念能力兄さんが麻衣に憑依する話9
萌え 2016/04/02 16:32
・念能力兄さんがGHの麻衣に憑依
・GH1巻「旧校舎怪談」の超冒頭部分
俺が真砂子ちゃんを連れてベースへ戻ると、渋谷君は彼女を見て苦い顔になった。
「校長はよほど工事をしたいらしい。あなたまで引っ張り出すとは」
渋谷君の知り合いだろうかと首を傾げると、ジョンがぽんと手を打った。
「僕もテレビで見たことあるのん、です。シャーマン、ええと、口寄せの」
「ええ。霊媒師の原真砂子と申しますわ」
素晴らしい美少女だと思っていたが、テレビへの出演経験もあるらしい。テレビ映えする美少女なのも納得だ。いや、そこまでの美少女っぷりだからこそ、テレビ局が食いつくのか。
とはいえ、あまりテレビを見ていない俺には初耳だったので、にこっとして口を挟んだ。
「原さんは有名なんだね」
「御呼ばれして少々、出演させていただいているだけですわ」
真砂子ちゃんは奥ゆかしく謙遜して見せるが、絵に描いたような市松少女で性格もいいとなると、引っ張りだこに違いない。機会があれば、彼女が出演している番組をチェックしたいものだ。
渋谷君は腕組みをして真砂子ちゃんに問いかけた。
「あなたの見立てはいかがです?」
その反応に俺はおや、と引っかかりを覚える。真砂子ちゃんに対する反応が、滝川たちに対するものとはあからさまに違っているからだ。恐らく滝川たちとは違い、真砂子ちゃんの能力は信頼しているのだろう。だからこそ、彼女に対してだけは見解を尋ねたのだ。
まだ旧校舎に足を踏み入れたばかりの真砂子ちゃんは小首を傾げて見せた。
「さあ……。あなたは? 霊能者には見えませんけど」
「渋谷サイキックリサーチの所長の渋谷といいます。そちらは助手のリン」
真砂子ちゃんの隣にいた俺は、彼女の耳にこそっと囁いて補足する。
「この人が自分の雇い主」
「まあ、この方が」
清楚な着物の袖で口元を隠した真砂子ちゃんは、渋谷君を見つめてふと訝しげな顔になる。
「……あたくし、どこかであなたにお会いしたことがあったかしら?」
渋谷君の風貌や装備では有名でもおかしくない。同じく有名な真砂子ちゃんとどこかで会っている可能性は考えられる。おまけに彼の美形っぷりは、一目見たらなかなか忘れにくいだろう。しかし渋谷君はさらりと否定した。
「初めてお目にかかると思いますよ」
即答できるのだから、よほど自分の記憶力に自信があるのだろうか。渋谷君は真砂子ちゃんのことを知っていたようなので、対面すれば記憶にあるはずだと確信しているのかもしれない。
「そう……?」
真砂子ちゃんは納得していないようだったが、気を取り直したのか、モニターの山に目を向けて渋谷君の問いに答えた。
「……霊はいないと思いますわ。校長先生は大変困っておいでのようでしたけれど。何の気配もありませんもの」
数日前から旧校舎に張り付いているであろう渋谷君が今まで真砂子ちゃんの存在を知らなかったのだから、彼女は本当に旧校舎に着たばかりだろう。それでもそんな意見を言えるだけ霊視できるのはさすがといったところか。念能力と霊力に重なる面があると考えるのならば、何も見えなかった俺と同意見ということになる。真砂子ちゃん以外には口が裂けても言えないが、“俺”の姿を見た彼女の意見は信じたい。
その時、今までモニターと向き合っていたリンが渋谷君に声をかけた。
「――カメラの映像が途切れたものがあります」
「どこだ。原因は」
「一階西側の一番奥の教室です。原因は分かりません。ノイズもなく突然切れたので、電源が落ちたように見えますが」
「様子を見に行く。リンはここで待機していろ」
「分かりました」
渋谷君はトラブルがあった場所に向かうようだが、俺はどうしようか。まだ昇降口の室温を測っていないのでそちらを優先すべきだろうか。そんなことを考えていると、遠くから女性の悲鳴が聞こえてきた。同時に、壁を叩くような音も響き始める。ベースの空気が緊張で硬くなるのを感じた。
「これは松崎さんの声と違うやろか……」
ジョンが呟くのとほぼ同時に、渋谷君が弾かれたようにベースから飛び出して行った。松崎さんが心配なので俺も後を追おうとするが、背後からリンに呼び止められる。
「谷山さん」
かろうじて叫び声ではなかったが、呼び止めるだけにしては強い口調だ。思わず足を止めて振り向く俺の脇をジョンと真砂子ちゃんが通り過ぎ、ベースには俺とリンだけになった。パイプ椅子に座ったままだが半身をこちらに向け、ヘッドホンを外して首にかけた彼は、少し沈黙してから口を開く。
「――室温は全て測り終えましたか」
「いえ、昇降口がまだです」
「ではそちらの測定を優先させてください。それから、室温の記録をパソコンに移すように」
パソコンを一通り扱えることはアルバイト初日に伝えたため、簡単な入力作業を任されることは予想済みだ。だが俺がそれ以外の部分に引っかかりを覚えていることを察したのだろう。リンは視線を逸らして続けた。
「……ナル、いえ、何人も同じ現場へ向かう必要はありません。あなたは自分の仕事を優先してください」
(ナル、ね)
「分かりました」
その“言い訳”は納得できなくもない。俺は頷いてベースから出た。
昇降口の室温を測ることはすぐに終わるし、データの打ち込み作業もタイピングに慣れている俺には造作もない。さっさと自分の作業を終わらせてからリンを見ると、彼は相変わらずモニターと睨めっこしていた。いつの間にか暗転していたモニターが回復し、渋谷君たちを映し出している。やはり何かがあったようで、主に松崎さんと滝川(ところにより真砂子ちゃん)が言い合いをしているらしい。松崎さんには目立った怪我がないようでなによりだ。
実験室特有の四足で四角い椅子に腰掛けてノートパソコンに打ち込んでいた俺は、ぱたんとパソコンを閉じた。それから椅子ごとリンの方へ向き直って声を掛ける。
「そういえば、渋谷君のあだ名って“ナル”って言うんですね」
彼はヘッドホンをしたままだが、俺の声は聞こえているようだ。片耳だけイヤーパッドを浮かせた彼が顔だけで振り返る。どこか探るような目をしていたので、俺は肩をすくめてみせた。
「さっきリンさんが言ってましたよ。どんな由来なんですか?」
「あなたには関係ありません」
これまでの中でも一段と険しい表情と硬い声だ。よほど聞かれたくないことだったらしい。今のリンはなかなか迫力があって怖いが、もっと怖い人を複数知っている身なので、ズケズケと首を突っ込むことにする。
「そうですか。では、自分に関係ある話題にしますね。タイミング良く二人きりですし」
「仕事中に私語は謹んでください」
「生憎、仕事の話です」
あえて真面目な顔を作ってそう言うと、さすがに感じるものがあったらしい。イヤーパッドを半分耳に寄せたままだが、リンが体ごとこちらに向き直った。普段にこにこだかへらへらだかしている人間が、唐突に真顔になると効果もそれなりにあるようだ。
そうやって話を切り出そうかと一瞬だけ考えた俺は、カマを掛けてみることにした。
「……渋谷君が心配ですか」
「何の話です?」
「ですから、自分を近づけたくないくらいに渋谷君が心配ですか?」
俺の言葉に、リンは明らかに返答に困っていた。一拍置いて、冷静な声で返される。
「……あなたの勘違いです」
「それにしては、随分と焦って止められたなぁと思いますけど」
俺が渋谷君を追って教室を出ようとしたとき、リンは声色を取り繕うことすら忘れて俺を呼び止めた。本当に咄嗟に止めたというのが丸分かりだった。その後に、詮索されたくない渋谷君の呼び名を口走るくらいには、取り繕うことに必死だった。そもそもリンは、当初から俺をアルバイトとして雇うことを頑なに反対していた。飛び抜けた美形の渋谷君にミーハーな女子高生が近付くことを厭っている、と考えるにしてはいやに態度が露骨過ぎるほどに。
リンは一体、俺に何を見た?
「自分の目の届かない場所で自分と渋谷君が一緒にいるのは好ましくない、といった感じですかね」
俺は椅子から立ち上がると、ゆっくりとリンに歩み寄った。そして彼の目の前で立ち止まる。長身で上背のある男だが、座っている姿勢だとさすがに俺が見下ろす形になった。
「自分、渋谷君のことを取って食いはしませんよ?」
俺は肉食系男子ではないし、それ以前に渋谷君は男だ。手を出すなんて絶対にありえない。
「そんな心配はしていません」
「じゃあ別の心配はしているんですね」
揚げ足を取るように訊ねると、リンは沈黙した。眉間に寄ったしわは、紙を挟めそうなほど深い。自分から首を突っ込んだとはいえ、こうも警戒心を剥き出しにされると居心地が悪い。俺は自分の頬を指で掻きながら提案した。
「……アルバイト、辞めましょうか?」
すると、リンは虚をつかれた顔になった。
「仕事に支障が出るレベルなら、早めに辞めた方がお互いのためかなと。代わりを紹介するなら男子生徒の方がいいですよね、力仕事ですから。明日中には見繕ってきますよ」
賃金と労働時間・内容のバランス的にはおいしいアルバイトだったが、さして未練はない。金を稼ぐ手段は他にもある。真砂子ちゃんと知り合うことができたのでむしろ大収穫だ。あとは彼女と連絡先を交換できれば、このアルバイト最大の魅力を全て堪能したも同然だろう。そんな打算アリアリの内心を隠して、さも親切心と謙虚さから申し出たような体を取り繕っていると、リンがばつの悪そうな表情に変わる。
「……理由は聞かないのですか」
リンも成人男性だ。さすがに(見た目)女子高生にこうも譲歩されてしまえば、態度を多少なりとも軟化させようというプライドがあるのかもしれない。実はあなたの目の前にいるのは成人男ですよ、とは絶対に教えてやらない。
「教えていただけるのでしたら伺いたいです。あ、まさか最初に女子高生を前面に出してからかったせいですか?」
「違います」
冗談めかして訊ねたらばっさりと即答された。リンは深いため息をつくと、ちらりと横目でモニターを見てからイヤホンを完全に外し、首にかけた。
「……あなたの人格や言動に問題があるわけではありません。私が勝手に心配しているだけです」
自分の今までの態度を否定しない辺り、本当に俺と渋谷君を一緒にさせたくなかったらしい。ただ、好意的な態度を取られた覚えがなかったため、リンに悪い評価をもらっていなかったことに少し驚いた。
「アルバイトを辞める必要もありません。あなたは、素人にしてはよくやっている方だと思います」
素人にしてはという注釈がつくが、間違いなく褒められた。思わず呆然としそうになるのを堪え、俺は苦笑した。
「やっぱり教えてもらえるわけではないんですね」
「ええ。すみま」
俺は謝ろうとしたリンの両肩を手で軽く押し戻した。少し驚いた顔をする青年に、にっこりとしてみせる。
「辞めなくてもいいなら、今まで通りでいいんですね?」
「そうです」
「じゃあ今まで通り、リンさんに時々ちょっかい出しますね」
「は?」
そもそも、俺に限らず他人(渋谷君は除く)と積極的に会話したがらないリンが、構ってくる俺に返事するのを結構面倒臭そうにしているのはもちろん知っている。今回は都合が良かったので、それを引き合いに出すことにした。詮索しない代わりに、ちょっかい出されても文句は言うなよ、という具合である。
「これでお互い様ってことで謝罪は結構です。好きに警戒してください。こちらもリンさんの目の届かない場所で渋谷君と一緒にならないようにします」
「……それは」
たったそれだけの配慮でよく分からない横槍が入らないのなら万々歳だ。どうせリンや渋谷君とはこの場限りの付き合いだ。警戒される理由は分かった方がいいが、分からなくても致命的に困った事態になるわけでもない。
「こちらが少し気を付けるだけで多少は安心できますよね。だったら、これからはちゃんと言ってください」
俺はとびきり人の良さそうな、もっと言えば相手の罪悪感を煽るような笑顔を浮かべてみせた。リンが戸惑ったような何ともいえない渋い顔をするが、俺の知ったことではない。
「業務に支障が出なければ、いちいち渋谷君に報告する必要もないことですよね? やぶ蛇な予感がするので、自分からは渋谷君に黙っておきます」
あなたより年下の女の子(外見だけ)がここまで配慮しているんだから、罪悪感に苛まれて本当のことを白状してもいいのよ、というアピールである。リンにどこまで効果があるのか不明だが、借りを作った気分にさせておくのは悪くないだろう。どうせこの男は、真正面から問い質しても本当に隠したいことは口を割らないようにみえる。ならば絡め手でアプローチするしかあるまい。
(俺……何だかんだで、この人相手に女子高生の立場利用しまくってないか?)
悪いのは俺ではなくリンである、と無理矢理納得しておくことにした。
* * *
女子高生プレイ中だからあくどく考え付くだけで、ノマ兄さん状態だったら素でやらかす。むしろ、か弱い女の子の姿でなければ効果がないと思っている節がある分、ノマ兄さん状態の方が性質が悪い。
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