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ルク兄→リグレット文章
萌え 2014/07/13 16:12


・ティア→ルク兄→リグレット→ヴァン
・エルドラントでのリグレット戦後
・概ね原作通りの本編展開?
・死ネタ





 おかしな話であるが、彼女にはっきりと惚れたのは、思い人を見つめる彼女の横顔に気付いた時だ。ファブレ邸での滞在中、少し離れた位置でファブレ公爵と話す凛々しい青年将校に、彼女は恐らく無意識で陶酔の眼差しを向けていた。自分の全てを捧げても惜しくはないという献身の眼差しは、俺にも見覚えがある。少々質は違うが、主たる俺に向けられる護衛騎士の眼差しがそうだ。だが俺の目には、ヴァン・グランツ謡将に視線を注ぐリグレットの横顔が、ひときわ美しく輝いて見えた。それを見る以前から、俺にグランツ謡将のことを語る時の彼女の顔が、いつだってひどく優しいことを知っていたからかもしれない。

 彼女はもともと、美しい人だった。女性にしては高い身長に、豊満な肢体。顔立ちは繊細に整っており、雪のように白い肌に青い瞳と金無垢の髪がよく映えている。一見すると、凛とした雰囲気の貴族の令嬢に見えてもおかしくなかった。無骨な譜銃を装備していなければ、彼女が軍人だと思うものは誰もいないだろう。

 そんな彼女が、随分と熱心に思い人を見つめるものだから、俺はついつい口を挟んだのだ。

「グランツ謡将は素晴らしい方なのですね」

 思わず俺がそう口にすると、彼女は驚いて瞠目し、頬を染めた。そして彼女は、その頃は俺と顔合わせしたばかりであり、親しい仲ではなかったので、堅い口調で俺に訴える。

「ええ。敬愛しております」

 口調こそ礼節を弁えた軍人の物だが、頬を染めたまま語る彼女は、まるで恋を囁く少女のようだった。それまでは凛々しい人だとばかり思っていた俺は、その時になって初めて彼女を“可愛い人”だと思った。その瞬間、“人はギャップに弱い”という典型例を示すかのように、俺は恋に落ちたのである。そして恋をしたと同時に失恋した。既に好いた相手(しかもべた惚れ)がいる人を好きになるなんて、我ながら不毛だ。ハードモードにもほどがある。

 それ以外にも様々な理由から、彼女の眼差しが俺に向けられることは決してないことは理解していた。彼女は宗教自治区ダアトの軍人、俺はキムラスカの次期国王(なるつもりはないが)。キムラスカはマルクトならともかく、ダアト相手に政略結婚で関係を強化するつもりはなく、するとしても王族の相手に一兵卒が選ばれることはまずない。俺と彼女の気持ち以前に、身分差ゆえにまっとうに結ばれることがありえないのだ。

 その一方で、貴族の恋愛は結婚後に始まるという言葉さえある。貴族の結婚は政略的なものであり、自分の意思だけで相手を選ぶものではない。定められた婚姻・跡継ぎの確保という貴族の義務を果たした後に、自由恋愛を楽しむのだ。その恋の相手が夫や妻ではない場合、愛人と呼ばれる。醜聞と類されるそれは、同時に貴族の間では暗黙の了解でもある。王族の俺が彼女と想いを通わせるとしたら、その道が現実的だ。

 だが俺は、現代日本人としての規範意識が抜けていない。また、浮気を楽しむ性格ではないので、妻を娶りながら別の女性に手を出すことは考えられないのだ。だから彼女を愛人にはしたくないし、上司を愛する彼女も俺の愛人になどなりたくないだろう。

 だから俺はせめて、彼女にちょっかいを出すことにした。まずは純粋な弟子として親しくなる。それから冗談と言い切れるラインを見定めて、彼女に嫌がられない範囲で、思わせぶりな言動に本音を乗せた。彼女が理性的な判断のできる大人だと見越し、俺の言動が流されると期待してそれに甘えた。仮に恋した相手が子どもじみた面のあるティアならば、俺は絶対に自分の外へ本音を漏らすことはなかっただろう。そうするくらいには理性は残っていたし、王族である俺の立場は重かった。

 もちろん、彼女は俺になびかなかった。期待通りに、愛する相手が他に居ながら、俺を否定も肯定もせず受け流してくれた。迷惑だろうと思っていたが、ささやかな我儘だと自分に言い訳をした。

 彼女の影響で、グランツ謡将をこっそり目の敵にしていたことは幸いだろうか。どうやら彼は、自分の碌でもない計画のために俺をそちら側に盲信させようと考えていたらしい。俺が自分に師事しないと知り、それでも俺を手懐けるための策として彼女を連れてきたという。そのせいで逆に、恋煩いから俺に不信感を抱かれたと知ったら、彼はどう思うだろうか。

 全ては、今となっては詮無い話だが。





 白亜の要塞エルドラント。英雄物語の中では陳腐で使い古されたような設定だが、この地はいわゆる“ラストダンジョン”であり、ラスボスであり(雑な表現だが)世界を滅ぼそうとしているグランツ謡将が鎮座している。彼が率いる勢力の全てが終結しており、このまま彼らを放置すれば世界が滅びるという、冗談のような状況だった。そして俺は、アッシュと並んでグランツ謡将の計画を破綻させるためのキーパーソンとして、エルドラントに足を踏み入れていた。

 彼女は、最後までグランツ謡将を裏切らなかった。裏切る筈がなかった。幸か不幸か、エルドラントにいくつも送りこまれた攻略パーティの中で、彼女は俺達と鉢合わせた。俺達と彼女は戦い、そして彼女が敗れた。1対多数なのだから、当然の結果だ。

 俺はとどめに彼女の首を刎ねようとしたヴィンセントを必死で止めた。明らかな敵に対して俺が彼の行為を止めたのは初めてだ。ヴィンセントは俺の様子に驚いたようだが、“事情”を察していたこと、そして彼女が瀕死状態で、既に手の施しようがないことを見て取ると、大人しく指示に従った。

 そう、勝負は決した。この場の戦闘は終わったのだ。全員が武器をおさめ、床に倒れ伏す彼女を見つめた。俺も彼女を見つめていた。ホルスターに、一度も発砲しなかった銃をおさめることも忘れ、ただじっと見つめていた。

「――皆さん、行きましょう」

 対人関係が得意ではない癖に、こういう時は察しが良いジェイドが、パーティを促して先へ進んだ。他の面々は、ジェイドの有無を言わせない雰囲気に、半ば引きずられるように先を急ぐ。だが、ティアとヴィンセント、ミュウだけはその場に残っていた。ティアは彼女の弟子だ。瀕死の彼女に思うところがあるのだろう。ティアの事情は分かっていたが、それでも俺は自分勝手に口を開いた。

「ティア、悪い。俺に譲ってくれ」

 ティアは何かを言いかけ、口を閉ざした。そして瞬きをして涙を散らすと、踵を返して走り去った。ヴィンセントは走り去るティアと立ち尽くす俺、そして虫の息のリグレットを見ると、黙って俺から少し距離を開けた。俺が小声で話せば聞こえないが、何かあればすぐに駆けつけられるという絶妙な位置に控えている。護衛対象である俺を一人にするわけにいかない彼が、何とか譲歩できる最大限の距離なのだろう。ミュウも黙ってヴィンセントについて行き、彼の足元に寄り添った。

 俺はようやく武器をおさめると、血溜まりの中に横たわっている彼女にそっと近付いた。噎せ返りそうな血臭に包まれた彼女は、それでも美しかった。傍らに膝をついて間近で見つめても、その感想は変わらなかった。微かに上下する細い肩に気付き、とても愛おしくなっただけだ。自分の白いコートが血に染まることなんて、どうでも良かった。

 俺は彼女の上半身を抱き起こすと、色を失った白い額に張り付く金糸の髪をそっと指で払い除け、閉じられた瞼を露わにする。すると、長い睫に縁どられた瞼が震え、ゆっくりと開いた。吐血のためぬらりと赤く光る唇が、音もなく「ルーク」と動く。

 この世界は現代日本とは違い、体格の良さと体力の有無は完全な比例関係にない。そのためか、軍人として鍛えられている筈の彼女の体は、それでもなお女性としての丸みと柔らかさがあった。女性にしては高い身長の彼女が、俺の腕の中にすっぽりと納まる姿に、堪らない気分にさせられる。“魔弾”と呼ばれ恐れられている彼女の、実は俺よりも細い背中をぐっと抱き寄せ、青く美しい双眸を見下ろした。

 彼女に最も触れられたのが、彼女を永遠に失う間際だなんて、ひどい話だ。

「貴女を見送るのが俺で、さぞ残念でしょうね」

 彼女を見送れないグランツ謡将軍に対して、“ざまあみろ”という感情があるのは否めない。どんなに自制していようが、俺だって健全な男だ。嫉妬くらいはする。それを感じ取ったのか、彼女が笑うように細く息を吐き出した。

「……相変わらず、意地の悪い言い方を、する」

 時間は少ない。そう思うと、話したいことはたくさんあるはずなのに、なかなか言葉が出ない。言いたいのは、こんなことではないのに。

「意地悪なのは貴女ですよ。俺の身長がもう少し伸びるまで、ヒールは履かないで欲しいって言ったのに」

 彼女がヒールを履くと、俺の身長を僅かに越してしまう。そのため俺とは釣り合わないけれど、長身のグランツ謡将とは釣り合う。それが悔しかった。

「いつ、それを承諾した。……この、物好き、め」

 そんなつれないことを言う唇にキスを落としてやりたい。だがそれは許されない。俺にその資格がないからだ。“後悔”と名乗る彼女の本名は、知っている。だが俺がそれを呼ぶことはできない。俺にその資格がないからだ。俺には何も許されていない。許されるのは片思いだけで、その感情を出すことすら本来は好ましくない。だから、いつも冗談の振りをしてきた。

「……俺は」

 だが、今だけは。周囲に聞く耳の無いこの瞬間だけは、取り繕わない本音を伝えたっていいじゃないか。

「先生としても、貴女が好きです」

 一つになってしまいたいとばかりにさらに彼女を抱き寄せ、肩に添えていた手で白い頬を包んだ。暗に“一人の女性として好きだ”と告げる。

 彼女の唇が、花が咲くように綻んだ。

「――弟子として、貴方が好きよ」

 それは、ただの師弟として過ごしていた頃の柔らかい口調だった。

 不意に、俺が死ぬわけでもないのに、走馬灯のように彼女との思い出が脳裏を過ぎった。俺はこんなに彼女のことを想っているのに、彼女は俺との思い出よりも、きっとグランツ謡将への献身を選ぶ。だからこうして、今まさに俺の腕の中で散っていくのだ。世界規模の無理心中を望んでいるどうしようもない男を迎えるために、一足先にこの世の向こう側へ渡ってしまうのだ。

 どうして俺がグランツ謡将よりも先に彼女と出会わなかったのだろう。彼が居なければそもそも彼女と会うことすらなかったくせに、そんなことを考える。

 女性らしさを覗かせる声で、俺に決別を言い渡した彼女は、唇に薄らと笑みを浮かべて瞼を閉じた。やがて彼女の体が淡く光り、小さな音素光に分解されて空中に溶けていく。本来は魔物やレプリカにしか起きない現象だが、卓越した音素(フォニム)の使い手が死亡した場合も稀に起こるらしい。彼女は一滴の血さえ残さずに消えてしまった。俺の腕や衣服に付いた血も、後を追うように分解してしまう。まるで、最初から彼女など居なかったかのようだ。

 結局、俺は最後まで彼女の弟子でしかなかった。何の権利ももらえなかった。分かっていた結果だが、もう彼女に会えないと思うと胸が締め付けられた。

(好きだ。本当に貴女が好きだ。女性として好きだ)

 決して受け取られない告白を、胸の中で何度も繰り返す。無音の告白をするのは、今まで何度あっただろう。受け取り手は、もう二度と俺の前には現れない。

(転生してから、異世界で本気で好きになった初めての人なんだ。すごく好きだ。好きなのに)

「ご主人様……」

 いつの間にか、俺のすぐ傍まで寄って来ていたミュウが声をかけて来た。ヴィンセントは俺を気遣っているのか、まだこちらに来ない。チーグル族は、戦う力をほとんど持たない代わりに索敵能力に優れており、耳が非常に良い。だからミュウには、俺と彼女の会話が全て聞こえていたのだろう。幼い獣の大きな目には、涙が浮かんでいた。

「最後までフラれちゃったよ。情けない話だよなぁ」

 俺は誤魔化すように笑った。空元気だと分かっていても、笑わずにはいられなかった。

「辛かったら、泣いてもいいですの」

 だがミュウはそんなことを言い出した。真剣な顔で、俺を心から心配してそう言った。

「泣かないよ。貴族の涙は計算して流さないと」

「ここにはボクしかいないですの」

 汚い宮中のことを言い訳にする俺に、ミュウは怯まなかった。

「ボクのご主人様はルークさんですの。貴族とか、関係ないですの」

 それでも涙はこぼれなかった。その代わりに、俺は空っぽになった腕でミュウを抱き締めた。太陽の匂いがする青い毛並みに顔を埋め、激情を吐き出すように小さな彼に縋った。



***



「ティア、悪い。俺に譲ってくれ」

 彼から真摯な瞳でそう言い渡された瞬間、ティアは自身の恋が破れたのを悟った。だから走った。走って、その場から逃げ出した。





 彼が明らかに理に沿わないことをするのは、滅多にない。だからこそ、鈍感と言われるティアも察することができた。

 ルークはティアではなく、ティアの師を愛しているのだ。そして立場故に、愛する人の殺害を親友の騎士に命じたのだ(首を刈ることを止めたところで、リグレットの死は変わらない)。ティアにはきっと、リグレットの殺害を命じたルークの気持ちなど、一生分からないだろう。護られるべき立場の人間として、リグレットに直接手を掛けることも許されない彼の気持ちなど。

 敬愛する師だった。自身の憧れであり目標だった。けれど、一方的な恋敵でもあった。だからティアは、どういう顔をしてリグレットを見れば良いのか分からない。そのため、リグレットを一人で看取りたいというルークの願いは、ティアにとって悲しみや辛さだけでなく、結ばれなかった彼らを見ずに済むという、一握の安堵も与えていた。

(――ルークもきっと、片思いだったんだわ)

 ヴァンの妹として、リグレットが兄を好いていることをティアは知っていた。敏いルークも察していただろう。それでもルークは、リグレットを好きでいることをやめなかった。

 ティアは唐突に、ルークとリグレットが手すらまともに触れ合わない仲だったのだろうと気付いた。そしてルークは、彼女に触れることを望んでいても、決してそうはしなかったのだろうということも察した。

『俺は貴族だから』

 彼が度々口にする言葉が蘇る。出会ったばかりの頃は、貴族であることを鼻にかけているだけだと勘違いしていたが、真実は違った。彼は国を背負う人間として、自身の恋心を悟られないように生きてきたのだ。

(屋敷の使用人たちもみんな、教官に対するルークの態度は冗談だと信じ切っていたわ。きっと、わざとそういう風に見せていたのね)

「す、すみません。遅れました」

 ジェイド達に追いついたティアは、息を切らせながらそう言った。全員が物言いたげにこちらを振り向くが、何も言わない。ジェイドは眼鏡の位置を直しながら、横目でティアを見た。

「――貴女も彼も、師との別れが辛いのでしょう。仕方がありません」

「そっか。ルーク様もティアも、リグレットの弟子なんだよね。ルーク様は優しいから、こういうのってすごく辛いよね」

 ジェイドに同意するようにアニスも口を開く。だがティアには、ジェイドがわざとそういう言い方をしているのだと察することができた。ルークが、師としてリグレットを好いているのだと周囲が誤認するように。実際、同位体として何かを感じ取っているらしいアッシュ以外は、ジェイドの言葉を鵜呑みにしているようだった。

「……あいつらが追いつくまで、ここで待機するぞ。これ以上進むと距離が開き過ぎる」

 アッシュはぼそっとそう言うと、壁に背を預けてこちらから目を逸らした。全員がそれに倣い、足を止めて彼らを待つ。ティアは背後を振り向かないまま立ち尽くし、じっとルークたちの合流を待った。どんな顔をして出迎えようかと考えながら。



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