更新履歴・日記



ゾル兄さんinゼロ魔その4
萌え 2014/05/11 22:00


「あんたはわたしに召喚されたの! 召喚されたんだから、使い魔としてわたしに仕えなさい!」

 あれから体感で1時間近く話したが、ルイズの主張はこの一点張りであった。暖簾に腕押しとはまさにこのことである。まるで話にならなかった。

 ルイズの正面に腰掛けた俺は、カツカツと指先でテーブルを叩きながら、斜に構えて彼女を見つめた。暗殺の仕事とは違う疲労感が俺に圧し掛かっていた。案外、自覚しないうちに我慢の限界が近くなっていたのかもしれない。次に俺の口からこぼれたのは、少女に向けるにはなかなか攻撃的な言葉だった。

「……じゃあ、俺は君に賠償金でも請求しようかな」

 もちろん、俺は彼女に本気で賠償金を請求するつもりなど無かったし、そもそも誤召喚についても、彼女に責任を問うつもりもなかった。異世界から召喚されることなんて誰にも予想できないだろうし、金を請求するにしたって、彼女に対して監督責任のあるコルベールか、もしくは学院長からふんだくるつもりである。まだ幼く、学生の身分である彼女に、こういったことに対する責任能力が備わっているとは思っていない。彼女は保護されるべき子どもである。むしろ、こういう予期せぬ失敗から対応を学ぶべきだ。例えば、不運にも召喚に巻き込まれてしまった被害者に対する態度とか。

「どうしてよ! わたしが何をしたっていうの!?」

 予想だにしなかったであろう言葉を向けられ、ルイズが眉尻を更に吊り上げる。だが俺は、彼女を見つめたまま淡々と告げた。

「君が俺を“召喚した”んだろう? 他人を、住んでいた場所から無理矢理連れ去ることを、誘拐って呼ぶんだよ。被害者の俺が、加害者の君に贖罪を求めるのは当然だと思わないか?」

「加害者って……」

 誘拐犯と被害者という考え方は、心の中に持っていたものの、本当は他人に言うつもりはなかった。それはあまりにも自分本位な考え方だからだ。そもそもこの事態はお互いの予想を越えた不幸な事故である、と片付けることもできる。その道筋を無視した暴論に、しかし俺の勢いに押されて考えることがあったのか、ルイズの口調がしどろもどろになった。

「俺にとって、君は誘拐犯でしかないんだよ」

「し、知らないわよそんなの!」

 まるで止めを刺すような言葉に、一瞬、怯えたように体を震わせたルイズは、それを振り払おうとするかのように叫んだ。そんな彼女から目を逸らすと、俺はこの1時間で何度も告げた言葉をまた口にした。

「とにかく、俺は君の使い魔にはならない。諦めてくれ」

「そんなの、諦められるわけがないでしょう! わたしの言うことを聞きなさいってば!」

「俺は君の使用人でも下僕でもない。君の命令を聞く理由はない」

「だから、わたしに召喚されたんだから、あんたはわたしの使い魔、下僕よ!」

「召喚したのは君の勝手な都合だ。俺は君に合わせるつもりはない」

 俺の言葉でとうとう堪忍袋の緒が切れたのか、ルイズが椅子を蹴倒して立ち上がった。小さな少女の怒りは全く怖くなかったが、興奮してキラキラと輝く大きな瞳に目が吸い寄せられる。そういえば、怒り狂う相手とこんなに長々と話す経験などなかった。

「このっ!」

 ルイズは白い手を振り上げ、俺の頬を叩こうとした。激情家に見える彼女が、これまで俺に手を上げなかったことが不思議だった。彼女にしては根気強く俺との会話を試みた結果、なのかもしれない。

「わたしの言うことを聞きなさい!」

 俺は無造作に片手を上げ、細い手首を握り潰さないように優しく掴んで受け止めた。非力な少女の暴力とも呼べない暴力を止めるには、それで十分だった。それよりも、少し力を込めただけで折れてしまいそうな彼女の細腕の方が心配なくらいだ。

「どうしてよぉ……っ!」

 俺に手首を掴まれたまま嘆くルイズの声は、湿っぽいものを含んでいた。はっと我に返ると、ルイズが大きな目いっぱいに涙を溜めて、俺を睨んでいることに気付いた。

(――何やってんだ、俺)

 状況が状況とはいえ、年端もいかない子どもを泣かせてしまった。元々、碌に力が入っていなかった俺の指が、するりと細い手首から外れる。痣ができていないことに、場違いにもほっと安堵した。確かに、俺の置かれた状況は理不尽で腹立たしいが、ルイズを傷つけたいわけではなかった。自分の発言を思い返してみれば、結局、俺もルイズと同じく、自分の主張しかしていなかったのである。お互いにお互いのことを考えずに言い合っているだけなのだから、話はいつまで経っても平行線なばかりか、相手を傷つけるだけで終わる。不毛である。

「平民の癖にっ、使い魔の癖にっ! あんたまでわたしを馬鹿にしようっての!?」

(この子はこの子なりに、何かを抱えているんだ。だからこんなセリフが出てくる)

 気付くためのピースはいくらでも転がっていた。理由は分からないが、クラスメイトに常に馬鹿にされ続けて、それでもその両足で精一杯立っているような少女が、ようやく呼び出した使い魔との契約に必死になるのは当然なのだ。クラスメイトを少しでも見返そうとして、盲目に使い魔契約を求める少女に、俺が俺の事情だけで言葉をぶつけても意味はない。彼女には、他人の事情を受け入れるだけの精神的余裕がないのだ。俺がしてきた行為は、悪戯に彼女を傷つけ、彼女からさらに余裕を奪い取って追い詰めることだ。俺は自分の保身のためだとしても、いや、むしろそのためならばこそ、まずは彼女の心に寄り添うべきだった。

 俺に子どもを泣かせる趣味はない。昔から、子どもには滅法弱い性質なのだ。俺は立ち上がり、ジーンズのポケットからハンカチを取り出すと、それを彼女に差し出した。洗い立てなので、渡しても問題はないだろう。俺は今までの黒い感情を全て腹の中で押し潰し、努めて優しい声を出した。

「君を馬鹿にしようとは思っていないよ」

「嘘よ……。だって、わたしの言うこと、全然聞かないじゃない」

 ルイズはハンカチを受け取ろうとせず、眉間にしわを寄せて俯く。俺は肩をすくめると、彼女の目元にできる限り優しくハンカチを押し当てた。初めて顔を合わせてからずっと、お互いに冷静ではないと感じた。尊大かつ傲慢な態度の彼女につられて、俺も刺々しい口調になってしまった気がする。こんな時、家族の中では比較的人当たりが良いゼノじいちゃんだったら、もっと穏やかに事を運べるのだろうか、と考えた。詮無いことである。

 意外にも、ルイズは俺の手に抵抗しなかった。大人しく涙を拭われている様子は、彼女を見た目よりも幼く見せた。そのせいで、俺は子どもをいじめたという罪悪感に囚われる。本当に、大人げが無かった。

「嘘じゃない。……今日はもう遅いから、このことはまた明日話そう」

 俺は彼女の手を取ると、やや強引にハンカチを握らせた。時計が無いため、正確な時間が分からないが、夜も随分と更けているだろう。どうやら明日も朝から授業があるらしいので、夜ふかしは良くない。話の腰も折れた所なので、区切るにはちょうど良いだろう。

「おやすみ。また明日」

 この部屋には当然ながら、ルイズの分のベッドしかない。同衾するわけにも、そもそも彼女と同じ部屋で寝るのも不都合だ。俺は最悪、野宿をしなければならないだろう。そう考えて踵を返すと、ルイズに上着の裾を握られた。

「待ちなさいよ! ど、どこに行くつもり?」

「寝られそうな場所を適当に探すよ」

「寝られそうな場所って……別に、この部屋でもいいじゃない」

 ルイズはちらりと部屋の隅に敷かれた藁の山を一瞥したが、そこについては何も触れずそう言った。恐らく、そこは彼女が召喚獣のために整えた寝床なのだろう。しっかりと太陽に晒されたらしい藁からは、微かに清潔な干し草の香りがした。余程、召喚獣が来るのを楽しみにしていたのだろうと思うと、彼女の泣き腫らした目も手伝い、必要がない筈の罪悪感を覚えた。

 それにしても、彼女には男に対する危機感がないのだろうか。

「男と同じ部屋で一晩明かすのは良くないだろう?」

 俺の方は、10歳は年下に見える少女相手に興奮するロリコンではないので、同室でも平気と言えば平気だが、思春期の彼女はそうではないだろう。おまけにルイズは貴族である。醜聞のネタにされては面倒だ。そう思って申し出たのだが、ルイズの反応は薄かった。

「わたしは気にしないわ。だって、貴族じゃないんでしょう?」

 年頃の女の子なんだから、と口から出そうになるが、きょとんとした彼女の様子を見ていると、言ったところで意味がないのだろうと気付き口を噤む。貴族の子女となれば、貞操観念も厳しそうなものだが、この世界ではそうでもないのだろうか。俺と同室で一晩過ごしたせいで、うっかり周囲から傷物扱いされた挙句、後からこちらに文句を言われないか心配だ。それ以前に、貴族ではない=平民ならば男ではないという発想なのかもしれない。それが貴族の普遍的な考え方ならば問題ないが。

 俺が答えに窮しているのを納得と捉えたのか、ルイズはタンスの中から服を取り出し、もぞもぞと着替え始めた。俺の目の前で寝間着に着替えるつもりらしい。しかも、ご丁寧に下着まで履き替えるつもりのようだ。興味がないとはいえ、さすがに直視し続けたら自己嫌悪に陥りそうだと思った俺は、すぐに彼女に背中を向けた。

「君、俺の目の前で着替えるのか?」

「それがどうしたの?」

 心底不思議そうに言う彼女は、羞恥心が欠如しているかのようだった。ひょっとすると、普段は使用人に着替えを手伝ってもらっているのかもしれない。

 衣擦れの音が猛烈に居心地の悪さを助長する。正直なところ、外で徹夜をしても良いからこの部屋から出たかった。ハンター世界の教え子たちに、俺がロリコン教師でないことを必死に弁解しなければならない状況に居たくない。

 やがて、衣擦れの音が止んだ。ようやく着替えが終わったことに安堵の息を吐く。どうして俺は望まないラッキースケベの現場に居合わせなければならないのか。己の不運を嘆きながら振り向くと、ちょうどそのタイミングで、ネグリジェを着たルイズが物言いたげに俺の上着の裾を掴んだ。自分の目の届かない場所に行かれるのが相当嫌らしい。脱走されると思っているのかもしれない。

「……俺はそこで寝るよ」

 仕方なく、俺は藁束の上で寝ることにした。床よりは多少マシだろう。藁に不潔感はないのだ、寝床があるだけ上等である。俺が藁の上に寝転がると、ルイズは安心したのか、自分も天蓋付きのベッドに潜り込んだ。

「おやすみ」

 返事はなかったが、文句もなかった。





* * *



実は召喚された時点で、ゾル兄さんには既に精神的な影響が少し出ている設定だったりしますが、そこまで書ける自信がないのでここでネタばらし。召喚の門である鏡をくぐった効果で、召喚者であるルイズに対する攻撃を避けたがるような精神操作が入っているのですが、兄さんの場合はその精神操作に無意識で抵抗しようとして逆に心に余裕がなくなり、その結果分かりやすくツンツンしてしまった感じです。
それにしたって、貴族の平民に対する扱いはひどいですけどねにこ!
久しぶりに思いっきりたくさん書けて楽しかった……^^



prev | next


×
「#オリジナル」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -