TOAでもお兄さんと一緒:アルカ編
萌え 2013/12/03 22:04
・アルカがTOAにinしたようです
・ケセドニアでお買いもの
・まだギリギリ序盤(ナタリアはいる)
・ルークの気持ちがパーティから離れ始めている時点
・ルーク視点
ルイは大抵、妹を片腕で抱き上げて行動している。街中では手を繋いで歩いているが、人ごみであったり、町の外へ出ると彼女を抱き上げる。妹を抱き上げていたり、片腕を空けているのは、ルークの護衛のためなのだと気付いたのは、ひったくりからルークを庇ってくれた時だった。なるほど、見た目に反した怪力の持ち主であるルイにとっては、妹と手を繋ぐより抱き上げた方が素早く行動できるし、片腕で相手を御することも容易いのだ。彼の妹であるアルカはまだ幼く、1人で歩かせるには不安が残る。ルイにとってはこうすることが最善なのだろう。
アルカのことはルークも好きだ。彼女は幼く無知なので、ルークのことを知らない。故にルークを馬鹿にしないし、畏まった態度も取らない。時々、ルークにくっついてくるところはチーグルの子どもを思い出すが、さすがのルークも、人間の女児を無碍に扱うことはしない。むしろ、ルークでも知っていることを知らず、あれこれ聞いてくるので、珍しく物を教える役割ができて楽しい。
今日もまた、アルカはルイに抱き上げられていた。アルカは無邪気に笑うと、自分を抱き上げる兄にぺたりとくっつく。その拍子にずれた日砂除けのフードの位置を正してやったルイは、首に触れている妹の髪がくすぐったそうに笑った。
「今日は町で買い物だから、はぐれないようにちゃんと掴まっていろよ?」
「はーい」
そもそも、見るからに筋金の入ったシスコンのルイが、大好きな妹を腕から離すはずがないと思われる。だがアルカは兄の言いつけを守り、ルイの首に腕を回した。
熱砂に囲まれた町であるケセドニアの露天市は、世界一の流通街であるため、恐ろしく人が多い。だが人ごみの中でも長身のルイと、彼に抱きかかえられている黒髪の少女は目立っていた。アルカが長い黒髪と黒眼を持つ美少女で、ホドの民族衣装の様なものを纏っているせいでもあるし、彼女を抱える青年もまた、整った顔立ちをしているせいでもあるだろう。それを言えば、ルークを取り巻くパーティの面子は皆、容姿が優れている。ルイと同じく長身のガイとジェイドも美形であり、ティアとアニス、そして幼馴染の王女であるナタリアもまた同じだ。そこまで考えたルークは、目立っているのは美形の兄妹だけではなく、その周囲に居る自分達パーティも同じだということに気付いた。
ルークは、自分よりも幾分か身長の高い男達を嫉妬交じりに睨んでから、手元のメモに視線を落とした。買い出しに行く時、ルークは必ずガイかルイと一緒に買い物メモを作るようにしている。そうしなければ、ルークは様々な店の商品に気を取られて必要なアイテムを買い損じたり、似たような別のアイテムを間違って買ってしまったりすることがあるからだ。間違える度にティアが頭を抱えたり、ジェイドに呆れた眼差しを向けられることに苛々していたルークを見かねたルイが、買い物メモの作成を提案してくれたのが、事の発端である。それに従ってメモを作るようにしてからは、失敗が激減している。
ルークが口の中で「アップルグミが9個」と呟いていると、近くの露天商がこちらに向かって声を張り上げた。
「そこのお姉さん達! せっかくだから見ていっとくれよ!」
声が聞こえた方に視線を向けると、こんがりと日に焼けた中年男性がこちらに手を振っていた。男の足元には、広げられた布の上に色とりどりの雑貨が並べられている。ケセドニアに立ち寄るのはこれで2度目だが、前回は露店をじっくりと見て回る時間が無かった。そのため、その店の雑貨はルークの興味を惹くものだった。だが、今はアクゼリュスへ急ぐ旅の最中であるため、それを素直に態度に出すことは憚られる。アクゼリュスでは、ルークの師であるヴァンが、ルークの到着を待っている筈なのだ。しかも、ヴァンとルークには秘密の約束もある。先を思って気が急いているルークと、彼以外のパーティとの心情の差もあり、なおさらルークは口を噤んだ。最近は、ルークが口を開く度に嫌な雰囲気になることが多くなってきたから、またそうなるのも面倒だった。
だがそんなルークの心情に気付いていないのか、ルイがその露天商の許へあっさりと足を向けた。しかも、片手に妹を抱き、空いた片手でルークの背中を押している。おかげで、ルークは彼の行動にぽかんとしている間に、露天商の前に押し出されてしまった。
「ルイお兄ちゃん、キレイなものがいっぱいだねー」
複雑な気分のルークとは対照的に、アルカは無邪気に喜んでいる。ルークが黙って店を眺めていると、不意にルイが口を開いた。
「なあルーク。アルカの髪飾りを選んでくれないか?」
「俺が?」
唐突な申し出に、ルークは思わずぽかんとしてルイを見上げた。ルークには、そんなことを頼まれたことなど1度もなければ、何故ルイが今、それをルークに頼むのかも分からなかった。
「ルーク、選ぶの嫌い?」
すると、困った様子のルークを見た彼女が、兄にしがみついたまま首を傾げる。何の邪気もない問い掛けだからこそ、ルークは動揺した。他の同行者に問われた時のように、投げやりに突っ撥ねることができなかったのだ。それに、こちらを見下ろすルイの穏やかな目が、落胆で曇るところを見たくなかった。ルークは、ルイがルークの我儘に対して本気で怒った場面を見たことがないし、不思議と、そんなことは滅多に起こらないだろうとも思っている。彼の堪忍袋の緒が、他のパーティメンバーより随分と頑丈にできていることを悟っているルークは、だからこそ彼に嫌われたくないと思うのだ。
優しいが気弱なイオンには、女性陣が邪魔で話しづらいし、親友のガイでさえ、最近は、他のメンバーに責められるルークをあまり庇ってくれなくなってきたのだ。ルイまでルークを遠巻きにし始めたら、ルークの味方は本当にヴァンしかいなくなってしまう。それはルークにとって、とても恐ろしいことだった。
「……べ、別に」
ルークは慌てて取り繕うようにそう言うと、アルカと、追いついたパーティの視線から逃れるように、並べられた雑貨に集中した。雑貨達は日差しを遮る屋根のせいで、日陰に並んでいるが、それでもルークの目には物珍しくキラキラと輝いて見える。そのせいで少し悩んでしまったが、やがて1つの髪飾りに目を留めた。1度目を留めてしまうと、そればかりが気になってしまう。
「あれか?」
ルイはそんなルークの様子にすぐに気が付くと、ルークが見ていた髪飾りを手に取った。それは真っ赤な飾り紐に白い花、小粒のガラス玉がいくつか付いているもので、ルイの髪紐と雰囲気が似ている。ルイは頷いてルークに礼を言うと、店主に声をかけた。
「これをください」
「まいどあり!」
ルイは店主に金を払うと、妹に髪飾りを渡した。アルカはぎこちない手つきながら何とか髪飾りを付けると、ぱあっと顔を華やがせる。
「似合う?」
「もちろん。すごく可愛いよ」
ルイはすぐに妹を褒めた。確かに、ルークの選んだ髪飾りは、アルカの黒髪によく映えている。我ながら良いセンスだとルークは思った。兄に褒められたアルカは、「えへへ」とはにかんだ。
「ルイお兄ちゃん、だーいすき!」
そしてルイの頬にちゅっと可愛らしいキスをする。するとルイは整った顔をでれっと崩した。
「俺もアルのことが大好きだよ」
お返しとばかりにルイもアルカの頬にキスをすると、アルカは嬉しそうに笑った。
一方、アルカと年の近いアニスは、先ほどから呻きながら自分の腕を掻いている。そろそろ軍服の袖に爪痕が残りそうだった。
「う、うああぁぁ……! 何あのやり取りかゆすぎる……!」
出会ったばかりの頃は、よくルークにべたべたとくっついてきた癖に、目の前で兄妹がイチャイチャする光景は耐え難いらしい。その隣に立っているイオンは、微笑ましげににこにこと兄妹を眺めていた。そんな反応など全く気にしていないルイは、輝かしい笑顔で同行者に振り向いた。
「俺の妹が可愛過ぎて生きるのが楽しい」
「幸せそうで何よりです」
ジェイドは呆れを通り越し、最早諦めの境地に突入した眼差しでそう言った。一方のナタリアは、ジェイドとは対照的にきらきらと輝く笑顔を浮かべている。彼女は白い手袋をした手を上品に口元に当て、羨ましそうな顔をした。
「今日もお二人は可愛らしいですわね。私も兄か妹が欲しくなりますわ」
そう言った一人っ子のナタリアは、物言いたげな目でアニスを見やる。何やら危機的状況を察知したアニスは、素早くイオンの陰に隠れた。ナタリアの父であるインゴベルト陛下は、ナタリアの出産の際に妻を亡くして以来、後妻を娶っていない。そのため、彼女には兄は当然のことながら、妹も生まれることはない。アニスに視線を向けたのは、パーティの中では彼女が最もナタリアの妹に適した年齢だったからだろう。
一方、いつの間にかルークの背後に控えていたガイは、どこか憧憬混じりの顔をして、仲睦まじい兄妹を眺めていた。切なさを含んだ表情を不思議に思ったルークは、彼に声をかけた。
「ガイ、どうかしたのか?」
「いや……ああいうの、いいなと思ってな」
ガイの視線の先には、じゃれ合う兄妹がいる。そういえば、彼に兄弟がいるという話は聞いた事が無い。彼もナタリアのように、兄か妹が欲しいのだろうか、とルークは首を傾げた。
その時、アルカが急に兄の腕から抜け出そうとした。どうやらルークの方へ行きたいらしいが、ルイとは離れたいらしい。疑問に思ったルイがそれを尋ねると、アルカは素気無く答えた。
「ルイお兄ちゃんはだめ」
「ちぇっ。しょうがないなぁ」
ルイは肩をすくめると、あっさりとアルカを解放した。アルカは地面に降り立つと、ルークの隣までやって来て背伸びをする。耳を貸して欲しいらしい。ルークが背中と膝をかがめて高さを合わせてやると、アルカは口元に両手を添えて、面映そうに囁いた。
「あのね。あたし、ルークのことも好きだよ」
なんてことはないはずのアルカの言葉に、なんだかルークは泣きたい気持ちになった。
***
転生してから性能が良くなった耳のお蔭で、アルカの無邪気な囁きは全て聞こえたし、その言葉でルークが一瞬、泣きそうな顔になったのも見えた。最近、同行者との距離が離れつつある彼は、内心では寂しくて仕方が無かったのだろう。何やら隠し事をしているように見えるルークは、そのせいなのか、妙に気が急いていて、同行者と衝突することが多くなった。親友であるはずのガイでさえ、ここのところのルークの我儘(に見える)には思うところがあるのか、あまり積極的にルークを庇わなくなっている。イオンやミュウ、俺がルークをつついてやらなければ、ルークはあっさりと孤立してしまいそうだった。
もともと、ルークは17歳という年齢の割に子どもっぽい側面が強い。その構成の1つとして、周囲からの評価を気にしている一方で、周囲への配慮が上手くできないというちぐはぐな性質があった。今まさに周囲とルークの間に溝を作っている原因であるそれは、彼の生育環境によるものだろう。彼もまた、アルカとナニカと同じように、屋敷の中に軟禁されていたらしい(俺の妹はむしろ監禁だったが)。他者から傅かれる身分と、軟禁による圧倒的な対人経験不足が彼を苦しめている。ルークと妹の育った環境の相似性、そして何よりルークが見せる子どもらしさが、俺に彼を放り出すことを踏み留まらせていた。
……まあ、日本人らしい判官贔屓ではないが、四面楚歌状態の少年を放置して平気でいられるほど、俺は薄情ではいられなかったのだ。
俺は再び抱き上げた妹の耳元に唇を寄せた。心が幼い妹は、内緒話に目を輝かせる。彼女の小さな耳に、俺はひそりと囁いた。
「“ここ”に居る間は、色んなものをたくさん見ような」
普段の彼女は、ゾルディック家本宅の奥にある一室で監禁されている。彼女が最後に空を見たのは、もう何年も前の話だ。異能を持ってしまったがために、幼い彼女は籠の鳥にされた。
俺はいつだって、1番手を差し伸べたい相手にはなにもできない。妹にしろ、キルアにしろ。弟妹が自覚なく歪められていく様を、俺は安全な場所で見ているばかりだ。それは俺が、ゾルディック家から離れて生きることに恐怖を感じているからかもしれない。平凡な民間人として生きるには、俺は世の中の暗部に足を踏み込み過ぎてしまったのだ。そして、弟妹の手を引いて屋敷から連れ出すには、あまりにも力がなさ過ぎた。2度目に生まれ落ちた世界がどういう場所かを知っているからこそ、俺自身の能力の限界に対する見切りの早さは顕著になっている。俺には弟妹を護るための力を備えられる才能がない。力のない意志はただの囀りに過ぎないのだ。
だからせめて、今だけは。ゾルディック家から遠く離れた異世界にいる今だけは、妹に広い世界を見せてやりたい。もし、この世界から帰れなくなってしまったのなら、今度こそ平凡な兄妹として、陽の光の下で生きていきたい。
「アルとニカは、俺が絶対に守るから」
その言葉はあまりにも小さかったため、妹以外の耳には届かなかった。妹はにこにこと笑うと、俺に囁き返す。
「ルークもだよ?」
「もちろん」
籠の鳥の子ども達に、つかの間の自由を与えてやりたい。それがたとえ、その場限りの偽善であっても。
アルカとルークはだぶる部分があるので、余計に兄さんはルークの世話を焼くのかもしれません。
そういえば、兄さん的アルカの愛称はアルで、ナニカの愛称はニカです。
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