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ツナ兄さんテコ入れ文章
萌え 2014/07/02 22:23


・展開が急





 時刻は夜の9時半過ぎ。塾でも部活帰りでもない中学生が出歩くには遅すぎる時間だ。そんな時間に、俺は並盛駅発の電車に飛び乗っていた。ズボンのポケットには薄い財布を突っ込み、手には切符と二つ折りのケータイを握り締めている。俺がこんなことをする羽目になったのは、とある非通知着信のせいだった。

 俺が乗った電車の扉が閉まり、動き出した途端、手の中のケータイが震え始めた。俺は通話ボタンを押し、恐る恐るケータイを耳に押し当てる。

『わたし、メリーさん。今、並盛駅にいるの』

 電話口の相手は鈴を転がすような可愛らしい声でそう言うと、通話をすぐに切った。

(……やっぱり、俺を追いかけてきているよなぁ)

 俺は深い溜息をつくと、たまたま空いていた座席にどかりと腰を下ろす。切符の行先である5駅先のホームに到着するまでに、この疲労感が軽くなる気はしなかった。

 今日の夕方、家で寛いでいた俺を恐怖のどん底に叩き込んだのは、何の前触れもなく非通知でかかって来た“メリーさんの電話”だった。メリーさんの電話は都市伝説の一つで、捨てた人形が自分に迫ってくるという話だ。展開には諸説あり、中には自分の背後に追いついたメリーさんに振り向くと殺されるというものまである。ただのいたずら電話と片づけてしまいたかったが、俺が居る世界はマフィアが必殺技を出しちゃうような異世界だ。メリーさんが実在してもおかしくないかもしれない。

 ちなみに、俺の家に強制同居している二頭身の悪魔・リボーンは、俺にメリーさんの電話がかかってきたことを知ると、「マフィアのボスになるなら、そのくらい自分で何とかしろ」と放り投げた。いつ誰がマフィアのドンになることを認めたというのか。あいつはいつか必ずイタリアに熨し付けて返却してやりたい。

『わたし、メリーさん。今、○○線□□行の電車の中にいるの』

 目的地の駅についた頃にかかって来た電話は、俺が乗っていた電車の1本後の電車に乗っているという内容だった。俺は急いで切符を買い直すと、今度は並盛駅に向かう急行電車に飛び乗った。メリーさんが乗っている電車は各駅停車だ。だが急行電車は、各駅電車が停まる5駅を全てすっ飛ばして並盛駅に到着する。この時間差を利用して、メリーさんをの距離を開けようと考えたのだ。

 だが俺が急行電車に乗って数分もしないうちに、ケータイが震えた。

『わたし、メリーさん。今、○○線並盛行電車の8番車両にいるの』

「え?」

 ぶつりと通話が途切れる。遅れて意味を理解した俺は、一気に血の気が引いた。

 この電車は8両編成で、俺が居るのは5番車両だ。そしてメリーさんはこの電車の8番車両に乗っている。このままだとこの車両にまでやって来るだろう。電車は並盛駅に着くまで停まらないので、駅に着くまでの数分間は密室状態である。俺は慌てて、まばらな客の間をぬうようにして先頭車両を目指した。その途中、何度も電話がかかってくる。

『わたし、メリーさん。今、○○線の5番車両にいるの』

 3番車両まで来たとき、そんな電話がかかってきてぞっとする。だが次の瞬間、別のことにも気づいてしまった。

(何でこの車両、客が全く居ないんだ?)

 不審に思って思わず自分が通り抜けたばかりの車両を振り向くと、ドアにつけられた窓の向こう側には、無人の4番車両が広がっていた。……通り抜けるときは、確かに客が居たはずなのに。当然ながら、俺が4番車両から3番車両に移動する間にホームに停車していない。客が全員5番車両に移動しなければあり得ない光景だが、そもそも何の理由もなく客全員が車両を変える筈もない。

 訳が分からなかった。だが、これ以上足を止めているとすぐに追いつかれてしまう。俺は再び走り出し、2番車両に足を踏み入れた。2番車両にも誰もいない。

『わたし、メリーさん。今、○○線の3番車両にいるの』

(ヤバイ、近付いて来てる!)

 2番車両を駆け抜け、先頭車両に着いた。客はおらず、逃げ場もない。俺は運転席の傍にある出入り口に背中を付け、2番車両の出入り口を見た。その頃になって、ようやく電車が減速を始める。もうすぐ駅に着くらしい。

『わたし、メリーさん。今、○○線の2番車両にいるの』

(早く着け! 早く早く!)

 1番車両のドアの向こう側で、ゆっくりと2番車両のドアが開くのが見えた。窓には何も映っていない。ドアを開けた者の身長が、窓よりも低いからだ。そして1番車両のドアが一度、がちゃりと音を立てる。ちょうどその瞬間、外へ繋がるドアが開いた。俺は両開きのドアが開ききる前に電車を飛び下り、一目散に駅構内を駆け抜けると、改札口に切符を押し込んだ。いつの間にか先頭車両の客が出現していたことなど、気に留めている余裕はなかった。

 終電の時間まであと2時間程度。だが今の俺は、その時間まで電車に乗る勇気がない。そのため、ここから先の移動手段は徒歩かタクシーになる。中学生の財力では、タクシーを乗り回すというリッチな逃走劇は叶わない。そうなると徒歩になるが、安定のもやしっ子であるこの肉体では、メリーさんにあっさりと追いつかれるのが関の山である。

 俺はこの近くに住んでいる山本に連絡を取るべく、ケータイを開いた。電話帳から山本のものを選択して耳に押し当てると、呼び出し音が数回鳴る。

『わたし、メリーさん。今、並盛駅の改札口前にいるの』

 ブツリと音を立てて繋がったのは、山本ではなくメリーさんだった。

(お前の近況を聞きたいんじゃねえよ!!)

 俺はケータイの電源を落としてズボンのポケットに突っ込むと、山本の家に向けて猛然とダッシュした。

 山本の家である寿司屋は、まだ営業中だった。普段ならば決して入らないが、緊急事態の今はそうも言っていられない。俺は寿司屋の引き戸を勢い良く開いて、中へ飛び込んだ。

「お、おし、お仕事中に、申し訳、ありません!」

「おう、ツナ君か。うちの武に何か用かい?」

 店内にいた山本の父親は、飛び込んできた俺に驚いた顔をした。だが、俺が鬼気迫る表情で頷くと、すぐに息子を呼んでくれた。俺は山本を店の端に引き摺ると、小さな声で叫んだ。

「山本! こんな夜中に悪いけど、何も言わずにチャリを貸してくれ!」

 父親と同じような反応をした山本は、ぎこちなく頷くとすぐに自転車の鍵を自室から取り、店の裏に連れて行ってくれた。彼の自転車はそこに置かれているようだ。

 俺は山本から受け取った鍵で自転車の錠を外すと、遠慮なく跨ろうとした。だがその時になって、俺にとって自転車のサドルが高すぎることに気付く。俺と山本では身長差が10pはある。サドルの高さを調整しなくては乗ることができない。

 すぐさまサドルを下げようとするが、焦りからか上手くいかない。俺がてこずっているその時、不意にズボンのポケットから着信音が流れ出した。電源を切ったはずなのにと思うのは、都市伝説相手には無粋だろうか。

「ツナ、ケータイ鳴ってるのな」

「出なくていい!」

 俺は咄嗟にそう叫んで着信を無視したが、ポケットに入ったままのケータイが何故か繋がった。

『わたし、メリーさん。今、竹寿司の前にいるの』

 それは山本の家のすし屋の名前だった。勝手に繋がった通話は、またしても勝手に切られる。山本は目を丸くすると、困惑した顔で俺を見た。

「――え? ツナ。今の、何なのな?」

「悪い、時間がないから説明は今度にしてくれ!」

 説明している時間はなかった。俺は山本にそう言うと、サドルと格闘する。だが山本は、突然俺のシャツを引っ張って退かせると、素早くサドルに跨った。片足でペダルの具合を確かめながら、俺に呼びかける。

「ツナ、後ろに乗れ!」

「え?」

 俺は思わずぽかんとして彼を見た。どうやら、俺を自転車に乗せて漕いでくれるらしい。だが山本を巻き込みたくない。そう思ったが、最早迷っている時間すらなかった。

「よく分かんねーけど、電話の奴から逃げるんだろ? 早く!」

 最低限の、やることさえことさえ分かっていればそれでいい。そんな男前な山本の言葉に背中を押され、俺は自転車の荷台に飛び乗った。俺が荷台に跨るなり、山本は力強くペダルを踏み込む。ガタンと自転車が揺れ、振り落とされそうになった俺は慌てて山本の腰にしがみ付いた。

「おい武! お前、こんな時間にどこに行く気だ!」

「悪ぃ、親父! ダチのピンチなんだ!」

 店の勝手口から顔を出した父親にそう言い残し、山本は自転車を漕いで裏口から道路へ飛び出した。父親は肩をすくめると、それ以上何も言わずにドアを閉める。

 自転車が道路に飛び出したちょうどその時、勝手口の前に、山本の父親と入れ替わりで白い影が現れた気がした。それがメリーさんならば、あと一歩遅かったら追いつかれていたかもしれない。そう思うと、さすがに背筋が凍る。背後を振り向いてもう一度姿を確認する気になれず、俺は肩で息をしながら額を山本の背中に押し付けた。

「ありがとう、山本。ごめんな、変なことに巻き込んで」

「気にすんなよ。ダチが困っていたら助けるのは当たり前なのな」

 何だこのイケメン。前を向いたままにかっと笑う山本の笑顔は、夜にもかかわらず後光が差して見えるほど神々しい。俺はつくづく友人に恵まれたようだ。

 野球部のスタメンは伊達ではないのか、俺を後ろに乗せているにもかかわらず、山本は勢い良くペダルを漕ぎ続けている。

「もう少し遠い所に逃げたら、一度休憩しよう。メリーさんは、電話がかかってくるまでは何もしてこないはずだから」

「メリーさん? どこかで聞いたような気がするけど……」

「都市伝説のメリーさんだよ。休憩するときに、ちゃんと説明する」

「オッケー!」

 元気よく返事をすると、山本は立ち漕ぎを始めた。一気にメリーさんを引き離すつもりらしい。

 山本の明るい笑顔が伝染したのかもしれない。俺は根拠のない安堵感で顔を綻ばせた。相手は得体のしれない都市伝説だが、何故だかどうにかなる気がしてきたのだ。きっとこれが、山本がクラスで人気者になっている所以なのだろう。

(とりあえず、二人とも生き残る方法を考えないと)

 俺はそう決意すると、友人の腰に回す腕に力を込め直した。



***



黒曜編が終わっていれば、黒曜方面に向けて逃走すると思われます。助けて幻術使い。終わっていなければ、最終的に雲雀さんがメリーさんを咬み殺しに来るかもしれません。



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