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ゾル兄さんinゼロ魔その12
萌え 2014/05/25 22:44


 俺は内心で冷や汗を掻いていた。そしてルイズは静かに怒っていた。

(俺、ハーレム主人公属性はないはずなんだけど)

 俺は恋愛に鈍感であるつもりはない。人並みにその辺りの感情の機微は読み取れるつもりであるし、手当たり次第に女の子にちょっかいをかける趣味もない。礼儀正しく接したつもりだが、思わせぶりな態度は取っていないはずだ。もちろん、女の子たちを魅了するようなイケメンイベントをこなした覚えもない。ついでに、ハーレムを維持できるだけの甲斐性もない。

 だが、夕食の時間。アルヴィーズの食堂の床に再び座っている俺は、近くの席に座っている女子生徒達の視線をほぼ全て掻っ攫っていた。おまけに、朝食の時よりも色んな女の子たちからご飯を分け与えられていた。そして彼女達から頭を撫でられたり、髪や顔を触れられるまでがワンセットになっていた。

(あっ、これハーレムじゃなくてふれあい動物園第二弾だわ)

 俺はふれあい動物園のウサギか。お触り1回1ご飯とか、どこのエロサービス業だ。いやまあ、もみくちゃにされるのは首から上だけで、さすがにエロいことはされていないが。今のところ、“はい、あーん”すらされていないし。……貴族のご令嬢がするとは思えないが、されたら対応に困る。

 お陰で俺は空腹に悩まされることはなくなった。だがその代わりに、ルイズの機嫌の悪さがマッハで加速しているのも分かった。ブロント語で表現すると、ルイズの怒りが有頂天である。怒鳴り出さないのが奇跡であった。

 恐らく、ルイズが座っている席も悪かった。彼女が座るテーブルは、通路を挟んだ反対側に上級生のテーブルがあるのだ。これが下級生ならば、先輩であるルイズが呼び出した俺に手を出しづらいかもしれないが、相手は上級生。しかもルイズは“ゼロ”で評判、要するに舐められている。俺に手を出し放題なのであった。

(未だかつてないほど女の子に触られているのに、全く嬉しくないのはどういうことだ……)

 その原因は、俺が彼女達に“大人しくてお触りし放題のイケメン(動物)”と認識されているからだろう。嬉しいわけがない。俺を見つめる男子生徒の視線の中に、嫉妬や怒り以外に同情も含まれることから、俺の認識はそう間違っていないものと思われる。

 そう。イケメン補正は得であるが、女の子達が俺にご飯をくれるたびに、周りの男達が俺を見る視線が厳しくなっているのだ。逆の立場だったら、俺も同じような目をしているかもしれない。イケメン補正がプラスに効くのは女の子くらいである。男にはむしろマイナスに働くこともある。そして、男子生徒とはほぼ接点がない以上、意図しようがしまいが、女子生徒の関心を集める俺が睨まれるのは当たり前だ。

 そしてルイズは、明らかに男子生徒寄りの反応だった。俺はルイズを窺うように、ちらりと顔を上げた。すると、こちらを横目で見下ろしていた彼女と目が合う。

(うっわ)

 般若だ。般若が居る。学院でもトップクラスの美少女が、般若と化していた。プライドが傷ついているのか、あるいは独占欲が強いタイプで嫉妬しているのか、ナイフとフォークを握る手がぶるぶると震えている。無理矢理浮かべた笑顔は、完全に引き攣っていた。

「犬……」

 ぼそり、とルイズが低い声で呟く。意味が分からず眉をひそめていると、彼女が再びぼそぼそと口を開いた。

「確かに使い魔じゃないけど……首輪を付けていない野良犬には、躾が必要かしら……」

(変なスイッチが入っている! つーか、犬って俺のことか!?)

 ぞわっと体中の毛が逆立つような、異様な雰囲気に襲われる。今のルイズは、明らかにおかしかった。彼女は、目の前にある鶏肉のソテーを上品な仕草で、しかし必要以上に細かく切り分けながら、怨嗟の言葉を紡ぐ。

「このダメ犬、エロ犬、発情犬……」

(おい誰か止めろ! って止めるのは俺か!)

 少女たちの施しを、満腹を理由にかわしながら辺りを窺うが、ルイズを止めようとする猛者はどこにも居なかった。ちなみに、たまたまルイズの近くに座っていた小太りのマリコルヌは、彼女から滲み出る負のオーラにびびり、顔を真っ青にしてあさっての方向に目を逸らした。ルイズに限度を知らないちょっかいを出す割に、こういう危険はきっちり避けるらしい。だが怖い物見たさなのか、ルイズの様子が気になるらしく、ちらちらと彼女を窺っている。お前はマゾか。

 ルイズはついには無言になって、細切れになった鶏肉をもぐもぐと食べる。大人しくなったが、それすら不気味だ。俺は、下品にならない程度に急いで皿の上を片付けると、息を潜めて彼女の食事が終わるのを待った。

 ルイズの怒りは、女子寮にある彼女の部屋に戻ってから爆発した。正確に言うと、半ば逃げのつもりで俺が「水浴びをするための水場を探して来る」と言ったことがトリガーになった。ルイズはまなじりを吊り上げると俺に怒鳴り付けた。

「この馬鹿! スケベ! 節操無し!」

 そして俺の胸を、両手を拳にして叩き始める。結構力が入っているようだが、ゾルディックスペックのお陰で全く痛くないし、噎せもしない。

「お、おい」

「エロ犬! ばかぁ!」

(何で俺が浮気したみたいな空気になっているんだ!?)

 俺の呼びかけに聞く耳を持たないルイズは、俺にとって非常に不名誉な罵詈雑言を浴びせかけた。

「誰かれ構わず尻尾振るなんて、この最低スケベ男!」

(俺は何もやってねえええええ!!)

 女の子に、こんなにどストレートに怒られたことはない。まるで俺が何股もしている浮気男のような言い草に、俺は慄いた。しかし叫ぶのが胸中のみなのは、思い切り否定しても聞き入れてもらえないと分かっているからである。空気を読むスキルはトリステインでもしっかり発動していた。……未だ見ぬ、ルイズの将来の交際相手は大変そうだ。頑張れ、彼氏。俺は知らない。

 しかし、言われっ放しでいても状況が動かないのも理解している。そのため、俺はおそるおそるルイズに意見してみた。

「俺は別に、自分から媚びに行ったわけじゃ」

「他の女に触られてにやにやしてた癖に! えっち!」

(えええええ)

 俺はむしろ、あまりにも触られまくるので、途中から笑顔が完全に苦笑になっていたくらいなのだが。これがカルトからキルアくらいまでの幼い弟妹、あるいはセクシーなお姉さまならともかく、相手は教え子とほぼ同レベルの年頃で、碌に面識もない少女たち。ロリコン属性のない俺にとっては、にやにやできない相手なのである。

 だが、そんな気持ちを素直にルイズに言えるわけがない。「俺はロリコンじゃないからにやにやしてません」と言おうものなら、既に一度、子ども扱いして怒らせているルイズの怒りの火に油を注ぐ羽目になりそうだ。

(これが好きな子にされるならデレデレできるけど、違う相手ならどうすればいいんだこれ)

 ルイズの態度は、好きな相手が自分以外の女とべたべたしているから嫉妬しているように見える。だがルイズは、そもそも俺のことを異性だと碌に意識していない。嫉妬するほど好かれている筈がないのだが。

 そんなことを考えていると、胸を叩くのをやめたルイズが、俺のジャケットの胸倉を掴んだ。

「わ、わたしの使い魔にならないのに、冷たくするのにっ、どうして他の女には優しくするのよ!」

(あー、そういうことか)

 俺は胸中で頷く。確かにルイズは、嫉妬するほど俺に好意を抱いていないが、かといって周りの少女たちから構われる俺を無視するほどプライドが低くない。俺はルイズの使い魔ではないので、いちいち自分の行動の是非を彼女に窺う義務も義理もないが、一応食事の手配をしてもらい、一応雨風の防げる寝床を提供してもらった恩義がある。それなのに、傍から見ればルイズよりも親しげに別の人々と接するのは、ルイズを蔑ろにする行為と言えなくもない。元から狭い彼女の肩身が、より一層狭くなるだろう。

(まあ、俺は平民扱いだし、誰の使い魔でもない宙ぶらりんな立場で、どこまで他の貴族の要求を受け入れたり跳ね除けたりできるかって問題もあるけどな)

 実際のところ、俺が誰の使い魔でもないという立場では、ルイズの存在を理由にして他の貴族の申し出を断るということは難しい。ルイズが俺の後ろ盾とは言い切れないからだ。下手に彼女の名前を出すと、それを理由に使い魔になることを強要されかねない。

(俺の立場って、本当に危ないよなぁ。ルイズの進級がかかっているってだけで、学院から追い出されも殺されもしていないってだけだし。……ルイズの話だと、このまま使い魔にならない状態が続くと、ルイズの意思に関係なくいずれ殺されかねないな)

「ちょっとは同情したわたしの心を返しなさいよ!」

 俺の危機感など知らないルイズは、怒りに染まった顔で俺を見上げている。感情を吐き出したのが功を奏したのか、怒りは持続しているものの、般若ではなくなっていた。考えてみれば、俺を召喚した相手が腹芸の出来なさそうなルイズなのは、不幸中の幸いかもしれない。今までを見る限り、彼女は根が善良なので、本当に悪いことはできない性格だろう。

(……俺も、分かってはいたんだよな。帰る方法を探るには、無作為に外の世界をうろつくよりも魔法学院に居座った方が良いってのは。この学院、相当権威があるらしいし。ついでにそのためには、御しやすそうなルイズの使い魔になって、彼女の後ろ盾を得るのが近道ってことも)

 ルイズの使い魔になっても、ある程度の自由が確保できるのは分かった。だが、それだけでは足りない。俺の自由を奪うのは、ルイズだけではないのだから。

「じゃあ、今度から食事は食堂の外で摂れるようにしてくれないか? そうしたら、他の子たちから声をかけられなくて済む」

 ルイズがある程度落ち着いてきたことを確認してから提案すると、彼女は思案するような顔になった。

「俺が自分で掛け合ってもいい」

 ひと押しすれば、ひとまず納得したらしくこくりと頷く。嵐は去ったようだ。俺は内心で深いため息をついた。

 気を取り直した俺は、水場を探したいことをもう一度彼女に伝えた。先程は逃げの手もあって訴えたが、風呂に入りたいのは本当だ。2日間風呂に入らない生活は、根本が現代日本人の俺には厳しい。ハンター世界でもその辺りは恵まれた家庭にいたため、どうしても気になるのだ。まあ、そのような甘ったれたことを言っていられない状況も多々あったため、入らなくても平気ではあるが、可能ならば汗くらい流したい。

 今度は癇癪を起こさなかったルイズは、疑うように眉根を寄せた。部屋に戻って来るのか、もしくは別の目的があるのではないかと勘繰っているのだろう。

「本当に?」

 俺を上目遣いに見上げるルイズの双眸は、不安で揺らいでいる。その目とまともに視線が交わった瞬間、俺は猫に心臓を引っかかれたような、妙な気分になった。息がしづらくなったような、無性にその小さな体を抱き締めたくなるような。取り繕って考えれば庇護欲を掻き立てられているのだろうが、穿った見方をすれば、恋愛感情に近い何かを押し付けられたようにも思える。

(やっぱり、おかしい。昨日よりも冷静でいられなくなっている)

 俺は自分が惚れっぽい人間ではないと思っている。ゾルディックの人間として転生してからは、その傾向がさらに強くなった。戦う力を持たない一般人と、素性を偽らないまま親密に関わると、それが原因で相手を死に至らしめかねないのだ。好きになっても自分のせいで失ってしまうと思うと、積極的にはなれなかった。

 そのため、俺がルイズにこんな感情を抱くのはあきらかにおかしい。ほぼ初対面の人間に一目惚れできる性格ではないし、ルイズは俺の異性の好みから外れている。それなのに、異質な感情が無理矢理俺に擦り込まれようとしている感覚があった。

 理性と感情を切り離す技術。それは、ゾルディックの家に生まれてから、暗殺者として生きるために身に付けたものだ。父に何とか及第点をもらえたそれがあるから、今の俺はルイズを抱き寄せたい気持ちを、顔色一つ変えず潰せているのだろう。だが、それにも限界がある。イルミならば十分に耐えうるだろうが、俺はその術があまり上手くない。ふとした瞬間に押し寄せる異様な感情が徐々に強くなっているとすると、一週間後には、我を忘れて自分からルイズに契約のキスをしてしまうかもしれない。

(ああ、だから恋愛感情なのか。好きな子にはキスしたくなるもんな。……クソッタレ)

 シュヴルーズが語っていた召喚の門の効果を苦々しく思い出しながら、俺は表面上では困ったように笑った。

「ちゃんと帰って来るよ。ほら、約束だ」

 昨夜のように腕時計を差し出すと、ルイズは大人しく受け取った。腕時計は防水性だが、かといって水に浸けたいわけではないのでちょうど良い。

「それ、水に濡れたら調子が悪くなるんだ。俺が戻るまで預かっておいてくれ」

「……平民用の共同風呂があるから、そこに行きなさいよ」

 ルイズはたどたどしい手付きで腕時計を自分の手首に嵌めると、ぼそっとそう言った。場所までは知らないらしく、訊ねても彼女は首を横に振る。

「分かった。自分で探してみるよ。ありがとう」

 そう言い残すと、俺は夜の闇が訪れたばかりの廊下へ出た。ルイズの顔が目の前から消えた途端、胸を締め付けるような感覚はすっと消えてしまった。



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