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ゾル兄さんinゼロ魔その8
萌え 2014/05/18 21:51


 朝食の後は、学生の本分たる授業である。昨日と同じ講義室に連れて来られた俺は、やはり様々な使い魔でひしめきあっている部屋をゆっくりと眺めた。今日の注目株はやはり、誰かの使い魔であるバックベアード様(仮)である。巨大な目玉にぎょろりとこちらを見られたので、俺は心の中で「ルイズ(ロリ)に手を出していません」と弁解しておいた。バックベアード様に睨まれると、つい「このロリコン共め!」という吹き出しを付けたくなるのは、オタクのさがである。

 その他にも、猫やら蛇やらフクロウやらといった現代日本でも見る生き物から、人魚の魚部分の代わりにタコ足がくっついた生き物や、6本足のオオトカゲなど、ファンタジー御用達な生き物まで居る。講義を受ける面子が昨日と同じなので、当然ながら使い魔の彼らも同じ顔触れだ。人間と不思議生物がイチャコラしている光景は、微笑ましいのか恐ろしいのかよく分からない。

 ルイズは昨日と同じ、最後列の端に座った。俺はルイズの近くの壁に凭れて、教卓に顔を向ける。相変わらず生徒達の視線がざくざくと刺さるが、気にするだけ無駄なので無視する。しばらくすると、紫色のローブと大きな三角帽子を身に付けた中年の女性が教室に入って来た。どうやら彼女が講義の担当教師のようだ。ふくよかな外見や柔和な表情のお陰で、優しそうな印象を受ける。もっとも、優しそうな目をしているコルベールが意外と抜け目のない男であるという前例があるので、外見通りの人柄だと判断するのは早計過ぎるが。

 いかにも魔女といった見た目の女性は、教壇に立つと、席についている生徒達の顔を見回した。

「皆さん。春の使い魔召喚は大成功のようですわね。このシュヴルーズ、春の新学期に様々な使い魔達を見るのが、毎年の楽しみですのよ」

 そう言いながら、シュヴルーズはひとりひとりの使い魔を興味深そうに眺めていく。一人だけ人間を召喚し、しかも契約していないルイズは居た堪れなくなったのか、俯いてしまった。彼女の気持ちは分からないでもないが、俺の立場で出来ることは何もない。

 やがて、ルイズが恐れていた通りに、シュヴルーズの目が俺で止まった。

「おやおや、変わった使い魔を召喚したようですね、ミス・ヴァリエール」

 俺は使い魔になった覚えはないので、シュヴルーズの視線を苦笑して流すに留めた。しかし、そんな発言をすれば周囲が飛びつくと思うのだが、大丈夫なのだろうか。そんなことを思っていると、やはり生徒たちがルイズを馬鹿にして囃し立てた。その中でも一人の生徒が、声を大にしてルイズを嘲る。

「ゼロのルイズ! 召喚できないからって、その辺を歩いていた平民を連れてくるなよ!」

「違うわ! きちんと召喚したもの! こいつが来ちゃっただけよ!」

 ルイズはその場で立ち上がると、馬鹿にしてきた小太りの男子生徒に言い返した。……いやいや、俺も勝手に呼ばれちゃっただけなのだが。俺がこの場に居るのは完全に不可抗力だと主張したい。

「嘘吐くな! 使い魔召喚(サモン・サーヴァント)ができなかったんだろう? 現に、そいつと使い魔契約(コントラクト・サーヴァント)できてないじゃないか!」

「ミセス・シュヴルーズ! 侮辱されました! 風邪っぴきのマリコルヌがわたしを侮辱したわ!」

「風邪っぴきだと? 俺は“風上”のマリコルヌだ!」

「あんたの声は、風邪を引いたみたいにガラガラじゃない!」

(お前ら小学生か)

 ルイズと小太りの男子生徒――マリコルヌの間で繰り広げられる、あまりにも下らない戦争に呆れた俺は、彼らからそっと視線を外した。やはりルイズは12歳でちょうど良いと思う。ついでにマリコルヌも。実家に居る最年少の弟(カルト)の性格がぶっ飛んでいるので、幼稚な彼らが相対的に辛うじて微笑ましく見えるのはせめてもの救いか。

「二人とも、みっともない口論はおやめなさい」

 さすがに見かねたのか、シュヴルーズが二人の間に口を挟んだ。

「お友達をゼロだの風邪っぴきだのと言ってはいけませんよ」

「僕の風邪っぴきはただの中傷ですが、ルイズのゼロは事実です」

 昨夜の自己申告通り、元来真面目な生徒なのか、ルイズは教師から注意を受けた途端にしょんぼりと項垂れた。だがマリコルヌの方はまだ言い足りないのか、意地悪そうな顔をしてルイズの悪口を言う。マリコルヌの言葉に同調した生徒達がくすくすと笑う。ルイズは耐えるように唇をぎゅっと噛み締めると、大人しく腰を下ろした。

 一方、シュヴルーズは厳しい目で教室を見回し、笑っている数人の生徒達を確認した。そして、懐から取り出した杖を軽く振る。その途端、虚空から現れた赤土の粘土が、シュヴルーズが目をつけた生徒達の口をぴたりと覆った。

「貴方達はその格好で授業を受けなさい」

 教師の怒りを感じ取ったのか、教室が静まり返った。それに満足げな顔をすると、シュヴルーズは気を取り直して口を開いた。

「私の二つ名は“赤土”。赤土のシュヴルーズです。土系統の魔法をこれから一年、皆さんに講義します。始祖ブリミルが6000年前、このハルケギニア大陸にもたらした魔法の四大系統はご存知ですね、ミスタ・マリコルヌ?」

「火・水・土・風の4つです!」

 赤土の魔法に恐怖を感じたのか、マリコルヌは弾かれたようにはきはきと答える。シュヴルーズはその答えに頷いた。

「今は失われた系統魔法である“虚無”を含めて、全部で5つの系統があることは、皆さんもご存じの通りです。その5つの系統の中で、土は最も重要であると私は考えています。それは私が土系統だからではありません」

 その言葉に、俺はこの魔法学院の全体像を思い出した。学院の建物は、本塔とその周囲を囲む壁、さらにそれと一体化した5つの塔である。恐らく、シュヴルーズが語った魔法の属性を模して建てられているのだろう。

 ついでに、失伝とされた虚無の魔法だが、ここでこの世界の作品タイトルやルイズの二つ名を思い出して欲しい。

(物語のテンプレで考えると、ゼロって虚無(ゼロ)のことだよな。メタな話になるけど)

 俺はルイズを横目で見ながらそう考えた。何せ、ルイズは物語の主役(ヒロイン)である。そういう特殊な魔法を扱える素質があるのはお約束なのだ。実際はどうなのか分からないが、ルイズの“ゼロ”という二つ名が今は蔑みだけでも、いずれそれ以外の意味も含むようになる可能性は否めない。

 それはともかく。

(俺にとって、一番警戒すべき属性は水だな)

 水魔法が水の矢だとか、その程度ならば問題ない。だが、人間は肉体の60%が水である。もし体液を水として魔法で扱えるのならば、人間の体に直接影響を及ぼせる水属性の魔法は脅威となる。体内の水分を抜き出せるのならば脱水症状を狙えるし、そこまで抜き出せないとしても、体水分量の7%も抜ければ相手に幻覚を見せられる。水温を調節できるのならば、血液を沸騰させて殺せるし、凍らせるのも良い。水に溶けた成分すら操れるのならば、血液中のヘモグロビンを弄って酸欠に追い込むことも、あるいは体内に直接毒を流し込んだようにすることも可能だ。いくら俺に毒への耐性があろうと、直接体液を弄られては抵抗するにも限界がある。実際の水魔法には、他にも俺が想像もつかないような、肉体や精神に直接作用する魔法があるかもしれないと思うと恐ろしい。

 壇上のシュヴルーズは、いかに土魔法が素晴らしいかということを熱心に説明していた。

「土系統の魔法は、万物の組成を司る重要な魔法です。この魔法がなければ重要な金属を創り出すこともできないし、加工することもできません。大きな石を切り出して建物を建てることもできなければ、農作物の収穫も今より手間取ることでしょう」

(……なるほど。そういうことか)

 始祖ブリミルとやらが6000年も昔に魔法をもたらした、というのが事実か伝承かは分からない。だが、このハルケギニアでは少なくとも、数千年単位かけて現在の文明レベルまで漕ぎ着けたのだろうと思われる。それは、現代日本が存在した地球の文明と比べると、明らかに遅過ぎる。何しろ、地球で世界最古の文明であるエジプト文明やメソポタミア文明が誕生したのは、俺が現代日本に居た頃から数えて約5000年前である。つまり地球では、5000年の間に人間は宇宙にすら進出し始めているのだ。一方、この国・トリステインでは、宇宙はおろか、飛行機があるかすら怪しい。空を飛ぶ術はあっても、それが人類の普遍的な技術革新に結び付いていないのである。

 この世界は恐らく、魔法という便利な手段が存在したばかりに、金属の入手や加工、建築、農作物の収穫、そしてシュヴルーズが口にしなかったあらゆる生活技術を魔法に頼り切ってしまったのだろう。そのせいで、魔法に頼らない科学技術の進歩がなかったのだ。さらに、魔法を使えるメイジ=貴族が至高という社会の思想により、平民の暮らしが貧しくなり、本来ならば技術の進歩の担い手となるであろう平民から、そのために必要な余力や発想力が奪われてしまったのかもしれない。生活に必ず魔法が必要になるということも、平民から雇用の場を奪い、貴族ばかりが甘露を舐めるという仕組みに拍車をかけている。過去に小狡い貴族が居たとしたら、貴族の特権を護るために平民の中で魔法に頼らない技術が進歩するのを恐れ、魔法至上主義の社会を作り出したのかもしれない、という嫌な邪推すらできる。

 技術は研鑽と試行錯誤の積み重ねだ。魔法はあくまで個人的な技量に関わって来るため、個人の範囲での進歩には限界が見えている。だが、科学技術は使い手を選ばない。故に、産業革命などを見れば分かるように、進歩すれば誰でも一定水準以上の品質の物を大量に作り出せるようになる。また、同一規格が生まれれば様々な場所で研究ができるようになるため、技術の進化も加速する。世界中の人間が、積み木のようにブロックを積んでいけるのだ。魔法使いのスタートはゼロからであるが、科学者のスタートはゼロではない。過去の科学者達が積み重ねた土台の上からスタートできる。……魔法を誰にでも扱えるようにしようとする動きがあれば、話はかなり変わって来るが。

(この世界の魔法の力がどの程度のものかは分からないけど、科学無双し甲斐のある世界観だなぁ)

 そんな物騒な事を考えているうちに、講義は進んでいたようだ。いつの間にか実技の話に移っていた。

「今から皆さんに、土系統の魔法の基礎である“錬金”の魔法を覚えてもらいます。1年生の時にできるようになった人もいるでしょうが、基本は大事です。もう一度おさらいしましょう」



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