念能力兄さんが麻衣に憑依する話6
萌え 2016/03/24 21:12
・念能力兄さんがGHの麻衣に憑依
・GH1巻「旧校舎怪談」の超冒頭部分
黒田さんのことを渋谷君に話すと約束した日の放課後。私服に着替えてから、昨日と同じ場所に停められているバンのところへ行くと、開け放たれた荷台に腰を下ろした渋谷君がノートパソコンの画面をじっと見つめていた。
「こんにちは。何か分かりました?」
何とも感情が読みにくい顔をしていたため訊ねると、彼は首を横に振る。
「特に異常はないな……むしろ、なさすぎるくらいだ」
「幽霊はシャイなんですよね。そうだとしても静か過ぎるってことですか?」
時々、英単語を使う渋谷君の表現に合わせてそう聞いてみる。幽霊は恥ずかしがり屋で、部外者が来ると鳴りを潜めるケースが多い。そう言ったのは昨日の渋谷君であった。
「そうだ。もう少し反応が見られてもいいはずだ」
不可解そうな顔をする渋谷君は画面を見る目を眇める。反応云々の判断基準が分からない俺が言えることなど何もないし、この状況で黒田さんのことを切り出すほど空気を読めないわけでもない。何やら考え込み出した渋谷君は放っておいて、俺は荷台にひょいと乗り込むともう一人に挨拶をした。
「こんにちは。今日もよろしくお願いします」
荷台の奥のほうで機材を弄っているリンに声をかけたのだ。彼は顔を上げると、たっぷりと沈黙を置いてから「こんにちは」と返した。今日も順調に間を置かれているようである。何でだよ。
「何か運ぶものはありますか?」
俺がリンにそう尋ねたときだった。
「へえ、いっぱしの装備じゃない」
突然、聞き覚えのない女性の声がかけられた。当然、黒田さんではない。彼女よりも成熟した、艶のある声だった。俺が振り向くと、旧校舎の方から若い男女2人がこちらへ歩いてくるのが見えた。
(お、美人なお姉さま。……とチャラいイケメンか。またイケメンかよいい加減にしろ)
女性は20代半ばくらいで、背中を覆うほど長い黒髪をさらりと下ろしていた。顔立ちはややきつめだが整っており、鮮やかな口紅がよく似合っている。すらりとしたスレンダーな体格で、身長は170cm近いだろう。モデルのような体を俺の時代ではあまり見かけないロングスカートのカジュアルなスーツで着飾っている。まさしくお姉さまとお呼びしたい美女だ。ぜひ手の平で転がしていただきたい。
一方、男の方も女性と同じくらいの年で、肩につきそうな長さの茶髪をうなじで結んでいる。髪の色とピアスのお陰で、チャラいイケメンにしか見えない。身長は渋谷君とリンの間くらいなので、180cm半ば程度だろう。黒のハイネックとジーンズの上に革のジャケットを着込んでおり、「これからカラオケ行ってきます」と言われたら「はいどうぞ」と答えたくなる外見だった。つまり仕事でここに来たようには見えない。
2人は車の傍まで来ると、機材が詰め込まれた荷台を見て呆れたような顔をした。女性に至っては小馬鹿にした表情を浮かべて、荷台に腰掛けたままの渋谷君を見下ろして口を開いた。
「大したもんだけど、子どもの玩具にしては高級すぎるんじゃないの?」
若い所長にしては機材が異様に高価なのは俺も同意する。だが、気難しそうな渋谷君に対してそれを口にすると、トラブルの元になるのではないだろうか。それを差し引いても、初対面の相手に随分な口調だ。案の定、渋谷君はノートパソコンから顔を上げて2人を見た。当然のことながら冷ややかな目をしている。俺は内心で合掌した。
「あなた方は?」
渋谷君の問いかけに女性の唇が弧を描く。どう控えめに表現しても嫌味っぽい笑みだ。
「あたしは松崎綾子(まつざき あやこ)。よろしくね」
「あなたのお名前には興味がないんですが」
瞬殺であった。
(今の文脈なら名前を聞かれているって思っても普通だろ!)
渋谷君は手厳しい。第一声でこちらを挑発してきた相手に対する態度としては妥当なのかもしれないが。……妥当か? 女性は眉をしかめて渋谷君を見た。
「随分生意気じゃない。でも坊や、顔はいいわね」
「お陰様で」
すげえなこれ。リドルでももう少し遠慮するぞ。……いや、あいつの場合は心象を良くするためにわざと遠慮するのであって、顔には渋谷君と同程度の自信を持っていたな。比較対象として間違っていた。
女性――松崎さんは気を取り直すと肩をすくめた。
「ま、子どもじゃ顔が良くてもしょうがないか。ましてや顔で除霊できるわけでもないし」
「同業者、ですか?」
「そんなものかな。あたしは巫女よ」
俺は目を少し見開いた。巫女というには、彼女の雰囲気が艶やか過ぎる気がしたからだ。18歳以上の大きなお友達が嗜むゲームの中での巫女さんは時としてえっちな存在だが、実際の巫女さんは清純派路線である。口が裂けても言えないが。
すると、違和感を覚えたらしい渋谷君が口を開いた。
「巫女とは清純な乙女がなるものだと思っていました」
「あぁら、そう見えない?」
「少なくとも、乙女と言うにはお年を召され過ぎだと思いますが」
(鬼か)
飛び抜けたイケメンは、自分の容姿が優れているからなのか遠慮がなさ過ぎる。傍で聞いていたチャラ男が大口を開けて笑い出した。お前、松崎さんの連れじゃないのかよ。フォローするどころか笑いやがった。松崎さんは顔を引き攣らせる。年下にお年を召されたと言われてしまえば何も言えないのだろう。
さらに余計なことに、チャラ男が笑いながら口を挟んだ。
「その上、清純と言うには化粧が濃い」
(もうやめたげてよぉ!)
あまりにも惨い攻撃に、傍から見ている俺まで震えそうになった。お前ら、女性にはもうちょっと優しくしてあげて! 確かに最初に憎まれ口を叩いたのは彼女だが、いくらなんでもそこまでズタボロに言わなくてもいいじゃない!
「元がいいからそう見えるだけよ!」
チャラ男に怒鳴り返す松崎さんが痛々しい。俺は彼女からそっと目を逸らして近くにいたリンにこそっと声を掛けた。
「助手として止めないんですか? 渋谷君、挑発の模範演技してますけど。このままだと主演男優賞も狙えますよ」
「……先に挑発したのはあちらですし、こういうやり取りは珍しくありません。あちらの方にはいい薬でしょう」
無言かと思いきや、結構喋ってくれた。何度もめげずに話しかけてくるので、いい加減に俺と会話せざるを得ないと諦めたのかもしれない。自分の意思を出さないと勝手に話が進められるとでも思っているのだろうか。まあ進めるが。可愛い女の子でも幼い子どもでもあるまいし、遠慮は必要あるまい。俺はにこーっとした。
「リンさんも結構イイ性格してますよね」
「あなたには言われたくありません。……私はあなたに名乗った覚えがありませんが?」
言われてみれば俺とリンはお互いにフルネームを名乗った覚えがなかった。まあ、長い付き合いになるわけでもないので、今後も名乗る予定はない。どうせ渋谷君は俺のフルネームを知っているだろうし(放送の呼び出しはフルネームだった)、俺は俺でリンのフルネームを知る必要がない。
「渋谷君がそう呼んでいたのを覚えていただけです。それとも、前のように“お兄さん”とお呼びしましょうか?」
「今の呼び方で結構です」
よほど俺の女子高生プレイ(後でちょっと後悔した)が堪えたのだろうか。やや強い口調で言われた。
そんなことを話していると、無理矢理仕切り直したらしい松崎さんの声が聞こえた。
「とにかく、子どもの遊びはここまでよ。あとはあたしに任せなさい。校長はあんたじゃ頼りないんですってよ。いくらなんでも17かそこらじゃねえ」
どうやら校長は渋谷君のことを信用しておらず、他にも霊能者を呼んだらしい。俺が感じた校長の態度は間違っていなかったのだ。すると渋谷君は薄い微笑を浮かべた。まるで冷笑のお手本のようだ。
「お手並みを拝見しましょう。――“大”先輩のようですから」
容赦のない切り返しだった。松崎さんはむっとした表情を浮かべた後、ぷいっと顔を背けた。見た目にそぐわない子どもっぽい仕草が可愛らしいと思ったのだが、そんなことを考えたのはこの場では確実に俺だけだろう。男だらけのむさ苦しい荒地に咲く一輪の花だというのに。
一方、渋谷君はさっさと松崎さんからチャラ男の方へ視線を移した。
「それで、あなたは? 松崎さんの助手というわけではなさそうですが」
「俺は高野山の坊主だな。滝川法生(たきがわ ほうしょう)ってもんだ」
(嘘だろおい)
未だかつて、こんなにチャラい坊主がいただろうか。チャラ男――滝川には、坊主の袈裟よりコンビニの制服の方が似合うと思うのだが。渋谷君もミスマッチだと思ったのか、片眉を上げてみせた。
「へえ? 高野山では長髪が解禁になったんですか?」
「破戒僧」
半眼になった松崎さんがぼそっと追撃する。滝川は苦笑した。
「高野山にいたのは本当だって。……まあ、今は山を降りてるけど」
そう言うと、これ以上の追求を嫌がるようにこちらに目を向けた。
「で、そっちの嬢ちゃんと兄ちゃんは?」
(嬢ちゃん……)
地味にぐさっとくる呼び方だった。俺はお嬢ちゃんではありません。お隣さん(リン)と同じくお兄さんです。正しくは兄ちゃんと兄ちゃんです、などと言って通じるはずもない。俺は涙を飲んで笑顔を浮かべた。
「この学校の生徒で臨時の助手をしている谷山です。機材の搬出入とか、簡単な作業を手伝っています。要はただのバイトです」
「私は彼の助手です」
リンは一言だけ告げると、あっさりと黙った。
(それだけかい!)
「……ええと、こちらが正式な助手のリンさんですけど、この通り怪我をしているので臨時の自分がいるんですよ」
俺と同じようなことを考えた顔の滝川と松崎さんのために、何故か臨時バイトの俺が補足説明をした。俺の説明を聞いて頷いた滝川は、今度は渋谷君を見やる。
「なるほどねぇ。で、そっちの坊やは? そろそろ教えてくれたっていいだろう?」
「校長からお聞きでは? 僕の歳までご存知のようですから」
「まあ、聞いてはいるな。渋谷に事務所を構える心霊調査の専門家ってな」
「補足することはありませんね」
淡々と答える渋谷君には取り付く島もない。滝川は意地の悪そうな顔をした。
「都内の一等地に事務所を構えているくらいだ、信用できるだろうと思ったのに所長があんな子どもなんて詐欺だ、と校長が言ってたぜ?」
「そうですか」
暖簾に腕押し、糠に釘の好例である。この反応をされてめげないのは不思議だ。
松崎さんは腕を組んでにんまりとする。この人もなかなか懲りない。
「いかにも小心そうな親父だったわよねえ。この程度の事件にこれだけの人手を集めちゃって。誰か一人で良かったのに」
「――そう、俺だけで良かったんだ」
滝川が、主に松崎さんへ不敵な笑みを浮かべてみせる。松崎さんも挑戦的に笑い返す。場の空気が妙に凍りついた。
(イケメン爆ぜろ)
俺が滝川と同じことをしても格好が付かないだろう。※ただしイケメンに限る行動である。ちなみに松崎さんは大変結構です。高飛車な美女だけど年下に突っ込まれてしどろもどろになるキャラは、個人的に愛らしいと思います。可愛げのない少年と愛想のない大男と意地悪そうな青年と高飛車な美女だったら、間違いなく美女一択だろう。俺の選択は大正義。
ふいに松崎さんが渋谷君に向き直った。
「ところで坊や、名前を聞いてもいいかしら?」
「渋谷一也といいますが」
「渋谷……聞き覚えがないわね」
「俺もだな。どうせ三流だろ」
滝川が松崎さんに同調する。俺も渋谷君の名前は聞き覚えがない。だがそれは俺がそちらの分野に明るくないからだ。渋谷君なら容姿の秀麗さも相まって、最年少所長だのと話題になりそうではあるが、どうなのだろう。所詮、異世界人でこちらに来て一年も経っていない俺では知る由もない。
「言っておくけど、あたし、滝川ナントカなんて名前も知らないわよ?」
「へーえ。言っておくが俺も、松崎ドウトカなんて名前は知らねえな?」
(俺も知りません)
とは、もちろん言わないでおく。地雷原でタップダンスをする趣味はないのだ。
その時、軽い足音と共に誰かが近付いてきた。振り返ると、最近よく目にするおさげの少女がいた。彼女は、比較的柔らかな口調で俺に声をかけた。
「谷山さん」
「黒田さん? ああ、ごめん。まだ話ができてないんだ」
渋谷君に彼女のことを話す約束をしていたが、何だかんだでまだ手付かずだった。怒るかと思ったが、黒田さんは意外と落ち着いている。軽く肩をすくめただけで、松崎さんたちに目を向けた。
「そう。……そっちの人たちは?」
「旧校舎を調査に来た人たちだよ。巫女さんと坊さんだって」
すると黒田さんは、ぱっと顔を輝かせて2人に近付いた。
「ああ、良かった! 旧校舎は悪い霊の巣になっていて、あたし、困っていたんです!」
「……あんたが、どうしたんですって?」
松崎さんの様子が明らかに変わった。これまでのように相手をからかうような姿勢が消え、ただ冷たい眼差しをしている。それに気付かない黒田さんは胸の前で両手を組み合わせ、どこか嬉しそうな様子で言い募った。
「あたし、霊感が強いんです。旧校舎の霊の影響をもろに受けてしまって、ずっと頭痛がするし、聞きたくもないのにたくさん話しかけられて……」
「自己顕示欲」
少女の言葉を戯言と断じるように、松崎さんが冷酷に告げる。
「そんな嘘をついてまで自分に注目して欲しい?」
ひくり、と黒田さんの笑顔が引き攣った。細い肩が震えているのは動揺か恐怖か、それとも怒りか。いずれにせよ雲行きは最悪だ。
(こういう子に対して、思うところがあるんだろうが……)
曲がりなりにも巫女だ。自称・霊感持ちの人に会ったことが何度もあるのかもしれない。そして、その数だけ嫌な思いをしてきたのかもしれない。そう考えれば唐突に現れた冷たい一面にも納得がいく。だが俺は辛酸を舐めさせられたことのある霊能者ではなく、黒田さんは俺(谷山麻衣)のクラスメイトであり、俺が心配したくなるのも未成熟な心身を持つ子どもの方だ。フォローをするならば黒田さんだろう。
俺は傍らにいるリンの袖を引くと、彼に小声で確認を取った。特に問題がないようなので、険悪な雰囲気の中、口を挟むことにする。
松崎さんを睨む黒田さんの目に憎悪の影が過ぎる――のを遮るタイミングで、俺は意を決して両手を大きく打ち鳴らした。
「――はいっ! お話中失礼しますよ!」
唐突過ぎる行動で、その場の全員の視線が俺に集まった。集めたのは自分なので、不可解そうなそれらを甘んじて受け止める。
「松崎さんと滝川さんでしたっけ」
「何よ?」
「どうした?」
「こちらの調査方法としましては、旧校舎の各所に機材を設置した後の観測がメインになるのですが、それでそちらの除霊に支障はありませんか?」
まさに唖然、といった様子である。松崎さんと滝川は、何の脈絡もなく投げつけられた俺の言葉を理解しようと咀嚼しているようだった。俺の言葉は、本来ならば正式な所員が言うべきことだ。しかし、事前に内容に問題がないことをリンに確認していたため、遠慮なく先を続ける。
「同時に調査するんですから、お互いの作業の邪魔にならないように配慮する必要がありますよね? 機材の設置担当としては、その辺りのご都合を窺っておきたいのですが。校舎内に機材を設置することで、お二人のお仕事に何か悪影響はありますか? 調査開始はこちらが先ですので、できれば機材の設置を優先したいのですが、どうしてもということでしたら所長と相談します」
一気にそう言うと、2人は面食らった顔になった。おい、別におかしなことは言ってないはずだぞ。まあ、話の腰は盛大に叩き折ったが。
やがて、やや困ったような顔をして滝川と松崎さんが答えた。
「……いや、別にそういうのはないな」
「あたしもまあ、ないわね」
「分かりました、ありがとうございます」
俺は満面の笑みを浮かべて2人を見た。
「さあ皆さん、調査を始めましょう! 旧校舎は老朽化した建物ですし、足場がいいとは言えません。明るいうちにできる作業があるなら、早めに済ませておいたほうが無難です。自分も給料分の働きはしたいので、そろそろ仕事がしたいんですよね」
言いながら、俺はリンの近くにあった温湿度計と、記録用紙が挟んであるバインダーを拝借してバンの荷台から降りた。拍子抜けした顔をしている松崎さんと滝川を尻目に、すっと黒田さんの傍に近付く。
「……今日はもう帰りなよ。手伝いのことは、後で所長に話しておくから」
小声でそう告げると、黒田さんは俺に縋りたそうな顔をしてから、グラウンドへ駆け出して行った。
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