ゾル兄さんinゼロ魔その15
萌え 2014/05/25 22:51
ギーシュはシエスタを無視してつかつかと俺に近寄って来ると、じろじろと俺を観察した。170cm半ばくらいに見える彼は、俺を不満げに見上げると、だが気を取り直したように鼻で笑った。
「ふん。確かに顔は多少見られたものだが、それで調子に乗ってしまったようだね」
(こっちからは何も行動してはいないけど、イケメン補正の恩恵で調子に乗ってはいたかもしれない)
なにしろ、大人しくしているだけで美味しいご飯が貰えるのだ。顔だけヒモ男の適性があると確信するくらいには、お嬢様たちからの人気があったのは確かである。だが、※ただしイケメンに限るスキルは、使い過ぎると敵を増やす。もっと早く、厨房でまかないを貰うようにすれば良かった。
口答えしない俺に気を良くしたのか、ギーシュは自分の顎に手を当てて笑った。
「まあ、僕の方が君よりも数倍美しいようだ」
(すっげーどうでもいいわーこの話題。お前が美しいって結論でいいから早く終われ)
俺とギーシュは、顔の系統が違うと思う。ギーシュは甘いマスクの美少年で、物語に出てくるような王子様だろう。一方の俺は、ゾルディックの遺伝子により目付きが鋭い。整ってはいるが、キラキラしているタイプではないと思われる。比べたところで好みの差だろと言われそうなくらいにはタイプが違うのではないだろうか。どうでもいいことだが。
するとギーシュは俺に指を突き付け、妙な事を言い放った。
「君がモンモランシーを誑かしたんだろう? だから彼女は心が揺れてしまったのかもしれない」
そう言いながらも、彼はそうは思っていないような顔をしている。恐らく、ただの八つ当たりなのだろう。公衆の面前で派手にフラれ、羞恥を隠すように何かをせずにはいられないのだ。たまたまモンモランシーと関わりがあった俺は、怯えてすぐに謝ったシエスタよりも都合が良かっただけだ。
「モンモランシーを誑かしたことを認め、僕に謝罪したまえ」
滅茶苦茶な言い草だが、俺が謝罪をすればこの場を収められるだろう。だが。
(俺がここでただ謝ったら、モンモランシーって子が俺と浮気したことになる)
あの子はただ、気まぐれで俺に食事を分け与えただけだ。悪いことは何もしていない。強いて言えば、恋人が居る身で他の男に親しげに触れるのは軽率だったかもしれないが、実際に二股をかけていたギーシュはそれを非難できる立場ではない。
(この場を収めるためだけに頭を下げるのは、モンモランシーに対して恩知らず過ぎるだろう)
しかし、馬鹿正直に事実を言っても、今度はギーシュの面子が潰れる。上手く全員を立てるような行動を取らなければならない。考えた俺は、すぐに閃いた。
(俺が格好悪くなればいいのか)
俺はその場に片膝を付き、胸に片手を当てて頭を垂れた。使用人が貴族に対してこんなポーズを取っていたのを見かけたので、それを真似したのだ。
「私が分不相応にも、あの美しいお嬢様に媚びたことは謝罪いたします。しかし、お嬢様は私を憐れんで糧を恵んでくださっただけで、平民である私に誑かされてなどおりません。お嬢様は、貴方様の虜でしたから」
俺にモンモランシーを誘惑した覚えはない。それどころか、まともな会話すらしていない。だが、俺がちょっかいをかけてモンモランシーに拒まれたことにすれば、彼女の名誉は守られる。ギーシュが俺に言い放ったことは嘘ではなく、モンモランシーがギーシュを好きだったことも証明され、ギーシュの名誉も保たれる。場が治まればシエスタも難を逃れられる。俺がすぐに考え付く中では、これ以上の案はない。俺と関わりのあるルイズは微妙かもしれないが、そもそもこれは茶番の様なものだ。俺が守ろうとしている面子も、貴族としての表向きのそれであり、本質ではない。ギーシュが自分の失態を誤魔化したいがために騒いでいることは、この場に居る全員が理解している。ルイズにまで文句は飛ばないだろう。
従順に頭を垂れて謝罪する俺の言動に満足したのか、ギーシュは自慢げに笑った。
「当然だよ。モンモランシーは僕の可愛い人なんだから」
これで丸く収まる。そう思ったのだが、冷たい声が差し込まれて状況は変わった。
「“だった”、の間違いでしょう」
口を挟んだのはルイズだった。当然ながら食堂に居た彼女は、一連の騒動を全て聞いていたのだ。そして、どういうわけか首を突っ込んだらしい。跪いたまま横目で様子を窺うと、ルイズは自分の席からこちらに大股で歩み寄って来るところだった。彼女はギーシュを押しのけて俺の目の前に立つと、いつものように怒鳴った。
「あんた、何で嘘なんか吐くのよ! 大体、ちょっかいを出して来たのはあんたじゃなくてあの子の方じゃない! あんたは自分からは誰にも話しかけようとしなかったし、話しかけられたってお礼くらいしか返していなかった癖に!」
(最終的に癇癪を起こした割に、俺のことをしっかり見ていたのか)
俺が場違いにも少し感動していると、気取った声が降って来た。
「やあ、ルイズ。君は今日も元気だね」
ルイズがギーシュに振り向く。頭を下げたままなので表情が見えないが、ギーシュは呆れたような声色だった。
「君はその平民の主人なんだから、他のレディに尻尾を振らないように躾けないとダメじゃないか」
「ギーシュ、ゼロのルイズは使い魔との契約もできないんだ! 無茶言うなよな!」
ギーシュの友人が囃し立て、嫌な笑いで食堂が満ちる。視界の端で、ルイズの両足が震えるのが見えた。きっと、また両手の拳を白くなるほど握り締めているのだろう。そう考えた途端、爪を鋭く剥き出した山猫が、俺の心臓を引っ掻いた。
気付けば、俺は立ち上がって、ルイズ越しにギーシュを見つめていた。
「……おっしゃる通り、私はミス・ヴァリエールと使い魔契約を交わしていません」
「それがどうしたのかな?」
「私は彼女からの躾を受ける義務がありません。従って、今回の件で彼女の非を問うのはおかしいのでは?」
苛々する。自分でも、かなり声色が冷たいのが分かる。恐らく、今の俺は無表情だろう。ルイズが関わると、俺はこんなにも簡単に感情を乱してしまう。やはり、初日よりも感情の振れ幅が大きくなっている気がする。いい加減、召喚の門を殴りたい。普段の俺ならば、もっと感情を律することができる筈だ。それができない。このまま使い魔契約を拒み続けると、いずれ俺はルイズのことしか考えられなくなってしまう予感がする。増幅された感情に押し潰されて、本当に大切にしたいものを見失う未来なんて御免だ。
「あんた……」
ルイズが半ば呆然とした声で俺を呼ぶ。一方のギーシュは、不機嫌そうに顔を顰めた。
「僕に口答えする気かい? 平民である君が、貴族である僕に?」
ギーシュの言葉に、ルイズがはっとした顔になって俺の袖を引いた。今になって、平民が貴族に逆らうリスクを思い出したらしい、そして恐らく、自分がそれを知っていながら、勢いで俺に反抗を勧めてしまったことも。
「やめて。やめなさい」
ルイズが真顔で俺を見上げる。その顔を見た瞬間、心臓が騒ぎ出した。この子が善人でなければ、もっと違う結果があったのかもしれない。この子が俺を一切顧みなければ、もっと冷たく出来たのかもしれない。だが、今更だった。召喚の門が俺に強く訴えかける。ルイズを見捨てるな、ルイズを護れ、ルイズを好きになれと喚く。まだそれに逆らうことはできるが、代わりに思考が単純化され、細かいことを考える余裕がなくなってしまう。
「貴方がそう感じるのなら、そういうことなのでしょう」
完全に気を抜いた俺の返答は、ギーシュの中の引き金を引いた。
「良かろう。ルイズに代わって、無礼な君に礼儀を教えてやろう。ちょうど良い腹ごなしだ」
(やらかした)
気付いても既に手遅れ。ギーシュは礼儀を俺にご教授してくれるらしい。恐らく物理で。ギーシュはさっと踵を返して食堂の入口へ向かった。その背中を、友人たちが面白がって追いかける。
「ヴェストリの広場で待っている。決闘だ。逃げずに来ることを願っているよ」
そう言い残して、ギーシュは友人たちと共に消えた。ギーシュの友人が一人だけテーブルに残って俺を窺っているので、見張りのつもりだろう。
騒ぎの中心人物を失い、食堂が再びざわめきに包まれる。ギーシュが俺に向かってからは、床に座り込んでいたシエスタが、震えながら俺を見つめていた。
「ごめんなさい……!」
彼女の顔からは血の気が引いており、紙のように白い。
「私のせいで、ルイさんが……こ、殺されちゃう……」
シエスタは両手で顔を覆うと、耐えきれないといった様子でその場から走り去ってしまった。俺はそれを見送ると、床にワインボトルが入った箱を置き、食堂の入口に向けて歩き出す。その時、ルイズの手が俺の袖から離れたが、彼女は俺の腕を掴み直した。
「あんた、どうしてわたしのこと庇ったの……?」
廊下まで出たところでそう問われたので見下ろすと、ルイズは表情に困惑を浮かべて俺を見上げていた。ギーシュとの決闘騒ぎでやらかしたと思い頭が冷えたのか、たまたま感情の波が治まったのか、俺は冷静に彼女を見ることができた。
「わたしのこと、嫌いなんじゃないの? だって、わたしはあんたを大事な家族から引き離したのよ? なのに何で、そんなに優しくするのよ。わたし、あんたにとっては誘拐犯なんでしょう?」
「だけど、君も俺と同じ被害者だ」
とっくに出ていた結論を、彼女にはっきりと伝えた。
「俺は召喚に応えるつもりはなかったし、君も俺を召喚するつもりがなかった。俺が今、ここに居るのはただの不幸な事故なんだ。あの時はああ言ったけど、君は悪くない」
「あんたは平民だけど、わたし、平民相手にしたってあなたに結構意地悪したわよ?」
「ある程度はこの国の生活様式に合わせるのが普通だと思うし、君の意地悪は俺にとっては可愛いレベルだ。食事が少ないのは困ったけどね」
ルイズは唇を引き結んで黙り込む。正直なところ、順応力の高さと堪忍袋の緒の強度には自信がある。世の中にはもっとえげつない輩が山ほどいることを知っているので、ルイズの所業はただの我儘お嬢様の行動と片付けられるのだ。こんな性格だから貧乏くじを引いたり尻拭いに回ったりすることが多いのかもしれないが、それはもう仕方がないと思って受け入れている。
俺は自分の腕からルイズの手を外すと、彼女の肩を寮のある方向へ軽く押した。
「俺はこのままヴェストリの広場に行くから、君は部屋に戻りなよ」
「どうして?」
「男同士のケンカを見るのは好きか?」
ルイズはすぐに首を横に振る。
「なら、見たって楽しいものじゃない」
「これは平民同士のケンカじゃなくて、貴族との決闘なのよ! も、もし殺されちゃったらどうするの!?」
彼女はかっと目を見開いて俺にまくしたてる。食堂の入口から出て来たギーシュの友人が、その様子に気付いて笑っているのが見えた。俺は肩をすくめると、ルイズにだけ聞こえるように囁いた。
「死にはしないよ。彼は八つ当たりしていたら引っ込みがつかなくなっただけだから、こっちが引き際を見極めればそこまで仕掛けて来ないと思う」
「あんたはメイジを舐めているわ」
ルイズは俺を睨みつけた。
「謝ってきなさい」
ここで俺がギーシュに謝って決闘を取りやめれば、ルイズも一緒に馬鹿にされるだろう。それが分かっていながら、彼女は俺に謝罪を勧めたのだ。傲慢な態度を取る癖に、最後までそれを貫けないから、俺は彼女を嫌いになれない。
「君はいい子だね」
「ちょっと!!」
俺はルイズをその場に残すと、ギーシュの友人に声をかけて、ヴェストリの広場まで案内させた。
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