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ゾル兄さんinゼロ魔その9
萌え 2014/05/18 21:53


 シュヴルーズは教卓の上に小さな石を置いた。そして、小石に向かって杖を振り、小声で意味の分からない言葉を唱える。すると小石が光に包まれ、やがて何の変哲もない石が光沢のある金属に変化していた。

「そ、それは、まさかゴールドですか!?」

 目を見開いたキュルケが、身を乗り出してシュヴルーズに問う。シュヴルーズは首を横に振った。

「いいえ、これはただの真鍮です。金を錬金できるのは、スクウェアクラスのメイジだけです。私はただの……トライアングルですから」

(原子配列って何だっけ)

 ただの石(仮)が真鍮(仮)に変化するという、科学では到底証明できない現象を前に、俺は深く考えることを止めた。魔法だからって理由でいいじゃない。分子を操作する俺の発≪殉教の楔(ゴーストハック)≫が、この世界でも通用するなら問題はない。

 それよりも、シュヴルーズが口にしていた単語が気になる。随分と勿体ぶって言うので、トライアングルというのは素晴らしいものなのだろう。スクウェアやトライアングルが何らかのレベルを表しているのは想像できるのだが、そのレベルが何を指しているのかまでは分からない。授業が終わった後、ルイズに訊ねてみることにした。今は授業中であるし、真剣な面持ちで教卓を見つめているルイズの邪魔をしたくない。

 シュヴルーズは意味深に生徒を見回すと、ルイズに目を留めた。

「そうですね……ミス・ヴァリエール」

「は、はい! 何でしょうか、ミセス・シュヴルーズ」

 突然名前を呼ばれ、ルイズは背筋を伸ばした。そんな彼女に、シュヴルーズは柔和に微笑む。

「せっかくですから、貴女にも挑戦してもらいましょう。さあ、前へいらっしゃい」

「あ、え、でも……」

 シュヴルーズの行動は、ゼロと呼ばれて馬鹿にされた彼女に、汚名返上の場を与えようとしての行動かもしれない。だがルイズは戸惑うばかりで、なかなか腰を上げようとしなかった。

「どうした。大丈夫か? 前に出るのは苦手か?」

 俺が小声で尋ねるが、ルイズは首を横に振るだけだ。痺れを切らしたシュヴルーズが、再びルイズに呼びかけた。

「ミス・ヴァリエース! どうしたのですか? ここへおいでなさい」

「先生、やめておいた方が良いと思いますけど」

 シュヴルーズに口を挟んだのは、キュルケだった。足元にサラマンダーのフレイムを侍らせ、ついでに周囲の席に男子生徒を侍らせた彼女は、真剣な面持ちをしていた。

「どうしてですか?」

「危険です」

 キュルケが真面目な顔をしているので、先程のようにルイズを馬鹿にするものと同じとは捉えきれないのだろう。困惑するシュヴルーズに、キュルケは続けた。

「先生はルイズを教えるのは初めてですよね?」

「ええ、そうです。ですが、彼女が努力家ということは聞いていますよ。さあ、ミス・ヴァリエール。失敗を恐れていては何もできませんよ? 頑張って挑戦してみなさい」

 だが、どうやらシュヴルーズはキュルケの意図とは逆の理解をしてしまったようだ。キュルケは顔からさっと血の気を引かせ、ルイズに振り向いた。

「ルイズ。やめて」

「やります」

 ようやく決心がついたのか、あるいはキュルケの様子に反発したのか。ルイズが席を立ち上がったのは、キュルケがルイズに懇願した直後だった。ルイズは右手で杖を握り締め、全身をがちがちに緊張させたまま教卓の前に立つ。彼女を自分の隣に手招いたシュヴルーズは、ルイズの緊張を解すように優しく指導した。

「錬金したい金属を、強く心に思い浮かべるのです」

 ルイズは素直に頷き、杖を振りかぶる。

 ――俺は嫌な予感に襲われていた。例えば、小石が何故か爆発するとか、そんな予感に。いや、そんな古典的なことがあってたまるかと思いたい。しかし、生徒達の様子からは、そうであってもおかしくないような気配がする。何しろ、全員が机や椅子(障害物)に隠れているのだ。教室の中をふらふらしている使い魔を引っ掴み、一緒に机の下に潜っている生徒も居る。

 俺は全身にオーラをまとわせる纏(てん)と目にオーラを集めて凝(ぎょう)を行い、さらに全神経を小石とルイズに集中させた。鍛えられた念能力者の集中力は、俺の知覚速度を劇的に加速させ、まるで周囲の時間の流れが減速したかのように錯覚させる。ルイズがゆっくりと杖を振り下ろす。このクラスメイトの中では間違いなくトップクラスの美貌を持つ可憐な少女が、魔法の杖を懸命に構える姿は微笑ましい。そんな彼女の生命エネルギー(オーラ)の動きに変化は見られない。オーラは一般人と同じ大きさの精孔から、だらだらと垂れ流されているだけだ。

 だが、小石の方に変化が生じた。ルイズの魔法(?)を受け、小石の輪郭が歪み、そして膨張した。膨張する様は、まるで爆弾が破裂する光景をスローモーションで眺めているように思える。

(マジかよ!?)

 周囲の生徒達の体感時間で言えば、小石が異様な変化を遂げて砕け散るまでのほんの一瞬。俺は床を蹴っていた。

 生徒達が全員、机の下に潜っていることが幸いした。俺は机の上を全力で駆け抜けながら左手で懐のスローイングナイフを取り出し、右手をルイズの方へ伸ばす。まずはスローイングナイフを飛ばし、教卓の上にある小石を窓に向けて弾き飛ばした。だが俺と小石、ルイズ、シュヴルーズはほぼ直線上にあるため、ただナイフで弾くだけでは逆に小石をルイズ達に近付けてしまう。そのため、≪殉教の楔(ゴーストハック)≫を発動させ、一直線に飛ばしたナイフを使って、小石に触れる寸前で周囲の空気分子を操作し、その地点から小石ごとナイフを直角に移動させた。結果、ナイフは小石に刺さっていないので、ナイフの刺激で誘爆させることはなかった。ちなみに、このナイフと小石の動きは、生徒達には決して目で追えない速度である。その作業と並行して、俺はルイズをシュヴルーズごと抱え、2人を護るべくその場に押し倒した。直後、小石が窓付近で爆発を起こした。もちろん、纏(てん)をしていたため、俺と俺の下に居る2人にダメージはない。

(久々に焦ったぞ、これ……)

「大丈夫か? 怪我は?」

「な、ないわ……」

 内心で冷や汗を拭いつつ、腕の中のルイズに訊ねる。ルイズは、突然現れたように見える俺を呆然と見上げながら、何とか頷いた。心ここにあらずと言った様子だが、彼女の申告通り、怪我はなさそうだ。俺は体を起こすと、シュヴルーズの方を確認した。

「ミセス、お怪我は?」

 だが、返答がない。よくよく見ると、彼女は気を失っているようだった。俺は彼女を床に横たえたまま、簡単に外傷や脈拍、呼吸状態を確認する。だが異常が見られないので、爆発のショックで気を失ったのか、あるいは押し倒した時に頭を打ったのかもしれない。後者でなければ良いのだが。

「ねえ、先生はどうなの……?」

「気絶しているだけだ」

 床に座り込んだまま、傍らのシュヴルーズを見ていたルイズが不安げな顔で俺を見上げる。それに返事をしながら、俺は重要な事に気付いた。

(――俺のナイフが、ない?)

 投げたスローイングナイフには、発(はつ)を使うためにオーラをまとわせる周(しゅう)をしていた。本来ならば、そのオーラの気配でナイフの位置が分かるはずである。だが、俺にはその気配が感じられなかった。発の使用でオーラは削られたが、それは全て使い切るほどではない。そうなると残る可能性は、ルイズの起こした爆発の威力でオーラが全て剥ぎ取られたか、もしくはナイフごと消滅させられたかである。……俺は放出系よりの操作系能力者だ。物質にオーラを纏わせ、体から切り離しても効果を持続させる周の技術には、一定以上の自信がある。それを、“たかが小石程度の爆発”で消し飛ばされるなんて考え難い。

(この子、実はとんでもない子じゃ……?)

 俺が密やかに戦慄していると、机の下に避難していた生徒達が、キュルケを筆頭に口々に文句を言い始めた。

「だから言ったのよ! ヴァリエールにやらせるなって!」

「くそっ! もうヴァリエールの奴は退学にしてくれよ!」

「うわああああっ! 俺のラッキーが! 俺のラッキーが蛇に喰われた!?」

 生徒達の方へ振り向くと、そこには阿鼻叫喚の地獄絵図が広がっていた。爆発があった付近の窓は全て割れ、床にガラスの破片が散乱し、壁にも床にも天井にも無数の傷を付けている。生徒も使い魔も揃って混乱し、使い魔によっては暴れ出したりその場をぐるぐる回り出したりしていた。どうやら他の生徒の使い魔に自分の使い魔を食べられた者もいるらしい。早急に蛇の口から使い魔を引っ張り出し、ラッキーを改名した方が良いかもしれない。たとえば、ラッキーマンとかもっと運が強そうな感じに。

 ルイズは大混乱の最中、その場で立ち上がった。そして教室をゆっくりと見回して、一言。

「ちょっと失敗みたいね」

(ちょっとじゃねーだろおい)

 俺の心の中のツッコミに、生徒達が同調した。

「ちょっとじゃないだろ、ゼロのルイズ!」

「やっぱり成功確率が“ゼロ”じゃないか!」

 どうやらルイズの二つ名である“ゼロ”は、“魔法の成功確率ゼロ”という意味から取られたらしい。生徒達の様子から推測するに、授業で魔法を使うたびにこの爆発を引き起こして来たのだろう。おい、プロの爆弾魔かよ。それはさすがに生徒もキレるわ。恐らく意地を張っているだけだろうが、失敗した後のルイズの悪びれない飄々とした態度も良くないのだろう。

 だが、顔では平然としているものの、ルイズの拳は白くなるほど握り締められていた。しょうもない意地っ張り娘だと思いながら、俺は床に膝を付いたままルイズの拳を軽く掴んだ。すると彼女は、はっとした顔でこちらを振り向く。

「今は先生を介抱できる場所に運ぶことが優先だ」

「……ええ。そうね」

 唇を噛み締め、大人しく頷くルイズに、俺は思わずぼそっと呟いた。

「……君が本当に“ゼロ”だったら、今頃俺はここに居ない筈なんだけどな」

「え?」

 聞こえていたのかいないのか、きょとんとした目を向ける彼女には答えず、俺はルイズに訊ねた。

「保健室か医務室の場所は?」

「こっちよ」

 俺はシュヴルーズをゆっくりと抱き上げると、案内するルイズに続いた。ちょうど教室に、爆発を聞いたコルベールが駆け付けたため、彼と入れ替わる形で教室を出る。他の教師がいるのなら、教室をほったらかしても大丈夫だろう。



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