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ゾル兄さんinゼロ魔その7
萌え 2014/05/18 21:50


 アルヴィーズの食堂は、朝日の中で見てもやはり豪華絢爛に輝いていた。空席が徐々に埋まりつつある食卓に着いているのは、当然ながら貴族である生徒たちだ。ハンター世界の実家でテーブルマナーを叩き込まれているため、俺の食べ方が汚いということはないだろう。だが、所変わればマナーも変わる。貴族の群れの中に交じって食事をするのは、あまり気が進まなかった。しかし、ルイズが俺の袖を引っ張るので、付いて行かないわけにもいかない。

 自分の席までやってくると、ルイズは物言いたげに俺を見上げる。彼女が何を言いたいのかなんとなく悟った俺は、彼女の目の前にある椅子を引いてやった。

「椅子を引けば良いのか? お嬢様」

「分かれば良いのよ、分・か・れ・ば。そのままわたしの使い魔になりなさいよ」

「こ・と・わ・る」

「むうぅ……」

 そんな他愛もないやり取りをしながら、ルイズを座らせる。そして俺は、嫌な予感に襲われながら、ルイズの席の傍らの床に無造作に置かれた深皿を見下ろした。生徒たちの目の前に置かれている精緻な細工が施された物と違い、無地でおまけに欠けている。そんな皿に放り込まれているのは、木でできた安物のスプーンだ。どちらもきちんと洗われていることが、せめてもの救いだろうか。

 ルイズは、無言で皿に目を落とす俺を見ると、満足げに言った。

「あんたが座るのは床で、食器はそれよ。本来ならあんたの分は用意されないところを、わたしが特別に取り計らってあげたんだからね。おまけにこの食堂に入れてあげたんだから、感謝しなさい」

「通路に座ったら、配膳の邪魔にならないか?」

「あんた一人くらい、どうってことないわよ」

 確かに、俺が通路の端に座っても、人一人が通るスペースは十分に空いている。だが、一人だけここに座らされるくらいなら、食器を持って廊下で立ち食いした方が遥かにマシだった。

 周囲の生徒達からの視線がちくちくと刺さる。こんな場所でルイズに文句を言うか、あるいは上手く口車に乗せて誘導しようにも、周りからの茶々で徒労に終わるのは目に見えている。俺は潔く諦めると、大人しく冷たい石の床に腰を下ろした。

 しばらくすると、生徒が食堂に揃う少し前のタイミングで、黒髪でボブカットのメイドがやって来た。16歳だというルイズと同じ年頃だろう。彼女は痛ましげな顔をすると、俺の皿にスープを注いだ。さらに気遣わしげな顔で、腕に提げていたバスケットから、堅そうなパンを二切れ皿に添える。俺はそんなに可哀想に見えるのか。……見えますよね普通。

「ありがとう」

 あからさまに同情されていると分かっていて無反応は貫けず、俺は笑顔を作って彼女に礼を言った。すると彼女はぱっと顔を赤らめ、可愛らしい微笑みを返してからそそくさと去って行った。……イケメン補正は得である。

 やがて生徒が全員揃うと、彼らは食前の祈りを唱和した。日本人で言う“いただきます”だ。

「偉大なる始祖ブリミルと女王陛下よ。今朝もささやかな糧を我に与えたもうたことを感謝いたします」

 そんな食前の祈りを聞き、俺は無言で自分と彼らの目の前にあるささやかな糧とやらを見比べた。

 かたや平民(仮)である俺の目の前には、小さな肉や野菜の欠片が浮かんだスープに、硬いパン二切れのみ。

 かたや貴族である生徒達の目の前には、大きな鳥が丸ごとローストされて飴色に輝くものや、こんがりときつね色に焼けた魚型のパイ、瑞々しい果物がふんだんに盛りつけられた皿などがある。そしてバスケットには、恐らく上質な精白小麦で作られた白く丸いパンがたっぷりと盛られている。焼き立てのそれは、見るからに柔らかそうである。さらにその隣では、細かく刻まれたエンドウマメが散りばめられた、緑色の濃厚なポタージュスープの入った大きな器が湯気を立てていた。

(ささやかって何だっけ)

 トリステインの辞書にある“ささやか”という単語の意味について、抗議をしたい気分である。とりあえず、貴族と平民の扱いが天と地ほど差があることはよく分かった。家に帰りたい。

 俺は小声で「いただきます」と言うと、スプーンを手に取った。スープを一口含むと、それが塩漬けの豚肉と野菜のスープだと分かった。残念な意味で透明度が高いスープには、肉から染み出したと思われる薄い塩味がついている。見た目を裏切らず、全体的に味が薄い。つまり美味しくない。おまけに、添えられたライ麦のパンは石のように硬い。仕方なくパンをスープに浸し、柔らかくしてから口に運ぶ。パンは元気良く水分を吸ってくれたので、スープが見る見るうちに減って行くのが分かって落ち込んだ。不味いスープでも量は欲しいのである。そして、腹に入れば同じ量だと分かってはいても、スープはスープとして飲みたいのである。しかし、スープに浸したくないからと言って、顎の筋肉を働かせて力尽くで硬いパンを噛み砕くのも寂しいのである。要するに、何をしても切ない結果に終わると分かっているので、少しでも楽に食べられる方法を取っているのだった。

(これが一週間続いたら、さすがにバテるかもな)

 もそもそと貧しい朝食を口に運びながら、俺は冷静にそんなことを考えた。仮に栄養が足りなくなったら、体が栄養を補おうとして、筋肉が溶かされていくだろう。それは非常に困る。この残念な食事で過ごして体に影響が出ないギリギリのラインは、ゾルディックのスペックでも精々一週間程度と思われる。それ以上、この食事が続くのはさすがに拙い。一応、上着のポケットには携帯食料も突っ込んであるのだが、たった一食分しかない。この先何が起こるか分からないので、出来る限り使いたくない。

 俺の皿の中身は、当然ながらあっという間になくなってしまった。完全に手持無沙汰になった俺は、空になった皿から視線を上げる。すると、こちらを見たルイズと目が合った。

「何よ、足りないの?」

「足りない」

「大飯食らいね」

 素直に申告すると、呆れたように眉をひそめられた。

「……常識的に考えて、君より体の大きい俺が、君より少ない量で足りる筈がないと思わないか?」

「世の中には、働かざる者食うべからずっていう格言があるのよ」

 ふんとルイズが鼻で笑う。俺が空きっ腹を抱えていることに何も感じていないらしい。

 俺の待遇を改善できる手っ取り早い方法は、正式にルイズの使い魔になることだろう。だがそれは、使い魔になっても俺の身が安全であることが分かってからでなければ無理だ。それに、ルイズが俺の主人という立ち位置になった場合、主人として使い魔である俺の扱いを確実に改善するとは言い切れない。俺はルイズの召喚に巻き込まれた哀れな被害者であるが、同時にルイズの言う通り、働かざる者という枠にも当て嵌まる。ルイズ以外に助力を求めようにも、この学院の人間の大半がルイズや彼女のクラスメイトと同じような思想の持ち主ならば、俺の立ち位置は後者でしかないだろう。さて、一体どうしたものか。

 その時、ルイズの隣からくすくすと上品な笑い声が聞こえてきた。声の主は、胸の辺りまで伸ばした濃い金色の髪をきつく縦に巻き、青く円らな目を愉快そうに細めている少女だ。後頭部に大きな赤いリボンを結んでいる彼女は、まるで昔のフランス人形のように見える。

「いやだ、ヴァリエール。貴女、自分の使い魔に碌な食事も与えていないの? ただでさえ弱い平民なのに、そんな調子で使い物になるのかしら?」

 ルイズはあからさまに嫌そうな顔をすると、憎まれ口を叩いた。

「“洪水”のモンモランシーには関係ないでしょう。小さい頃、洪水みたいなおねしょをしていた癖に」

「わたしは“香水”よ! 失礼ね!」

 フランス人形の少女――モンモランシーは眉を吊り上げるが、すぐに嘲るような表情になって、俺とルイズを交互に見た。

「そういえばその平民、まだ使い魔ですらないのよね。契約もできないなんて、さすがゼロのルイズだわ」

「余計なお世話よ!」

 嫌味に嫌味で返され、ルイズがむくれる。モンモランシーは俺を見下ろすと、胸に手を当ててしおらしい顔をした。

「わたし、朝からこんなに食べられないの。可哀想な平民の貴方に恵んで差し上げましょうか?」

 ルイズへの当て付けでそんなことを申し出ているのだろうが、実際に腹が減っている俺にとっては好都合である。俺は営業用のスマイルを浮かべ、愛想良くモンモランシーを見つめた。

「ちょっと!」

「ありがとうございます、ミス」

 ルイズの怒鳴り声をさらりと無視して、俺は空の皿を差し出す。少しでも良い扱いをしてくれる人間に靡くのは、人として当然のことだと主張したい。腹が減っては戦ができないのだ。いざという時は、腹が減ってもするしかないが。

「良いお返事ね」

 モンモランシーは俺が持つ皿に大きな鶏肉の塊を落とすと、空いた手で俺の頭を撫でた。まるで隣人のペットを撫でているようである。俺のことを平民と呼ぶ割に、平民どころか動物扱いしているように思えるのは俺だけだろうか。年下の少女に頭を撫でられるのは、成人した男として微妙な心境であるが、相手が子どもだと思えば腹も立たない。それに、 “お貴族様”であるモンモランシーに“平民”である俺が不満を訴えたところで意味がないし、そうするだけのメリットもない。

「……見た目だけなら、ゼロのルイズにはもったいないかもしれないわね」

「余計なお世話って言っているでしょう!」

(イケメン補正って本当に得だなぁ……何だか、顔だけのヒモ男になった気分だけど)

 頬を染め、機嫌良さそうなモンモランシーを見ると、ひょっとすると俺がイケメンだから肉を恵んでもらえたのではないか、という穿った見方をしてしまう。そのくらいには、ゾルディックの遺伝子を受け継いだ今世の顔は整っていた。心の中は前世のフツメンのままなので複雑な気持ちだが、しかし利用できるものは利用する所存である。ご飯を恵んでもらえるのは“※ただしイケメンに限る”スキルが発動してくれたのだと思って、両親の遺伝子に感謝しよう。素直にそう考えられるくらいには、俺にプライドはないのだった。

(つまり、飯が欲しいならイケニートスキルを使えば良いんだな。把握した)

 ……駄目人間に一歩近づいた気がする。だが、モンモラシーに恵んでもらった鶏肉のローストは、非常に美味しかった。その後、モンモラシーに対抗してルイズがくれた魚のパイも、やはり美味しかった。イケニートとして得た甘露はとても魅力的である。こうして駄目人間が世の中に形成されていくのだと実感した瞬間だった。

 ここで俺は、ふと思い出してしまった。絶世のイケメンと巧みな話術で女を落としまくり、利用し、のし上がって、ついには闇の帝王とか名乗っちゃった男のことを。

(俺はリドルじゃない! 俺はリドルと同類なんかじゃないぞ!?)

 心の中で必死に否定する自分が非常に虚しかった。



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