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刀帳番号九五、山姥切国広−1
萌え 2015/09/27 21:25


・審神者ゾル兄さんと初期刀の話
・システムの説明が多い
・さらっと捏造が紛れ込んでいる





 何はともあれ、管狐(くだぎつね)・こんのすけの顕現には成功した。意図的にではないが成功したのでよしとする。懐に管狐の竹筒をねじ込んだ俺は、次に初期刀の顕現をすることにした。俺が選んだのは黒い鞘に黒い柄。至ってシンプルで好感が持てる打刀だ。他にも金きらの刀だとか変わった模様の鞘の刀だとか青い柄の刀だとかあったが、俺はシンプルな黒一色の見た目にホイホイされたのだ。なお、赤い鞘の刀は前任の初期刀を思い出したので避けてしまった。刀の目利きはできないが、特徴的な赤い鞘は十中八九、赤い目やネイルをした加州清光だろう。あの彼と交わした会話には考えるものがあったので、もう少し時間を置いてから会いたかったのだ。

 初期刀を両手で持った俺の足元で、こんのすけがふさふさとした尻尾を振りながら俺を促した。

「さあ、主さま。その状態で霊力を刀に注ぎ、刀剣男士を顕現させてください」

 こんのすけも政府職員と同じことを言うが、もう一度(心の中で)言う。霊力の使い方なんぞさっぱり分からない。即席審神者(さにわ)にそんなことはできない。こんのすけのときは竹筒の栓を抜くだけでよかったのだが、今回は刀を抜けばいいと言うわけでもないようだ。
(オーラを纏わせるだけなら周(しゅう)して終わりだしなぁ。注ぐってことは刀身に押し込む感じか?)

 とりあえず俺は押し込んでみた。霊力っぽい何かを想像しながらやってみた。だが気づくといつも通りにオーラを操作していた挙句、それを刀に突っ込んでいた。すると刀がカタカタと小刻みに振動し始めた。……これ以上続けたらヤバい気がする。俺に抗議しているんじゃないか、この刀。

 根拠がないが、嫌な予感に限って当たるものである。俺は霊力もといオーラの注入作業をやめると、心の底から困り果てた顔でこんのすけを見下ろした。

「分からん」

「……はい?」

「霊力ってどうこめるんだ?」

「こんのすけ、主さまの仰る意味が分かりません」

「奇遇な事にお兄さんもちょっと分かんない」

 仕方ないじゃない、審神者(初心者)かつ念能力者(プロ)だから。違うと分かっていても、ついつい慣れた方の作業に流れてしまうのである。俺は伊達に赤子の頃から自我を持っていたわけではない。(ゾルディック的な意味で)将来に危機感を持った俺は、碌に動き回れない頃からオーラの操作を練習していたのだ。今更、霊力などというオカルト極まりない力をホイホイ操作できるほど器用ではない。

「主さま、霊力をこめる作業自体これが初めてですか?」

「もちろん」

「クダギツネを呼び出したときは一体どうされたので?」

「栓を抜いただけ」

 こんのすけはため息をついた。深い深いため息をついた。ぬいぐるみっぽいとはいえ、沈痛な面持ちをしてみせるとは器用なものだ。こんのすけはたっぷりと間を取ってから、万感の思いをこめて俺に告げた。

「ここまで不器用な審神者様にお会いしたのは初めてです!」

「地味にぐさっと刺さるからやめようか」

 事実だとは理解できるが、心に刺さる刃は消えないのである。恐らく俺のメンタルはスライムか何かでできているので、刃を抜いたらするっと元通りになる気がするが。前向きっていいよな。

「ていうかこんのすけ。他の審神者を何人も担当してきたのか?」

「はい。通常は審神者個人専用ですが、わたくしはこの本丸に関してのみ引き継がれる仕様になっており、歴代の審神者様の記録が詳細に残されています。他の本丸の審神者様の簡単な記録は、政府の専用回線で通常の審神者と同じレベルで閲覧可能です。もちろん、この本丸の記録は外部から閲覧できないようになっていますので、無理にアクセスしてもダミーに繋がりますが」

「いきなりのパソコン用語」

 そんな軽口を挟みつつ頷く。確かに、俺の本丸は鳥居型のゲートがハンター世界に繋がっている時点で異常だし、その世界出身(政府では特区と呼ばれている)の審神者のみが担当できる状況も異質極まりない。念には念を込めて情報操作するのも納得できる。しかし、続けられた言葉に俺は返答に困った声を上げた。

「しかし今代の主さまに関しては、この本丸付きのこんのすけにも詳細(プライベート)な記録が引き継がれることはありません。主さまのご退任次第、わたくしも浄霊処分されることとなっております」

「……あー」

 俺の実家は暗殺一家ゾルディックだ。ゾルディック家自体は自宅の敷地内の警備が鬼仕様だが、一般人の職場にいる俺以外は顔バレをあまり気にしていない(それでもあまり知られていないし、ゾルディック一家の顔写真は高く売れる)。だが相手が異世界政府となると話は別だ。ゾルディックの情報自体はそれほど問題ないかもしれないが、そこから芋蔓式に念能力者に関する情報を持っていかれると面倒だ。従って、知り過ぎてしまう立場にいる存在は俺が審神者を退任次第、殺処分となるのだろう。特区出身の審神者の庇護がない刀剣男士は、特区に足を踏み入れた瞬間に刀解処分が決まると聞いているが、それも同じような理由と思われる。

「悪いな。俺の都合に付き合わせて」

 俺の口から自然と謝罪の言葉が出る。こんな対応になったのも、この本丸の歴代の審神者で念能力者なのは俺だけだからだ。こんのすけは驚きを示すようにピンと尻尾を立ててから、慌てて首を横に振った。

「いいえ、いいえ! こんのすけは審神者様に最期まで付き添えて幸せでございます!」

(何だこいつ。健気過ぎるだろ)

 急にこんのすけの可愛さが倍増しになった俺は、しゃがんでから小さな小狐の頭をわしゃわしゃと撫でてやった。

「ありがとう。俺も立派な審神者になれるように頑張るよ。……それはともかく、この刀どうしようか」

 立ち上がった俺は、沈黙している初期刀を見つめる。もうこれ、俺がそのまま使った方が話が早いのではなかろうか。

「主さま、何事もチャレンジです! もう一度やってみましょう!」

「いやだから霊力の操作とか分からないんだけど」

「説明しろと言われても非常に難しいので、フィーリングでお願いします!」

「こんのすけってサポート役じゃなかったっけ?」

 残念ながら、俺の相棒にも霊力の操作の仕方は分からないらしい。そもそも俺は霊力というものをさっぱり感じ取れないのだから、操作する以前の問題である。しかし、間違った熱血教師と化したこんのすけの意見は翻らない。俺は意を決すると、フィーリング力なるものを全開にして刀を見つめた。見つめまくった。だが気づいたらやはりオーラを押し込んでいたらしく、初期刀に全力で抗議らしきものをされた(要するにガタガタと震える)。

「もう、刀の方が勝手に俺から霊力持って行ってくれないかな」

「投げやりすぎます、主さま」

 そんなことを言われても、無理なものは無理である。しかし、俺の初期刀は努力家だったらしい。あるいは、オーラを注がれまくることで尻に火がついたのだろうか。不意に手元の刀全体が白く発光した次の瞬間、光が弾けて手の中から刀の重みが消えた。目の前で起こったそれに俺は目を瞬かせて硬直する。白い光は花びらの形で散り散りに弾けたかと思えば、いつの間にか懐かしい桜色に染まっていた。そう、桜の花びらだ。日本人の心とも言われる桜の花が、近くに桜の木がないのに舞い散っている。そんな花吹雪の向こう側には人影が立っていた。

 桜の花びらは地面に触れると、粉雪のようにさらりと溶けて消える。幻想的な吹雪の中から現れたのは、金髪碧眼の見るからに王子様(仮)な青年だった。俺の手元から消えた刀は彼の腰に佩かれていたので、彼が刀剣男士なのだろう。背丈は170cmを少し越えたくらいで、すらっとした細い体格だ。年の頃は20歳に届かないくらいだろうか。高校生くらいにも見えるのは、彼がブレザータイプの制服のようなものを着ているからだろう。白いシャツに青いネクタイ、水色のセーターの上に、和柄のストライプのジャケットらしきものを羽織っているが、ジャケットの端がところどころ切れて汚れている。下半身はブレザーに合うシンプルなスラックスと革靴だが、和鎧を付けているのが異質だった。だが最も異質なのは、頭からすっぽりと被った大きな白い布だ。白い布と言っても、それもジャケットのようにあちこちがボロボロで薄汚れている。端正な顔立ちで海外からの留学生王子様な外見は、主にその白い布で残念になっていた。だから王子様に(仮)をつけているのだ。

 灰かぶり(シンデレラ)ならぬ布被りの王子様(仮)は、俺と目が合うとぐったりと疲れきった顔になり、開口一番にこう言った。

「……よく分からないものを押し込まれた時はどうしようかと」

(すいません、それオーラ)

「勝手が分からないとは言え、悪かったよ」

 白飯が食いたいと言う奴の口を抉じ開け、「米の炊き方が分からない」と言いながらガソリンを流し込んだようなものかもしれない。正直すまんかった。

 顕現した途端に鬱屈としたため息をついた彼は、気を取り直して顔を上げた。白い布が影を落としているせいで、彼の表情が余計に陰鬱に見える。

「俺は山姥切国広(やまんばぎりくにひろ)だ。……何だその目は。写しだというのが気になると?」

(……おおっとぉ?)

 俺は普通に彼――山姥切国広を見ていたつもりだったので、内心で首を傾げた。青年の第一声を聞いた瞬間、俺はこう思ったのだ。

 ひょっとすると、変なのをこじらせた奴を引いちゃったかもしれない。

 しかし彼は俺の初期刀であり、最も付き合いが長くなるであろう相棒だ。俺は不安を振り切って口を開いた。

「――俺はこれから君の相棒になる審神者だ。審神者名は柊(ひいらぎ)。よろしく頼むよ」

 山姥切国広は顔を上げ、よく晴れた空の様な色の目を少し見開いて俺を見てから、すぐに俯いた。

「俺は写しだ。どうせすぐに飽きる」

(ネガティブ系男子だー!)

 一番シンプルな見た目の刀を選んだら、中身がシンプルじゃなかったでござる。……なにがどうしてこうなった。

「いや、飽きる飽きないの問題じゃないと思うけどな……そもそも、写し?」

 思わず訊ねると、山姥切国広は両手でガッと布を握り締めてから叫んだ。

「俺は足利城主長尾顕長の依頼で、霊剣・山姥切長義の写しとして打たれた刀だ。だが俺は偽物なんかじゃない。国広の第一の傑作なんだ……!」

「お、おう」

 写しというのはかろうじてセーフだが、恐らく偽物と称するとアウトだろう。……写しと偽物の違いって何だ。後で国語辞典か審神者マニュアルを引いておこう。

 ともかく、まずはこのネガティブ思考を審神者業ができる程度に持ち直さなければならない。こんな後ろ向き状態のままの彼を戦場に放り込むほど、俺は鬼ではないのだ。落ち込んでいたら戦闘に集中できなくてうっかり死にました、なんて冗談ではない。

「俺達はこれから戦争に行くんだ。とにかく戦場で生き残ればいい。強いとなおいい」

「……俺が写しだから信用できないのか」

「初期刀が君じゃなくても同じことを言うよ」

 こいつ、あらゆることの原因を写しであることに集約させる気ではないか、と思わないでもない。例えばそのうち、「タンスの角に足の小指をぶつけたのは俺が写しのせいだ……!」とか言い出したら俺は笑う。しかしこれだけは言える。お前が顕現する前から妙な苦しみを味わったのは写しだからではなく、俺が審神者(初心者)だからである。……普通の初心者は刀にオーラぶち込まないですよね、知ってる。

 さて、どうやって彼を説得しようかと頭を捻った俺は、じめじめし始めた初期刀をまっすぐに見つめた。

「初対面の間柄でいきなり信用し合うのは難しい。でもこれは誰であっても同じだ。俺の場合は君の実力を実際に見てみない限り、信用するかどうかを決めることはできない。逆に言えば、戦場で生き残れる力があれば、それは君を信用するための材料になる」

「名刀に比べれば写しの実力など、たかが知れている」

「国広の第一の傑作じゃなかったか?」

 俺がそう尋ねた時だった。ひら、と俺の目の前で小さな何かが落下した。俺の爪ほどの大きさのそれは、透けそうな桃色をしている。

(……桜の花びら?)

 それは先ほども見た桜の花びらだった。花吹雪はとっくに消え失せていたというのに、何故一片だけ舞っているのだろうか。俺がそれを何となく目で追った瞬間、凄まじい勢いで山姥切国広が花びらを攫った。彼は花びらを乱暴な手つきでジャケットの中に押し込むと、白い布を目深に被り直す。最早、彼の顔はほとんど見えなくなっていた。一瞬だけ見えた白い頬の血色が薄っすらと良くなっている気がしたが、確かめる術はない。

「どうしたんだ?」

「き、気にするな。大したことはない」

 顔を一層俯かせた彼は、最早布お化けかと言わんばかりの様相だった。首から上が完全に布である。なんだこれハロウィンか。あからさまな様子が気にならないはずもないが、無理やり布をめくったら本丸に引きこもって出てこなくなりそうだ。仕方がない、追求は諦めよう。まあ、声が分かりやすく動揺で震えていたので、俺のセリフに彼がどんな感情を抱いたのか想像は難しくないのだが。

 会話が途切れたものの、不穏な気配がしないのを感じ取ったのだろう。黙っていたこんのすけが嬉しそうに声を上げた。

「初期刀の顕現成功、おめでとうございます! こんのすけは嬉しいです!」

「結局俺は何もしてない気がするけどな」

 実際に俺がしたことと言えば、初期刀をオーラ漬けにして散々な目に遭わせる(刀剣男士談)くらいである。しかしこんのすけはそんな言葉を黙殺すると、さっさと話を進めた。逞しい狐だ。

「初期刀を顕現した後は出陣ですね。このまま一通り審神者様の仕事を実践しながらお教えします」

「ちょっと待て」

 審神者業について一通り実践を通じて教わることへの反論はない。むしろ助かる。しかし、さらっと言われた言葉の中に聞き捨てならないものがあったため、出陣ゲートである鳥居へ向かおうとしたこんのすけを俺は咄嗟に引き止めた。

「出陣ってアレか、刀一本だけ持った奴を戦場に放り込めと? なにそれ丸腰同然?」

「ひぎゃっ!? と、刀剣男士専用の装備なら審神者様の手で作成できますー!」

 俺に尻尾を掴まれたこんのすけは、全身の毛を逆立てながら叫ぶ。

「じゃあ出陣する前にそっちを作ろう」



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