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ゾル兄さんinゼロ魔その14
萌え 2014/05/25 22:49


 ルイズに悟られることなく、無事に部屋に戻った俺は、何食わぬ顔で藁の上で就寝した。そして翌朝、昨日と同じように朝の時間を過ごした俺とルイズは、今度はキュルケと会うことなく食堂へ辿り着いた。俺は昨夜、平民用の風呂で会った2人に食事の話をし、厨房で貴族に出す料理の余り物で作ったまかないを食べさせてもらえるよう、手配してもらうことになっていた。そのため、食堂の入口でルイズと別れた。

「あ、あの!」

 厨房を目指して廊下を歩いていると、背後から声をかけられた。振り向くと、見覚えのある黒いボブカットのメイド少女が立っている。俺の話を最初に平民の間で広めたと思われるシエスタだ。

「ああ、昨日の。俺に何か?」

「アマデオから話は聞いています。厨房の場所は分かりますか?」

「いや、行ったことがないから分からないんだ」

「じゃあ、案内しますね」

 目的地の正確な場所は分からなかったため、俺は彼女の好意に甘え、食堂の裏にある厨房まで案内してもらった。

 厨房には、大がかりな調理機材がたくさん並んでいた。その隙間を縫うように、多くの料理人やメイドたちが忙しなく働いている。勝手口付近では、食材を運ぶ使用人たちも居る。シエスタは、人でごった返す厨房の片隅にある小さな木のテーブルに俺を案内した。俺をそこに座らせると、彼女は厨房の奥へ向かい、少ししてから深皿とスプーンを持って戻って来た。

「どうぞ。おかわりもありますから、たくさん食べてくださいね」

 差し出されたのは、大きな野菜がごろごろと入ったシチューだった。多くはないが、細切れではない鶏肉も入っている。こちらの世界は、平民は同じ平民に優しいのだろうか。俺は久し振りに、何の気負いもなく純粋に笑った。

「ありがとう、シエスタ。アマデオや厨房の人達にも、今度ちゃんとお礼をしておきたいな」

「えっ。私の名前を知っていたんですか?」

「昨日、ダミアンとアマデオから聞いていたんだ。俺のことを心配してくれているって」

 驚いて目を見開くシエスタに、俺は説明した。納得して頷く彼女に、俺は笑顔で名乗った。

「俺はルイ。これからも食べに来ていいかな?」

「ええ、もちろんです。これからよろしくお願いしますね、ルイさん」

 シエスタはぽっと頬を赤らめると、可愛らしく微笑んだ。素朴で清楚な印象を受ける少女で、好感が持てる相手だ。……というより、平民なら大抵の相手に好感を持てるかもしれない。それでいいのか魔法学院。

 俺は濃厚な味付けのシチューを、遠慮なく平らげた。当然ながら、俺に出されていた薄塩味スープとは比べ物にならない美味しさだ。まかないでこの美味しさならば、俺に出された残念スープはどうして誕生したのだろうか。わざわざそれだけ作ったとしか思えないくらいには、味の格差がある。

 俺がさっさと完食してしまったので、ルイズたちが食事を終えるまでまだ時間の余裕があった。そのため俺は、俺の隣で食事を見守っていたシエスタに手伝いを申し出た。

「せっかくごちそうになったから、お礼に何か手伝えることはないか? 力仕事には自信があるんだ」

 シエスタは少し考えると、俺に提案した。

「じゃあ、配膳を手伝ってもらえますか?」

「あー……」

 だが俺は、その言葉を聞いて眉根を寄せた。

「自分から言い出しておいて悪いけど、俺は配膳に回らない方が良いと思う。生徒に絡まれる可能性があるし……」

 そう言うと、シエスタは納得した顔になった。配膳係ならば、昨日の俺が令嬢から絡まれまくったことを知っている筈だ。配膳の際にまたしても彼女達から声を掛けられたら、ルイズの怒りが有頂天その2が始まってしまう。

「じゃあ、食堂まで食事を運ぶのを手伝ってもらえますか? そこから配膳をするのは他のメイドがやりますから。回収した食器を厨房に運ぶのも手伝ってもらえると助かります」

 シエスタが次に提案したのは、食堂に足を踏み入れるものの、生徒の傍には行かずに済む仕事だった。これならば絡まれる確率もぐっと減るだろう。

「ワインとか、結構重くて大変なんです。持てますか?」

「任せて」

 力仕事は十八番である。俺は笑顔で頷いた。





 食堂では、食器が片付けられ、デザートと付け合わせの紅茶やワインが配膳されているところだった。俺が食堂の任された仕事をしていると、近くにある2年生のテーブルから、男子生徒達の会話が聞こえてきた。

「ギーシュ! お前、今は誰と付き合っているんだ?」

「もったいぶらずに教えろよ!」

 どうやら、同級生の恋人について探りを入れているらしい。恋バナは盛り上がる話題である。青春だなあと思いながら眺めていると、話題の中心人物が目に留まった。

「付き合う?」

 小首を傾げてそう言ったのは、緩やかにうねる眩い金の短髪を持った少年だった。白い肌に空色の双眸が乗った顔立ちは、甘く整っている。彼を取り巻いている友人たちの中では、間違いなくダントツの美少年だろう。彼はフリルが大量に付いた白いシャツと紫色のスラックスの上に、ルイズと同じ黒いマントを羽織っている。残念なのは、彼が細身のため、第三ボタンまで外したシャツから覗く胸板は薄く、セクシーどころか貧弱な印象になってしまっていることだろう。顔は良くても、服のセンスはあまり良くないようだ。

 少年は細い人差し指を唇にあて、ウインクをした。

「僕にそのような特定の女性は居ないのだ。薔薇は多くの人を楽しませるために咲くものだからね」

(すげえ。絵に描いたような咬ませ犬がいるぞ。逆に尊敬するわ、見習わないけど)

 少なくとも、俺にはあんなファッションと仕草は真似できない。だが、遠目でネタにする分には構わない。そう思っていたのだが、彼がポケットから紫色の液体が入った小瓶を落としてしまったことで、状況は一変した。偶然にもそれに気付いたシエスタは、ケーキが乗ったトレイを近くの配膳用の小テーブルに預け、小瓶を拾い上げたのだ。

「貴族様、ポケットからこちらの瓶を落とされましたよ」

 シエスタはギーシュと呼ばれている少年に、丁寧に話しかけた。しかし彼は気付かないのか、シエスタに振り向こうともしない。無視される形になり、彼女は怖気づいたようだが、勇気を振り絞ってもう一度ギーシュに話しかけた。

「あの……貴族様?」

「これは僕の物じゃない。他を当たってくれたまえ」

 だが、ギーシュは素っ気なく返事をしただけだった。小瓶は明らかに彼の物なのだが、人前でそれを暴かれるわけにはいかないのだろうか。シエスタは仕方なく、小瓶をギーシュが居るテーブルの隅に置いた。すると、その小瓶を見たギーシュの友人たちが騒ぎ始めた。

「おっ! その香水はもしや!?」

「その鮮やかな紫色は、モンモランシーが自分のためだけに調合している香水の色だ!」

「君のポケットからそれが落ちたってことは、恋人はモンモランシーってことだな?」

 奇遇にも知っている名前が出たため、俺はシエスタの様子と共に、話題の行方も気になってしまった。そのため、手にしていた大量の食器を足早に厨房に届け、さらにワインボトル1ダースが入った箱を3個まとめて食堂に持ち込み、彼らの様子を窺う。アマデオが俺の腕力を見てぎょっとした顔になったが、へらっとした笑顔で誤魔化しておく。ギーシュは、友人たちの言葉を否定しようと必死になっているようだった。

「違う。いいかい? 彼女の名誉のために言っておくが……」

「ギーシュ様……やはり、ミス・モンモランシーと」

 その時、1年生のテーブルの方から、栗色の髪をした可憐な少女が彼らに近寄って来た。少女は茶色のマントを両手で胸元に手繰り寄せ、両目いっぱいに涙を浮かべている。もちろん、彼女はモンモランシーではない。どう見ても浮気バレイベントでギーシュ終了のお知らせですありがとうございました。

「違うんだ、ケティ。誤解だ。僕の心の中に住んでいるのは君だけだ」

「その香水が貴方のポケットから出てきたのが、何よりの証拠ですわ! さようなら!」

(うわっ、修羅場だ。あそこだけ空気が昼ドラだ)

 ケティと呼ばれた少女は、大粒の涙をこぼしながらギーシュを平手で引っ叩くと、食堂から走り去って行った。当然ながら食堂は静まり返っており、ここにいる人間全てがこのやり取りに耳を澄ませているのは一目瞭然である。何という公開処刑。ギーシュは自業自得なので仕方がないが、浮気をされていた少女の方は可哀想としか言えない。

 だが、修羅場イベントはまだ終わっていなかった。そう、名前が出たモンモランシーである。相変わらず綺麗に巻き髪をセットしている彼女は、青い吊り目を更にきつく吊り上げ、ヒールを鳴らしながらギーシュに近寄って来た。その形相はまさしく般若である。ルイズに引き続き、般若降臨第二弾である。ルイズとモンモランシーには、キレると般若と化すという共通点があったらしい。俺は心の中でギーシュに合掌した。これに懲りて、もう浮気はするなよ少年。そのうち刺されるぞ。

「モンモランシー、誤解だ。彼女とは一度、ラ・ロシェールの森へ遠乗りをしただけだ。僕が愛しているのは君なんだよ」

「やっぱり、あの1年生に手を出していたのね」

 ギーシュは往生際が悪く言い訳を連ねるが、怒れる般若に受け入れられるはずもない。

「誤解なんだ。モンモランシー、咲き誇る薔薇の様な顔を、怒りで歪めないでおくれよ。僕まで悲しくなるじゃないか。僕は麗しい一輪の薔薇の様な君を愛でていたいんだ」

 モンモランシーはギーシュの歯の浮くようなセリフに一切反応せず、今度は俺の方へ近寄って来た。そして、たまたまワインボトルの箱を持ちっ放しだった俺から、瓶を1本ひったくる。幸か不幸か、俺が持っていた箱のワインボトルは、全て栓が開けられていた。モンモランシーはワインボトルをギーシュの頭上で何の躊躇もなく傾けると、彼の頭から赤ワインをぶちまけた。……だからどこの昼ドラだ。

「嘘吐き!」

 最後に強く吐き捨てると、彼女も足早に食堂から出て行った。ケティよりも、モンモランシーの方がパワフルだったようだ。

 食堂はいよいよ静まり返る。ギーシュはワインまみれの髪を掻き上げると、やれやれと言いたげに首を横に振った。

「あのレディたちは、薔薇の意味を理解していないようだ」

(お前、英雄だよ。誰も到達したくない高みに立つ英雄だよ)

 笑うに笑えず、どん引くにどん引けず、とりあえず引き攣りそうな顔を取り繕う。なんというか、これはひどい。最早ギャグの領域である。俺はあまりの痛々しさでギーシュから視線を逸らしたいのを堪え、シエスタの様子を窺った。彼女は、突如目の前で起きた惨劇で、完全に硬直している。シエスタに非はないが、彼女が親切心から起こした行動が修羅場のきっかけになったのは明らかだった。

「そこの君」

 ギーシュに冷たい声で呼びかけられ、シエスタがびくりと震え上がった。

「君が軽率にも瓶を拾い上げたせいで、2人のレディの名誉が傷付いてしまった。どうしてくれるんだね?」

(はあ?)

「お、お許しください、貴族様!」

 とんでもない超理論だが、シエスタはその理不尽に反抗できる立場ではない。貴族の怒りは、平民にとっての天災なのだろう。対抗する術を持たない平民は、せめて貴族の怒りが及ばないように振る舞い、嵐が過ぎ去るのをじっと待つしかない。だが、不幸にもその天災の矛先となってしまったシエスタは、慌ててその場に膝をついて土下座した。

(俺は無関係だし、首を突っ込んだら余計に拗れるな。ムカつくけど、傍観するしかないか……)

 可哀想なほど震える背中を見つめて、俺はそう結論付けた。だが、モンモランシーが俺の持つ箱からワインボトルを取ったのが悪かったのか、シエスタと直線状に俺が立っていたのが悪かったのか、床に這いつくばるシエスタから顔を上げたギーシュの目が俺を捉えた。

「ん? 君は……」

(嫌な予感しかしない)

 俺の嫌な予感は大体当たる。案の定、ギーシュは俺を指さして叫んだ。

「君は昨日の朝、モンモランシーから撫でられていた男だな!?」

(め、面倒臭えええええ!!)

 どうやら、※ただしイケメンに限るスキルが妙な方向に働いてしまったらしい。絶(ぜつ)でもして、気配を消していた方が良かったかもしれない。どうしてこうなった。俺がこうなる布石は、昨日の朝から既に敷かれていたということなのか。そんなの、避けられるわけがないだろうが。



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