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ゾル兄さんinゼロ魔その16
萌え 2014/05/25 22:54


 ヴェストリの広場は、食堂のある本塔から見て南西、火塔と風塔の中間にある中庭だった。昼間でもあまり日が差さない場所で薄暗いが、俺がギーシュの友人を伴ってそこに着いた頃には、彼の友人達以外にも多くのギャラリーが集まっていた。

 俺の姿を認めたギーシュは、手にしている造花の薔薇を掲げて生徒達に叫んだ。

「諸君、決闘だ!」

(くっそ! あいつ薔薇持ってる! 面白過ぎるだろ!)

 ギーシュに乗せられて観衆が声を上げるが、俺はギーシュが持っている薔薇に内心で爆笑していた。他に類を見ないナルシスト先輩であるギーシュには、非常によく似合っている。しかも、それを構えているので、ギーシュの杖は造花の薔薇なのかもしれない。この世界のメイジの杖が人それぞれであることは、生徒達を見れば分かるのだが、さすがに薔薇という発想はなかった。お前は俺の腹筋を崩壊させる気か。

「逃げずに来たことは褒めてやろう」

 そんなギーシュのセリフに答えを返さず、自然体で立ったまま彼を正面から見る。ギーシュはつまらなそうに肩をすくめたが、すぐに気を取り直して薔薇を振った。それとほぼ同時に、俺とギーシュを残して、群衆が円状に距離を取る。

「では、始めようか」

 軌跡に沿って薔薇の花びらが一枚落ちる。だがその花びらは地面に触れることなく、甲冑を着た女騎士の人形へと変化した。恐らく、材質は青銅だろう。目に凝をして観察したが、魔法によるオーラの動きはなかった。念能力くらいデタラメな魔法だ。

「僕はメイジだから、魔法で戦う。文句はあるまいね?」

「ええ」

 問い掛けにすらなっていない、ただの事後報告に頷きを返す。

「僕の二つ名は“青銅”。青銅のギーシュだ。従って、青銅のゴーレム“ワルキューレ”が君のお相手をしよう」

 ワルキューレと呼ばれたゴーレムが、俺に向けて駆けた。思ったよりも関節の動きが滑らかであるが、速度は通常の人間の疾走と変わらず遅い。ワルキューレは俺に右の拳を突き出した。容易に避けられるそれを、俺はあえて受けた。纏(てん)すらしない状態で腹の中心にもらったが、威力は見た目を裏切らない。拳と腹が接触した瞬間に、それは理解できた。

(やっぱり弱いな)

 そう思いながらも、無反応はまずいと考え、拳の動きに合わせて軽く後ろに跳ぶ。わざと腹を押さえて膝をつくと、傍から見ると殴り飛ばされたように映るだろう。ギーシュが俺を叩きのめす光景に、野次馬から歓声と悲鳴が上がった。

 自身の失態の原因を他人に押し付けるギーシュの態度には、正直なところ気分が悪くなる。だが、彼は貴族で俺やシエスタは平民。彼も二股がばれて焦っていたのだろうし、さらに平民相手に啖呵を切り過ぎて、貴族として引っ込みがつかなくなって困っていたのだろう。そして、この決闘は俺が返答を間違えたから起きたものだ。俺が実力のままギーシュを倒すより、大人しく負けて見せた方が波風も立たない。幸い、ギーシュの攻撃対象は俺だけになっている。おまけに彼はゴーレムしか使う様子がないので、ゴーレムの攻撃を受けるふりをして無傷で捌けるため都合が良い。ここでギーシュをヒーローに仕立て上げて勝たせれば、この話はもう終わりだろう。ルイズの名誉も最低限は保たれる。俺には、ギーシュを叩きのめして絶対に勝ってやろうという気概もプライドもない。俺が膝を折って終わる話ならば、それが最良に思えた。

「もう終わりかい?」

 ギーシュの声が降って来る。俺が顔を上げたところで、ワルキューレが俺の左頬を殴り飛ばした。もちろん、すれすれのところで殴られたかのように顔を逸らしているので、ダメージはない。流した後に、殴られた傷が付かなければ不自然であることを思い出したが、後の祭り。額など、出血しやすい場所でわざと攻撃を受けて、ズタボロな振りでもしようと考えた。

「もうやめて!」

 その時、観衆をかき分けてルイズがこちらへ飛び込んで来た。ギーシュがワルキューレを退かせると、彼女はワルキューレと俺の間に体を滑り込ませ、ギーシュに怒鳴った。

「これだけやったんだから、もう十分でしょう!」

「十分なものか。その平民には、貴族として、身分の差というものを教え込んでやらなければならない」

「大体、決闘は禁止されているじゃない!」

「貴族同士はね。平民と貴族の間の決闘は、誰も禁止していない」

 ギーシュの言葉に、ルイズは唇を噛み締める。貴族同士の決闘が禁じられているのは、魔法を使えることで被害が拡大しやすいからだろうか。

 ギーシュは気障ったらしく造花の薔薇をルイズに向けた。

「僕はレディに手を上げるのは好まない。さあ、そこから退くんだ」

 だが、ルイズが首を横に振り、ギーシュを睨みつけた。

「彼はわたしの使い魔よ! 使い魔に無茶させないのは主人の勤めだわ!」

「使い魔じゃないんだろう?」

「主人だと認めさせてみせるわよ!」

 俺は膝をついたまま、思わず目を瞬かせて顔を上げた。ルイズの言葉は、今までにないパターンだったのだ。ルイズは俺に背を向けたまま、はっきりと叫んだ。

「――ルイは、わたしの相棒になるんだから!」

 その言葉を聞いた瞬間、また俺の心臓に何かが爪を立てようとした。だが俺は、それを無理矢理握り潰す。今、その異様な感情に流されるわけにはいかない。俺自身が、ルイズに問い質さなければならない。ルイズを見極めなければならない。

 理性と感情を切り離す技術を持っていたことが幸いしたのか、一度強く目を閉じ、再び瞼をこじ開けた頃には、俺の心は凪いでいた。だが、こんな風に無理矢理押さえつける方法は、そう何度も使えない。召喚の門の精神操作は日に日に強くなっている。“このこと”について冷静にルイズと話ができるのは、恐らく今しかない。

 退く様子がないルイズにため息をついたギーシュは、ルイズをワルキューレに運ばせようと動かした。立ち上がった俺はすっとワルキューレとルイズの間に割り込むと、人形の手首を片手で受け止める。驚くギーシュと観客を無視して、俺は首を彼女に向けて話しかけた。

「相棒だなんて初耳だな」

 こちらを見上げる鳶色の目が、零れ落ちそうなほど見開かれる。俺はいつの間にか笑っていた。

「俺は君に媚びないよ」

「相棒に媚びられるなんて、馬鹿馬鹿しくて御免だわ」

「ご機嫌取りだけの甘い言葉もかけないし、君の言いなりにもならない」

「そんなの、今更じゃない。わたしが欲しいのは下僕じゃなくて使い魔よ」

「俺はいずれ君を置いて、住んでいた場所に帰る」

「帰る方法なら探してあげる。でも、帰るのを忘れるくらい、この国に夢中にさせてやるわ」

「無理だと思うけど」

「やってみなければ分からないわよ。わたしはね、諦めるのが大っ嫌いなんだから!」

「……上等だ」

 一問一答を繰り返し、互いの意思を確認する。周りからどんなに馬鹿にされても折れずに立ち続けた少女は、俺に挑むような眼差しを向けていた。初めて会った頃の様な虚栄は見当たらない。魔法の成功確率がゼロであっても、彼女の不撓不屈の精神にはそれを打ち消す価値がある。魔法の実力は、きっと後から追い付くだろう。何しろ彼女は、意図しないとはいえゾルディックの暗殺者を召喚したのだから。

「茶番だね」

 顔を歪めたギーシュが、吐き捨てるように言った。

「弱い平民と、平民にすら認められない子に何ができるっていうんだい? どうせ僕に勝てる筈がないさ」

 ワルキューレの腕を掴んで止めていることには驚いたようだが、そこから何ができるわけでもないと思っているらしい。俺は掴んだ手首を人形ごとギーシュの方へ押しやった。ワルキューレは体勢を崩し、仰向けに転んだ。

 頭の中はすっきりしている。胸は締め付けられない。大丈夫、これから言う言葉は間違いなく俺の意思だ。

「俺は認めるよ」

「えっ……?」

 思わぬ返事に呆然としているルイズに、俺は向き直ってはっきりと伝えた。

「俺と契約しよう、ルイズ」

 数瞬の間、呆然としていたルイズは、はっと我に返ると勢い良く懐から杖を取り出した。彼女は力強く地面を踏みしめ、杖を俺に向けて振る。まさかいきなり契約を結ばれるとは思わず、俺は動揺して顔を引き攣らせた。

「契約するのは決闘の後でも良くないか?」

 使い魔契約は、術者が呪文らしきものを唱えた後に、使い魔とキスをすることで結ばれる。つまり、公衆の面前でキスをする羽目になるのである。わざわざ公開キスしなくても、という意を込めて訊ねるが、ルイズはそれをばっさりと切り捨てた。

「あんたの気が変わらないうちに結んでおくのよ!」

 ルイズにとっては、羞恥心よりも契約の方が大事なようである。そもそも、本来ならば出会ってすぐに公開キスをするはずだったのだから、今更なのかもしれない。今の彼女は、契約をもぎ取らんとする営業マン状態である。

「我が名はルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエール! 五つの力を司るペンタゴン、この者に祝福を与え、我が使い魔となせ!」

 唱え終えたルイズは、俺の額に杖を向けた。だが今は一応、決闘中だ。ワルキューレも既に体勢を戻している。

「決闘相手に背中を向けるなんて、余裕だね!」

 起き上がったワルキューレが、背中から俺を貫こうと手刀を振るう。俺は咄嗟に右腕一本でルイズを抱き上げ、その場から跳び退いた。ギーシュも使い魔契約を邪魔するだけで、当てるつもりがなかったのだろう、手刀は民間人でも避けられる速度だった。だが、俺が正面を向いた後に振るわれた、次の攻撃は違った。今度はワルキューレが足を振り上げて放ったハイキックを、軽くバックステップしてかわす。今の攻撃は、戦いに慣れていないと避けられないかもしれない。

 その時、柔らかい手が俺の頬に触れた。導かれるようにそちらに顔を向けると、俺に抱き上げられたルイズのこちらを見下ろす目と視線が合った。右腕に座らせる形で抱えているため、小さなルイズでも俺の顔に届くのだ。ルイズは眉間にしわを寄せ、頬を真っ赤に染めている。契約をするために必要な最後の工程は分かっていた。言葉を交わすまでもなく、自然とお互いが顔を寄せる。……ロリコンダメ絶対の標語が脳裏を過ぎったが、今だけ目を瞑ることにした。俺に邪な意図は全くない。俺の好みは年上のセクシーなお姉さまである。お願い信じて教育委員会とバックベアード様。せめて、見るからに初心なルイズのファーストキスが、既に済んでいることを願おう。乙女心的に非常に重要そうなイベントには、あまり立ち入りたくない。

「あんたは使い魔なんだから、ノーカウントよ」

 今のルイズの呟きは、全力で聞かなかったことにした。俺は何も聞いていない。ルイズのファーストキスをもらうなどという、ルイズファンに知られたら確実にフルボッコにされそうなイベントなんてなかった。

 唇が触れる前に、再びワルキューレの拳が飛んできたので、やはり跳んでかわし距離を取る。その最中、俺はルイズの耳元に唇を寄せた。

「契約のために、一つだけ約束しよう」

 ルイズにだけ聞こえるように、至近距離で囁く。

「必ず、俺以外の使い魔を見つけること」

 鳶色の目が再び見開かれた。

「俺は君に一生付き合うことはできない。それでいいな?」

 本来ならばハルケギニアの生き物が召喚されるというのなら、俺が使い魔の状態でも、相手を探すくらいならできるはずだ。それが無理でも、俺が帰った後に別の相手の再召喚を試みて欲しい。そう思っての提案だった。

 ルイズは一度唇を引き結んだが、大人しく頷いた。

「……あんたが心変わりしなかったら、そうするわ」

 今度こそ、俺とルイズの唇が重なる。触れ合うだけの軽いキスだ。しかし、柔い皮膚が接触した途端、全身を何かが駆け巡るのを感じた。それは俺の左手で収束し、刹那、まるで手の甲の皮膚が灼熱し、その部分をナイフで執拗に斬り付け抉られるような痛みに襲われる。痛みに耐性があるため眉ひとつ動かさずに済んだが、唇を離した俺は、さすがに気になって自分の左手を持ち上げた。いつの間にか、左手の甲に蒼白い文字が浮かんでいる。見る限り、ローマ数字に少し似ているが、それとは違う文字らしく読めない。ゴーレムやギーシュが攻撃した所作は見られないため、契約によるものだろうか。

「それはルーン。わたしとルイとの契約の証よ」

 リンゴのような顔をしながら、ルイズが説明する。地味にワルキューレの攻撃が当たらなくて不機嫌なギーシュは、苛立ちまぎれに叫んだ。

「契約したところで、力の差は変わらないよ!」

「そうだな。今のところ、契約する前との違いは分からない」

 確かに俺の左手には妙な文字が刻まれたが、それだけだ。身体的には今のところ、何の変化も見られない。だがそれはつまり、俺が確実にギーシュのワルキューレをフルボッコにできるということでもあった。

「なあ、ルイズ。どうしたい?」

「どうって」

「勝ちたいか?」

 率直に尋ねると、ルイズは沈黙した。やがて、ぼそっと呟く。

「……平民がメイジに勝つなんて、できるわけないじゃない」

「勝てるか勝てないかじゃない。勝ちたいかどうか聞いているんだ。諦めるのは大嫌いなんじゃなかったのか?」

「……そうね」

 俺がストレス発散という名の下心を込めてそう煽ってやると、ルイズはぎらりと目を光らせて顔を上げた。そしてまずは俺を睨みつける。

「わたしはやっぱり、簡単に頭を下げられるあんたも嫌いよ。自分が悪くないなら、堂々としていればいい。だってあんた、貴族かどうか以前に、この国の人間じゃないんでしょう?」

 そんなことを言うと、ルイズは俺からギーシュに視線を映し、彼をびしっと指さした。

「だからルイ! 一番悪い浮気男をギッタギタにしてやって!」



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