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念能力兄さんが麻衣に憑依する話8
萌え 2016/03/30 11:41


・念能力兄さんがGHの麻衣に憑依
・GH1巻「旧校舎怪談」の超冒頭部分





 本格的に仕事に取り掛かるのなら旧校舎内のベースということで、俺を含むSPR(渋谷君の事務所の略称である)の三人組は、連れ立ってそちらへ向かった。無論、リンが手にしていた資料や小さな機材は俺が笑顔でもぎ取った。体格に恵まれた男といえど、松葉杖とお友達である人間に物を持たせようとは思わない。それにしてもリンは、(拒絶や文句はともかく)お礼くらいはノータイムで言えないものだろうか。俺が勝手にしたことと言えばそれまでだが、何かにつけ沈黙を破る必要があるのは面倒臭い。

 SPRに続いてぞろぞろとベースまで付いてきたその他の面々については最早何も言うまい。ジョンは友好的な態度なので何の問題もないが、好き勝手に渋谷君をこき下ろした大人二人組まで一緒なのは解せない。だが、それを突っ込むと面倒なことになると分かりきっているので黙っておく。

 拠点である旧校舎の一階にある教室では、所狭しと設置された機材が、主がいなくてもずっと稼動し続けていた。初日に聞いたところ、最大で24時間稼動し続ける機材もあるらしい。軽く埃を払われた机の上にはいくつものモニターが整然と並べられ、あらゆる角度から旧校舎内を映し出している。その近くでは大型の(俺から見れば)古いビデオレコーダーが作動しており、映像や音声を逐一記録していた。ビデオカメラやマイクがテレビ局並だと思っていたが、ここまでくるとちょっとした番組制作くらいはできそうな装備だ。滝川はベース内をぐるりと眺めると、感心半分、呆れ半分で「ほぉ」と声を上げた。

「これだけの機材をよく集めたもんだな」

「そんなことなんて関係ないわね。もう坊やの出る幕はないわよ。このご大層な荷物をまとめて帰る準備でもしたらどうかしら?」

 滝川の声色にはしっかりと揶揄するものが乗っていたが、松崎さんはもっと分かりやすかった。

「これだけの機械を集めて無駄骨なんて、ほーんとご苦労様ね」

「そりゃ失礼だよ、お前さん。いやあ、俺は見直したなぁ。仮にもこれだけの機材を持ってる事務所の所長さんだからな。こりゃあ有能に違いない。だろ?」

(嫌味ばっかり言ってて疲れないのか、この人たち)

「あなた方は旧校舎の除霊に来たのでは? それとも遊びに来たんですか?」

 俺の内心に同調したわけではないだろうが、そんなタイミングで渋谷君が冷たく言い放った。一方のリンは、それらを全てスルーしてパイプ椅子に腰掛け、ヘッドホン装備でモニターと睨めっこしている。お似合いの主従である。

 あっさりと言い返された松崎さんは、むっとした顔で踵を返した。

「これだから子どもは嫌なのよ。大した事件でもないのに大騒ぎしちゃって」

 確かに校長は霊能者を呼び過ぎではないかと思うが、ここまで同業者に過剰反応するのもどうなのだろうか。それとも、こういう業界では反目し合うのが普通で、穏やかなジョンが珍しいのか。乱暴な足取りでベースを出て行く松崎さんに続き、滝川も肩をすくめて出て行く。取り残されておろおろしているジョンに、渋谷君が声を掛けた。

「君は?」

「……協力するのと、ちゃうんですか」

「そういう状況ではなさそうですね」

 この状況で協力し合うという流れになったら奇跡である。ジョンは弱りきった顔で渋谷君を見た。

「わて――ええと、僕、こういう雰囲気はかなんのです。僕はできるだけ協力させてもらいますよって、ここにいてもよろしやろか」

「どうぞ」

 一般的な人は、ああも険悪な雰囲気の只中に放り込まれるのを好むまい。見るからに温厚そうなジョンらしい対応だ。

 そこまで見届けた俺は、ふと自分の仕事を思い出した。

「っと……流れでこっちに来ちゃったけど、そろそろ教室の温度を測ってくるよ」

「ああ」

「そうだ、ブラウンさん。自分は谷山麻衣です。よろしくお願いしますね」

 去り際にジョンに声を掛けると、彼は予想通りに人懐っこい笑顔を浮かべた。

「確か、渋谷さんのアシスタントですやろか。僕はジョンと呼んどくれやす。よろしゅうに、です」

「こちらこそ、好きに呼んでください」

 癒された。ありがとうエクソシスト。

 ベースから出る際には、機材から伸びて床を這うコードを踏まないように注意する。このコードはSPRにとって動脈のようなものだ。一階のベースから旧校舎内で観察すべきと判断された場所まで伸び、カメラや録音機といった末端の感覚器に繋がる。渋谷君はいわば、科学の手足を操る脳なのだ。

 俺は廊下を走るコードを避けながら、さくさくと室温測定を済ませる。二階から始まり、途中で会った松崎さんや滝川をさらりと受け流し、一階へ。ついでにカメラの死角で目に凝をして校舎内を観察しておく。

(室温、オーラ共にどの教室も変化なし、と)

 素人から見ても面白味のないデータだ。最後に一応、玄関の温度測定をしておこうと昇降口に向かう。するとそこで、外からちょうど入ってきた人物と鉢合わせた。本棚の影から現れた彼女に、俺は思わず足を止める。

 年の頃は谷山少女と同じくらいで、まるで市松人形のような美しい少女だ。まさに人形が歩いているといっても過言ではない。身長は谷山少女よりも低く、150cmを越える程度だろうか。華奢な体を白を基調とした上品な着物で包み、楚々とした仕草でこちらを見つめている。肩の線で切り揃えられた黒髪は艶やかで、長い睫毛に縁取られた黒目がちの大きな瞳は、見つめられていると吸い込まれてしまいそうだ。ここまで完成された和風美少女はなかなかお目にかかれないだろう。……廃屋でカメラ越しに見たら幽霊と間違えてしまいそうな外見でもある。彼女も霊能者だろうか。

 何にせよ女の子、それも美少女が増える分には歓迎である。荒地に咲く花に白い菊、あるいは水仙が増えたようなものだ。ちなみに他の面子を例えるならば松崎さんは薔薇、ジョンは菜の花、滝川はぺんぺん草(温情)、渋谷君とリンは……土? ともかく、俺は微笑んで彼女に声を掛けた。

「……こんにちは。もしかして新しく来られた霊能者の方ですか?」

「ええ……」

 少女は立ち止まると、俺をじっと見つめている。どこか茫洋としたような、ここではないどこかを見ているような、よく分からない表情だ。もしかして不思議ちゃんという人種だろうか。ぼんやりとした気もそぞろな返答に困っていると、彼女は白魚のような指をすっと持ち上げ、俺を差した。



「あなたの中に誰かがいます」



 鈴を転がすような声で言われた内容に、俺は咄嗟に言葉が出なかった。それでもさっと視線を走らせて、自分達がかろうじてカメラの死角にいるのを確認できたのは僥倖だ。俺は無理矢理口角を上げて少女に問いかける。目が笑っていないだろうと思うが、そこまで気を回せなかった。

「何か、見えましたか?」

「ええ。あなたの中に若い男性がいます。20歳くらいですわね。優しそうなお顔ですけれど、心当たりはありますの?」
「…………だん、せい?」

 急激に喉が渇く。俺は唇を舌で湿らせ、声を絞り出した。

「……その男性の特徴とか、分かる?」

「髪も目も黒くて、顔立ちは穏やかそうな……そうですわね、左目の下に泣き黒子がありますわ」

「………………へえ」

 動揺を押し殺すのに大層苦労した。それはもう、俺が強制女体化の憂き目に遭ったこととか、女の子の日に遭遇したこととか、それらの次くらいには動揺したので。

 彼女が視たのは、“俺”だ。

 ここまではっきりと言われてしまえば、否定したところでどうしようもないだろう。むしろ俺を見分けてくれた幸運、いや、その霊視能力に感謝すべきだ。

「……そうだね。心当たりは、ある。でもその人は旧校舎とは関係がないんだ」

「そうでしたの」

 俺の返答に、彼女は予想外にあっさりと納得した。何故だろうか。どうして会ったばかりの“俺”の無実を信じてくれるのだろうか。じわじわと胸に温かいものがこみ上げる。

「できれば、黙っていてくれないかな? 他の霊能者を別件で煩わせたくないから」

「分かりましたわ」

「ありがとう」

 やはり簡単に頷いてくれた彼女に、俺は心から礼を言った。それから、彼女が再び足を動かす前に急いで口を開いた。

「あの、名前を聞いてもいいかな? おっ……自分は谷山麻衣。臨時で旧校舎の調査の手伝いをしてるんだ」

「あたくしは原真砂子と申します。霊媒師ですわ」

 霊媒師とならば、自分の体に霊を憑依させ、自分の口を通して霊の言葉を代弁できるということか。この様子だと、霊も視えるのだろう。俺自身は幽霊ではないと思いたいが、彼女の目から見れば似たような状態なのかもしれない。

 真砂子ちゃんは俺の顔を見てふっと笑った。まるで蓮の花が綻んだような錯覚を覚える。

「何かおかしかったかな?」

「少し。何だか必死でしたもの。その男性のこと、誰にも話せなかったんですの?」

 俺は思わず赤面し、緩んだ口元を片手で隠した。ああ、言われてみれば必死だ。口調が砕けてしまったり、うっかり“俺”という一人称が出そうになるくらいには。

「それはもう。信じてもらえるわけがないから」

 年下の子にこういう形で笑われると羞恥心をくすぐられる。俺は恥ずかしさをまぎらわすように早口で訊ねた。

「どうして無実だと信じてくれたんだ? ここに来たばかりなのに」

「お顔を見れば分かりますわ。旧校舎の曰くをいくつか聞いてまいりましたが、その方はそれができるようには見えませんもの」

 霊媒師の勘とでも言うのだろうか。妙に核心の篭った返答に、俺は余計に顔が赤くなるのを感じた。どうしよう、めちゃくちゃ嬉しい。俺はこの子との繋がりを逃してはいけない気がする。

 俺は無理やり咳払いをして仕切り直すと、真砂子ちゃんに懇願した。

「後で場所を変えて二人だけで話せないかな? あ、別に取って食おうってわけじゃない。誓って何もしないよ。あれ、でも霊能者さん相手だからそういうのってお金かかるかな? どうなんだろう?」

「簡単なお話程度でしたらかかりませんわ。空いた時間にお話しましょうか」

 やはり真砂子ちゃんはクスクスと笑っている。そればかりか俺に時間を使ってくれるという。なんだこの子、女神様か。

「ありがとう、恩に着るよ。この現場にはしばらくいるから、困ったことがあれば何でも言って。俺のできる範囲で力になるよ」

「……ええ。お気持ちは頂いておきますわね」

 真砂子ちゃんは少しだけ言い淀んでからにこりとした。一般人が霊能者の助けになれることは少ないということだろうか。それでも嫌味なくこういう返答をしてくれるところは優しい。どこぞの大人に見習わせたいくらいである。

「とりあえず、こっちにどうぞ。バイト先の拠点が近くにあるから、案内するよ」

 俺は踵を返すと、真砂子ちゃんをSPRのベースに案内した。昇降口の温度測定は少しだけ後回しだ。



* * *



兄さん、一人称がはみ出てる!



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