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ルク兄さんとガイと護衛騎士
萌え 2013/10/21 00:36


・本編2年前
・ガイ視点
・妙にキラキラしく見えているルク兄さん
・オリジナルキャラあり





 長年に亘る敵であるマルクト帝国に誘拐された、当時齢10のファブレ公爵子息は、(ガイにとっても、彼にとっても)幸か不幸か五体満足で故郷の地を踏むことができた。しかしながら、帰って来た彼が今までの彼と同一であるかと言えば、そうではなかった。むしろ失われてしまったとした方が正しい。仔細は違うが精巧に作られた人型に別の人格を押し込めただとか、あるいはいっそ秘匿されていた双子の片割れだと言われた方が納得できる。その差異が、帰って来たファブレ公爵子息が抱えてきた土産であった。

 まず、彼には10年間公爵家で過ごした記憶が無い。生きるに当たって必要不可欠な記憶はあるものの、それ以外がさっぱりだった。公爵家お抱えの医師のみならず、王家御用達医師に診察されてなお、その診断は覆らなかった。ガイがメイドの噂話で漏れ聞いたのは、“全生活史健忘”だとかいう病名だった気がするが、門外漢であるガイにはそれが正しいのかどうか分からない。ただ、それは心因性のものである可能性があるため、無理に思い出させようとして患者にストレスを掛けるのは良くないらしい。従って、表だって子息に記憶の有無を尋ねる者はいない(そもそも身分の差で、従者側からは話しかけることすら難しい)。そのため、噂好きのメイド達のひそひそ話は、かえって盛り上がりを見せていた。

 次に、記憶喪失の弊害なのか、子息の人格が全く違う。以前は生真面目で堅苦しく、息の抜き方も愛想も知らない子どもだった。まさにファブレ公爵のミニチュア版と評するに相応しく、そんな少年の姿はガイが抱く復讐心を滾らせることに非常に役立った。しかし今のルークは、微笑みの絶えない柔和な少年だ。父よりも母に似ていると言える姿は、ガイを動揺させた。だが同時に、以前のルークにはなかった賢しさと非道さをも身に付けたように思える。それらの印象は、子息が帰還してから5年経った今でも変わらない。

 さらに、時間が経つにつれて身体機能も異なってきた。いや、育ち盛りの子どもに対して、成長を差異の発露と看做すのは些か乱暴である。正確に言えば、当初期待されていた、あるいはそうなるであろうと予想されていた成長線とは異なる発達を見せたのだ。ヴァンデスデルカ――表向きの名をヴァン・グランツと称する男に手ほどきを受け、そこそこの剣の使い手に成長すると思われたルークは、武の師をヴァンからその部下であるリグレットという譜銃士に変え、定期的に銃術と格闘術の鍛錬を積んでいる。同時に譜術も習っているようだが、それほど高い才能はないらしい。

 また、それらが影響しているのか、少年は育てば育つほどファブレ公爵よりもその夫人に似ていった。未だに発展途上であるものの、それを差し引いてもルークは線が細い。顎のラインも首筋も細く、よく見ればそれなりに筋肉が付いているが肩も薄い。銃と短剣以外に武骨な物を手にしないため、男らしい骨格を少しのぞかせつつもやはり指も細く優美だ。屋敷に軟禁されているため、日に焼けない白い肌に、親譲りの整った顔のパーツ、そして手入れが行き届いた長い朱金の髪が揃えば、まさに深窓のご令息と呼ばれる美少年になる。長い睫毛に縁取られた新緑の目に見つめられれば、その辺りの令嬢の大半は落とせそうだし、下手をすれば男まで引っ掛けられそうであった。つまり、軍人貴族であり武人であるファブレ公爵の息子とは到底思えない、武骨を真逆で行くなよやかな文学少年に育ってしまったのである。実際、本をよく読むルークは、肉体労働よりも頭脳労働向きに見えることを自他共に認めている。

 だからといって、ガイの復讐心が潰えたかと言えば、それは全くない。ルークが幾許かの代償と引き換えに手に入れた冷静な賢さにより、以前の彼よりもかえって冷酷な人間のようにガイの目に映るのだ。それはガイ以外の、特に古参の人間には落胆と歓迎という複雑な心境を与えているようだった。

「セシル」

 不意に低い声に呼ばれたので、廊下でメイドからシーツを受け取っていたガイは、顔をそちらに向けた。そこには、白光騎士団の鎧を着込んだ長身の男が立っていた。だが男は他の騎士よりもやや軽装で、身の丈ほどもある長槍の代わりに、腰の両側に計二振りの長剣を佩いている。兜を外しているために見えるその顔は、ガイとさほど変わらない、まだ幼さが滲むものだった。ガイはにこやかな笑みを顔に張り付け、男に返事をする。

「ああ、バルツァー。戻ったのか。どうしたんだ?」

 その男の名前はヴィンセント・バルツァー。ルーク専属の護衛騎士にして、ルークが持つ唯一の私兵である。――つまり彼は、ガイが虎視眈々と狙っていた地位を掻っ攫った男なのだった。

 今から4年前、彼と初めてまともに対面した際、15歳のガイが抱いた印象は、飛び抜けて無愛想な少年だということだった。太陽の光を受けてキラキラと輝くガイの砂色の短い髪とは対照的で、彼の髪はやや長めで、陰鬱な闇をじっとりと練り込んだような墨色だった。そして目は、愛嬌のある空色の猫目のガイと違い、常に人を威嚇しているような鋭い切れ長の暗い赤。それらの特徴は、なまじ硬質に整った顔立ちだからこそ、妙な威圧感を相手に与えていた。少なくとも、対人関係を斬り捨てたと思わざるを得ない仏頂面の彼に、初対面で好印象を抱く者は多くないだろうとガイは思う。現にヴィンセントは、ミーハーなメイドに、鴉の濡れ羽色の髪に涼やかな目を持つ硬派な美形と言われながらも、やや遠巻きにされている。彼には若くしておどろおどろしい異名も付いているので、余計に恐ろしいのだろう。

 それなのに、ルークは彼を受け入れた。ルークが自身の護衛としてヴィンセントを選んだ瞬間を、ガイは今でも忘れられない。彼は目の前で傅く若い騎士に、ほんの一瞬だけ、懐かしそうな眼差しを向けたのである。その眼差しの意味は分からず仕舞いだが、そんなことよりもルークの一言が強く耳に焼き付いている。

「あなたがいい」

 彼は、記憶を失ってから親しくしていたガイよりも、大して付き合いのない騎士を選んだのだ。

 ガイはヴィンセントが嫌いだった。何を考えているか分からない、ともすれば涼しげにも見える顔で、ガイが狙っていたファブレ公爵子息の傍らに収まったのだから。しかもルークは、ヴィンセントに大層信を置いていると見える。恐らくガイよりも。

「ルーク様はどちらへ?」

 ガイの内心など知る由もない、どころか興味すらないであろうヴィンセントは、無表情のままそう尋ねた。彼の興味の対象は、大抵が自分の主だけだ。腕は立つものの、残酷過ぎて誰からも敬遠されていた男は、自分を拾い上げてくれたルークのことを何よりも優先している。

「旦那様の書庫にいらっしゃるかと思うよ」

 そう言ったガイの言葉が終わるか終らないかのタイミングで、今度は聞き慣れた柔和な声がこちらに掛けられた。

「ヴィンス、もう来ていたのか」

 ガイとヴィンセントが振り向くと、廊下の入口に、両手に分厚い本を数冊抱えたルークが立っていた。書庫の帰りらしい。ヴィンスとはヴィンセントの愛称で、ルーク以外が彼をそう呼ぶ光景をガイは見たことがない。ルークがヴィンセントをそう呼ぶ度に、ガイは果たしてルークは自分を愛称で呼んでくれるのだろうかと考える。そもそも“ガイ”という仮の名前が短すぎるので愛称などわざわざ考えるものでもないが、もしガイが“ガイラルディア”と名乗っていたとしても、ルークが“ガイ”と気安く呼んでくれるかどうか自信はなかった。ルークの持つガイとヴィンセントへの信頼の差は、そのくらいにはあるような気がしている。

 ガイが口を開く前に、ヴィンセントが足早にルークに歩み寄った。ガイは言葉をしまうと、唇を引き結んでその場で2人の様子を見つめる。そもそも、従者の方から主に声を掛けるのは不敬である。そして、ルークが話しかけたのはガイではなくヴィンセントだ。近くにメイドの目もある今、ガイからルークに声を掛けることはできなかった。

「休暇が明けたばかりなんだから、もっとゆっくりしていても良かったんだぞ?」

 ルークは困ったように笑いながら、自分の騎士を見上げている。

「ルーク様のお傍から離れたくないので」

 そう答えるヴィンセントの表情は、ガイからは見えなかったが、きっと無表情なのだろうと思う。いや、そうであって欲しい。気を許し合う主従の姿など見たくないのだ。

「心配性だな」

 呆れた声を漏らすものの、ルークは口の端を緩めていた。

「ありがとう。でも本当に無理はしないでくれよ?」

「ルーク様のお傍に控えていない方が余程堪えます」

「……真面目だなぁ」

 間髪入れずに返された答えに、ルークは肩をすくめた。

「これからお部屋に戻られますか?」

「ああ。暫くはこれを読むつもりだ」

「畏まりました。……セシル」

 唐突にヴィンセントから声を掛けられ、ガイははっとして彼を見た。いつの間にか暗い紅色の双眸がガイを捉えている。

「承りました」

 ガイは、公爵家の使用人として遜色ない仕草で、丁寧に腰を折った。このタイミングでヴィンセントがガイを呼ぶのは、ガイに茶と茶請けの用意を申し付けたということだ。それらの用意はルークの専属使用人であるガイの仕事である。そのことは分かっているのだが、ヴィンセントにそれを命じられるのはあまり気分が良くなかった。

 用意のために踵を返そうとしたガイの前で、ヴィンセントが甲斐甲斐しくルークの手から本を受け取り、彼に付き従う。普段のルークの世話は、使用人であるガイの方が、騎士であるヴィンセントよりもずっと甲斐甲斐しく焼いている。そう思っているだけに、眺めているだけで無性に腹が立った。

(……あいつが居なければ、俺はもっとルークに近付けたのに)

 それこそ、笑いながら簡単に刃を突き付けられるほどに。

 ガイは、ルークの笑い声を背にして、厨房へ向かう足を速めた。



***



懐かしそうな目をするルク兄さん:ヴィンセントが自分の親友に似ていたから。だからホイホイされちゃったわけで……。



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