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念能力兄さんが麻衣に憑依する話3
萌え 2016/02/28 14:36


・念能力兄さんがGHの麻衣に憑依
・GH1巻「旧校舎怪談」の超冒頭部分





 教室内が妙な空気になったので、俺はさっさと帰宅することにした。恵子たちに別れを告げ、通学鞄を片手に昇降口へ向かう。その途中、黒田さんに会うことはなかった。下駄箱には彼女の上履きがあったので、イケメン君から味わわされた屈辱に耐えかねて家に帰ったのだろうか。あの黒尽くめは、老若男女問わず歯に衣着せぬ物言いだと思わせる人柄に見える。黒田さんは運が悪かったのだ。この失敗を生かし、今後はああいった嘘をつかない生活をして欲しい。

(……とは言っても、そう簡単に霊感少女キャラはやめられないだろうなぁ)

 そもそも俺は、何故黒田さんが自分の霊感を前面に押し出しているのか知らない。自分に霊感があると確信する出来事があったのかもしれないし、誰かに構って欲しくてそう主張しているのかもしれないし、それ以外の何らかの理由かもしれない。霊感を主張するに至るきっかけを知らなければ、根拠も知らない。だから俺が彼女の事情に首を突っ込むのはお門違いだろう、と結論付けることにした。

 ……したのだが、それでこの話題はおしまいという訳にはいかないようだ。校舎から校門へ向かう途中に旧校舎へ繋がる道があるのだが、ちょうどその辺りに一人で立っている黒田さんを見つけてしまったからだ。放っておけばいいのかもしれないが、どうにも気になって仕方がない。どこか思いつめたような顔で旧校舎を睨みつけているので、これから何かを仕出かす可能性がある。さすがに怪我をするような事態になったら可哀想だと思った俺は、彼女に話しかけた。

「黒田さん?」

 彼女はびくりと肩を揺らして俺を見た。眼鏡の奥にある目を真ん丸くしたが、すぐに鋭く細めて「何?」と冷たく返される。

「まさか一人で旧校舎に行くつもりか?」

 煽り耐性が低そうな黒田さんである。容赦のないイケメンに返り討ちにされた腹いせに、旧校舎に突撃する未来も考えられるだろう。そう考えての問いかけだったが、彼女はあっさりと肯定した。

「それが何よ。谷山さんには関係ないじゃない」

 その通りだ。確かにその通りだが、残念ながら放置できるほど薄情ではなかった。しかし、今の彼女は引き止めたところで聞く耳を持たないだろう。俺はアプローチを変えることにした。

「……お、自分は、あの黒尽くめの人を完全に信用したわけじゃない」

「え?」

 黒田さんが首を傾げる。思わず「俺」と言いそうになった自分を叱咤しつつ、俺は言葉を続けた。

「だって、黒田さんの質問に全ては答えていなかった。“何年生ですか?”ってことに」

「それは……そうね」

 偶然答えるのを忘れたといえばそれまでだ。だが俺は、彼があえて答えなかったのではと疑う理由を持っていた。

「でもあの人、転入生じゃないの? あなたの友達はそんなことを言っていたわ」

「昨日、あの人に偶然会ったから不思議に思ってね、今朝担任に聞いてみたんだ。そうしたら“転入生なんていない”って言われたよ」

 俺が持つ、黒尽くめの彼が身元を隠したがるという疑惑。それは転入生など存在しない事実と、転入生であることを否定も肯定もしない態度にある。さすがに黒田さんも食いついたのか、表情から険が取れていた。

「あの人は外部の人間だ。しかも目的がいまいちはっきりしない。分かっているのは怪談話に興味があって、この学校の旧校舎について調べ上げているってことくらいだ。そして今、あの人は恵子たちと一緒にいない。そうなると旧校舎にいる可能性がある」

 時間差の問題で彼はまだ旧校舎にはいないだろうが、このまま黒田さんが向かえばそこで鉢合わせる可能性は否定できない。考える顔になった黒田さんに、俺はさらに続ける。

「素性や目的が知れないし、堂々と学校に不法侵入している可能性がある以上、不用意に近づかない方がいい。見た目が細っこくても相手は男だし、黒田さんは女の子なんだから何されるか分からないだろう?」

 すると彼女は、突然何とも言えない顔になった。突拍子もないことを言われたような、あるいは恥ずかしそうな、もしくは不可解そうな表情だ。それから、そんな顔を無理矢理潰すように唸る。

「でも……一度、旧校舎を見てみたいのよ。そうしたら、何か分かるかもしれないじゃない」

 どうやら彼女の意思は強そうだ。俺は内心でため息をつくと覚悟を決めた。少しだけだ。そう、少しだけなら。

「……分かった。旧校舎の入り口まで一緒に行こう」

「えっ?」

「一人で行かせるのは心配だからね」

 黒田さんは信じられないと言いたそうな顔をした。俺の好意をどう受け取ったらいいのか分からないようにも見える。返事に窮して口をぱくぱくと開閉させる彼女に、俺は笑いかけた。

「でも、そもそもあの建物は老朽化が進んでいて危ないから、入るのは昇降口まで。それから、本当に危ない人間がいたらこっちに構わず逃げるんだよ?」

「逃げるって、谷山さんは?」

「逃げ足には自信があるから大丈夫。心配しないで」

 事実、念能力者たる俺は、某殺人集団から命からがら逃げ切った実績を持つ逃走のスペシャリストである。多分、逃走検定一級くらいはある。……いや、死亡フラグの一級建築士かもしれない。その可能性からは全力で目を逸らしておこう。

 黒田さんは戸惑っていたが、おずおずと頷いた。普段からこんな風に素直なら可愛げがあるのだが、霊感少女には難しいだろうか。今のところ、俺のクラスに霊感の需要はないのが現実だ。お節介だが、振る舞いを少し変えるだけでも彼女にとって過ごしやすい環境になるような気がするので残念だ。

 ともかく、俺と黒田さんは旧校舎に足を踏み入れることにした。近づくにつれて旧校舎の不気味な全貌が明らかになるが、昼間なので夜に訪れるよりも遥かにマシだ。俺は念能力者という最大のアドバンテージを遠慮なく使い、オーラ(生命力)を自分の周囲に薄く広げる“円(えん)”を行った。俺がカバーできるのは昇降口程度だが、外から窺う限りでは俺たち以外の生命反応はない。これが某盗賊集団ならば、オーラとは関係なく気配のひとつやふたつを察知できるだろうが、俺がそういうことをできるはずもないので最初から諦めた。

 昇降口は両開きのドアがぴたりと閉じられた状態だった。ドアにはガラスが嵌められており、曇ったガラスの向こう側には薄暗い空間が広がっている。

(……床にドアを動かした跡があるな。つい最近、誰かがここを出入りしたってことか)

 床の土埃を確認した俺は、一気にきな臭くなった状況に嫌気が差す。だが相変わらずひと気はないようなので、ほんの少し中を覗く程度なら問題ないだろう。俺は黒田さんがドアを開くのを見守った。

 薄汚れた窓から差し込む西日に照らされ、埃がキラキラと輝く。とうの昔に放棄された昇降口は、まるでグラウンドに面した体育館倉庫のような埃っぽさだった。鼻先に触れる古い埃の臭いに顔をしかめていると、不意に黒田さんが声を上げた。

「これってビデオカメラよね? どうしてこんなところに……」

 振り返って確認してみると、確かに彼女の視線の先にはビデオカメラがあった。しかも家庭用ではなく、テレビ番組の撮影用に使う大型のものだ。真新しいそれは廃墟には全く馴染まない。

(誰かが設置したのか)

 不審なカメラの黒いボディにはあまり埃が積もっていない。このような埃っぽい場所でその状態ならば、カメラが設置されたのはここ2、3日のことだろう。不審といえば昨日の黒尽くめの彼を思い出すが、年若い彼と目の前のいかにもお高そうなカメラが結びつかない。若者が購入するにはそぐわない代物だ。いや、そういえば彼は旧校舎を気にしていた。もしかすると関係があるのだろうか。

(学校から旧校舎に関する通達は何もない。それは本当に何もないからか、もしくは誰かが来るのをあえて隠すためか)

 後者ならばいい。学校側にすれば、身元の明らかな人間が明白な目的のために来ていることになるのだから。しかし前者ならば困る。廃墟マニアが無断で侵入して撮影しているのかもしれないし、それよりもっと悪い理由かもしれない。そしてうっかりやってしまったことだが、恐らく俺と黒田さんはカメラに映り込んでしまった。録画中と思われる赤いランプが点灯しているので、こちらの姿はデータに残ってしまっただろう。

(ベストはカメラのデータ抜いて逃走。でも無理だろうな。このまま何もせずトンズラして、事務室の職員辺りに事実関係を確認して対応するのがベターかな)

 不思議そうにじろじろとカメラを眺め回す黒田さんを尻目に、俺はそんなことを考えていた。

 ――その時だった。

「そこにいるのは誰だ!?」

 低い男の声がこちらに鋭く投げつけられたのだ。驚いた黒田さんが小さく悲鳴を上げる。俺は内心で舌打ちすると、昇降口の奥に振り向いた。声は校舎の中から聞こえてきた。

 暗がりから染み出すように昇降口の奥から現れたのは長身の男だ。年は20代後半から30代前半くらいだろう。つい最近見た覚えのある黒尽くめと同じく黒いスーツに身を包んでいる(シャツは黒ではなく白だった)。そして当然のようにイケメンだ。長い前髪で右目を隠すという中二病スタイルがさらっと似合ってしまうレベルのイケメンだ。しかし彼の持つ雰囲気は華々しいと言うよりも陰のあるものなので、ご尊顔が威圧的に映る。おまけに190cm以上はあると思われる身長のお陰で、威圧感がヤのつく自由業の方並だった。どこかの組の若頭と言われても俺は納得する。

 予想以上に怖そうな人間の登場に、さすがの黒田さんも怯えたようだ。彼女はひゅっと息を呑んで肩を縮めた。俺は彼女を背後に隠すように移動し、靴箱の半ば辺りまで進み出る。

 一方の青年は眉間にしわを寄せ、俺をじろりと睥睨した。大丈夫大丈夫、どこぞの快楽殺人狂な自称奇術師よりも全然怖くない。……この異世界日本にあの非常識人より怖い奴なんているのか? いや、いない。

「ここで何をしているのですか」

(それはこっちの台詞だっての)

 もし、こんなに目立つ男が学校にいたら知っているだろう。教職員でもなさそうな男は、明らかに学校関係者ではない。大股で近寄ってくる彼には正直、構えそうになる。俺がこれまで遭遇してきた非常識人とは比べるまでもないが、平和と思っていた異世界日本でぶつけられた威圧感には警戒心を働かせざるを得ないではないか。実際、150cm半ばの身長である谷山少女と男の体格差は非常に大きい。念能力がなければ勝負にならないと思われる。

(逃げても体力的に負ける……いや、念能力使えばいけるな。でも出来るだけ刺激しないで抜け出そう)

「――大したことじゃないんですけど、旧校舎で確かめたいことがあって」

 俺は適当に言いくるめてその場から逃れるために口を開こうとした、が。

 バキリ、と何かが折れる致命的な音がした。それは昇降口の端にあった下駄箱から聞こえたようだ。それは突然傾き、ドミノ倒しのように下駄箱が連鎖的に倒れていく。俺は反射的に下駄箱を支えようとして気付く。今の俺はただの女子高生だ。少女の細腕で重なる下駄箱を支えるのは不自然過ぎる。

(くそっ、どうする?)

 すると躊躇している間に、俺は目の前の男に肩を突き飛ばされた。彼の手の大きさに驚く前に、俺の体は下駄箱の間から脱出する。

「――いっ!」

 俺は踏み止まれずに尻餅をつく。そんな俺の目の前で下駄箱が倒れた。……青年を巻き添えにして。

(嘘だろ? 咄嗟に俺を庇ったのか? 実はいい人ってオチかよ!)

 驚いて凝視するが、先ほどの男の腰から下が下駄箱の下敷きになって倒れている光景は変わらなかった。正直、彼が庇ってくれて助かった。というのも、下駄箱は俺の身長以上の高さだからだ。下駄箱からにょきりと頭が出る身長の彼と違い、俺では全身が押し潰されている可能性があった。俺一人で潰される分には遠慮なくオーラで防御できるが、他人の目がある場でそうするわけにもいかない。

 しかし、俺一人ならば無傷だったと思われるので罪悪感がある。おまけに、俺が上手く青年の腕を引っ張っていれば、もしかすると彼の負傷を回避できたかもしれない。後悔しても遅いが。ハンター世界を経験したせいか、たまに警戒しすぎて失敗することもある気がする。

「大丈夫ですか!?」

 慌てて声をかけると、呻くような返事が聞こえる。意識はあるようだ。ただ、頭をどこかにぶつけたらしく、顔をうつ伏せた辺りの床に血が滴っている。

「今から下駄箱をどかします。もう少し頑張ってください」

 そう声をかけると、俺はドミノ倒しになった下駄箱の一番上に乗ったものから手を付けた。



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