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刀帳番号九五、山姥切国広−3
萌え 2015/10/18 15:53


・2の続きで審神者ゾル兄さんと山姥切国広の話
・ゲームシステムの話が多い
・さらっと捏造設定が多い




 結局、こんのすけは俺の説得を諦めた。山姥切国広(やまんばぎりくにひろ)も何か言いたげな顔をしていたが、俺とこんのすけのやり取りを見て諦めたらしい。布の下から俺をじーっと見つめるだけで、口を開かなかった。目は口ほどにものを言うとはこのことだろうか。だがあえてスルーした俺は、こんのすけを片手で抱えたまま山姥切国広と一緒に裏門側のゲート前まで移動した。

 裏門も正門と同じく赤い鳥居だ。こんのすけに指示されるまま柱に手を添わせると、鳥居の中に薄い液晶パネル状の光が現れ、ずらずらっと日本語でゲートの設定メニューが表示される。まるで近未来のハイテクアニメのようだ。……そういえばここ、未来だった。海外の小説家が“人間が想像できることは、人間が必ず実現できる”という言葉を残しているが、この光景を見るとまさにその通りだと納得できる。

 設定メニューには5つの選択肢が表示されている。敵勢力と正面からぶつかる合戦場へ繋がる“出陣”、敵の小規模な偵察部隊等が潜り込んでいる地へ繋がる“遠征”、他の審神者(さにわ)と対戦できる政府の演練場へ繋がる“演練”、必要物品を購入できる政府管轄の商店街に繋がる“万屋”、未来政府機関――要するに通常の審神者が現世へ帰る道に繋がる“帰還”である。5つ目の“帰還”は俺に使えないので、政府職員の専用通路である。この5つの中から出陣を選ぶと、今度は時代と地域の選択を求められた。

「まずは維新の時代の函館にしましょう」

 まずはも何も、こんのすけが示す場所以外で出陣できるところはなかった。審神者の力量や刀剣男士の練度に合わせて、分不相応な場所にはプロテクトでもかかっているのかもしれない。維新の時代以外の場所もあったが、今の俺には選択すらできなかった。

「維新って明治維新か? その時代の函館って……どこかで聞いたような」

 日本史はそれほど得意というわけではない。おまけに、現在の俺はハンター世界で20年以上過ごしている。日本の歴史から疎遠になって久しかった。

「新撰組副長・土方歳三終焉の地です。1869年6月20日、戊辰戦争で最後の戦場となった箱館五稜郭防衛戦で、彼は間道軍総督として一本木関門の守備に当たっていました」

「……ああ、そういう」

 その名前は俺でもよく覚えている。彼は幕末に活躍した人物で、当時はともかく未来では人気のある男だった。新撰組の悲劇性は誰もが知るところであるし、土方歳三の死を回避できたらと思う者もいるのだろう。

「彼は優秀な人物でしたから、未来の世でも彼の死を惜しむ者が少なくありません。しかし、その死を捻じ曲げるわけにはいかないのです。彼の死の先に、今の世があるのですから」

 冷静に告げるこんのすけの声色は冷たくも聞こえるが、至って正論だ。過去のもしもの可能性を考えるのは自由だが、それを実行してはいけない。起きてしまったことは受け入れるしかないのだ。――死んだ人間は蘇らない。やり直しは、利かない。

(そんな簡単にやり直しができるとしたら、ゾルディックになった俺の人生は何だったんだって話だよなぁ)

「おい、しっかりしろ」

 俺としては大した時間ではなかったように思えたが、単独での初陣を控えた山姥切国広にとっては不安を覚えるのに十分な間が空いていたらしい。彼は布の下から碧眼でこちらを伺っていた。

「……ああ、悪い。少し考え事に気を取られていたみたいだ」

「そんな調子で戦場に行く気か?」

 俺が山姥切国広の実力を知らないように、彼も俺の実力を知らない。初陣でいきなり審神者を守りながら戦うと思っているのだから、俺の気がそぞろでは困るだろう。俺は気持ちを切り替えて顔を引き締めた。

「気持ちを切り替えるよ。敵前でそんな腑抜けた真似はしない」

「そうしてくれ。俺も……あんたがどんな主なのか知る前に折れるのは御免だ」

(これ、デレだよな。確実にデレだよな?)

 細かいことだが、山姥切国広は“主に死なれるのは御免だ”ではなく、“自分が折れるのは御免だ”と言った。それはつまり、いざと言うときに彼は俺を庇って折れる気だということが分かる。おまけにあの物言いだと、戦場での活躍を通して山姥切国広を知ろうとする俺に合わせ、彼も俺を知りたがっていると聞こえる。どう解釈しても、彼は俺に歩み寄ろうとしているようにしか思えないのだ。あの筋金入ってそうなネガティブ系王子(仮)が、自分からポジティブ路線に動いている、だと……!?

(審神者初日なのに既に赤飯炊きたくなる気持ちって一体)

 そんな微妙な心境を表情に出さず、俺はこんのすけの指示に従って維新の時代の函館を選択する。すると、鳥居の中に水面のような膜が張った。膜の向こう側はまだこの本丸のように見えるが、潜った先は過去の世界に繋がっているのだろう。

「じゃあ、行くか」

 俺がそう言うと、こんのすけは深い深いため息をついた。俺のこんのすけはため息のつきすぎで幸せが逃げないか心配である。

「わたくしは主さまの執務室で審神者様側に立ったサポートを致します。こちら側と主さまや刀剣男士側の通信に特別な機器は必要ありませんのでご安心ください。指示をしてくだされば、すぐに撤退用のゲートを開きます。……主さま、こんな暴挙はこれっきりですからね! 絶対ですよ!」

「そうか、ありがとう。暴挙うんぬんについては善処する」

「努力目標じゃなくて義務にしてください! 早速抜け道作ってるじゃないですかー!」

“善処した結果ダメでした”という俺の将来の言い訳を既に見抜いたらしいこんのすけはキャンキャンと抗議したが、それをまるっとスルーした俺は、山姥切国広と一緒に出陣ゲートを潜った。さりげなく先にゲートをくぐる初期刀がイケメンすぎる。





 俺たちが辿り着いた過去の函館だという場所は、閑散としていてひと気がなかった。冬ではないらしく、肌寒さはあるが残雪などは見当たらない。どうやらここから東北東へ向かえば遡行軍の本陣があるらしい。俺が実力をフル活用すれば、遡行軍はともかく(気配が読める相手なのか分からない)現地人には遭遇せずに進めるだろう。しかし、刀剣男士のみで進軍させるとしたらそうもいかない。審神者の執務室から出陣先の映像や音声を確認できるらしいが、さすがにそれだけを手がかりに現地人との接触を避けられるように誘導するのは無理がある。

「現地人と接触する危険性はないのか?」

 溶けるように消えていく鳥居を見ながら口を開くと、頭の中にこんのすけの声が直接響いた。

『そのために、こちらの賽(さい)があります』

「これのことらしい」

 そう言って山姥切国広が差し出したのは、手の平サイズの12面ダイスだった。面には漢字で干支が書かれている。そういえば昔の日本は時刻や方角を干支で表していたが、まさかそれを転がして進軍する方角を決めるのだろうか。

「おいおい。すごろくよろしく進軍しろってか?」

『これは遡行軍の本陣に到達する道筋の中でも、歴史改変確率の低い方角を示してくれます。これに従えば、まず現地人と遭遇することはないでしょう。改変確率の低さを優先するので、本陣に辿り着けない可能性も出てしまいますが』

「その時は出直せってことか」

『そういうことになります。歴史修正主義者を討伐する我々が歴史を変えてしまえば本末転倒ですから。危険をできる限り避けるため、どうしても必要になる措置です』

 ただの12面ダイスではなく、高度すぎて最早謎の技術が詰め込まれたダイスだったらしい。ダイスの女神様が宿っていそうである。テーブルゲームのようにクリティカルとかファンブルとかあったら嫌だなあと考えていると、賽を懐に戻して抜刀した山姥切国広が口を開いた。

「まずは卯の方角へ向かえばいいらしい。あんたは俺の背後から出るな。それから、あまりウロチョロするなよ」

「分かった。俺の逃げ足の速さはワールドクラスだから、こっちは気にせずに戦ってくれ。あ、石投げて援護くらいはするからな!」

「……間違って俺の頭に当てないでくれ」

 普段はナイフを投げまくっているだけあり、投擲にはそこそこ自信がある。さすがに弟のイルミを引き合いに出されたら劣ってしまうが。というのも、俺のナイフは念能力を使えば軌道修正できる仕様だが、イルミの針はそんなことができないので、純粋に彼の技量で的確に投擲する必要があるのだ。それを考えると、やはりイルミの方が俺より優れているのだろうと思う。

 しばらく二人で歩いていると、まばらな木の陰で何かが動いているのを見つけた。神経を研ぎ澄ませて探ってみるが、オーラ(生命力)の気配がない。あきらかに異質な存在である。すると、遅れてそのことに気づいた山姥切国広が目を細めて呟いた。

「あれが遡行軍だな」

 刀剣男士だから感じ取れるのか、あるいはどこかで知識の刷り込みがされているのか、彼には正体が分かるらしい。

 山姥切国広を先頭にしてゆっくりと接近すると、俺にもその正体が分かった。骨だ。頭蓋骨に2本の角を生やした魚か蛇の骨格標本が短刀を咥え、不気味な新緑の光を発して宙を漂っている。それが3体見つかった。

 宙を漂う骨格標本、に引っかかりを覚えた俺は少し間を空けてから思い出してしまった。

(ぎゃあああああ!!)

 突然だが、ハンター世界での知り合い(不本意)であり、盗賊集団の頭をしているクロロ=ルシルフルの念能力は、《盗賊の極意(スキルハンター)》という、他人の念能力を盗んで自分のものにするものだ。そのコレクションの中には、《密室遊魚(インドアフィッシュ)》という一風変わった能力があった。密室の中のみで生きられる宙を泳ぐ魚を具現化する能力である。魚は骨格標本のような姿をしており、犠牲者の体を痛みも感じさせないまま貪り食っていく。犠牲者はたとえどんな姿になろうと、魚が消滅するまで死ぬのはおろか意識を失うことすらできない。

 つまりは、そんな能力を持つ彼のことを思い出したのである。

(どうして初陣でクロロにビビらなきゃならないんだ!?)

 あいつ、そもそもこの世界にいないんだぜ? と虚しいことを考える。

 そうこうしているうちに、山姥切国広が刀装を展開した。仕組みは全く分からないしできる気がしない。どうせ霊力を使うのだろう。緑色の玉が消えるのと入れ替わりに8人の軽歩兵が出現した。全員が男性体で、身長は160cm程度だろうか。陣傘を被り、胴鎧をつけて刀を構えている様は、まるで戦国時代の足軽のようだ。表情がないので人形に見える彼らは山姥切国広の前方に展開すると、使い手と同時に遡行軍に突っ込んで行った。

『主さま、あれは短刀_丙です。現在、確認されている歴史修正主義者の中では最弱とされています。この辺りの遡行軍の構成は9割が短刀_丙というデータがあります。歴史修正主義勢力の中では、それほど重要な場所ではないのでしょう』

「チュートリアルには最適ってことか」

 メタいことを言いながら、俺は山姥切国広の動きを観察した。初陣にしては善戦しているのは、彼が刀剣の付喪神だからだろうか。しかし俺は彼の動きには不安を感じた。筋は文句なしに良い。刀の扱いはナイフ専門の俺よりもよく分かっている。ただ、動きがあまりにもぎこちない。宙を泳ぐ骨格標本の動きは確かにトリッキーかもしれないが、そこまで素早くない。それでも時折、斬り付けられているようだった。重傷を負っていないのは軽歩兵のお陰だ。軽歩兵たちは敵短刀の一突きで破壊されるほど脆いが、盾役には十分だ。使いこなせていないのか、たまに山姥切国広の攻撃の邪魔になっていたのが残念である。

 結果として、初陣では俺が手を出すまでもなく勝利を収めることができた。だが軽歩兵を全て失い、山姥切国広自身もそこそこの傷を負っているように見える。(刃に血は付いていないが)血振りをするように刀を振る彼に、俺は声をかけた。

「切国、調子が悪いのか? やっぱり顕現の仕方に問題があったかな……」

「何故そう思う?」

「体の動かし方がぎこちない。剣筋を見ていると、もっと上手く戦えるような気がするんだが」

 率直にそう言うと、彼は驚いたように目を瞬かせてから頷いた。

「――そうだな。自分のやりたい動きに体が十分についていけてないと思う。肉の体を持ったのは初めてだからだろう」

「じゃあ、少しずつ馴らしていくしかないな」

 俺のセリフに山姥切国広は少し迷った顔をしたが、左手でフードを下ろして小さく頷いた。俺は気持ちを切り替えるようにパン、と両手を打ち鳴らした。

「初陣だからこれ以上戦う必要はない。今日はこれで帰ろう。切国の手当てをしないと」

「このくらい、たいしたことはない。血で汚れているくらいがちょうどいい」

「よくねえし。こんのすけ、帰還ゲート開いてくれ。それから切国の負傷状況も教えてくれ」

『了解しました』

 こんのすけはそう返事したが、何故かすぐに『ヒィィ!』と情けない悲鳴を上げた。脳内で悲鳴を上げられた俺と山姥切国広は思わず顔を見合わせる。

『主さま! 山姥切国広の生存値が異常です!』

「は? 生存値? 確か体力とか耐久力とか、そんな値だったか?」

 RPGでいうHPにあたるのが刀剣男士の生存値らしい。事前知識によると、刀剣男士はステータスが数値で表現されており、それをもとに部隊の構成を決めたりするようだ。ステータスってゲームかよと思わないでもないが、人間に直すとスポーツテストの結果のようなものだというので納得してしまった。ちなみに生存以外は打撃・統率・機動・衝力・偵察・隠蔽があるが、この場では割愛する。

 顔を見合わせた状態で硬直している山姥切国広は真っ青になっていた。写しだなんだと自虐するが、予想外の異常があるかもしれないとなるとさすがに不安になるようだ。自殺願望はなさそうだと内心で場違いな安堵をした俺は、気を取り直して口を開いた。

「とりあえずこんのすけ、本丸で切国の情報見せてくれ」



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