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ポタ兄さんテコ入れできなかった文章
萌え 2014/07/27 13:05


・展開が急
・最後どうなったのかは妄想補完で




 それは、俺が自室から持って来たPSPで遊びながら、リドルの部屋でごろごろしていた時のことだった。

「何だこれ」

 何の前触れもなく暗転した画面に表示された文章に、俺は思わず声を上げた。

≪わたし、メリーさん。今、■■■の前にいるの≫

 ちなみに、“■■■”は本当にそう表示されている。正常に表示されない辺りがバグのように見えるが、それにしては文章が作為的である。俺がプレイしていたゲーム内では、これに似た文章は存在しない筈だ。

「どうしたんだい?」

 俺の様子が常とは違うことに気付いたのか、椅子に座って本を読んでいたリドルが、俺に近寄って来た。俺はベッドから上半身を起こすと、リドルにPSPの画面を見せた。

「ゲームがバグって怪文書が表示されたんだけど。つーか、メリーさんって」

「知っているのかい?」

「ああ。都市伝説に“メリーさん”ってあってさ、手紙とかにこういう文章をどんどん送りながら、メリーさんが手紙の相手に近付いて来るんだよ。最後どうなるかのバリエーションは色々あるけど」

 振り向いた時にどうなったのか分からないままだったり、あるいはメリーさんに殺されたり。思い出しているうちに何だか嫌な予感に駆られた俺は、ベッドから降りて靴を履いた。俺の嫌な予感は結構な確率で当たるのは気のせいだろうか。

「……あ。僕にも来た」

 その時、リドルがそんなことを呟いた。彼は自分が手にしていた本に目を落としている。横から彼の手元を除くと、文章が全て消えてしまった真っ白い見開きページの真ん中に、俺に来たものとよく似たメッセージが書かれていた。

≪わたし、メリーさん。今、あなたの部屋の前にいるの≫

「それ、ヤバくね? 思いっきり近付いてきているけど」

 俺がそう言うと、リドルは真剣な面持ちになった。理知的な黒い目が刃のように細められ、刺し貫きそうな眼差しをメッセージに向けている。

「――“僕”に何者かが介入してきたということか? 内的想起世界(アナムネーシス)への侵入路は、外的魔力(エイドス)の供給を起点とした認証制に限定していた筈だ。現時点で、ハリー以外の認証をした覚えなんてないのに……」

 リドルはぼそぼそと呟く。自分の考えをほぼ無意識に口にしているだけで、俺の返事を求めていないのだろう。彼が何を言っているのか、俺にはさっぱり理解できない。普段、彼が俺に専門的なことを話す際は、俺の頭のレベルに合わせて内容を噛み砕いているのだろうと察せられる。彼が非常に頭の良い男だというのは理解していたつもりだが、ホグワーツの7年生でも理解できなさそうなことを平然と思考しているのを見ると、凡人(俺)と天才(リドル)の差をまざまざと思い知らされた。

(難しいことは全部こいつに任せよう)

 適材適所という先人の素敵な言葉に倣い、俺はこのややこしい事態の分析をリドルに丸投げすることにした。俺はひとまず、本当にメリーさんが来襲した場合に備えて、周囲を警戒しておく。頭脳労働と肉体労働で良い組み合わせではないか。……実際のところ、体力面においても俺はリドルに劣っている気がするという事実は見ないふりをする。

 俺がベッドから立ち上がったその時、チカリと俺の手元で何かが光った。傍らに放り出していたPSPの画面を覗くと、少しだけ文章が変わっている。

≪わたし、メリーさん。今、あなたの後ろにいるの≫

 そのメッセージを読んだ瞬間、俺は自分の背後に振り向いた。だが誰もいない。やはりバグなのだろうかと正面に視線を戻すと、俺の目の前――未だに本に目を落としているリドルの背後に、小さな影が立っていた。人ではない。人形だ。身の丈は俺の腰にも届かない大きさだが、人形としては大きいサイズだろう。洋風の少女人形は、日に焼けて変色した村娘の服を身にまとい、乱れた長い栗色の髪を無造作に下ろしている。白い顔に嵌めこまれたビー玉の目はくすんでおり、笑顔を浮かべている筈の堅い唇はひび割れ、気味が悪かった。

 そんな少女人形は、小道具を携えていた。それはどこかで見た覚えがある、鋭い切っ先の包丁だ。20pはありそうな刃渡りのそれは、確か牛刀というのだったか、と思い出したと同時に、人形が錆びた包丁を振り上げた。切っ先が向かう先は、リドルの背中だ。リドルは気付かない。

「リドルッ!」

 俺は咄嗟に、近くにあった小さなサイドテーブルを人形――メリーさんに投げつけた。投げたそれは上手いことメリーさんに直撃し、人形がテーブルごと吹っ飛ぶ。俺は驚いて背後に振り向くリドルを通り過ぎ、床に倒れているメリーさんに掴みかかった。すぐさま彼女の手から包丁を奪い取り、手が届かないほど遠くへ投げ捨てる。そのまま人形を床に押さえつけようとした俺は、細く小さな手を捻り上げようとしたのだが。

 刹那、小さな白い手が俺の左腕を掴んだ。異様なほど力が強く、腕の肉がもぎ取られてしまうのではないかと恐れるほどだ。腕に走った激痛で、俺が思わず力を緩めてしまうと、その隙を狙っていたかのように、メリーさんが俺の腕をよじ登ってきた。もちろん、肉をむしり取りそうな握力で俺の腕を掴みながらだ。俺が慌てて右手でメリーさんを引き離そうとしても無意味に終わり、彼女はとうとう俺の首に到達した。おもちゃの両手が俺の首に食い込む。

「かは……っ!」

 ギリギリと首を締め上げられ、俺は思わず口をぱくぱくとさせた。気道が塞がって苦しいのか、頸動脈を押し潰されて苦しいのか、はたまた首の肉をもぎ取られそうで苦しいのか分からない。とにかく苦しい。死ぬ。俺はメリーさんの体を掴んだまま、顔を歪めて床に転がった。

 その時、俺の頭上で風が吹いた。

「そこをどけぇっ!!」

 リドルの長い脚が、メリーさんの側頭部を容赦なく蹴り上げたのだ。普通の人形ならば、確実に頭を割られていそうな衝撃に、さしものメリーさんも吹っ飛ぶ。急に気道が解放され、俺は咳き込みながら必死で息を吸った。

「リドル、お前……」

 自分の首元を押さえながらリドルを見上げると、彼は俺を一瞥してから吐き捨てた。

「僕に生気を寄越してから死ね!」

「俺の感動を返せ!」

 リドルはこんな時でも欲望に忠実だった。助けてもらっても素直に感謝できない。

 彼は未だに咳き込んでいる俺の右腕を掴んで強引に立ち上がらせると、俺を引きずったまま部屋のドアへ駆け寄った。リドルが性急に開いたドアの中に引きずり込まれると、そこには石造りの薄暗い廊下が広がっていた。俺の部屋に逃げ込むと、袋小路になってしまうから別の場所に繋いだのだろう。この世界は俺の部屋以外がリドルの精神世界だ。リドルの記憶がある場所ならどこでも通路を繋げる。この世界に侵入してきたメリーさんから完全に逃げることはできないだろうが、時間稼ぎくらいならできるはずだ。

 リドルは開いたドアをすぐに閉めると、俺の腕を掴んだまま走り出した。彼と俺では足の長さが違うので、腕を惹かれた状態で付いて行くのは非常に辛いのだが、リタイアしたらメリーさんの洗礼に遭いかねないので、必死に走る。

 薄暗い廊下を駆け抜け、恐らくスリザリンの談話室からさらにホグワーツ城の廊下へ抜けながら、リドルが叫んだ。

「何か良さそうな武器を出せないのかい? 杖とか、エクスカリバールとか、ネイルハンマーとか!」

「そんな便利なことができるなら、今頃かめはめ波をぶっ放してるわ!」

「そこは螺旋丸だろう!」

「ツッコミ所が違ぇよ!」

 我ながら下らないことを言い合いながら、ひたすら走る。リドルが道具云々を言い出したのは、俺がよく自室からリドルの部屋に色々と持ち込んでいたからだろう。だが俺の自室には、杖もエクスカリバールもネイルハンマーも置いていない。フライパンやクイックルワイパーなら置いてあるが、前者を取りに行くために袋小路の部屋へ行くのは無謀であるし、後者を武器として使えるのは俺の親友くらいである。要するに、俺に武器を期待してはいけない。

 ホグワーツの廊下は長い。逃げている最中に、こちらと直線状に並んだメリーさんを見つけてしまうくらいには。遠目に見たメリーさんは、首の位置がおかしくなっているように見える。リドルに蹴られた際に歪んだのかもしれない。だがその手に再び包丁があるのを見て、俺はぞっとした。

「あああああ! マジでこっち来んな! トヘロス! トヘロス!」

 これは自分よりレベルの低いモンスターの出現を抑える呪文である(出典:ドラクエ)。だが、メリーさんは明らかに俺より殺人鬼レベルが高そうなので、恐らく呪文が使えたとしても効果がないと思われる。

「そんな呪文が実在するか!」

「そこは厳密なのかよ!」

 もともと勢いで叫んだだけなので、実際の効果は期待していないのだが、リドルにツッこまれた。この状況でツッこんでくれたのは、逆に優しさだろうか。そう思っていたのだが、次のリドルの言葉でそれは霧散した。

「そうだハリー、今こそメガンテを発動させる時だ!」

「俺の命が犠牲になるだろうが!」

 これは自分の命と引き換えに、敵に大ダメージを与える呪文である(出典:ドラクエ)。要するに俺に死ねと?

「僕のために死ね!」

「お前のためにだけは絶対死なねえからな!」

 結局、近くにあったドアから別の空間に移動するまで、俺達はそんな言い争いをしていた。

 ホグワーツの廊下からダイアゴン横丁、クィディッチの競技場、ロンドン駅、ノクターン横丁、ホグズミード村、と次々に空間を渡り歩いて逃走する。そうしてやがて到着したのは、よく分からない施設だった。走り疲れた俺達は、そこで足を止めた。メリーさんの姿が見えなくなってしばらく時間が経っていたのだが、安心しきれずに移動し続けていたのだ。

 建物自体は古いが小奇麗に保たれたこの場所は、今までの場所同様にひと気がなかった。少し広い場所に子ども用のおもちゃが散乱していたり、庭に白いシーツや子ども用の衣服が何人分も干されていたので、保育園だろうか。いや、保育園にしては、妙に生活感があるように思える。

(児童養護施設……孤児院、か?)

 そこまで考えた俺は、ここに連れて来たのがリドルであることに思い当たってはっとした。この記憶世界はリドルの記憶にある場所しか再現されない。つまりこの施設は、リドルが訪問した覚えのある場所である。そしてWiki情報によると、リドルは幼い頃、身重で孤児院にどうにか飛び込んだ母親から生まれ、出産で母親が力尽きたために、そのままその施設に引き取られて育ったという。

 俺が多かれ少なかれ、何かに気付いた事を察したのだろう。リドルが苦い顔をして舌打ちした。冗談ではないあからさまな嫌悪を顔に浮かべているので、この場所に居るのが相当嫌なのだろう。彼はここに着いてから放していた俺の腕を掴み直した。

「……早く別の場所へ行こう」

「いや、ちょっと待った。向こうの部屋から物音がする」

 すぐにこの施設から離れようとしたリドルを、だが俺は引き留めた。奥へ続く廊下から、何かを叩く音が聞こえたのだ。今まではそんな現象は起きなかった。単純に、その空間に長く滞在する暇がなかったから気付かなかったのかもしれないが、異変は調べる価値があると思う。なにしろ、今の俺とリドルは、メリーさんから逃げるしか選択肢がないのだ。そろそろこの状況を打開するための手がかりが欲しい。

 気は進まないが、調べることには同意なのだろう。リドルの手から力が抜けたので、俺は彼から腕を離すと、物音の方向へそっと向かった。

 物音は、廊下に面したあるドアの奥から聞こえていた。部屋の中の、さらに何かの中から聞こえているような、くぐもった音だ。ちなみに、音の正体=メリーさん説はあまり考えていない。あの怪力メリーさんならば、こんなドアの一枚や二枚など、軽々とぶち破ると思われるからだ。

 俺は出来るだけ音をたてないように、細くドアを開ける。隙間から部屋の中を窺うが、小さな個室(子ども用だろうか)には誰も居なかった。それからドアを大きく開けて中に入り、周囲を見回す。物が非常に少ない部屋の中で、ガタガタと揺れる身の丈以上の高さのクローゼットは、一際目立った。

「音はクローゼットの中からだな」

 俺はそう言いながら、クローゼットに近付こうとした。だがその前に、俺の背後に居たリドルが、まるで恫喝するような低い唸り声を上げた。

「復讐のつもりか、マグルごときが……っ!」

 背後を振り返った俺は、思わず息を呑む。リドルの黒い目は、同色な筈の虹彩に、ちらちらと赤い光が灯っていた。ここまで彼が激昂した姿を見たのは初めてかもしれない。俺はその様子に気圧され、考えていたことをぽろっと口から漏らした。

「ここって……ひょっとして、子どもの頃のお前の部屋、とか……?」

「答える意味はあるのかい?」

「そうなんだな」

 リドルははぐらかそうとしたが、それこそが肯定の証だった。俺はクローゼットとリドルを交互に見ると、再び彼に問いかけた。

「何か対抗手段は思いついたか?」

 すると、リドルは少し意外そうな顔をした。もっとこの施設について追及されると思っていたのかもしれない。

「無理には聞かねえよ。お前、詮索されるの嫌いだろ」

 俺は肩をすくめると、クローゼットを睨んだ。

「俺も好きじゃないし。今はあの人形をどうにかできればいいじゃん」

 未だにガタガタと揺れるクローゼットの中身が何かは分からない。だが、持ち主のリドルは分かるかもしれない。そう思っていると、ぽつりとリドルが口を開いた。

「……あの人形を、持ち主の部屋に戻せばいいのかもしれない」

 振り向くと、リドルは何とも言えない複雑な表情をしていた。俺は、リドルの言葉と現在の状況から、再びWiki知識を思い出す。リドルは子どもの頃から、やりこめた相手の持ち物を“戦利品”として収集する癖があったらしい。もし、あのメリーさんがその戦利品だとしたら。もし、その戦利品を自室のクローゼットに押し込んでいたら。戦利品である人形を元の持ち主に返すという理屈は、確かに理解できる。だからこそリドルは、揺れるクローゼットを見て“マグルの復讐”と言ったのかもしれない。

「持ち主の部屋って覚えているか?」

「そもそも覚えようとしていない。興味がなかったし、必要な知識ではなかった。他人の部屋に入った覚えもないから、僕の記憶の世界では持ち主の部屋を再現するのも不可能に近い」

 リドルの答えは、ほぼ想定通りだった。そうなると、今の俺達に取れる選択肢は少ない。奇跡を期待して、総当たり戦で孤児院の部屋を調べまくるか(調べられた後には、メリーさんを捕獲するか誘導して持ち主の部屋に押し込む作業が待っている)、他にメリーさんを記憶世界から追い出す手段を探すか、俺達が記憶世界から抜け出す手段を探すか。リドルは奇跡頼みの探索に乗り気ではなさそうなので、今できることはメリーさんから逃げることだけだ。

「……俺の部屋に逃げよう。俺の部屋は俺の領域だから、ひょっとすると人形を撒けるかもしれない」

 俺の提案に頷くと、リドルは俺の腕を引っ掴んで個室のドアを開いた。その先は孤児院の廊下ではなく、スリザリン寮のリドルの部屋が広がっている。さらにそこからドアを開き、俺の部屋に移動した。

 部屋に着くと、俺はすぐさまドアに鍵をかけた。それからチェーンロックもしっかりかけておく。俺の部屋の玄関ドアは、今までの物とは違い、金属製で分厚い。普通に考えれば、牛刀装備した程度の人形に破壊できるものではない。靴のまま部屋に上がり込んだ俺達は、狭いリビングでへたり込んだ。

「これからどうしようか」

 ベッドに後頭部を預けながらそう漏らすと、リドルがぼそっと提案した。

「……外に、出てみるかい?」

 思わず体を起こしてリドルを見る。リドルの視線は、カーテンの隙間から見える真っ暗な窓の外にあった。異常なまでに暗く、すぐ傍にある筈の路面すら見えない闇の世界。リドルはそこに行ってみようというのか。

「本気か?」

「本気さ」

 ドン、と俺の部屋の玄関ドアが叩かれる。メリーさんがこの部屋に立てこもる俺達に気付いたらしい。

「今までは僕の領域だった。だがここは君の領域だ。この部屋の向こう側には、別の世界が広がっているかもしれない。――例えば、君が元居た世界とかね」

 激しさを増すノックをBGMに、リドルは不敵に笑った。

「帰りたいんだろう? だったら僕に賭けろ」

「……すっげー自信だな」

 危険な状況にも関わらず、俺は笑っていた。笑いながら、クローゼットに押し込んでいたボストンバッグを引っ張り出し、部屋に置いてある必要そうなものを手当たり次第に詰め込む。窓の向こう側に何が広がっていようと、対抗するための道具を持って行くために。

「当然さ。僕はホグワーツ始まって以来の秀才だからね」

「ごもっとも!」

 ドアの外から、ガツンガツンと金属がぶつかる音が聞こえる。玄関ドアに牛刀を叩きつけているのかもしれない。物騒な殺人人形から逃れるべく、光の速さで支度をした俺は、肩にボストンバッグを背負って窓の鍵を外した。今度は俺がリドルの腕を掴む番だ。

「何があっても俺のせいにするなよ、秀才君」

「どんな場所でも、あの退屈な部屋よりはマシに決まっているさ」

 最後にそう言い合うと、俺達は同時に窓の外へ身を躍らせた。



***



○リドルが喋っていた意味不明な捏造言語の解説

・内的想起世界(アナムネーシス)への侵入路:リドルの日記帳の中(心理世界)への通路
・外的魔力(エイドス):日記帳の外側にある魔力
・外的魔力(エイドス)の供給を起点とした認証制:日記帳に書き込むことで注入される魔力に反応して、リドルがその供給者を日記帳の中へ招くか判断する
=リドルは日記帳内部への侵入をポタ兄さんにしか許していないという意味。

 内的想起世界とか、外的魔力とか、完全に捏造なので軽くスルーが推奨です。リドルにそれっぽいことを喋らせたかっただけなんです。



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