刀帳番号九五、山姥切国広−4
萌え 2015/10/18 16:02
・3の続きで審神者ゾル兄さんと山姥切国広の話
・ゲームシステムの話が多い
・さらっと捏造設定が多い
本丸に戻ってから急ぎ足で審神者(さにわ)の執務室に入ると、そこで待ち構えていたこんのすけが山姥切国広(やまんばぎりくにひろ)のステータスを素早く広げた。執務室にある大型のデスクトップパソコンには、日本語で情報がずらずらと並んでいる。それを初期刀と一緒に覗き込んだものの、俺にはどう異常なのかさっぱり分からなかった。当の本人にも分からないらしく、「早く説明しろ」という目をこんのすけに向けている。それに気づいたからどうかは知らないが、こんのすけはキャンキャンと説明を始めた。
「本来、山姥切国広の初期状態の生存値は平均で34です。ですがこちらの山姥切国広の場合、68になっています!」
「……通常の2倍ってのは分かった。最高値は1000とか?」
「山姥切国広の場合は44ですよ!! あなた、どこのRPGと混同しているんですか!?」
俺は素朴な推測を述べたつもりだったが、こんのすけに半ギレで怒鳴られた。ゲーム脳ですみません。
「全刀剣中最高値ではありませんが、間違いなく上位陣に入りますからね!」
すると、黙って聞いていた山姥切国広が恐る恐る口を開いた。
「こんのすけ、ちなみに俺の兄弟はどのくらいなんだ……?」
「脇差の堀川国広(ほりかわくにひろ)の最高値が37、太刀の山伏国広(やまぶしくにひろ)でも64です」
これはひどい。山姥切国広の青い顔が紙のように白くなった。ちなみに本来の傾向として、生存値の多さは太刀>打刀>脇差となる。俺の初期刀はそれを完全にスルーしていた。これって明らかに俺がオーラをぶち込んだせいではなかろうか。すまない相棒。俺が霊力をさっぱり認識できないばかりに、何の罪もない彼に意味不明な試練(仮)を与えてしまった。……あれ? これって試練でいいのか? 一応、生存値が強化されているのだが。
「付け加えるならば、かの三日月宗近(みかづきむねちか)すら超える数値ですよ。太刀以上大太刀未満といったところでしょう」
こんのすけがどこかもったいぶって口にした三日月宗近とは、確かものすごくレアな太刀で強いらしい。山姥切国広はとうとう部屋の隅で体育座りをして布に引きこもってしまった。能力値が強化されていても、山姥切国広にとっては立派な落ち込み案件だったようだ。
「お、俺の体はどうなってしまったんだ……!」
確かに、自分の体が他の山姥切国広と違うと思うと怯えるのは当然である。かく言う俺も、初めてゾルディックスペックと一般人スペックの差に気付いたときは……いや、あまり動揺しなかったな。原作を読んで「まあこんなものだよな」と知っていたし。むしろ俺に主人公クラスのオーバースペックがないことや、現在の実力も努力なしでは得られなかったことに安堵すら覚えている。ハンター世界は力がなさすぎると生きていけないが、かといって分不相応に力がありすぎても厄介ごとに巻き込まれて死亡フラグが乱立するのだ。
それはともかく俺は山姥切国広に掛ける言葉に悩んだ末、苦し紛れの励ましを捻り出した。
「……魅惑の愛されボディってことじゃダメですか」
「は!?」
「ごめん。本当にすいません。多分俺が全面的に悪い」
布饅頭から悲しいんだか怒っているんだかよく分からない声が返ってきたため、俺は素直に謝った。初期刀が引きニー刀(ニート)になったら間違いなく俺のせいである。すると、彼ははっとした表情になって顔を上げた。布からズボッと顔が生えるのは少し面白かったが、笑うのは空気を読んで自重した。
「あ、あんたが俺に突っ込んだから……? あんた、俺の体に何をしたんだ!?」
「その言い方やめないか」
まるで俺が山姥切国広にあらぬことをしたような言い方に思わずつっこむ。なまじ、キラキラした美形だから性質が悪い。だが男だ。ある意味、この本丸にいるのが俺たちだけだったのは良かった。他に誰かいたら余計な茶々を入れられていたかもしれない。そして流せる俺はともかく、山姥切国広はさらにショックを受けて布に引きこもる、と。なんて繊細な初期刀なんだ。まるで俺の図太さを補っているかのようだ。
布に包まって怯えている山姥切国広をひとまず放っておき、俺はこんのすけを見た。
「こんのすけ、他の異常は?」
「今のところ見当たりません。生存値の異常上昇のみですね」
その言葉にほっと胸を撫で下ろすが、ふと思い出したことを念のために訊ねてみる。
「切国が体を思うように動かせていないらしいが、それは他の山姥切国広も同じなのか?」
「その点は全ての刀剣男士に当てはまる現象なので問題ありません。やはり刀から突然肉の体になると、慣れるまでに時間がかかるようです」
今度こそ大丈夫なようだ。俺はひとまず気を取り直して別件をこんのすけに振った。
「ところで傷の具合は?」
「軽傷寄りの中傷レベルです。本来は重症に追い込まれているはずですが、刀装と生存値上昇のお陰でこの程度に収まっているのかと思われます」
(……ん?)
こんのすけのセリフに違和感を覚えた俺は、思わずストップをかけた。
「ちょっと待て。今“本来は”って言ったか?」
「ええ、言いましたが」
「今の物言いだと、まるで“初陣は初期刀の刀装なし単独出陣”と“その結果の重症退却”は審神者の誰もが通る道のように聞こえるんだが?」
「え」
不穏な展開に、思わずといった様子で山姥切国広が顔を上げる。俺はこんのすけを見つめた。こんのすけも俺を見つめる。そして子狐はぱかりと口を開けた。
「……アッ」
俺はぐわしっと片手でこんのすけの小さな頭を鷲掴みにした。もちろん本気で掴んだら潰れてしまうので、これでも優しく掴んでいる。だがそんな気遣いが本人に伝わるはずもなく、こんのすけはぶわっと全身の毛を逆立てた。
「敵は本丸にいるぞおおおおお!!」
「ぴぎゃあああ!!」
視界の隅で山姥切国広が布に包まったままアワアワとしていたが、俺はあえて無視した。今はこんのすけである。
「何故俺と切国を騙し討ちしようとしたのか理由を述べよ。喜べ簡単な国語の問題だ」
「討とうとなどしておりません! これは審神者着任に当たってのチュートリアルなのです!」
「ゲームの操作説明か!」
「違いますうう!」
キャンキャンと言い合うこんのすけと俺に、山姥切国広がおずおずと口を挟んだ。
「おい……チュートリアルというのは、俺にわざと怪我をさせて新任審神者に手入れをさせるまで含まれるのか?」
「はいっはいい! そして新任には、刀剣男士が命を懸けて戦に臨んでいることを改めて自覚してもらう意図があるんですううっ!」
「手入れはともかく、そっちの意図を俺にまで適用させるってのは……お兄さんを舐めてるのかな? そうなのかな? 返答次第によってはお家の都合で黙っていられなくなっちゃうんだけどな?」
俺が異世界政府に舐められるということは、ゾルディック家が舐められることと同義である。個人的には初期刀の負傷を別として、こんのすけの動機に納得できるのだが、異世界政府は俺の実家が暗殺業を営んでいると知っている。リアルアサシン舐めんじゃねーよと言っておかなければならない。
するとこんのすけは、俺に頭を掴まれたまま必死に弁解をした。
「もちろん、主さまが規格外でいらっしゃることは承知しております! ですから、刀装を出陣前にお教えしたり、一緒に出陣ゲートを潜ることを許容させていただいたんですよぅ!」
「…………まあ、しょうがない。それでいいことにしておこう」
俺がこんのすけを床におろすと、未だに毛をぶわっと膨らませたままの彼は一目散に俺から距離を取った。それでも自分の仕事を果たそうと口を開くのはさすがである。
「ともかく! 山姥切国広の異常数値は政府に報告した方が良いですね」
だが俺はその言葉に首を横に振った。
「報告は後回しだ。とりあえず今は目を瞑れ。そっちまで手が回らない」
「まだ就任したばかりですし、トラブル報告はこんのすけが致しますよ?」
「そういうことじゃない」
首を傾げるこんのすけに、俺は説明した。
「ある程度原因を特定してから報告したい。最低でも、何人か刀剣男士を顕現させてからがいい」
「ですが……」
「俺の初期刀を憶測だけで弄られたくないんだ。頼む」
山姥切国広が身じろぎするのが分かる。こんのすけは少しの間悩んだようだが、やがてため息をついた。
「……分かりました。確かに、初期刀を取り上げられるようなことになれば不安になりますね」
これを本心から言ってくれているのなら、こんのすけは優しい気性の管狐だ。どうか、最初に感じた印象のままのこんのすけでいて欲しい。
「政府への報告は保留と致します。ですが、後日必ず報告をお願いしますよ」
「ああ、分かった」
するつもりはないが。俺は内心で舌を出しつつ、表面上は神妙な顔で頷いた。実はこれで、こんのすけがどの程度情報を秘匿できるのか確かめているのだ。上手く引っかかってくれると今後の助けになる。
話に区切りがついたかと思ったその時、山姥切国広がうじうじだかもじもじだが分からないような様子で俺に話しかけてきた。お前はネガティブなのか乙女なのかどっちだ。
「俺は別に気にしないが……。どうせ写しだ、代わりならいくらでもいる」
「俺は気にするんだよ。俺の初期刀は切国しかいないし」
「……あんたが鍛刀すれば、きっと名刀が応えてくれるだろう」
何だろう、これは。俺はデレられているのだろうか。自分を貶めつつ俺にデレるとはなかなか器用な刀である。しかし彼は重要なことを忘れている。
「多分俺、切国がいないと鍛刀もできないんだけど」
ぴしりと山姥切国広が固まった。確かに、と思ったのだろう。まともに刀剣男士を顕現させられない俺が、刀装作りの時のように山姥切国広の補助なく鍛刀を成し得るとは思えない。山姥切国広は物言いたげな顔をしたが、少しすると諦めた表情になった。
「いつか」
「うん?」
「いつか、あんたは俺に飽きる。数々の名刀に比べれば、写しの俺なんて飽きられて当然だ」
「切国」
安定したネガティブ発言に俺は咎めるように名前を呼ぶが、次の瞬間にまっすぐな視線を向けられて続く言葉を失った。
「だが、あんたが飽きるまでは……俺は、あんたの刀だ」
決意を固めた彼は、本当に主人公系イケメンである。いつもそうしていればいいのに、と思いながら俺は彼に頷いた。
今度こそ話は終わりだ。気分を切り替えた俺は、切国の格好を見た。中傷状態の彼は、元々ほつれ気味だった服がさらに破け、血の染みがあちこちにできている。平然とした顔をしているが無傷ではないのだ。手当てする必要がある。
「それじゃあ、いい加減に手当てしようか。いや、手入れって言うんだったかな」
「血で」
「汚れるくらいはちょうど良くないからな」
無駄な抵抗をする山姥切国広をさらっと遮って立ち上がる。すると、彼がふと思い出したような顔で訊ねてきた。
「ところであんた、手入れくらいはまともにできるんだろうな?」
その言葉に俺は無言を返す。
「おい」
「普通の手入れは知ってる」
「おい」
「やり方は、知ってる」
「おい。それはつまり」
やり方は知っている。だが霊力が必要らしいので、まともにできる自信が全くない。俺はふっと微笑んで初期刀を見た。
「頑張れ、切国」
「それはおかしくないか!? 俺は手入れされる側だぞ!」
がばっと立ち上げる山姥切国広に、俺はただアルカイックスマイルを向ける。
「多分、刀装を作るときと同じ要領だ。乗り越えてくれ切国」
「これは……俺が写しだからなのか……?」
「いや、主が俺だから」
こんのすけが深いため息をついてから、器用に鼻先で執務室から廊下へ繋がる襖を開く。それを視界の端に留めながら、俺はできる限り真摯な目をした。
「切国。お前に代わりがいないように、俺にも代わりはいない。つまりだ、どうにかして順応してくれ」
対する山姥切国広は今にも死にそうな目をしたが、俺は容赦しない。
「俺は切国に飽きる予定がないから、切国が慣れるしかないぞー。お前は俺の刀だからなー」
「……いっそ一思いに手入れしてくれ」
山姥切国広は、再びいじけたように体育座りになる。いよいよ彼の周囲にキノコが生えそうだった。
「まるでこれから折られるような言い草」
俺はいじいじしている彼をひょいと俵担ぎすると、遠慮や躊躇の欠片もなく手入れ部屋に運び込んだのだった。もちろん、山姥切国広は手入れを乗り切った。さすが俺の初期刀。これからも苦労するだろうが、諦めてくれ。
***
まんばくんの生存値がトンデモ設定になったのはオーラをぶち込まれたせいです。オーラ(生命力)だから仕方ないね。こうしてまんばくんは、打刀なのに何故か太刀を差し置いて短刀たちのタンク役をすることになります。イケメン。
さらに兄さんに霊力を扱う仕事で助けを求められるまんばくんは、審神者かと思わんばかりの働きをするようになっていくのである。そして将来、兄さんに頼られまくるまんばくんを見て長谷部がギリィとなるのである。
ちなみにうっかりオーラで魔改造やらかす刀剣男士はまんばくんのみの予定です。なおさら長谷部の嫉妬を免れない。
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