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魔法長編でシリウスの話
萌え 2013/10/27 22:00


・3巻の家出直後
・シリウス視点
・ハリ子しか見えていない





 無我夢中だった。痩せ細った犬の姿で吸魂鬼の脇を擦り抜け、殆ど残っていない体力を振り絞って監獄から飛び出した。残っている理性はかつての親友に対する怒りと憎しみの妄執に囚われ、僅かな生存本能を捻じ伏せる。濡れ衣を着せられたことより、信頼していたはずの親友に裏切られたことが酷く憎々しかった。何としてでも殺してやると決意するほど、裏切り者を殺しさえすれば己はどうなっても構わないと思うほど、彼は激しい怒りを感じていた。十年来の負の感情が、現在のシリウス・ブラックを突き動かしていたのだ。

 ――だから、彼がその場所を通りかかったのは、本当にただの偶然だったのだ。

 真夜中のマグノリア・クレセント通りは人気がなく、とても静かだった。それは追われる身であるシリウスにとってはありがたい。木の葉を隠すには森の中とは言うものの、今の彼はぼろぼろの囚人服とローブを身に付け、酷くみずぼらしい風体である。人ごみに身を隠すなどできるはずもないのだ。結局、犬の姿で行動するしかない上、人の姿で無いからと言ってあまり不用意な行動を取るわけには行かない。だから人目の無い場所はとても気が楽だ。

 そう思っていたのだが、公園に差し掛かったところでふと人の気配を感じたシリウスは、咄嗟に近くの植え込みに紛れ込んだ。まさか魔法省の追手だろうかと冷やりとさせられたが、それは杞憂に終わる。それどころか、予想外の再会となった。

 こちらに灯りの付いた杖先を向けてきたのは、幼い顔立ちの少女だった。真っ黒なセミロングの癖っ毛を緑色のリボンで二つ結びにし、時代遅れの丸眼鏡を掛けている。大き目のパーカーからはみ出した指先、細い首筋は酷く華奢だ。シリウスは少女の持つ黒い癖っ毛や大きな緑色の瞳には見覚えがあった。

(まさか……まさか、ハリーなのか!?)

 親友であるジェームズ譲りの黒髪に、同級生であるリリーの持っていた緑の目。よく見れば少女の顔立ちは母親似で、優しそうな雰囲気がある。名付け親の贔屓目がしっかりと搭載されているシリウスにとって、少女――ハリー・ポッターは絶世の美少女に見えた。実際のところ、ヴィーラの血が入っているわけでもないハリーは絶世と称されるほどの美少女ではないのだが、少女が母親の腹に居る頃から溺愛しているシリウスには関係ない。

(こんなところで再会できるとは……!)

 シリウスはハリーの視線を無視できるような男ではなかった。のそのそとハリーの目の前まで歩くと、大人しく腰を下ろして少女を見上げる。ハリーの手が伸ばされ、黒い毛並みをなぞったときにはまさしく天にも昇る気分だった。

(ハリーが、あのハリーが、小さかったハリーが! 成長して目の前にいるばかりか私に触れている!)

 毛並みに触れるハリーの肌は、予想に反して少し荒れていた。年頃の少女らしく滑らかな指先かと思っていたのだが、もしかすると現在住んでいる場所で良い扱いを受けていないのかもしれない。そう思ったシリウスはようやく、まだ幼い少女が一人きりで夜中の住宅街にいることの不自然さに気付いた。ハリーの背後にあるベンチを見てみると、大荷物が乗せてある。まるで家出をしてきたかのようではないか。

(……よく見ると涙の跡があるじゃないか! 一体誰だ! 私の可愛いハリーを泣かせた不届き者は!?)

 目の前にあるハリーの白く円やかな頬には、確かに涙の痕があった。まさか同居人に泣かされて、本当に家出をしてきたのだろうか。だとしたら、実にけしからん事態である。ハリーを傷付け泣かせる輩は全員まとめて噛み千切ってやりたいとシリウスは内心で怒りを覚えた。

「……犬もいいなあ」

 だがご満悦といったように少女に微笑まれた途端、シリウスはでれっと相好を崩した。親友の愛娘の何と愛らしいことか!まさしく天使と称するに相応しいとシリウスは本気で考えた。無邪気に犬を撫でるハリーは本当に可愛らしい。どうやら大人しい大型犬がお気に召したらしいハリーは、嬉しそうに腕を伸ばした。少女の甘い香りがふわりとシリウスの鼻腔をくすぐる。

(は、ハリーが抱きつ……!)

 このまま抱き締められる、とシリウスの胸は期待で高鳴る。だが細腕が犬の首を回りきる前に、夜の騎士バスが派手な音を立てて公園に到着してしまった。ハリーはバスから降りてきた車掌に釣られてシリウスから離れてしまう。あまりのタイミングの悪さに、シリウスは思わずぎりぎりと歯を噛み締めた。空気を読めないバスめ、いっそ消えてしまえとすら思うものの、本当に消えられてはハリーが路頭に迷ってしまうかもしれない。シリウスは泣く泣くハリーに追い縋るのを諦めた。

 ハリーはバスに乗り込む前、ふとシリウスに振り向いた。彼女は小さな手を持ち上げ、軽く手を振る。

「ばいばい」

 無邪気に、そして心なしか寂しそうに手を振る少女の何と可愛らしいことか! シリウスはあっと言う間に消えていった紫色のバスを見送りながら、胸中で強く新たな決意を固めた。

 あの裏切り者を排除した後、何としてでもハリーを抱きしめてから死んでやる!



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