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念能力兄さんが麻衣に憑依する話4.5
萌え 2016/03/21 16:44


・念能力兄さんがGHの麻衣に憑依
・GH1巻「旧校舎怪談」の超冒頭部分
・怪我したリンが病院に担ぎ込まれた後の話
・リン視点





 病院で一通り怪我の処置を受け、病室に押し込まれた林興徐(りん こうじょ)は、自身の上司であり保護(監視)対象である少年をほとんど睨むようにして見た。リンに睨まれることなど毛ほども痛いと思わないナル――今は渋谷一也と名乗っている――は、丸椅子に優雅に腰掛けて手元のファイルから視線を逸らしもしない。

「ナル、本気で彼女を雇うつもりですか」

「理由はさっき言った通りだ」

「それだけで? ただの雑用なら力のある男でも雇えばいいでしょう」

 リンは谷山と名乗った少女を雇うことに反対だった。正確に言えば、自身の目の届かない場所でナルに近づけることに反対である。谷山少女自体は悪い人間には思えない。むしろ行動を共にしていた少女をさり気なく助けるような面倒見の良さがある。リンの怪我を半ば強引に看たのはお節介からなのか、もしくは慎重な性質ゆえの理由付けがあったのかは分からない。ただ、悪意はないだろう。しかしその少女の善良さが、余計にリンの判断を迷わせていた。問題なのは少女の人間性ではないからだ。

 そんなリンの困惑を知らないであろうナルは、不意にファイルから顔を上げてベッドに腰掛けるリンを見た。

「見合わない力を持つ少女なら雇う価値がある」

「……どういう意味ですか」

 ナルはどうやらリンが気付かない何かを察していたらしい。思い返せばリンが谷山少女を拒む姿勢も執拗だが、ナルが彼女を雇おうとする姿勢もまた執拗だった。

「昇降口にあった靴箱は学校用の大型で、重さは50kg以上ある。それを彼女は簡単に持ち上げた。しかも疲労したり力んだりする様子を欠片も見せずにだ」

 ナルが言っているのは、リンを下敷きにしたいくつかの下駄箱をナルと谷山少女が持ち上げた際のことだろう。

「一人ではなく、あなたと一緒に持ち上げたでしょう」

「最初はそうだったが、いくつか持ち上げる中で偶然、僕と彼女の力を入れるタイミングがズレたらそうだと分かった」

 そんなこと、と言おうとしたリンだが、状況を思い出して口を噤む。

「あの細腕でその力は異常だ。筋肉の付き方が関係しているのかもしれないが、それにしては少々気になる。意識的か無意識的かまでは分からないが、何らかの能力を使っているのかもしれない」

 あの靴箱は少女の身長よりも高かった。150cm以上はあっただろう。一台だけでも相当な重さがあったはずだ。そんなものに押し潰されたリンが(靭帯を傷つけたものの)骨も折らずに済んだのは運が良かったとしか言いようがない。ともかく、ナルによると谷山少女はあの靴箱たちを軽々と持ち上げたという。大柄で力もあるリンでも、いくつも持ち上げるには多少の疲れを滲ませるであろうそれらをだ。

 なるほど、ナルの興味を惹くわけである。それでも、何故彼女を雇う必要があるのか分かりかねた。

「……それで雇うなんて回りくどいですね。正面から研究協力を申し出ては?」

「彼女の性格では、今のタイミングで被検体になってくれるよう申し出ても確実に断られるだろう。アルバイトを通じて、こちらに少しでも気を許してくれると助かる」

 確かに彼女は慎重で、警戒心が強かった――そう、笑顔を浮かべながら他人を警戒できる人間だった。連れの少女が立ち去ってからは若干気の緩みも見られたが、見た目にそぐわず非常に理性的でそつのない対応だったと言える。目の前で人が事故に遭うというトラブルと直面した割りに異様に冷静だったのは、果たして彼女の性格によるものなのだろうか。仮に彼女が自分の能力を意識しているとしたら、警戒心の強さから研究協力に応じてくれる余地が見えない。無意識だったとしても、“研究”という一般人にとっては得体の知れない単語を切り出せば応じてもらえないだろう。年頃の少女らしいミーハーさが見られず、霊能力に対して客観的な見解を述べる彼女が、“他人とは違う力”という言葉に興味を惹かれるとは思いがたい。本当に彼女に研究協力を申し出たいのならば、あの警戒心をどうにかして切り崩す必要性が生じる。

「――それよりも」

 思考に沈んでいたリンを浮き上がらせたのは、やや低められたナルの声だった。

「何故、そんなに彼女を嫌がる? ……いや、警戒している?」

 理由は、ある。しかしそれをナルに話すことは憚られた。だがナルがリンを見つめる眼差しは、回答を避けるという愚行を許してはくれまい。根っからの学者肌であるナルにとって、正当な理由なく知識欲の充足を阻む行為は愚かでしかないのだ。

「……彼女は普通ではないからです」

 リンは前髪の上から自身の右目に触れた。右目は青緑虹彩である。中国では青眼と呼ばれ、優れた霊能者に見られる特殊な目であった。可視光線が判別できる程度のため視力はないに等しい。しかし時折、可視光線以外も見えて不便なので、前髪を長く伸ばして片目を隠していた。今回、リンはその目に感謝した。

「私の右目に、彼女を覆うように原因不明の白いもやが見えました。今までそんなことは一度もありません。彼女には何かあります」

 正体不明の何かを体にまとう人間など、リンは今までに出会ったことなどなかった。前例がないというのは異常であるということだ。彼女がいかに善良な人間であろうと、彼女を取り巻く何かが安全であるとは決して言えない。彼女自身がその異常を感知しているのかどうか、どのようなものであるのか理解しているのかどうか、そして自身の意思でコントロールできるのかどうかで状況はいくらでも変わり得る。保護者として、現状では不可知の危険がナルに降りかかる可能性がある以上、野放しにするわけにはいかなかった。

 ナルはリンの言葉を聞いて少し目を見開いた後、笑った。それはもう楽しそうに。リンの予想通りに。

「それは興味深いな。彼女の異常な力と平行して調べてみたい」

「ナル、私はあなたを心配しているんです。彼女の得体の知れない何かが、あなたを傷つけるものだったらどうするのですか? 正体不明のものが何をもたらすのかなんて、誰にも分からないのですよ?」

「未知を解明することに価値がある。心配されなくとも、自衛には努める」

「その自衛で力を使うことになれば本末転倒です!」

 強くそう言うと、ナルは少しばつの悪そうな顔になった。ナルが“力”を使うことに関して、リンは非常に厳しく接する。リンが納得する返事を得られるまで説教を続けることも辞さない。身をもってそれを知っているからこその反応だろう。

「ナル、あなたという人は」

「ああ、分かった。その話はもういい」

「いいえ、はっきり言わせてもらいます。いいですか――」

 ナルはさっとリンから視線を逸らしたが、リンは追及の手を緩めることはなかった。それからリンはナルにたっぷりと説教したのだが、気付けば谷山少女を雇うということで話がまとまってしまったのはどうしようもなかった。リンは自分の不甲斐なさとナルの我の強さに、思わず深いため息をついたのだった。実は件の谷山少女も似たような心境だとは知らずに。



* * *



結論。兄さんはどこかしら抜けている。だから詰めが甘いと頭脳系キャラに言われるのです。でもリンに関してはしょうがない。



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