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ゾル兄さんinゼロ魔その10
萌え 2014/05/18 21:57


 医務室は、食堂がある本塔にあった。そこには保険医として水属性のメイジが勤めており、彼が治癒術をつかって簡単な治療をするらしい。だが、本格的な治療となると金が掛かる仕組みなのは、俺の知っている学校との差異であった。彼は医療スタッフであり、治療薬などの売人でもあるのだ。

 保険医はシュヴルーズがただの気絶だと診断すると、医務室のベッドに寝かせて意識の回復を待つように告げた。俺はシュヴルーズが眠っているベッドの傍らに立ち、ルイズに提案した。

「先生は俺が見ておくから、君はもう教室の片付けをしておきなよ」

 実は、保険医がシュヴルーズを診察している際、コルベールがルイズに破壊した教室の片付けを魔法なしでするよう、伝えに来ていたのだ。当然のように、使い魔ではない俺まで片付けに巻き込まれている。だが俺には少しやりたいことがあるので、ルイズを先に教室に戻す必要があった。

「俺には、簡単な医学の心得があるから。先生の意識が回復したら、俺も教室に戻るよ」

「……分かったわ」

 実際に、俺がシュヴルーズの状態を確認する様子を見ていたため、医学の心得という言葉が効いたのだろう。そもそも、俺ではなく保険医に任せれば良いということが頭から抜けたルイズは、大人しく一人で教室に戻って行った。

 ルイズが部屋から出ていくと、俺はシュヴルーズのベッドを囲う白いカーテンの中で、オーラを薄く広げて円(えん)を行い、慎重に周囲の気配を探った。この部屋にも、部屋の外にも、保険医とシュヴルーズ以外の気配は感じない。そして都合の良いことに、今日はハツカネズミの視線も感じない(昨日、俺にべったりと張り付いて満足したのだろうか)。それ以外の得体の知れない気配も感じられない。俺が行動を起こしても誰にも見られないだろう。

 俺はカーテンから出ると、机に向かって本を読んでいる保険医に声をかけた。

「先生。ミセス・シュヴルーズの意識が回復するまで、しばらくこの部屋に滞在させていただきますね」

「それは構わないが、部屋の物に触るなよ」

 彼はちらりと俺を一瞥すると、すぐに本に視線を戻した。俺は彼の背中に、足音を立てずに歩み寄りながら礼を言う。

「ありがとうございます」

 音もなく、常人の目には映らない速度で、俺の手刀が保険医の頸動脈に入った。恐らく彼は、自分が意識を失ったことを理解できないまま気絶しただろう。俺は机に頭をぶつけそうな彼を支え、そっと机に体をうつ伏せた。これで不安要素は全て排除した。

 俺はカーテンの中に戻ってシュヴルーズの手を取ると、彼女の小指の爪の付け根を指でつまんだ。これはいわゆる“気付け”の方法の一つであり、神経が集中しているその場所を刺激し、痛みで無理矢理起こすものだ。他にも背中の中心やあばらを膝で押す方法もあるが、ベッドに乗り上がるのはさすがに不自然なのでやめた。そう、俺はシュヴルーズが覚醒するのを悠長に待っているつもりはない。彼女には聞きたいことがあるのだから、早く起きてもらわなくては困る。普段はそういうことをしないのだが、異世界に放り出された今は、多少のことで躊躇ったりしない。

「うっ……?」

 無事にシュヴルーズが目を開く。俺はすっと彼女から手を放し、人好きのする笑みを浮かべて見下ろした。

「おはようごさいます、ミセス。ご気分はいかがですか?」

 我ながらえげつない男である。だが、バレなければ問題ない。

「貴方は、確か……」

「ミス・ヴァリエールに召喚された者です。ミセスが彼女の魔法で気絶してしまわれたので、私が医務室にお連れしました」

 シュヴルーズも貴族なので、プライドを刺激しないように丁寧に応対する。というか、ルイズ以外には大抵、丁寧な言葉遣いを心がけている。ルイズの場合は、下手にへりくだると逆効果になりそうなのだ。

 シュヴルーズは上半身を起こそうとした。俺は彼女の背中に手を当て、それを助ける。もちろん、気遣わしげな表情を忘れない。

「あの後、どうなったのかしら?」

「授業は中止となり、ミスタ・コルベールが生徒達の指導に当たられていました。ミス・ヴァリエールは破壊した教室の片付けです。彼女はミセスのことを心配していましたよ」

「そうでしたか……。まさか、ミス・ヴァリエールの魔法が、ああいうものだったなんて。ああ、講義で教えたかったことが半分も言えなかったわ」

 シュヴルーズは俺の言葉を聞くと、がっくりと肩を落とした。俺は彼女を励ますように、口を開いた。

「才の無い身ですが、ミセスの講義は非常に興味深いものでした。ハルケギニアにおける今日の発展に、土魔法が大いに寄与しているのだと実感いたしましたから」

「まあ、それは何よりですわ」

 すると、シュヴルーズは嬉しそうに顔を綻ばせる。この人の性格なら大丈夫そうだと踏んだ俺は、さらに安全マージンを確保するべく、言葉を重ねた。

「……私は生徒ではありませんが、質問をしてもよろしいのですか?」

「ええ、どうぞ。貴方はミス・ヴァリエールの使い魔です。知識を求めるのならば、力を貸しましょう」

 愛想良く頷くシュヴルーズに、俺は彼女の講義中に思い付いていた質問を告げた。

「流通している貨幣も、土系統のメイジが創っているのですか?」

「良い質問ですね。もちろん、私達が普段使っている貨幣であるエキュー金貨や新金貨も、優秀な土のスクウェアメイジが創っています」

 想像通りの答えに、俺はにっこりとほほ笑んだ。

「なるほど。貨幣を制する国は、極論で言えば戦争にも勝てる。つまり、優秀な土系統のメイジを国がどの程度保有しているかは、国家間のパワーバランスにも関わるということなのですね。やはり、土系統の魔法は非常に重要ですね」

「まあ。貴方は学がおありなのですね。さすが、座学で優秀な成績を修めているミス・ヴァリエールの使い魔です」

 想像通りの答えなので、それに対する返答も大体頭に入っている。それをすらすらと述べると、シュヴルーズは頬を薔薇色に染めて少女のように喜んだ。

 シュヴルーズの先の答えから推測できることは、恐らくハルケギニアでは金本位制を採用しているということだ。金本位制とは、貨幣制度の根幹の基準として金を定め、その基礎の貨幣を金貨とし、これを自由に作ることができる制度である。単純に考えれば、金を作れる――つまり、金貨を製造できるメイジが多い国ほど、資金を得ることができる。それは、戦争に必要な物資を揃えるだけの金もあるということだ。細かい話をすれば複雑になって来るが、ざっくばらんな解釈はそんなものである。俺は単純に、それをシュヴルーズに伝えただけだ。俺はシュヴルーズと同じ教師として、自分の話に興味を持って、深く切り込んで考えてくれる教え子が居れば、やはり人情として手心を加えたくなる心理を理解している。それを刺激したのである。その辺の生徒よりやる気を出してアプローチすれば、引っ掛かってくれる筈だと思ったのだ。

 彼女の好感度稼ぎはこのくらいで大丈夫だろう。そう考えた俺は、申し訳なさそうな顔をしておずおずと話を切り出した。

「あの、他にもいくつかお尋ねしてもよろしいでしょうか? 他に質問ができる方がいらっしゃらなくて……」

「構いませんよ。私で答えられることならば、何でもどうぞ」

「ありがとうございます、ミセス」

 俺は満面の笑みを浮かべると、ようやく本題を述べた。

「主と使い魔の関係についてです」

 これだ。俺は使い魔召喚と契約について、誰かに探りを入れたかったのだ。それはできればルイズとの関わりが薄く、俺の言動に警戒を抱きにくい人間が好ましい。その点、今日の講義で初めてルイズを受け持ったシュヴルーズは、聞き出す相手として最適だった。おまけに、彼女は土系統のメイジだ。他の系統を使えないとは限らないが、水系統で俺の精神を弄る可能性も低いだろう。コルベールや、ネズミを通して俺を監視していた何者かとの繋がりも考えられるが、俺が観察する限り、シュヴルーズののほほんとした様子は完全に素だ。俺を警戒しているであろう面子との繋がりがあれば、確実に反応を示す“主と使い魔の関係”という単語を出したが、彼女の視線の動き・発汗・手足や表情筋の動きに不自然な点は全くない。これが演技ならば、正直、俺の手に負えるレベルではない。

「使い魔としてミス・ヴァリエールに仕える以上、必ず主のために体を張ってお守りする場面あるかと存じます。しかし、主はまだ幼く、戦いの経験がある様にも見えません。たとえ座学で優秀な成績を修めていようと、実践の場で判断を誤る可能性は十分に考えられます。もし有事の際、主の言いつけに従うことによって主の身が害されると判断した場合、使い魔は主の命令に背いて行動することが可能なのでしょうか?」

 この質問は、俺を警戒している相手ならば「使い魔って、主人に逆らって主人をぶっ殺せるの?」と聞こえるものだ。スレスレどころか完全にアウトな質問である。

「主が使い魔への下す命令に強制力はありません。使い魔たちは皆、独自の判断で主のために動いているのです」

 だが、シュヴルーズはそれに気付いていないらしく、あっさりと答えてくれた。

「使い魔たちは主の命令を自身で解釈し、身の丈に合った行動を取ります。主と使い魔に信頼関係がなければ、使い魔が主の命令の解釈を誤ることも、あるいは命令に背くことさえあるのです。だから、主と使い魔の信頼関係はとても大切なのですよ」

「なるほど」

「それから、使い魔が高位の生き物であればあるほど、主の命令の実行力が高くなります。これは、種族によって私たちメイジの言葉への理解力が変わるからでしょうね。そして、使い魔の種族によっても、できる行動が変わってきます。当然ながら、種族特性に著しく反した行動を命令しても無意味です。どのような使い魔が召喚されるかはメイジにも分かりませんが、召喚者のパートナーとして相応しい生き物が現れることが常とされています」

 回答としては、「使い魔も主人に逆らえるよ!」ということらしい。殺せるかどうかまでは分からないが、直接的に殺すことはできなくても、わざと命令を“誤認”するか、何らかのミスを演じて殺すことくらいならできそうである。……やはり、ルイズに対する殺意は湧かないが、今は重要ではないので放っておく。

「確かに、どの使い魔も主に信頼を向けているようでした。しかし、もし獰猛な生物が召喚されても大丈夫なのでしょうか? 召喚されてから契約するのも危険ですし、契約してからも身の危険があるかもしれません」

「原理は未だに解明されていませんが、実は召喚の門(コントラクト・ゲート)を通った生き物は、召喚者へ敵意を抱きにくくなるのではないかと言われています。過去に獰猛な竜を呼び出した者もいますが、契約する前に食い殺されるということはありませんでした」

 今の問答では、俺が召喚される際に通った鏡の水を召喚の門と仮定すると、俺はその門によって、ルイズへ敵意を抱きにくくなるよう精神操作されている可能性がある、ということが分かった。コルベールが俺に使った魔法は、精神操作ではなさそうだ。そういえば、精神操作が使えそうな属性は水くらいだが、コルベールの属性は何だろうか。余裕があれば、それを探るのも良いかもしれない。

「召喚の門にそういう効果があるのでしたら、使い魔に刻まれるルーンにはどういう効果があるのでしょうか。ミスタ・コルベールの講義を拝聴した際には、主人と使い魔を繋ぐラインだとありましたが……ルーンには、召喚の門のような効果はないのでしょうか?」

「使い魔には、主の目となり耳となる重要な役割があります。つまり、主は使い魔の視覚や聴覚を共有できるのです。また、互いの生命力が著しく損なわれることがあれば、そのラインを通じて察知することができます。他にも、使い魔は総じて主に好意を抱きやすい傾向にあるという報告がありますが、使い魔はもともと、召喚したメイジに相応しい相手が呼び出されますからね。召喚の門のような効果があるかどうかは明白ではありません」

 嫌な事が発覚した。俺がルイズと使い魔契約をした場合、俺の視覚や聴覚がルイズと共有される可能性があるらしい。それは単独行動において非常に面倒だ。ルイズを言い包めればどうにかなるかもしれないが、マイナス要素として頭に入れておくべきだろう。

 また、互いの生命力うんぬんはよしとして、使い魔が召喚者に好意を抱きやすい傾向にあるのも気になる。だがこちらはルーンの効果なのかは不明とのことなので、これ以上は聞いても分からないだろう。

「使い魔が力を発揮できるかどうかは、メイジ自身にかかっているんですね」

「メイジの格を測るには使い魔を見よと言いますが、それは使い魔の種族だけでなく、使い魔と主の信頼関係をも指しているのです。どちらも優れたメイジこそ、真に有能なメイジと言えるでしょう」

「ところで……主の目となり耳となるとのことでしたが、それは使い魔の方から制限できるのでしょうか?」

「まあ、どうしてですか?」

 心底不思議そうに首を傾げるシュヴルーズに、俺は戸惑う表情を見せた。

「その、私は男ですので……女性である主人には、あまり見られたくない時もあります」

「まあまあ。そうでしたわね」

 彼女の場合は、相手が使い魔や平民でも人間は人間という感覚があるらしい。俺の言葉に納得すると、答えてくれた。

「種族や個体差によって、感覚共有の適正はあるようですけれど、そういった使い魔側からの制限は聞いたことがありませんね。ミス・ヴァリエールの裁量に委ねるほかないでしょう」

「そうですか……ありがとうございます」

 感覚の共有に関しては、俺の適正と交渉スキルに全てがかかっているようだ。もし契約をするとなったら、適性が“ゼロ”だと非常にありがたい。

 俺はさらに質問しようと口を開きかけた。だが、部屋の外に人の気配を感じて断念する。まだ医務室に到達するまで少し時間があるが、気配の主がこの部屋に用事があるかどうかまでは分からない。保険医は気絶したままなのだ、ここで彼を覚醒させてから退散した方が安全だろう。そう踏んだ俺は、シュヴルーズに感謝を込めた笑顔を向けた。

「長々とお付き合いいただき、本当にありがとうございます。大変参考になりました」

「それは良かったですね。私も、生徒の使い魔の助けになれて嬉しいです。……これで、あの爆発さえなければ……」

 最後にぼそっと漏らしたのは、にらざる本音だろう。それには内心で同意しながら、俺は彼女に頭を下げる。

「それでは、私はこれで失礼します。お大事に、ミセス」

「ええ、私を介抱してくださってありがとうございます、使い魔さん」

 俺はシュヴルーズを残してカーテンの外に出ると、素早く保険医に接近した。そして彼の両肩を押さえ、膝で背中の中心をぐいと押す。彼は「うぅ……」と呻くと、次の瞬間には背筋を伸ばして飛び起きた。

「な、なんだ!? あれ、どうなってんだ?」

「大丈夫ですか、先生?」

「……俺、何してたんだ?」

「うたた寝されていたようなので、起こさせていただきました。ミセス・シュヴルーズが目を覚ましましたよ」

 笑顔でしれっと答えると、保険医はその言葉を信じてシュヴルーズの様子を見に行った。俺はその背中を見送ると、何食わぬ顔で医務室を出て、ルイズが居る筈の教室へ向かった。



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