなければ、何がと思う間もなかった。

 ざばあ、という擬音語が適しているだろう。からりと晴れた公園で、俺とリンが一瞬にしてずぶ濡れになった。水風船どころか、バケツをひっくり返したような勢いの水が頭上から襲い掛かってきたのだ。俺とリンに。

 前髪からぽたぽたと雫が垂れる。リンの腕を掴んだ体勢のまま、俺は呆然と呟いた。

「…………解せぬ」

「今のは俺も解せねーわ」

 いつの間にか俺の肩から手を離し、ギリギリのところで難を逃れていたぼーさんも呆然としたまま頷く。すると、立ち上がっていた真砂子ちゃんが急にふらりと地面にくずおれた。ナル君が彼女の名前を呼び、体を支えようと手を伸ばす。だがその前に、真砂子ちゃんがよろよろとしながら一人で立ち上がった。しかしどこか様子がおかしい。

「い〜い〜気〜味〜だ〜わぁ〜」

 ……前言撤回。全面的に様子がおかしい。やや俯いたまま、恨めしそうにニヤリと笑うのは真砂子ちゃんのキャラではない。ついでに付け加えるならば、口の端で髪の毛を食べるような状態になる子でもない。途中まで駆け寄っていた俺とぼーさん、リンは、真砂子ちゃんの異様な様子に思わず足を止めた。

 一方のナル君は冷静だった。

「憑依されたな。ちょうどいい、このまま話を聞こう。あなたがここに来た人たちに水を降らせた犯人ですか?」

 冷静にもほどがある。そして真砂子ちゃん――もとい、怪奇現象の主はあっさりとナル君の問いかけを肯定した。

「そぉよ〜。カップルなんて、風邪引いて肺炎でも起こして苦しむがいいわ〜! そこのあなたたちもよぉ〜!」

「訴訟も辞さない」

「麻衣ちゃん、真顔でそれ言うのはやめようや。怖いから」

 ぼーさんが俺を宥めるが知ったことではない。誰と誰がカップルだとぬかしたのか、この幽霊。ちょっとばかり話し合いをする必要性を感じるのだが。

 一方、カップルの片割れにされたリンは俺に告げた。

「霊に訴訟なんてできるわけがないでしょう」

「真面目か」

 ぼーさんがすかさず突っ込む。うん、彼がいると勝手にツッコミ役をしてくれるので楽だ。などと思っていると、肩にばさりとウインドブレーカーを羽織らされた。ぼーさんが着ていたものだ。

「ほら、これ着てな」

「ん? ああ、ありがとう」

 薄着をしているわけではないが、今は10月。頭から水を被ればさすがに寒い。自分の濡れた上着を脱いでから借りたそれを改めて羽織っていると、真砂子ちゃん(に憑依した霊)がわなわなと震え出した。

「まさかあなた……、その二人と三角関係〜!?」

「恋愛脳(スイーツ)か!!」

「すい……?」

 思わず叫んだ俺の発言内容に、俺以外の男三人が首を傾げる。ああ、そういえばこの時代にはまだスイーツというスラングは生まれていなかった。

「なんでもない。話の続きをどうぞ」

 俺が慌ててそう言うと、ナル君はため息をついてから質問を再開した。



* * *



無理矢理ねじ込まれた挙句水浸しになるリン。
なぜかねじ込まれるリドルの話。



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