麻衣兄さんとリンさん
萌え 2016/04/05 17:00
(フェイ兄神様支援用の井戸落ちIF)
・2巻で、調査現場の居間で綾子が祈祷する場面
・居間に古井戸の大穴が空いてる
・祈祷したら霊がキレて兄さんが井戸に引き摺り込まれたでござる
・ベースにナルがいる(原作では一時的に抜けている)→全ては兄さんとリンのやり取りのため
・調査現場にいるのは兄さん・綾子・ナル・リン
・兄さんの服装はジーンズとパーカー。スカートではない(重要)
祈祷中、居間の室温が急激に下がる。梅雨も明け、これから本格的な夏だというのに吐く息が白くなる。その後突然床が揺れ、腰の高さまで冷気のような靄が現れたのも、俺の体が古井戸に向けて何者かに引っ張られたのも、どれもこれも心霊現象なのだろう。俺を引っ張る何者かの手から逃れること自体は、念能力を使えばできそうな気がする。しかし、綾子さんが祈祷している様子は、この部屋に設置されているカメラが逐一記録しているのだ。カメラに念能力が映ることはハンター世界で分かっている。カメラの前で念能力を使いたくないとなれば、このままカメラの死角となる穴の中まで引き摺られ、そこでどうにかするしかないだろう。部屋の入り口で俺を心配して叫んでいる綾子さんには申し訳ないが。
「谷山さん!」
つま先が穴の縁にかかったところで、別室に設けたベースにいたはずのリンが飛び込んできた。ナルがベースに残っているのは意図的なのだろう。リンがいて、ナルにわざわざ危険なことをさせるとは思えない。リンは分からないが、ナルは霊能者ではないと言っているので、なおさらこの場に来させるわけがない。
「来るな!」
俺は咄嗟に叫んだが、聞き入れるつもりはないようだ。リンが駆け寄ってきて長い腕を伸ばすが、それがこちらに届く前に床が大きく揺れ、彼の体勢を崩す。同時に俺の足を無数の冷たい手が掴んで引っ張った。俺の体は古井戸の大穴に引き摺り込まれるが、寸でのところで穴の縁を掴むことに成功した。念能力を使わずとも、このまま掴んで耐えることは可能だ。さすが反則体力、そして唸れ俺の女子力(握力)。
しかし俺の握力が大丈夫でも、俺が掴んでいる床板は大丈夫ではなかった。程なくして呆気なく折れた床板と共に、俺の体は古井戸の底へ落ちてしまった。
心霊現象は反則だと思う。念能力者の俺が言えたセリフではないが。
穴で体が隠れたら軽く反撃してやろうと思っていたら、いつの間にか穴の底で意識を失って倒れていた。見上げると、古井戸の終点は谷山少女の身長の2倍はないくらいだが、この高さから落ちた程度で気を失うほどやわではない。つまりそれは、俺が何らかの心霊現象要素でダメージを食らっていた可能性を示唆していた。
「麻衣! 大丈夫!? 怪我はしてない!?」
頭上では、穴の縁から顔を出した綾子さんがこちらを覗き込んでいた。案の定、相当心配をさせていたらしい。俺は「大丈夫」と答えようと口を開きかけたが、大丈夫ではないことに気付いた。左足の調子がおかしい。足首に触れてみると、熱を持っているようだった。しかもじわじわと痛み始めている。意識を失ったまま無防備に落下したせいで、左足を怪我したようだ。
「左足をやっちゃったみたいだ。このまま自力で上がるのは難しいから、椅子を下ろしてくれないかな?」
「ちょっと待って。今、リンが足場になるものを探しに行って――ああ、戻ってきたわ」
綾子さんの言う通り、走ってくる足音が近付いてきた。足音の主であるリンはこちらを覗き込むと、「怪我はありませんか」と尋ねてきた。隠しても仕方がないので素直に答えて足場を要求すると、彼は身軽に穴の底に下りてきた。俺の要求はスルーか。いや、こちらの見た目はあくまでも小柄な女子高生(+足に怪我)なので、大柄な人間が助けに下りるのは普通だった。
彼は俺の要求など聞かなかった素振りでさっさと綾子さんから椅子を受け取った。椅子を穴底にしっかりと立てると、次いでこちらに近付いてくる。そして有無を言わせず、石壁に凭れながら半ばまで立ち上がっていた俺をひょいと抱え上げた。
「うわっ、ちょ」
こちらの悲鳴など意にも介さずそのまま椅子に乗ったリンは、腕を伸ばして俺の体を穴の縁にいる綾子に引き渡した。
俺を輸送したリンが穴から出てくるのを背後にした綾子さんが、俺を見て思い切り顔をしかめた。
「やだ、足どころか全身擦り傷だらけじゃない! 他にもどこかぶつけてないでしょうね?」
適当に引き摺られて古井戸に放り込まれたのだから、あちこちに擦り傷を作っていても不思議ではないだろう。左足の方が気になって、擦れる痛みに気付かなかった。
「うーん、どうだろう。意識が飛んでたみたいだから、よく分からないな」
「しっかりしなさいよ、もう」
綾子さんはぶつぶつと文句を言いながら、俺の顔や頭の傷を探している。頭を打ったか心配しているのだろう、俺の髪を探る指が優しかった。
その時、不意に左足を持ち上げられた。無造作なのか配慮があるのか微妙な持ち上げ方だ。意表を突かれて床にころんと上半身を転がした俺の視界に、さかさまになったナル君が映る。ベースから救急箱を持って来てくれたらしい彼は、呆れた顔をしてこちらを見ていた。上半身を起こすと、ナル君から救急箱を受け取る綾子さんと、こちらを一瞥もせずに左足を看ているリンの姿が見えた。どこかで見たような構図である。どこだよと言えばあそこだ、旧校舎の昇降口。
断りもせずさっさとジーンズの裾を引き上げ、靴下を脱がす男に俺は半眼で告げた。
「……仕返しのつもりですかね」
「あなたの解釈次第ではないでしょうか」
なかなか嫌な返しをしてくれる。仕返しだと思うのなら、お前にそれだけのことをした自覚があると言いたいのだろう。それはどうもすみませんでした、と内心で反省ゼロの謝罪をする。
「因果応報って使い古された話だと思いません?」
「それだけありがちで、支持される話だということです」
ぐうの音も出ない。リンからそっと視線を逸らす。俺とリンの様子を見ていた綾子さんは、珍妙なものを見る顔をしていた。
「あんたとリンってたまに不思議な会話するわよね」
「不思議かなあ」
「内容自体は下らないがな」
ナル君にそれを言われるとどうしようもないのだが。
綾子さんは傷薬を取り出した後の救急箱をリンに渡すと、俺の顔や腕についた傷を濡らしたタオル(ナル君が用意していた)で拭いながら訊ねた。
「頭には目立った傷がないみたいだけど、痛くはないの?」
「特に痛くはないから打ってないとは思うけど……。足も見た目よりは平気だし、しばらく様子見かな」
俺がそう答えると、リンが淡々と口を挟んだ。
「病院行きですね。後から痛むかもしれませんし、頭の検査も必要でしょう」
「……やっぱり仕返しですかね」
その考えが頭から離れない俺は、よほどリンを女子高生プレイでやり込めた自覚があるのだろうか。
「治療費はこちらで持つから、さっさと病院に行って来い」
ナル君もリンと同じ考えらしい。すっぱりと言い放つと、役目は果たしたと言わんばかりに一人でベースに引き上げた。
結局、俺は車が運転できるリンに連れられて病院へ行くことになった。ナル君に、運転免許持ちのぼーさんが現場に戻ってくるまで待てばいいのではと訊ねたが、彼がすぐに戻ってくるわけではないだとか、リンに用事を頼んでおり俺の搬送はついでだと言われた。遠慮する理由がなかったのだ。足を怪我している俺は、リンの手で“ご丁寧に”バンの助手席に乗せられたのだが、何とも言えない屈辱で死ぬかと思った。
車で数十分ほどの距離に、複数の診療科を備えた病院があった。広い病院の敷地内に入ったところで、俺はリンに声をかけた。
「あ、ここで大丈夫です。会計先は渋谷サイキックリサーチでいいですか?」
「……まだ病院前ですが」
「もう病院前ですし。中で看護師さんに松葉杖か車椅子でも用意してもらいます」
「駐車場に停めるので大人しくしてください」
あっさりと却下されて会話が終わる。しかし俺は諦めたくなかった。このままではまたしても“丁重に”運ばれてしまう可能性がある。俺は無理矢理会話を続けることにした。
「でもリンさん、別に用事があるんでしょう?」
「あなたを病院に放り込んでからでも間に合います」
会話終了。内心でぐぬぬとなりながら、俺はリンをジト目で見た。
「……たまに自分の扱いが雑じゃないですか?」
「“自分”の扱いに関してはあなたの言えたセリフではありませんね」
(……ん? 今の“自分”って一人称じゃないよな?)
今のセリフを好意的に解釈すれば、「もっと自分を大事にしなさい」と言っていると取れる。
(これはまさかのデレか?)
別に欲しくもないデレであった。どうせなら真砂子ちゃんか綾子さん、あるいはジョンでお願いしたい。
そうこうしているうちにバンは駐車場で停められ、運転席を降りたリンが助手席側に回り込んできた。ドアが開けられたので、シートベルトを外した俺はリンの脇に降りようと体を捻った。
「ひぃっ!」
しかし俺の足が地面に付く前に、またしてもひょいとリンに抱え上げられた。なんだこの手際の良さは。前職は引越し業者で荷物の運搬が得意ですってか。リンが俺をどう抱えているかは言うまい。
「いいです結構です下ろしてください自分で歩きますなんなら肩貸してください」
「どうやって肩を貸すんですか」
谷山少女(俺)の身長は150cm半ばで、一方のリンは推定190cm以上。身長差40cmはくだらないという絶望的な条件だ。言い出した俺も、どうやって肩を貸してもらえばいいのか分からない。さっさと車に鍵を掛け、俺を抱えたまま歩き出したリンをどうにかしようと口で抵抗する。
「ちょっと身長縮めてみません?」
「時間がないので行きますよ」
「ないなら置いてってくださいよ! そうだ、おんぶ! おんぶでお願いします!」
「もう着きます」
「あああああ」
俺の羞恥心は犠牲になったのだ。俺は思わず頭を抱えた。すると、呆れた声が上から降ってくる。
「何をそんなに嫌がるんですか」
「柄じゃないんですよこういうの! 羞恥もそうですけど悔しさが……!」
「はあ」
自分で聞いておきながら興味がまるでなさそうな相槌だ。彼はさらに余計な一言を付け加える。喋るよりは黙る男にしては珍しいが、それだけに本当に余計だった。
「あなたにも羞恥心があったんですね」
よろしい、ならば戦争だ。俺はいつもより顔が近い位置でリンに向かってにやりと笑った。
「怪我が完治した暁にはこの屈辱、物理的に味わわせてあげます」
「見え透いたハッタリですね」
「その言葉、後でじっくり後悔させますから」
念能力者を舐めるでない。190cm越えの男一人程度、この見た目細腕中身豪腕の女子高生(仮)が持ち上げて進ぜよう。無論、お姫様抱っこでだ。その状態で、ディズニー作品のカップルのノリでくるくると回って差し上げよう。俺は病んでいた黒田さん並みにクククと黒い笑い声を漏らした。
* * *
リンさんは本当に深く考えないで兄さんを運んでる。車椅子を持ってくるより、さっさと受付に放り込んだ方が早いと思っている。早さ優先で兄さんのなけなしのプライドは放置。
全身擦り傷だらけで片足立ちの女子高生を自力で歩かせる方がよほどアレなのだが、兄さんは運ばれるのが嫌過ぎて気付いていない。
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