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念能力兄さんが麻衣に憑依する話7
萌え 2016/03/28 22:32


・念能力兄さんがGHの麻衣に憑依
・GH1巻「旧校舎怪談」の超冒頭部分





 走り去っていた黒田さんの背中から俺が目を逸らすと、滝川が肩をすくめた。

「お前さんも厳しいねえ」

「嫌いなのよね。霊感ごっこで自分を特別な人間だと勘違いしてる馬鹿と、臆面もなく霊能者を騙る馬鹿」

(きっついなぁ)

 済ました顔だがなかなか痛烈なことを言う松崎さんに、内心でため息をつく。黒田さんの言動はお世辞にも褒められたものではなかったが、それに対する松崎さんの態度も辛辣だったので何とも言えない。基本的にきつい物言いで相手を追求するのは得手ではないので、少々気後れしてしまう。

 一方、滝川はにやりと口の端を吊り上げた。

「へえ。そりゃ意見が合うねえ。実は俺も嫌いなんだよ」

 そのセリフが松崎さんを始めとする他の同業者を指していることは言うまでもない。しかし、それに煽られるのはこの場では松崎さんくらいだ。彼女は滝川を鼻で笑うと、俺に目を向けた。

「あんたも、変にあの子の言葉を真に受けるんじゃないわよ。あの子に霊感なんてないわ。ただ目立ちたいだけ」

 その言葉に、俺は困ったような顔で苦笑してみせた。八方美人どんと来い。変な諍いの種を撒き散らすよりもマシだ。

「霊感のない素人なもので、その辺りの判断は何とも言えないんですよね」

「無理に話の腰を折ったりしちゃって。庇ってあげたんでしょう?」

「どの道、確認が必要なことでしたし、仕事がしたかったのも本当です。働かずに給料を貰うには後が怖そうな上司なので」

 松崎さんと滝川は「ああ……」と納得した顔になった。さすが渋谷君、毒舌所長。俺はそんな渋谷君に笑顔で向き直ると、手にしていた温湿度計とバインダーをかざして見せた。不穏な空気になる前にさっさと仕事を始めたい。

「それで所長、今日も各教室の室温を測る必要があるかな?」

「そうだな、温度計を設置していない教室に関しては必要だ。だが、これといった反応がないから、それから次の手の打ちようがないんだが……」

 そういえば渋谷君は難しい顔をしてノートパソコンと睨めっこしていた。素人とはいえせっかくなので、思い出したことを伝えてみる。

「うーん……。素人意見でもいいなら、真偽が分かってない噂について調べる、とか」

「そういえば人影を見たという噂のある場所を調べていなかったな。塀の外から見える壊れかけの教室と言っていたから――二階の西側だろう。西の端の教室に機材を置いてみるか」

 それはつまり機材を運べということですね分かります。任せろ、雑用係の真骨頂だ。

「麻衣、先に室温を測って来い。その間に運ぶ機材をベースで準備しておく」

「了か……は?」

 さっさとその場を離れようとした俺は、ふとひっかかりを覚えて足を止める。思わずきょとんとした顔で渋谷君を見ると、かすかに眉をしかめられた。

「何だ」

「何だというか……随分と、唐突に親しげな呼び方になったなぁ、と」

「お前だって気安い口調になっただろう」

 思い返してみればいつのまにかそうだった。面倒ごとの気配から逃げようとするあまり口が滑っただろうか。

「そういえば確かに。特に意味はなかったんだけどな。じゃあ、お互い様ということで」

 問題はないので、俺は肩をすくめて受け入れる。ついでに、荷台で機材のチェックをしている大男にもちょっかいを掛けておいた。

「リンさんも気安くお呼びしましょうか?」

「今まで通りで結構です」

「ですよね。……あれ?」

 予想通りの冷たい返事を流したところで、俺はふとグラウンドの方から誰かが来ることに気付いた。2人いる。片方は白髪をオールバックにした中年の男性――校長だ。彼に連れられているのは金髪碧眼の若い外国人少年のようだ。少年は渋谷君とそう変わらない年齢だろう。校長と金髪少年の組み合わせがあまりにも異色で目を引く。

 俺の視線の先を追った松崎さんと滝川はげんなりとした顔になった。

「ちょっと、校長の横にいるの、何者よ」

「もう一人の霊能者ってオチじゃないだろうな」

(そういうオチだろうな)

 むしろ、それ以外の理由が思いつかない。案の定、こちらに辿り着いた校長は「やあ、お揃いですな」とどこか不器用な笑顔を浮かべて少年を紹介した。

「もうお一方、お着きになりましてね。紹介させていただきましょう」

 少年の身長は160cmを越えた程度だろう。緩やかにウェーブを描く金髪と青い目がきらきらと陽光を弾く。着ている服はいたって普通のワイシャツにトレーナー、チノパンだが、あどけなさを残して整う顔立ちを損なわせることはない。穏やかな表情だからなのか、今まで紹介された霊能者とは打って変わって親しみやすさを感じる。

「ジョン・ブラウンさんです。どうか、みなさんで仲良くやってください」

(ジョンって……うわあ、俺が昔使った偽名じゃん)

 校長に紹介されてにこっと懐っこく微笑む彼は、まさに絵に描いたような美少年である。宗教画の天使が成長したらこうなりましたと言われても違和感がない。フツメンの俺がかつてハンター世界で一時期名乗った“ジョン・ドゥ(名無しの権兵衛)”とは比べるまでもなく天と地の差がある。滝川のときのようにイケメンいい加減にしろと(内心で)言いたいが、目の前の彼はどうにも憎めない風情だ。そんな美少年の唇から変声期を経た声色がこぼれる。

「もうかりまっか」

 ――場が凍りついた。かくいう俺もつい二度見した。

「ブラウン言いますのどす。可愛がってやっとくれやす」

「その……ブラウンさんは、関西の方で英語を学んだそうで」

 校長は苦笑しながらしどろもどろそう言うと、美少年を置いてそそくさと退散してしまった。所在無げな顔をしたジョン君は、ぺこりと日本式のお辞儀をする。

「おおきにさんどす」

 一拍置いて、滝川と松崎さんが噴き出した。我慢できなかったようだ。俺は必死に耐えているのでやめて欲しい。言葉がめちゃくちゃでも意味の通じる日本語を話せているのだから素晴らしいではないか。英語が全くダメな俺とは大違いである。……いや、やっぱり面白い。

 すると、笑いを堪えている様子もなく、どこか硬い表情をした渋谷君が口を開く。

「ブラウンさんはどこからいらしたんですか?」

「わてはオーストラリアから、おこしやしたのどす」

 オーストラリアと聞いて俺が真っ先に思い浮かべたのは、コアラとカンガルーだった。恐らく、日本人にありがちな発想である。そして滝川と松崎さんは相変わらず大笑いしている。ジョン君は大笑いする2人を見て困った顔になった。

「わての日本語、なんぞ、変どすやろか?」

「かなり」

 かなり珍しく、渋谷君がふっと苦笑した。ジョン君は弱りきった顔で笑った。

「日本語は難しおす、どすなぁ」

「おいっ、坊主! 頼むから、その変な京都弁はやめてくれ!」

 息も絶え絶えになった滝川が、半ば叫ぶようにして懇願する。するとジョン君はきょとんとして首を傾げた。

「せやけど、丁寧な言葉ゆうたら京都の言葉と違うのんどすか」

「誰だよ! こいつに日本語を教えたのは!」

 確かに、一体どういう意図でジョン君に方言を教え込んだのか、小一時間ほど問い詰めたい。どうにか笑いを収めた滝川は、目尻に浮かんだ涙を指で拭いながら言った。

「いいか? 京都弁は方言の一種だ。悪いことは言わないからやめとけ、な?」

 ジョン君は素直に頷くと、言葉遣いを変えた。

「せやったら、仲ようにいかせてもらいますです。あんさんら、全部が霊能者でっか?」

 言葉遣い……変わった、か? 方言なのはもうどうしようもないらしい。また軽く噴き出した滝川と松崎さんを尻目に、渋谷君が薄く微笑んだ。

「そんなものかな。……彼女は松崎さん。巫女なんだそうだ。彼は滝川さん。前は高野山にいた坊主だとか」

「あんさんは?」

「ゴーストハンターと答えておこうかな。残りの二人は僕の助手」

(曖昧な答え方をするなぁ)

 渋谷君の回答には引っかかりを覚えないでもないが、いちいち突っ込む気にはなれないので放置する。どうせ彼とはこの場限りの付き合いだ。俺の身の安全と関わりがないのなら問題ない。

 ジョン君はぽんと手を打った。

「ああ! せやったら、車の中の機材はあんさんのものやねんですね? ごっつえらい装備やなぁと思うたんです」

 何と平和的な反応だろうか。大人二人は見習うべきである(リンに関しては最早別枠)。渋谷君はにこにこしているジョン君に尋ねた。

「君は?」

「へえ、わてはいわゆる、エクソシストっちゅーやつでんがな、です」

 最初に浮かんだのがブリッジして階段を下りる悪魔憑きだった。次に浮かんだのが「異教徒共と化物共(フリークス)は皆殺し」を叫ぶ神罰の地上代行者(神父)だった。どっちも違うよな? もし後者だったら俺は全力で逃げの一手を打つのだが。念能力者の俺は異教徒でもフリークでも当てはまる気がしてならないので。旧校舎に放り込まれて丸ごと焼き討ちにされても文句は言えない。いや、愛用の銃剣(バヨネット)で串刺しだろうか。今からでもカトリック教徒になるべきかもしれない。

 真面目に考えるとジョンはカトリックの祓魔師(ふつまし)、悪魔祓いだろう。詳しくは知らないが、人や物から憑依霊を落とす、いわゆる憑きもの落としが出来る人なのかもしれない。無論、本物であればの話だが。

 エクソシストと聞いた途端、滝川と松崎さんは笑うのをぴたりとやめた。そればかりか探るような、あるいは警戒するような眼差しをジョン君に向ける。エクソシストはそれほどまでに油断ならない相手なのだろうか。渋谷君は少しだけ柔らかい口調で語りかけた。

「エクソシスト? 確かあれは、カトリックの司祭以上でないとできないと思っていたが。随分若い司祭さんだね」

「ようご存知で。せやけど、わてはもう19でんがなです。若うみられてかなんのです」

(え、嘘だろ)

 もしかすると、谷山少女の中の人である俺と最も年齢が近いのか。……俺よりもずっと年下に見える。童顔は人体のファンタジーである。ジョン君改めジョンは、困ったように照れ笑いした。

「……わて、というのはやめたほうがいいな。僕、もしくは私。あんさん、もやめるべきだろう。あなた、とか」

(妙に優しいな。別にいいけど)

 渋谷君がこんなに(比較的)優しくアドバイスをする姿など初めて見た。大した付き合いでもないので当然といえばそうだが、彼の場合はそうする姿が想像できない人物だ。相手が常識的な好人物と思われるジョンだからこその対応なのかもしれない。

「はい、おおきに。せや、あなたは、お名前は?」

「渋谷一也」

「あんじょう頼みまっしゃ、です」

 礼儀正しく挨拶するジョンは間違いなく癒し担当である。というより他に癒される人がいない。松崎さんに関しては、いてくれるだけで目の保養なのでその他は除外する。

 渋谷君はジョンに軽く会釈だけすると、こちらに向き直った。

「リン、麻衣。仕事にかかる」

「分かりました」

「了解」



* * *



こうして麻衣兄さんは程ほどに便利な奴認定されていくのである(ナルに)。
あくまで程ほどであり、安原さんに向けるような敬意はない。一切、ない。越後屋レベルのコミュ力は無理だよ!
ちなみに神罰の地上代行者ネタはHELLSINGのアンデルセン神父。検索すれば納得の恐怖。



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