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念能力兄さんが麻衣に憑依する話4
萌え 2016/03/06 21:17


・念能力兄さんがGHの麻衣に憑依
・GH1巻「旧校舎怪談」の超冒頭部分





 俺はパニックで半泣きの黒田さんに笑顔を向け、「大丈夫だよ」と声をかけた。見知らぬ人間とはいえ、突然目の前で人が事故にあったらこういう反応をするのも頷ける。

「下駄箱を持ち上げたいから、手伝ってくれないかな?」

 俺がそう呼びかけると、黒田さんは必死に首を上下に振った。そして震える手で靴箱に触れる。俺も靴箱を挟んで彼女と反対側に立つと、息を合わせて持ち上げようとした。

「――何があった?」

 その時、聞き覚えのある落ち着いた声が昇降口のドアから聞こえてきた。顔を上げると、あの黒尽くめの少年だか青年だか判断しがたいイケメンが立っている。ちょうど旧校舎に着いたばかりのようだ。彼は秀麗な眉をひそめてこちらを見ている。俺はすぐさま彼に呼びかけた。

「下駄箱の下敷きになっている人がいます。下駄箱を端から順に持ち上げていくので手を貸してください」

「分かった」

 イケメンは下敷きになっている男を見つけると一瞬だけ瞠目し、だがすぐに俺の向かい側――つまり黒田さんの隣に立った。つい先ほど自分を散々やり込めた男に近付かれて怯えたのか、黒田さんが何とも言いがたい顔をして一歩後ずさる。彼はそんな彼女を興味なさそうに一瞥し、さっさと靴箱に手をかけた。

 イケメン君はともかく、こちとら念能力者である。靴箱くらい余裕で持ち上げられる。イケメン君側にほどほどの負荷を掛けつつ持ち上げれば違和感はないだろう。問題は、一番最初に倒れた靴箱の土台が崩れてしまっているので、それをどうやって立てるかということだった。結局二人がかりでそれを持ち上げて脇に移動させ、残りの靴箱を一つずつ片付けていくことになった。

 やがて重圧から開放された青年は、ゆっくりと上体を起こした。どうにか自力で動けるらしい。しかし、顔を押さえる手は血で濡れていた。額には汗が浮かんでおり、かなり痛そうだ。

「リン、大丈夫か? どうやら額を切ったようだが、他に痛みは?」

 長身の男はリンと呼ばれているようだ。あだ名なのか名前なのかまでは分からない。彼は立ち上がろうとしたが、思い切り顔をしかめて断念した。床に座り直す動きは、右足を庇うようなものだった。

「……問題ありません」

 実際は問題大ありだろう。立ち上がれないほどの痛みなら、足に大怪我をしてしまったのかもしれない。それでも意識がはっきりしているのは幸いなのだろうか。俺はスカート(……)のポケットからハンカチを取り出してリンに差し出した。

「庇っていただいてありがとうございます。とりあえずこれで額の傷を押さえてください」

「結構です」

 しかし、俺の好意はにべもなく断られる。驚くほど硬く冷たい返答だった。リンは痛みだけが原因ではないであろう、眇めた鋭い目でこちらを見上げた。好意の欠片も感じられない目だ。俺は彼が怪我をした原因の一端なのだから当然といえば当然だが、それにしても冷たい。いたいけな女子高生(俺の外見である)に向ける目かと思ったが、それは個人差か。俺は気圧されかけたが、気を取り直して口を開いた。

「分かりました。でも傷口は押さえてください。結構流血してますから、止血しないと。それから吐き気は」

「あなたには関係ありません」

 頭部の外傷は油断できない。その場では平気そうに見えても、時間差で症状が悪化することもあるのだ。だが俺の心配を知ってか知らずか、リンは再び切り捨てた。

(こ、こええ〜!)

 これぞキングオブ無愛想。俺の親友を遥かに飛び越えるレベルの無愛想さである。お前と話す気などないという態度が前面に出まくっている。俺は思わず引きつりそうになる顔を叱咤して苦笑した。困ったときは笑顔で誤魔化す、日本人スキルである。

 すると見かねたのか、……いや、単純に必要なことを言ったつもりなのだろう、イケメン君が口を挟んだ。

「リン、止血はしておけ」

「……ええ、分かっています」

(分かっているならさっさとしろよ!!)

 苦い微笑の下で叫ぶ俺のことなど知る由もないであろうリンは、イケメン君から受け取ったハンカチで額を押さえた。用なしになった俺のハンカチは当然、元の場所に突っ込む。大丈夫、スマイル0円だから。まだ余裕で笑えます。不安げにこちらを見つめている黒田さんがいなかったら、もう少し忍耐力が下がっていたかもしれないが。

 俺はもう一度気を取り直すと、不屈の精神でリンに話しかけた。

「目の前で怪我されていますし、何より庇われた身なので無関係ではないですね。……応急手当くらいならできるので足も見せてください」

「ですから結構です。あなたの助けは必要ありません」

 うん、知ってる。だがお前の反応なんざもう知らん。

「じゃあ勝手に看ます」

「は?」

 リンが呆けたような声を上げたが無視する。俺はおろおろしている黒田さんに視線を向けた。

「ここに怪我人がいるって事務室と保健室に連絡してくれるかな? 車椅子を持ってきてくれるとありがたい」

「え、あの……」

「それには及びません。自力で病院へ行きますから」

 リンは素っ気無くそう言ったが、俺はその言葉を一蹴した。

「学校の敷地内で怪我人が出たんですから、職員に伝えるのは当然です。――ここは構わないで、行って」

 戸惑う黒田さんに頼み込むと、彼女は何とか頷いてその場から離れた。俺はその背中を最後まで見送らずに、リンの足元にしゃがみこむ。妙に頑なな男(可愛い女の子ではない。ここ重要)の相手は面倒極まりないが、するしかあるまい。

 理由がなければ、誰がこんな愛想の欠片もない男の怪我など気にするか。俺がわざわざこんなことをしているのは、怪我の程度を確認するためだ。ここで俺たちを適当に追い払っておいて、後からいちゃもんをつけられてはたまらない。そういうことをしない人間だと判断するには、俺にとって彼らは信用に値しない存在なのだ。

 イケメン君はひとまず、去って行った黒田さんと手当てに取り掛かる俺を静観することにしたようだ。彼からは何も文句が出ないので、俺は怪我をしたと思われるリンの右足に手を伸ばした。すると予想通りに冷たい視線と言葉を貰う。

「必要ないと言っているでしょう」

 リンは足を掴もうとする俺の手から逃れようとした。大柄な彼とまともに力比べをするつもりがない俺は、彼を半眼で見上げた。ある意味、必殺技の発動である。俺も男だ、女の子にされてびびることは想像が付く。

「――女子高生を蹴りますか? お兄さん」

「なっ」

 俺の言葉を聞いたリンは、瞠目して声を失った。……俺も同じことを女子高生から言われたら、似たようなリアクションをするだろう。そういう言い方をされたらものすごく抵抗しづらいので。

 リンが驚いて硬直した拍子に、偶然彼が押さえている顔の半分が見えた。彼はたまたま、右手で顔の右半分を覆っていたのだ。一瞬見えた顔の右半分は額から流れる血に染まっていたが、それ以外の傷は見当たらない。ただ、長めに伸ばされた前髪の下の右目が青かったのが印象的だった。左目が黒で右目が青とは。

(これって虹彩異色症(オッドアイ)? カラコンは考えにくいよな、この時代だし……)

 ただでさえ存在感(もしくは威圧感)溢れるイケメンだというのにオッドアイ持ちとは属性盛り込み過ぎじゃないですか、と内心でぼやく。リンの青い目は俺と視線を合わせると、元々瞠目していたというのにさらに目を見開いたように見えた。……そろそろ硬直して黙り込む青年が同じ男として哀れに思えてきた俺は、つい本物の苦笑を漏らした。

「冗談です。すみません」

 唖然とした顔のままながら、青年の肩からやや力が抜けるのを見た。

「お兄さんが怪我をした原因の一端ではあるので、ちゃんと確認させてください。変にいじって悪化させたりはしませんから」

 元通りに顔の右半分を隠したリンは、何かを言おうと口を開きかけた。しかしすぐに閉ざす。一体何に困惑しているのだろうか。すると黒尽くめのイケメン君が、リンに助け舟だか何だか分からないことを言った。

「お前の負けだ、リン。大人しく応急手当を受けろ」

 俺はいつから勝負をしていたのか。いや、意地の張り合いのような格好になっていたな。そして俺はそれに勝ったと。リンはイケメン君の言葉にある程度納得したのか、頑なな態度をほんの少しだけ和らげた。俺はその隙にさっさとリンの足を看た。捻挫か打撲か、受傷直後だが青年の足首は既に腫れ始めていた。本当に痛めていたらしい。傷が骨まで達しているかどうかは、レントゲンを撮らなければ分からないだろう。

 足首の固定をするためにもう一度自分のハンカチを引っ張り出したところで、俺の様子を見ていたイケメン君が尋ねてきた。

「ところで君はさっきも見たな。名前は?」

(名無しの権兵衛です)

 などと答えて見逃してくれる雰囲気ではない。

「谷山です」

 俺は靴の上からハンカチで足首をしっかりと固定した。派手に折れていない限り、これで多少は歩けるだろう。

 俺がこの程度の応急手当てをいとも簡単にやってのけるのは、涙なくしては語れない、今までの残念すぎる異世界渡航遍歴が関わっている。血反吐吐きながら戦い方の修行したもんな! ……俺、よく生きてたな。思い返せば応急手当の方法も大事だが、何より生命力(オーラ)があっての回復を遂げている。ありがとう念能力。だが、そもそもそれが必要になる状況を経験したくなかった。

「あくまで応急手当なので、必ず受診してください」

「……ありがとうございます」

 返ってきたのは、感情を殺したような静かな声だった。咄嗟の行動で初対面の少女を庇うのだから、悪い人間ではないだろう。それなのにこの態度は一体どうしたものか。まあ、考えたところで分かるはずもないし、さして興味もない。それに対して、イケメン君はけろりとした態度だった。

「手際がいいな」

「それはどうもありがとうございます」

 イケメン君からの冷静な評価のコメントに肩をすくめてみせる。……リドルのような性格だったらどうしようかと思っていたが、どうも違う気がしてきた。リドルは自分を取り繕って他人の懐に入り込むのが上手いし、逆に目の前のイケメン君は他人の心象より自分の興味を優先しているような言動が見受けられる。どちらにせよ我が道を行くのは変わらないが。

 あとは黒田さんに呼びに行かせた職員が来るのを待つだけとなった。さてどうやって時間を潰そうかと考えていると、イケメン君が俺に話しかけてきた。

「谷山さん。君は先ほどの女子生徒のクラスメイトと見受けられる」

「ええ。それが何か?」

「彼女は本当に霊能者と思うか?」

 その問いかけに俺は目を瞬かせた。そういえば彼は、旧校舎の噂を聞きまわっている推定オカルト好きであった。俺は少し考えてから口を開く。

「……どうでしょう。まあ、自分はあの子が霊能者かどうかを判断する物差しを持っていないので、何とも答えられませんね。そもそもあなたが考える霊能者と、あの子が考える霊能者では定義自体がズレている可能性だってありますし」

「なるほど、一理あるな」

 安直な発想ならば、霊能者といえば幽霊が見えるとか悪霊を祓えるとか、そういう能力を持った人間を指すのだろう。しかし、どうも学者肌の気配がするイケメン君にそれをそのまま伝えるのは抵抗があった。ボロクソに貶される未来が見えたからだ。俺は黒田さんの二の舞になりたくない。

「それにですね」

「何だ?」

「身元不詳の人間にクラスメイトのことをホイホイ話すのはさすがに気が引けます」

 抵抗ついでに気になっていたことを伝えると、イケメン君は片眉を上げてみせた。

「正規の来校者なら、来校証を見えるようにつけた方がいいですよ。自分みたいに疑う人間もいるので」

「へえ。僕たちを何だと思ったんだ?」

「行き過ぎたオカルトマニアか廃墟マニア、もしくは何らかの犯罪者かと」

 どうせここで時間を潰せば教職員の誰かがやって来るせいか、我ながらお口が緩い。もちろん、こういう言い方をしてもイケメン君なら怒らずに真面目に受け取りそうだからでもある。案の定、イケメン君は怒る片鱗すら見せなかった。むしろ面白がる気配すら漂わせている。

「……生徒から旧校舎の噂を聞きたかっただけだが、妙に警戒されたものだな。あの子に呼びに行かせたのは、ここから離す目的もあったのか?」

「ほんの少しは。差支えがなければ、ここにはどういったご用件で?」

「仕事だ。旧校舎の調査をしている」

 谷山少女と大して年が変わらないかもしれない彼の口から“仕事”と出てくるとは思わなかった。しかし、彼の仕事内容が想像付かなかったため、突っ込んで訊ねてみる。

「怪談でも調べているんですか?」

「ああ。ゴーストハンターだからな」

(何だか変なものを掘り当ててしまったぞこれ)

 俺の脳裏で「ゴーストバスターズ!」と例の歌が高らかに響いた。だがハンターである。バスターではない。

「えーっと……退治人(バスター)ではなく、探求者(ハンター)なんですね。じゃあ、除霊とかが目的ではない心霊調査の専門家、ですか?」

 いくら英語が苦手でも多少なら分かる。それに特定の単語の意味はよく知っているのだ、オタク故に。するとイケメン君は僅かに見直したような顔をした。

「ふぅん。知識がなくともそこそこ頭は回るようだな」

(ほんっとうに歯に衣着せねえな!)

 恐らく俺の推測が合っていたからこそのお言葉だろうが、ほぼ初対面の相手に対して失礼極まりない。それにしても、ゴーストハンターは世間ではどちらかというと眉唾物の仕事であるが、それを白状してしまってもいいのだろうか。仕事で敷地内に入るのだから、校長は当然彼らを知っており、招いた立場だ。生徒の中では旧校舎の怪談話くらいあるのだろうが、正式な仕事としてそういう業界の人間を招いてしまえば、下手をすれば生徒の混乱を招く可能性もある。生徒に対して特に何のアナウンスもされていないのなら、それを避けるために伏せられていると推測できるが、当事者である彼が生徒である俺にバラすのはいかがなものか。

 などと考えていたが、その疑問はイケメン君のセリフで一気に氷解した。

「臨時の助手にはちょうどいい」

「……はい?」

 あっ。今の俺、すごく面倒なことに巻き込まれかけている。俺が笑顔を引き攣らせる一方、リンがじろりとイケメン君を睨み付けた。

「何を言う気ですか。まさか彼女に私の代わりをさせる気ではないでしょうね?」

「そのまさかだ」

「私の怪我は大したことがありません! わざわざ他人に頼む必要はないでしょう!」

「立ち上がれない足の怪我に頭部外傷だ。検査でしばらく何も出来ないだろうし、どの道、肉体労働はドクターストップが掛かるだろう。人手が足りなくなる」

「私は反対です!」

「僕はもう決めた。――そういうわけだが、どうだ? 素人に専門的なことを任せるつもりはない。精々、機材の搬出入や設置、簡単なデータチェック程度だから出来るはずだ。早速明日から働いて欲しい。もちろん、タダとは言わない」

(俺はまだ決めてません)

 俺は引き攣った顔を戻し、イケメン君にお断りの返事をした。

「ありがたいお話ですが、明日の放課後はアルバイトの予定が入っているので無理ですね」

「一般のアルバイトよりは高いギャランティを支払える」

「それは大変魅力的ですが……別に自分でなくてもいいでしょう。条件がいいのなら、すぐに人手が見つかると思いますが?」

「君のように、霊能力に対して正しく理性的な人間は多くない。どうせ臨時の助手を雇うのなら、僕としても理解のある人間を選びたい」

「はあ……ところで、給料は具体的にどの程度ですか?」

 そう訊ねた俺にイケメン君が提示した額は、はっきり言うと非常識だった。多すぎるという意味で。彼のアルバイトを日常的にこなせば、俺が掛け持ちしているアルバイトを全て辞めてしまっても生活できるほどだ。もちろん、臨時収入としては申し分がない。しかし非常識ならばそれなりの理由があるはずだ。

 俺は思わずリンに顔を向けた。

「いいんですか? こんなに金を出させて。仮に放課後のみの実働5時間として計算すると、下手な社会人より時給が高いですよ。素人の臨時雇いにしては高すぎるように思えますが」

「ですから、私はそもそもあなたを雇うことに反対だと言っています」

「リン、しつこいぞ。どうしてそんなに食い下がる。僕はもう決めたと言っただろう」

 最早、意見の殴り合いの様相を呈してきた。イケメン君は俺を雇うと決めてリンの意見を突っ撥ねているし、リンはイケメン君に反対しながら俺を突っ撥ね、俺はイケメン君に面倒事の気配を察知したり、リンの拒否をスルーしたり忙しい。誰かどうにかしてくれ。

 するとちょうどこのタイミングで、外から複数の人間がやって来る音がした。黒田さんが呼びに行った教職員が来てくれたらしい。俺はにっこりと満面の笑顔を浮かべてイケメン君にお断りの言葉を告げた。いや、告げようとした。

「お迎えも来たようですし、このお話は」

「続きは明日だ。予定を空けておくように」

「空ける必要はありません!」

 ……俺に一体どうしろと。



* * *



諦めろ、と。
せっかくだから女子高生の立場を使ってこーぜ! という兄さんによる女子高生プレイ。多分、家で一人になったときに思い返して勝手に自分でダメージを食らう。



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