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ゾル兄さんinゼロ魔その11
萌え 2014/05/25 22:42


 先程まで居た教室に戻ると、ボロボロになったそこでルイズがひとりぼっちで掃除をしていた。彼女は俺に気付くと、眉尻を吊り上げて叫ぶ。

「遅いわよ!」

「シュヴルーズ先生にそう言ってこようか?」

「……やっぱり何でもないわ」

 俺の返しに、ルイズはあっさりと大人しくなった。何故俺がしばらく傍に居なかったのかを思い出したのだろう。そんな彼女にシュヴルーズのことを報告した俺は、足早にルイズの傍に近寄った。

 ルイズは素手で大きいガラスの破片を拾っている最中だった。見るからに危なっかしい。それから、教室のどこにも掃除用具を、そしてそれを入れる場所も見当たらない。彼女は貴族なので、自分の手で掃除をしたことがないから、掃除用具を持って来るという発想がなかったのだろうか。おまけにここは貴族の学校だ。掃除は使用人か用務員が行っているのだとしたら、教室のどこにも掃除用具入れがないのは頷ける。

「危ないから、破片は俺が拾うよ。君は掃除用具を借りてきて」

「危ないって、あんたも素手じゃない」

 その言葉に、うっかり意表を突かれた顔をしそうになった俺は、それを隠して咄嗟に上着のポケットに手を突っ込んだ。自分は破片で手を切るほど不器用ではないことと、念能力者の手が破片程度で傷付くわけがないことを理由に、無用な心配だと思い込んでいたのだ。もちろん、ルイズはそれらを知らない。

「俺は手袋があるから」

 言いながら、ポケットから黒い皮手袋を取り出して身に付ける。素手で触りたくない物がある時に使っているが、手袋を付けるとナイフを持った時の感覚が微妙に違うので、基本的には使わない。今回は、それをたまたま上着のポケットに入れていたことを思い出したのだ。

 ルイズは俺の手元をじーっと見つめていたかと思うと、唐突にぺたぺたと手袋をした手を触り始めた。

「そういえば貴方って、デザインは変わっているけど着ている服の質はいいわよね」

「そうか?」

 確かに彼女の言う通り、俺の服はハンター世界の技術で作られているので、素材も縫製もしっかりしている。ルイズの着ている服も同程度の質に見えるので思い当たらなかったが、この世界の平民にしては、俺の服は質が良過ぎるのだろう。

 ルイズは俺の腕時計をつんつんと触りながら、首を傾げた。

「ええ。高価そうで変わった物も持っているし……実は変わり者の貴族?」

「貴族じゃないよ」

「言ってみただけよ。裕福な家なのね」

 そう言うと、ルイズはさっと踵を返して教室の外へ出て行った。近くを歩いている使用人を捕まえて、掃除用具を借りに行くのだろう。

 しばらくすると、掃除用具一式を使用人に持たせたルイズが戻って来た。彼女は名残惜しそうに使用人を持ち場へ返すと、箒を手にとって床を掃き始める。汚れた机を後回しにしている彼女を見た俺は、さすがに苦笑しながら話しかけた。

「……あのさ。今まで掃除したことって、ある?」

「わたしは貴族よ? そんなの、あるわけないじゃない」

 胸を張って答えられ、内心で肩を落とした俺は、机を指差した。

「まずは机から掃除しないと。埃は高い所から低い所に落ちるんだよ」

「つまり、高い所から掃除しろってこと?」

「そう」

「平民はそういうことを知っているのね」

 何故か感心したように頷くと、彼女は教室の最後列、つまり一番高い場所にある机の上に乗っている埃を、箒でばさばさと落とし始めた。ほったらかすと、四角い部屋を丸く掃くタイプかもしれないが、教えれば素直に受け入れるらしい。むすっとした顔ながら、手付きは案外てきぱきとしているので、飲み込みは早いのだろう。座学では優秀というのも納得できる。実技で落としてしまう分、座学で補っているのだろうか。

 しばらくお互いに無言で掃除に没頭する。ルイズがちょうど全ての机から埃を落とし、俺がガラスの破片を一ヶ所に集め終えた頃、ふと彼女が俺に声をかけて来た。

「……貴方、わたしよりも年上よね。何歳?」

 ルイズが、こうもはっきりと俺について訊ねてくるのは、初めてではないだろうか。少し驚いたが、俺は素直に答えた。

「25歳」

「ワルド様と同じくらい……」

 ぼそっとルイズが呟く。ワルド様とやらが誰のことを指しているのかは分からないが、ルイズは自分の呟きが俺に聞こえているとは思っていないようなので、追及しないでおくことにした。

「大人なら、仕事をしているはずでしょう。何をしていたの?」

「……教師。君より少し年下の子に数学を教えていた」

 この質問には、少しだけ迷ってから答えた。嘘をつくのも、馬鹿正直に答えるのも抵抗があったので、結局当たり障りのない“片方の職業”だけ明かす。俺としてはこちらが本業のつもりだが、周りから見れば、コンスタントにこなし続けているもう一方の仕事の方が本業に思えるだろう。

 ルイズは意外そうに目を丸くした。

「へえ。貴方って学があったのね。数学って、算術のこと? 足し算とか引き算?」

「似たようなものかな」

 俺の教え子は中学生なので、本当は因数分解などを教えているのだが、この世界でそれを教育しているかは分からないため、曖昧に濁す。因数分解は暗算する時に役立つので、日常生活でも使い道があることから、ルイズ達が知っていてもおかしくはない。だが、その知識が平民にまで普及しているかと言えば、貴族と平民の差が歴然としているため、その可能性は低そうだ。

「君は?」

「え?」

「君はどうしてこの学校に入学したんだ?」

 俺がそう訊ねると、ルイズは少し口籠ってから答えた。

「……貴族はみんなメイジだって、確か前にも言ったわよね。トリステインの貴族はみんな、魔法学院に入学するのよ。わたしは誇り高きラ・ヴァリエール公爵家の娘として、恥じない行動を取らなければならないの」

 公爵といえば、貴族の称号のである五爵位の第一位に当たる。つまりルイズは、上位貴族の娘なのだ。公爵家のご令嬢としてはりきって入学したというのに、蓋を開けてみれば実技はからきし。下位貴族にも劣るという結果では、公爵家の面目が丸潰れである。ルイズが俺との使い魔契約に固執するのも頷ける。もし、ルイズの“ゼロ”が入学前から分かっていたとしたら、何としてでも魔法を使わなければならないという思いは、焦りと共により一層強くなるだろう。彼女の他に魔法が使える跡取りが居ればまだ大丈夫だが、もしそうでないとしたら、貴族としてかなり拙い立場に立たされていることになる。

(同情できる環境なんだよなぁ。普段のツンツンした態度だって、劣等感から来る虚栄に見えるし)

 他人である俺が、彼女の虚栄に付き合う義理はないと言えばないのだが、相手がルイズ(召喚者)だからなのか、あるいは子どもだからなのか、どうしても気になってしまう。彼女は間違いなく崖っぷちに立っている。最後のひと押しをするのは、恐らく彼女の家族でもクラスメイトでもなく、俺だ。彼女を崖下へ突き落すか、あるいは手を取るか、それは全て俺次第なのだ。

「だから何としてでも、あんたと契約しなくちゃいけないの。わたしができなきゃいけないのよ」

(――この目は、怖い)

 俺に向けられた大きな目は、恐ろしいほど強く光り、思い詰めた色をしていた。普段は簡単に折れてしまう俺にとって、こういう眼差しは少し怖い。目的のためならば、危険な事でも突発的に手を出してしまいそうな、死にかけの獲物の目だ。瀕死の人間は侮れない。むしろそういう人間こそ迅速に、確実に殺さなければならないと、俺は父に教わった。

「……掃除の続きをしようか。早くしないと、昼ご飯を食いっぱぐれるよ」

 俺は逃げるように視線を逸らした。ルイズはそれ以上、何も言わなかった。





 結局、掃除が終わったのは、昼食の時間を大きく過ぎた頃だった。酷い惨状を晒す教室を、たった二人で掃除するというのに無理があったのだ。ルイズは疲れた体を引き摺るようにして、食堂の外に併設されたテラスを訪れた。そこには、整備された芝生の上に、目に痛いほど真っ白な丸テーブルと椅子がいくつも置かれており、さらにレースの付いた大きなパラソルがいくつも咲いている。ちょうどおやつの時間なのだろうか、少なくない生徒たちがお菓子と紅茶に舌鼓を打っていた。

 ルイズはあまり生徒が居ない場所へ行くと、椅子に腰かけて大きなため息をついた。昼食抜きで掃除をし続けるのは、さすがに疲れたらしい。少ししてからやって来たメイドに紅茶とパイのセットを注文すると、彼女はテーブルの上に突っ伏した。だが、注文の品を持った二人の使用人が近付いて来ると、さっと姿勢を正すのが微笑ましく見える。

「フォートナム・アンド・メイソンのプリンセス アンリエッタと、クックベリーパイのセットでございます」

 メイドが持ってきたのは、白い陶器のティーポットとカップ、そして男性の使用人が持ってきたのは、五芒星の形にパイ生地が被せられた、ベリー尽くしのパイだった。星型のパイ生地の隙間からは糖蜜で光るベリーが敷き詰められ、その上に乗せられた大粒のイチゴが真っ赤に光っている。メイドは繊細な作りのティーカップに紅茶を注ぎ、砂糖壺とミルク壺を傍に置く。男性の使用人はテーブルに食器を設置すると、その場でルイズの希望通りの大きさにパイを切り分け、皿に乗せて客の前に出した。

 立ち去る使用人を尻目に、ルイズはいそいそと紅茶に砂糖とミルクを入れ始めた。ふわりと鼻先をかすめる芳醇な香りに、俺は目を細める。

「いい香りだな」

「アンリエッタ王女の生誕記念に作られた、特別なブレンドティーよ」

 俺の言葉に、ルイズはどこか自慢げにそう言った。だがすぐに半眼になり、こちらを見上げる。

「……朝食の時みたいに、他の人から貰うなんてやめなさいよ」

「あの時は、お貴族様のありがたーいご慈悲を受け取っただけだ。それとも、また分けてくれるのか?」

「あげないわよ」

「だと思った」

 元から期待などしていなかった俺は、ひょいと肩をすくめた。俺は、空きっ腹の女の子からパイを奪うほど鬼畜ではない。それに、貴族のティータイムのご同伴に預かれるとも思っていない。

「そうだ。さっきの講義で分からない単語があったんだけど、聞いても良いか?」

「何よ」

「スクウェアとかトライアングルって、何を意味しているんだ?」

 随分前から気になっていたことをようやく訊ねると、ルイズは渋ることなく教えてくれた。

「系統を足せる数のことよ。それでメイジのランクが決まるの」

「例えば、“土”+“火”とか?」

「そうよ。1つの系統しか使えないメイジは“ドット”、2つの系統を使えるメイジは“ライン”、3つは“トライアングル”、4つは“スクウェア”って呼ばれているわ」

 日本語に直すと“点”、“線”、“三角形”、“四角形”の順番にランクが上がるらしい。なるほど、分かりやすい。ランクが上がるとドット(点)が増えるから、図形が描かれるのか。

「ミセス・シュヴルーズは、“土”+“土”+“火”が使えるから、トライアングルなのよ」

「同じ系統を足すこともあるのか?」

「ええ。系統を重ねた方が、より強力な魔法を使えるわ」

「じゃあ、同じトライアングルでも、“土”+“土”+“土”と“土”+“火”+“水”だったら、土を3つ足せるほうが強力な土系統の魔法が使えるってことか」

「そういうこと」

 説明を終えたルイズは、満足げにパイを口に運ぶ。ただ、説明の際、指揮棒のようにフォークを振ったせいか、頬にベリーソースがついていた。基本的に綺麗な動作で食べるが、人の目が少ない場所で気が緩むと、時折幼い子どもの様な仕草をしてしまうようだ。お世辞にも聖女のように心優しいとは言えないが、こういう愛嬌があるところは憎めない。

「頬にソースが付いてるぞ」

「え、どこ?」

 ルイズは指で探ったが、なかなか見つけられない。それどころか、ソースを余計にのばしてしまった。そそっかしい妹を思い出した俺は、アルカとナニカを懐かしみながら、テーブルに置いてあるナプキンを手に取った。

「ここだよ」

 人に世話を焼かれることに慣れているのか、ハンカチで涙を拭った時と言い、今回と言い、ルイズは全く抵抗しない。頬を拭われた後、俺からナプキンを受け取って指を拭いながら、ルイズは上目遣いでこちらを見た。

「使い魔契約しない割に、甲斐甲斐しいのね」

「妹を思い出すからかもしれない」

「妹さんがいるの?」

「ああ」

 すると、ルイズは柔らかく目を細めた。その目は懐かしむようにも、いとおしむようにも、悲しむようにも見える。

「その子、随分と愛されているのね」

 ――何も言えなかった。屋敷の奥で“危険で得体の知れない何か”として監禁されている妹を思い出すと、素直に頷くことができなかったのだ。結局俺は、妹を護ってやれないのだから。

「俺にとっては、世界一可愛い妹だよ」

 俺ははぐらかす様に、だが本心のまま素直に答えた。他にも可愛い弟とか怖い弟とかオタクな弟とか男の娘な弟がいたりするが、ややこしくなるので言及しないでおく。思い返してみると、どうしてこんなにバラエティ豊かなんだよゾルディック。母さんに至っては、バイザー装備でキュインキュインいってるとか、キャラクターの宝石箱か。

「あんた、シスコン?」

「かもな」

 アルカとナニカが監禁されてから、溺愛具合に磨きがかかった自覚はあるため、頷く。ルイズはフォークを皿に置くと、俺の顔色を窺うようにおそるおそる問いかけた。

「……ねえ、やっぱり、家に帰りたい?」

 こちらを見上げる表情は、否定して欲しそうな顔にも、肯定して欲しそうな顔にも見えた。

「わたしの使い魔になっても、里帰りくらいはさせてあげるわよ?」

 それは、ルイズが口にした初めての譲歩だ。だが俺は首を横に振る。

「俺と君はお互いに聞いた事もない、遠い国に住んでいるんだぞ。気軽に里帰りできると思うか?」

 ルイズは沈黙した。

「俺には、故郷に君よりも大切な人達が居る。こんな俺に仕えられたって、君も不本意だろう? 召喚をやり直すことはできないのか?」

「無理よ」

 ストレートに訊ねてみたが、ルイズはすぐに否定した。

「あんたが死ななきゃ、召喚はやり直せないわ」

「……最初は、やり直すつもりだったんじゃないのか?」

 確か、出会ったばかりの彼女は、コルベールにそう申し出ていた。それはつまり、俺を殺そうとしていたのではないだろうか。そう指摘すると、ルイズは膝の上に両手を置き、ぎゅっとスカートを握り締めて俯いた。

「でも、あんたにも家族が居るんでしょう? こ、殺すなんて、できないわよ……」

 召喚の儀から時間が経ち、頭が冷えたと考えるべきなのだろうか。今の彼女に、俺を殺すという大それたことはできそうに見えなかった。

「俺を元の場所に返すこともできないのか?」

「召喚の呪文はあっても、返す呪文なんてないわ。そんなこと、誰も考えないもの」

「召喚獣が元の場所に戻った前例はないのか? 老衰で主人が亡くなるケースだってあるだろう?」

「ないわ。主人を亡くした後、自力で棲家に戻る召喚獣や、悲しみで自害する召喚獣はいるけれど」

 ……帰るまでの道のりは、本当に遠そうである。ルイズを殺しても帰れないということには、安堵したような気がしないでもないが。

 空腹だったはずのルイズは、再びフォークを手に取ったものの、意気消沈した様子でパイをつついた。話題のせいですっかり萎れてしまったようだ。俺としては、知りたいことを知ることができたので満足だが、ルイズにとってはそうではないからだろう。しばらくそのままだろうと思われたが、授業前になって移動を始める周りの生徒を見た彼女は、慌ててパイを口に詰め込み始めた。





* * *



現実に存在している紅茶は、フォートナム・アンド・メイソンのクイーン アンです。



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