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ゾル兄さんinゼロ魔その13
萌え 2014/05/25 22:47


 平民用の共同風呂は寮塔の北西、本塔を通り過ぎた先にある2つの塔の中間にある、使用人宿舎近くの掘っ立て小屋だった。近付いてみると、既に先客が2人居る。俺は、脱衣所で服を脱いでいる最中の2人に声をかけた。

「すみません。私もこの風呂に入っていいですか?」

「ん? 兄ちゃん、ひょっとして召喚の儀で呼びだされたっつー可哀想な平民か?」

「ご存じなんですか?」

 返事をしたのは、年嵩の男の方だ。30代後半に見える彼は、日に焼けた肌とがっしりとした体つきから、いかにも肉体労働者といった風情だ。その隣に居たのは、20歳に届くか届かないかといった年頃の青年だ。彼も決して弱々しい体つきではないが、年嵩の男が屈強な見た目なので、並ぶと貧相に見えてしまう。

 どうやら、2人とも俺を知っているらしく、彼らはおかしそうに笑い出した。

「人間呼び出したメイジなんて、ここに勤め出してから初めて知ったよ。学院中が兄ちゃんのことを知っているぞ」

「お貴族様のとばっちりを喰らったあんたには、使用人みんなが同情しているんすよ」

 年嵩の男に続いて口を開いた青年が、気の毒そうに肩をすくめる。年嵩の男は、思い出すような顔をした。

「今日なんて、朝夕の飯は床で、俺達よりも粗末なモンを喰わされていたんだろ? 配膳のシエスタが随分心配していたな。“若い男性には、あんな少しのご飯じゃ絶対に足りません”って。しかも昼飯は抜かれたらしいじゃねえか」

「そうだったんですね……」

 俺は朝夕の食事の際、俺の配膳をした黒髪のメイドを思い出した。確かに彼女は、俺をひどく心配するような顔をしていた。彼女が他の同僚に俺のことを伝えていたらしい。

 だが、若い男が漏らした言葉で、俺に同情的だった話の雲行きが怪しくなった。

「ん? でも、貴族のご令嬢が寄ってたかってあんたに飯を恵んでいたんじゃなかったっけ? 俺達食堂組の間では、武勇伝として有名っすよ」

「そうなのか? 兄ちゃん、随分と綺麗な顔しているからなぁ……」

 どうやら、年嵩の男と青年の配属は違うらしく、食堂関係の仕事をしている青年は、俺の食事時の状況をよく知っていたようだ。年嵩の男がじろりと俺を睨む。少女たちにちやほやされるのが腹立たしいのか、貴族に媚びたように見えるのが許し難いのか分からない。だが、俺に対してマイナスの心証を抱きかけているのは事実だろう。俺はすぐに口を開いた。

「“顔だけ男”みたいで複雑ですけど、あの子達の慈悲に縋らないと、食事の量が少な過ぎて体が持たないんです。そもそも、貴族のお遊びを断るのは無理ですし」

「それもそうだな。言われてみりゃ、年下の女にオモチャにされたらプライドが傷つくよな」

 年嵩の男はあっさりと納得したらしく、剣呑な表情をおさめた。俺は内心で安堵した。俺に立場が近い平民側の人間から、悪い印象を持たれたらこの先面倒だ。

「ま、兄ちゃんのことはみーんな気になっているんだ。遠慮しないで入って来いよ」

「ありがとうございます」

 年嵩の男の言葉に、俺はにっこりとした。

 平民用の共同風呂は、いわゆるサウナ風呂だった。焼いた石が敷き詰められた暖炉の横に腰掛けて汗を流し、最後に外へ出て水で体を洗い流すというものだ。

(たまになら良いけど、ずっとサウナ風呂なのは嫌だなぁ)

 俺の根本は現代日本人のままだ。それに、ゾルディック家でも風呂は湯船に浸かる生活だった。湯船が欲しい。石鹸が欲しい。せめてシャワーを浴びたい。

(どうにかして石鹸を手に入れて、川か湖にでも行くしかないのか?)

「兄ちゃん、お堅いなぁ」

 明後日のことを考えながら、先客たちとサウナで並んで腰かけて世間話をしていると、年嵩の男――ダミアンがそんなことを言い出した。

「俺達ゃお貴族様じゃねえんだし、もっと気楽にしゃべってくれよ」

「そうっす。俺とは年も近そうだし、遠慮しないでさ!」

「じゃあ、お言葉に甘えて」

 青年――アマデオもダミアンに同調したので、俺は口調を切り替えた。気安くなってくれると、こちらも色々と訊ねやすい。

「この国の風呂は、みんなこういう形なのか?」

「いんや。お貴族様の風呂は、こことはだいぶ違うんだぜ」

「大理石が敷き詰められた広ーい場所で、香水が混ぜられたこれまた広ーい湯船があるんだ」

 貴族の風呂事情は、俺と馴染み深い浴槽型だが、俺の家よりもかなりリッチなようだ。俺の家は暗殺一家なので、体臭がついてしまう香水風呂なんて体験できないが、イメージとしては入浴剤みたいなものだろうか。なんだか温泉に行きたくなってきた。そんな衝動を振り払いつつ、俺は気が抜けたような声を上げた。

「へえー。ここってやっぱり、色んなものがあるんだな」

「平民が使えるのは貴族とは別だけど、それでも色々と豪華っす!」

 アマデオが自慢げに笑う。貴族に不満は持っていても、職場環境としては抜群に良いらしい。俺はふと思いついた顔を作ると、彼らに問いかけた。

「ああ、そうだ。俺はここに来てまだ2日目だから、施設がよく分からないんだ。良かったら、色々と教えてもらえないかな?」





 汗を流した俺は、着替えがないため同じ服を着て、ルイズの部屋に戻った。ちなみに濡れた体を拭くタオルを持っていなかったが、≪殉教の楔(ゴーストハック)≫を使って体に付着した水分子を移動させれば、一瞬で体を乾かすことができた。俺の発(はつ)は、意外と便利な能力なのだ。ダミアンたちと時間をずらしてサウナから出れば、能力を使う場面を見られることもない。ちなみに、彼ら以外の人目もないことは確認済みだ。

 同じく風呂に入って来たらしいルイズをさっさと寝かせると、俺は藁の上に横たわったまま、慎重に辺りの気配を窺った。周囲の生徒は寝ているか部屋に居ないかのどちらからしく、不審な動きはない。こちらを監視する視線も感じない。俺は立ち上がり、体についた藁を払うと、窓に向かった。ここは3階らしく、窓から地面まではそこそこの距離がある。だが、念能力者である俺にとっては全く問題ない。ルイズから今夜も腕時計と交換で回収しておいた杖を藁の下に隠すと、俺はそっと窓を開き、宙に身を躍らせた。

 ダミアンとアマデオによると、魔法学院は本塔を中心に、6時の位置から火塔、風塔、水塔、寮塔、土塔の順で建っており、5本の塔は五角形の城壁の頂点となっているらしい。寮塔と水塔の間に正門があり、寮塔以外の塔は本塔との間に渡り廊下が設けられている。ちなみに、使用人宿舎は風塔と水塔の間だという。

 俺の目的地は本塔だ。絶(ぜつ)で気配を断って本塔に潜り込んだ俺は、まずは食堂の上の階にある図書館へ忍び込んだ。図書館は既に灯りが落とされ、受付カウンターの奥にある部屋に人の気配がするだけだった。俺はぐるりと周囲を見回し、簡単に図書館を確認する。無数の本棚は天井近くまでそびえ立っており、見える範囲だけでも相当な蔵書量であることが予測される。踏み台が全く見当たらないのは、一番最初に見た空中に浮かぶ魔法があれば、簡単に高いところの本も取れるからだろう。続いて並ぶ背表紙を簡単に眺めていくが、やはり俺の知っている文字は見当たらない。独力で文献を読み進めるのは無理そうだ。

(やっぱり、俺一人で帰る方法を探すのは難しいか……仕方がない)

 予想していたこととはいえ、残念な結果に肩を落とすと、俺はそっと図書館を抜け出してさらに上の階へ向かった。階段を昇りながら、ゆっくりと絶を解いていく。

 最上階にあるのは、学院長室だ。中からは3つの気配がする。2人は人間だが、もう1つは人間よりも弱々しく小さい。だが気にしていては始まらないので、俺は堂々と扉をノックした。少しすると、俺と同じくらいの年頃の女性が扉を開けた。若草色の長い髪を下ろし、ノンフレームの眼鏡をかけている彼女は、クールな表情と相まって非常に知的な印象を受ける。彼女は体のラインが分かる青緑のローブの上に、緋色のフード付きマントを羽織っていた。

「こんばんは。学院長先生はいらっしゃいますか?」

「どちら様ですか?」

 彼女は警戒の眼差しで俺を見つめるが、部屋の中に居たもう一人が彼女を越えて俺に話しかけてきた。

「おぬしは、ミス・ヴァリエールに召喚された平民じゃな?」

「オールド・オスマン」

 眉をひそめながら、女性が背後に振り向く。そこには、深緑のローブに身を包んだ老人が居た。恐らく杉で作られた上等な椅子にゆったりと腰掛けている老人は、雪のように白い髪も口髭も非常に長く、表情の半ばが覆い隠されている。白い眉に埋もれるようにして見える目は、好々爺然とした笑い皺を刻んでいるが、明らかにこちらを観察する光を帯びていた。

「ミス・ロングビル、席を外しなさい。今日はもう帰ってよろしい」

 ロングビルと呼ばれた彼女は有能な秘書か何かなのだろう。オスマンの指示を受けた彼女は、表情を消すとスマートに一礼し、俺と入れ替わりで部屋を立ち去って行った。ロングビルが階段を降りる足音が消えると、オスマンは椅子と同じ材質のテーブルに肘をついた。テーブルの上にはガラス瓶に金具と管が繋がれた水煙管が置かれている。オスマンはそれを一度ふかした。

「――さて。用件を聞こうかの、ルイ君。とは言っても、想像はつくがのう」

 当然のように俺の名前を把握している老人は、一見すると穏やかな表情で話を促した。

「ご想像の通り、ミス・ヴァリエールとの使い魔契約の件についてです」

 オスマンは頷く。

「ミス・ヴァリエールとは対等で有意義な関係を築きたいと思っております」

 俺は用心深くオスマンともう1つの気配の様子を窺いながら、話を続けた。

「これも既にご存じかとは思いますが、私はトリステインの人間ではありません。トリステインの庇護は受けられませんが、制限を受けることもありません。ミス・ヴァリエールの召喚に巻き込まれただけであり、彼女との契約に応じるかは私の自由です」

「無論、心得ておるよ。2年生は進級の必須条件として使い魔の獲得があるが、使い魔にも主を選ぶ自由はある。して、おぬしは何を望んでおるのかね?」

 俺がルイズとの初対面で、自分の出身地を“パドキア共和国”と口にしたことは、あの場に居た全員が聞いている。コルベールもその場に居たので、そこからオスマンに伝わっているだろうと思ったのだが、正解だったらしい。俺の出身地をさらりと流したオスマンは、率直な答えを俺に求めて来た。

「何者にも侵されない、自由意思を」

 端的に言えば、それが俺の望みだった。

「仮に私がミス・ヴァリエールと契約した場合、形式上は彼女の使い魔となります。しかし、私の行動は私が決めます。ある程度はミス・ヴァリエールの意思を汲み取り、合わせはしますが、その程度も私が決めます。私が使い魔として守るのはミス・ヴァリエールだけであり、誰に命じられようと、私が望まなければそれ以外を守ることはしません」

「使い魔として珍しくはない考えじゃな。それはおぬしとミス・ヴァリエールとの話し合いが必要じゃと思うが……つまり、何が言いたいのかね? おぬしの望みは、もう少し先にあるじゃろう」

 さすがに話が早い。曖昧な言葉に誤魔化されることなく、核心に切り込んでくる。平民相手だからといって、俺を排除しないのもありがたい。

 俺は一拍置くと、はっきりと宣言した。

「国の命令は受けません。それがヴァリエール嬢を通したものであっても」

 オスマンは、俺の言葉を聞くとわざとらしく目を見開いてみせた。

「大きく出たのう。おぬしは国に熱望されるほど有能な青年じゃったか」

「あらゆる可能性を考えておくべきだと思ったまでです。後ろ盾がなく、身元が明らかではない人間は、都合が良いこともありますから」

 俺が示したのは、俺の立場は捨て駒として使いやすいということである。出来損ないの召喚獣を始末するという名目なら、死んでも構わないだろう。むしろルイズが召喚の儀をやり直せるというメリットがあるくらいだ。

「ふむ。一理あるのう」

 捨て駒という一面で俺の言葉に同意したオスマンは、水煙管をもう一度吸って頷く。

「しかし」

 糖蜜に包まれた果物の香りがする紫煙が、場違いに香る。その紫煙の向こう側で、オスマンは鷹のように鋭く目を細めた。

「おぬしを殺して召喚の儀をやり直すという可能性も考えなかったかね?」

「殺す側には当然、殺される覚悟もあるとみなしますが?」

「メイジは、おぬしが思うよりも残酷なまでに高い壁じゃぞ。魔力を持たぬ者にとっては特に、な」

「只人は、学院長先生が思うよりも生き汚いものですよ。窮鼠も捨てたものではないと思いませんか?」

「窮鼠とな」

 オスマンはふいに表情を崩した。彼はおかしそうに笑うと、もう1つの気配に向かって手招きする。

「私はネズミが好きじゃ。彼らは可愛らしいだけではなく、賢い。のう、モートソグニルや」

 積まれた本の陰から現れたのは、初日に俺を監視していた白いハツカネズミだった。使い魔は、主と感覚を共有することができるという。恐らく、モートソグニルの目を通して俺を監視していたのは、オスマンなのだろう。

「はてさて、おぬしはどんなネズミかのう」

「少なくとも、学院長先生に従順なハツカネズミではなさそうですね」

「全くじゃ」

 オスマンはひょうきんな仕草で肩をすくめてみせた。

「猫が食うには苦心しそうじゃ。割に合わん」

 その言葉が本気かどうかは窺い知れない。喰えない爺さんである。彼は俺を力のない平民だと思っているので、俺を殺すのは“苦心しそう”だが、確実に可能だと思われていると考えた方が良いだろう。実際、オスマンの実力は未知数だ。魔法を発動する前にこちらの攻撃が通れば確実に勝てるが、一度でも発動を許すとこちらが危ないかもしれない。

「肥えた猫は無駄な狩りをせん。遊び好きな者もおるが、ネズミが逃げおおせてしまえば深追いはするまい。猫の領分を侵さぬ限り、隠れたネズミに手を出す酔狂な輩もおらんじゃろう」

 長い口髭を撫でながら、貴族と平民の分別を弁えていれば無事に生きられるとオスマンは示す。貴族に反抗するなら上手くやれということだろうか。そんなことを考えていると、オスマンは表情を一変させ、こちらに殺気をぶつけて来た。

「じゃが、“ゼロ”と呼ばれていようと、ミス・ヴァリエールはこの学院の生徒じゃ。彼女を害する時は、ヴァリエール家のみならず、ハルケギニア最高峰の魔法学院を敵に回すと心得ておくと良かろう。それは他の生徒や教師でも同様じゃ」

 こちらの世界で初めてまともに浴びた殺気は、妙に懐かしくさえあった。枯れ木のような老人に殺気を放たれると、祖父やハンター協会の会長を思い出して背筋が伸びる。老人を本気で敵に回して良いことはない。表情は一切変えずに殺気を流した俺は、とぼけて訊ねる。

「私がミス・ヴァリエールを傷つけると?」

「ゼロを殺すのは平民を殺すように容易い。それにおぬしは、必要ならば平然とあの少女を殺すじゃろうて」

「……そう見えますか?」

「できるのじゃろう?」

 俺はただ笑むだけにした。召喚の門が召喚獣にもたらす精神的な作用の仮説は、オスマンも知っている筈だ。となると、これは一種のカマ掛けだ。召喚された俺が、召喚したルイズを傷つけられるわけがない。そう思っているからこそ、初日で監視を打ち切ったのだろう。その監視もそもそもただの確認で、だから部屋の中までチェックしなかった。そして現実に、俺はルイズに害意を示すことができない。いつでもルイズを殺せるというポーズは取れても、オスマンにとっては虚栄にしか映らないだろう。そして真意はどうあれ、俺はルイズの使い魔になるための準備のような行動を取っている。結局、俺はオスマンの思惑通りの行動をしているのかもしれない。

(このクソジジイ。絶対にギャフンと言わせてから家に帰ってやる)

 昔から、こういう老人に勝てた試しがない。せめてひと泡くらいは噴かせてやると決心した俺は、今の会話の内容を正式にすべく、ある話を持ちかけた。



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