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ルク兄さんテコ入れ文章
萌え 2014/07/02 22:29


・やっぱり展開が急





≪わたし、メリーさん。今、ベルケンドにいるの≫

 ルーク少年の体に押し込められて早数年。ファブレ公爵家の中庭に置かれた白いテーブルセットで、でリッチに午後のティータイムを過ごす俺を悩ませているのは、今朝、枕元に置かれていたそんな手紙だった。

 俺宛ての手紙は、手元に届く前に全て開封され、厳重に検閲されている。そのため、俺が知っている手紙の差出人は今のところ、王女であり婚約者(実質は友人だが)であるナタリアと、かつての“ルーク”の学友である某公爵家の嫡男くらいだ。

 謎の手紙は、今日だけでも既に3通届いている。

≪わたし、メリーさん。今、イニスタ湿原にいるの≫

(すげーなおい。そこって確かベヒモスが棲んでいるだろ)

 ちなみにベヒモスとは、キムラスカの首都バチカル近郊にあるイニスタ湿原に生息している、見上げるほどの巨体を誇る獰猛な魔物である。イニスタ湿原を通ればバチカルから学術都市ベルケンドまでの最短ルートとなるが、ベヒモスのせいでその湿原を通るものはほぼ存在しない。

 ともかく、2通目ではそんなことを考える余裕があった。だが、3通目はさすがに背筋がひやりとした。

≪わたし、メリーさん。今、バチカルにいるの≫

 明らかに、我が家に近付いている。

 現代日本人としては、都市伝説のメリーさんしか思い浮かばないのだが、ここはファンタジーな異世界オールドラント。最近、生え際が気になるお父様宛ての愛人による密書という可能性も捨てきれない。そんなわけで、俺は下手に他人に相談するわけにもいかず、一人で唸っているのである。とはいうものの、俺の専属護衛であり、口の堅さに信頼もある騎士ヴィンセントには、包み隠さず話しているのだが。

「……何だか、屋敷がピリピリしているな。騎士たちかな?」

 手元の手紙を畳んだ俺は、椅子に腰かけたまま、いつもと同じように傍らに佇む護衛騎士をちらりと見上げた。“ルーク”の顔は、かつて宮中の華と謳われた美姫・シュザンヌに似た美しいものだが、俺の好みとはズレている。どうせイケメンになれるのなら、ヴィンセントのように凛々しい顔が良かった、とひっそりと思う。それはつまり、ヴィンセントと顔も背格好も瓜二つな、現代日本の親友が理想に近いと言っているようなものだが。

 ヴィンセントは切れ長の赤い双眸で俺を見下ろすと、淡々と答えた。

「私の判断で、ルーク様の手紙の件を団長に報告致しました。屋敷に何者かの侵入と襲撃予告の可能性を疑い、警戒を強めています」

(……あ、そっか)

 そこまで言われて、俺はようやく彼が危惧していた可能性に気付いた。そもそも、白光騎士たちの目を掻い潜って屋敷に侵入し、そればかりか俺の枕元に手紙を届けるのは至難の業である。都市伝説=超常現象という俺の現代日本的オカルト思考がない人間は、俺に手紙を届けた凄腕の侵入者がいると考える方が自然だ。また、徐々に近づいてくる手紙の送り主も、確かに襲撃予告と言えばそうである。

 俺はきょろきょろと辺りを見回して誰もいないことを確認すると、口元に手を添えてヴィンセントの耳に顔を近付けた。俺の意図に気付いた彼は、背を屈めてそれに応える。

「ひょっとして、父上の愛人からの手紙かと思って」

「……その可能性は、思い至りませんでした」

 ヴィンセントは目を少しだけ見開いくと、困ったように眉尻を下げた。俺が下世話な勘繰りを話しても、彼は俺の身に危険がある場合以外は決して口外しない。愛人という醜聞の元になる邪推も、彼は自身の胸に留めておくだろう。あまり雄弁でないところも親友によく似ているため、俺は彼が傍にいるだけで安堵感を抱く。だが一方で、親友よりはズケズケと物を言わないという、まさしく寡黙な部分は似ていないので、その部分にもほっとする。そんな俺の心情は、この世界では誰も知らない。

 俺は手の中で手紙を弄びながら、お伺いを立てるようにヴィンセントを見上げた。貴族が騎士に取る態度ではないが、外の目がない場所なら問題ない程度には、彼と信頼関係がある。

「ヴィンス。頼みがあるんだけど、いいか?」

「何なりと」

「……今夜、一緒に部屋に居てくれないか?」

 俺のお願いは「夜中に怖くて一人でトイレに行けない」としょぼくれる小学生並みだが、愛人説はともかく、メリーさん説を捨てきれない身としては、恥を忍んででも頼みたいことだ。正直なところ、本当に都市伝説のメリーさんだったら、無事に明日を迎えられる気がしない。メリーさんには諸説あるが、背後に迫るメリーさんに振り向いたら殺されるという話もあるのだ。そんな死に方はしたくない。

「その、手紙が不気味で、一人だと心許ないというか。夜間の哨戒と代わるわけじゃなくて、それとは別にここに居て欲しいんだけど……頼んでもいいか?」

 俺の専属護衛はヴィンセントで、専属使用人はガイだ。どちらも屋敷内で帯剣を許されているし、おまけに腕も立つ。そのため、夜間に俺の傍に侍る人員としては、ヴィンセントかガイの二人が筆頭であり過不足ないのだが、俺としては断然前者を選びたい。ガイが嫌いというわけではないのだが、俺はどうしても彼が苦手なのだ。年も近いし気心も知れているし、ガイ自体も爽やかな好青年なのだが、何故か心理的に一線を引いてしまう。俺に向けられる彼の空色の眼差しが、不意に恐ろしく感じることがあるからだろうか。人間の目の色としては、ヴィンスの赤の方が余程珍しいし威圧的な印象なのだが。

 ヴィンセントは目元を綻ばせて答えた。

「ルーク様が仰って下さらなければ、私から申し出ておりました」

「ありがとう、ヴィンス! 本当に助かる!」

 俺は優秀な異世界の友人の手を握ると、ぶんぶんと上下に振った。





 その日の夜中。俺は自室のベッドに腰掛け、ヴィンセントと一緒に朝が来るのを待っていた。俺の手には護身用(にしては大振りだが)の譜銃がある。ヴィンセントは普段の騎士服で、ずっと立ったまま俺の警備をしていた。仕事上仕方がないとはいえ、立ちっ放しの状態を強いたことを申し訳なく思う。ちなみに、ガイも俺の部屋のすぐ外で警備に当たっている。ヴィンセントが俺の傍に控え、自分が部屋の外と聞いた時のガイの顔は、あまり思い出したくない。「かしこまりました」と従順に返事をするガイの笑顔は、目だけが凍りついたように冷たかった気がしたのだ。……すぐに普段通りに戻ったので、気のせいかもしれない。むしろ気のせいであって欲しい。

 なお、俺の部屋は中庭に面した離れにあり、鳥籠のような形の小さな建物が丸ごと私室である。そのため、俺の部屋に来るには、必ず見晴らしの良い場所を通る必要がある。そのため警備上、俺の部屋は都合が良かった。騎士による中庭の巡回も、いつもより多くなっている。そんなわけで、厳戒態勢にも関わらず、俺はいつも通り私室にいるのである。

 不意にヴィンセントの目付きが猛禽のように鋭くなった。彼の視線の先を辿って俺の枕元を見ると、今日一日ですっかり見慣れてしまった小さな手紙が置いてある。こうして、全ての人間の目を掻い潜って届けられる手紙のせいで、俺はメリーさん説を捨てられないのだ。

 俺が手紙を手に取り、広げる。俺の後ろからヴィンセントも覗き込んだ。

≪わたし、メリーさん。今、ファブレ公爵邸の前にいるの≫

「確認しなくていい」

 恐らく、ガイに伝令を頼むつもりだったのだろう、扉に近付こうとしたヴィンセントに、俺はそう声をかけた。

「本当にいるなら、とっくに門番が気付いていると思う。何も騒ぎが起こらないなら、誰も来ていないか、もしくは誰も気付けなかったかのどちらかだろう。……本当にいるのなら、既に屋敷内じゃないかな」

 俺の言葉に頷くと、ヴィンセントは眼光を鋭くしたまま、腰の両側に佩いた長剣の柄に手を滑らせた。目の前で手紙が届けられるのを見過ごしてしまったのが、悔しくて腹立たしいのだろう。

 さらに次の手紙が枕元に届けられるまで、10分も間は開かなかった。

≪わたし、メリーさん。今、あなたの部屋の前にいるの≫

「セシル。そこに誰か居るか?」

「いません」

 今度は、ヴィンセントはその場から動かず、扉のすぐ外に居るガイに声をかけた。ガイの返答は、半ば想像通りだ。いよいよ俺の背中に嫌な汗がじっとりと滲んだ。真新しい手紙が、俺の手の中でしわを作る。

 その時、何気なく手にしている手紙に目を落とした俺は、ぎょっとして瞠目した。俺の異変に気付いたヴィンセントが、俺の目の前に立って手紙を覗き込む。

 いつの間にか、手紙の内容が変わっていた。

≪わたし、メリーさん。今、あなたの後ろにいるの≫

 ヴィンセントがその文章を目にした瞬間、彼の硬い腕が俺の腰を攫った。ヴィンセントはそのままくるりと回転するように俺と位置を入れ替えながら、左の腰に佩いた長剣を右手で抜き放つ。さらに回転する勢いを利用して、俺の背後だった位置を斬り付けた。相手を確認しようともせずに斬り付けるのは、さすが断頭台と呼ばれる男である。

 つんざくような金属音が鳴り響き、思わず顔をしかめる。様子を窺うと、金髪の巻き毛を垂らした少女人形が振りかぶった包丁を、ヴィンセントが俺を抱えたまま長剣一本で受け止めていた。驚くべきことに、俺の腰ほどの身長もない人形が、片手とはいえヴィンセントとまともに打ち合って一歩も引いていない。少女人形(メリーさん)は、見た目に反する怪力のようだ。

(め、メリーさん怖えええ! ヴィンスがいなかったら俺、絶対に死んでた!)

 一応、俺も武器である譜銃を手にしてはいるが、それが出る幕など微塵もない。俺はお守り代わりに譜銃を握り締め、ヴィンセントに抱えられたまま、固唾を呑んで目の前の攻防を見つめていた。俺の命は彼に懸かっている。

「セシル!」

 ヴィンスの鋭い呼びかけに応じ、部屋に飛び込んできたガイが俺の腕を引いた。彼は俺を背後に隠すと、そのまま俺ごと人形から後ずさって距離を取る。外部からの奇襲を恐れてか、移動したのは窓とドアを視界に収められる場所だ。外に逃げればいいのにと思ったが、冷静に考えると、部屋から俺を炙り出すのが目的ならば、外に出るのは下策だろう。この部屋の脅威は人形一体だけであり、ヴィンセントやガイがどうにかするはずだ。外に複数の敵が待ち構えていたら、二人だけでは対応が間に合わないかもしれない。

 俺を庇うガイは剣を抜いてはいないものの、いつでも抜剣できるように両手を鞘と柄に添えていた。さらに、やや中腰になっているため、それが日本刀で言う居合の構えだと分かる。彼の居合斬りの速度は、本職の騎士にも勝ると使用人たちが噂していたのを思い出した。恐らく、ヴィンセントが人形をこちらへ逃してしまった瞬間、ガイがそれを斬り伏せるのだろう。

 だがガイの剣が抜かれるまでもなく、勝負は一瞬で決した。ヴィンセントは左手でもう一本の長剣を引き抜くと、彼の右手の剣と拮抗したまま動けないでいる人形の首を、何の容赦もなく刎ねたのだ。軽い音を立てて飛んだ首が、てんてんと数回床の上で跳ねてから静止する。正直に言って、その光景もホラーであった。

「セシル、人形を回収して団長へ報告を。人形師(パペッター)の居所の逆探知を依頼し、最寄りの騎士にお前の代わりにルーク様の警護に当たる人員を要請しろ」

「かしこまりました」

 すらすらと指示を飛ばすヴィンセントに従い、柄から手を放したガイが素早く人形の胴体と首、包丁を回収して退室する。ヴィンセントの言葉で、俺はリグレット先生に叩き込まれた知識を思い出した。そういえば様々な戦闘職の中でも人形師は、特異な術と特殊な構造の人形が必要なため、非常に希少だという。人形師と使役人形は音素で繋がれていないと操作できないため、逆探知とはこの音素を辿ることを指すのだろう。

 ともかく、目下の脅威はどうにか過ぎ去ったようだ。俺はへなへなとベッドに座り込むと、力なくヴィンセントを見上げて礼を言った。ガイには今度顔を合わせた時に礼を言うことにする。オールドラントのメリーさんは、物理攻撃でどうにかできる類で本当に良かったと俺は心から安堵したのだった。



***



 翡翠の双眸はガイを通り越し、白い騎士服を纏った青年に全幅の信頼を乗せて向けられていた。ヴィンセントが護衛騎士であり、ガイが使用人でしかない以上、仕方がないこととはいえ、ガイにとってそれは腹立たしくもあり憎らしくもあった。

 近くに居た騎士に警護の交代を頼み、ガイは夜道を急ぐ。その時、首を胴体と泣き別れさせられた人形が、手の中でカタカタと蠢いた。冷たく硬い唇が、ぎこちなく上下に動くのが見える。

「わたし、メリーさ」

「黙れ」

 ガイは人形の小さな頭を鷲掴みにし、割れんばかりに握り締めた。抱いていた苛立ちも憎しみももどかしさも焦燥も、全て指に込めた。近くに誰も居ないことを確認してから、人形にだけ聞こえるように囁く。

「ルークを殺していいのはお前じゃない」

 確かに人形は気味が悪い。だが、生理的な嫌悪よりも怒りが勝った。――“獲物”を奪われそうになったという憤りが。

 ルーク・フォン・ファブレはガイラルディアの復讐のための礎となる運命だ。あの少年の首を刈るのは薄汚れた包丁ではなく、ガルディオスの尊き青い刃でなければならない。

 死んでしまえ、と脳裏で思った瞬間、とうとう人形の頭が割れた。指の形に変形した頭を感触で理解すると、ガイは妙に清々しい気分になった。

 人形は、もうぴくりとも動かなかった。



***



 人形師の部分は捏造。メリーさんとガイはどっちの方がやばいのか。
 BL好きの方は、ルク兄さんとヴィンスが内緒話しているところをガイが目撃して、物陰でギリィとなっている想像でもしてください。



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