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ゾル兄さんinゼロ魔その3
萌え 2014/05/11 21:49


 ルイズに不毛な文句をぶつぶつと言われながら、2人で草原を歩く。豪華な建物はやはり校舎で、小さなルイズの歩みに合わせていたため、俺達が辿り着いた頃には、次の授業が始まっているようだった。ルイズは慌てて校舎を駆け抜け、教室に滑り込んだ。教室は大学の講義室を石作りにした風情で、教卓に向かってすり鉢状に段差が広がり、生徒が教師を見下ろす形だった。当然、生徒達は既に席についていた。周囲には恐らく彼らの使い魔なのだろう、妙な生き物が生徒と同じ数だけ居る。大きな目玉の生き物を心の中でバックベアード様と名付けている俺を尻目に、ルイズは最後列の隅に何とか座った。

 俺も席に座ろうか悩んだが、長椅子に座ったルイズの隣は空いているものの、やや間隔を開けて別の生徒が座っている。背もたれを跨いで座るのは気が引けるし、他に空いている席はルイズから離れている。結局、俺は椅子を諦めて、ルイズの隣の壁際に立った。

 授業の内容は、使い魔との付き合い方や、これからの授業の取り方の説明だった。授業担当のコルベール曰く、使い魔とメイジ(この世界では魔法使いをそう呼ぶらしい)は、かけがえのないパートナーであるため、相互理解に勤めるのが重要であるうんぬん、だそうだ。使い魔は皆、この世界――ハルケギニアの生き物であるため、彼らの生態はそれぞれ文献や聞き込みで調べるように、とも教えられた。……俺はハンター世界の生き物なのだが。それに、俺を使い魔にしようとしていたルイズは、俺をパートナーではなく、下僕か何かだと思っていると感じたのは気のせいではあるまい。その説明の際、ルイズを横目で見ると、彼女もこちらを見ていた。だがすぐにむくれると、ふいっと顔を逸らした。仕草は可愛いのだが、やっていることは全く可愛くない。しばらくは面倒事から逃れられなさそうである。

 そして、使い魔の説明の中で気になるフレーズがあった。それは、召喚者と契約することにより、使い魔の体に刻まれるルーンというものである。それは、召喚者と被召喚者の間で使い魔契約が交わされた証であり、主人と使い魔を繋ぐ魔法のライン、らしい。ごく稀に、そのルーンが使い魔に力を与えることもあるとのことだが、コルベールはルーンに従属の効果があるか否かまでは語らなかった。未だに俺と契約できていないルイズを気遣い、あえて俺に情報を提供しないようにしているのかもしれないし、単純に重要視していないだけなのかもしれない。実は俺とルイズが草原で対峙していた時、彼は生徒に紛れるようにして俺に向けて杖を振っていた。その時の俺はこの世界に出現したばかりのタイミングで、おまけにルイズに集中していたため、彼の一瞬の動作に対して何もできなかった。今のところ、俺の体に変化はないため、探査か監視のための魔法を使われたのだろうと予想している。少なくとも、彼はそういう抜け目のない部分も持ち合わせているのだ。ルーンについてルイズにとって不利な面を語らなかった可能性は十分にあると思われた。……現状で、コルベールからルーンや使い魔について聞き出すのは難しそうである。

 ちなみに、その授業の間も、ルイズは事あるごとにクラスメイトから馬鹿にされていた。“ゼロのルイズ”のゼロとは彼女の渾名らしいが、一体どれだけ魔法ができないのだろうか。それから、俺はやはり文字が読めなかった。言葉が通じないよりはマシだが、不便である。

 その日はそれが最後の授業だったらしく、授業が終わると夕方になっていた。ルイズはぶつぶつと文句を言いながらも、俺を引っ張って食堂へやって来た。

 食堂は、学院の敷地内で一番背の高い本塔にあった。内観はホグワーツの大広間に近いが、それより狭い印象を受ける。それは、生徒用の長い大机が、ホグワーツでは寮に合わせて4つあったがこちらでは3つであるのと、ロフトの中階に教師席があり、その上に天井があるからだろう。ホグワーツの大広間の天井は、魔法によって空が映し出されていたため、独特の開放感があったのだ。その代わりに、壁際に並ぶ精緻な小人の像から名を取り、アルヴィーズの食堂と呼ばれるそこは、装飾に贅の限りを尽くしていた。天井からは美しいシャンデリアがいくつも吊り下げられ、その下のテーブルには上等な作りの蝋燭立てが等間隔で並ぶ。美しく揃えられた銀食器(シルバー)は、テーブルの間で配膳して回っている使用人達が丹念に磨き上げたのか、一点の曇りもない。さらに、やはり等間隔に並べられた花瓶に盛られた瑞々しい花は、真っ白なテーブルクロスに品の良い彩りを与えていた。これぞまさしく、貴族の食卓である。ふと、ハリポタ世界に居た某オールバック少年貴族を思い出した俺は、彼の家もこんな食卓なのだろうかと想像して、何故かほっこりした。

 なお、よく見ると、食堂の3つのテーブルには、それぞれ右側から茶・黒・紫色のローブを来た生徒達が座っていた。彼らの見た目から、恐らく3学年に分かれているのだろうと予想が付く。茶色が1年生、黒色が2年生、紫色が3年生と思われる。この学院は、3年間で卒業なのだろうか。

「随分と豪華な食堂なんだな」

 俺がそう漏らすと、今まで顰め面が多かったルイズが、珍しくにっこりとした。

「トリステイン魔法学院で教えるのは、魔法だけじゃないの。メイジはほぼ全員が貴族だから、“貴族は魔法をもってしてその精神となす”のモットーのもと、貴族たるべき教育を存分に受けるのよ」

 俺にそう説明するルイズは、今までで一番自慢げな顔だった。貴族であることに誇りを持っているのか、あるいは平民である俺に自慢できるのが嬉しいのかは分からない。機嫌が良いのなら怒鳴り散らすことはなさそうなので、良いに越したことはない。

「だから食堂でも、貴族らしくあるための教育を受けるってことか」

「そういうことよ。ここは貴族のための食堂だから、平民は入れないわ。ましてあんたはわたしと使い魔契約(コントラクト・サーヴァント)していないんだから、無理。当然、食事もないわよ」

 ルイズはそう言って俺を鼻で笑い飛ばす。そうやって傲慢な態度を取りながらも、鳶色の目は期待をちらつかせながら俺を見上げていた。大方、俺が「食事が欲しいから契約してください」と言い出すのを待っているのだろう。残念ながら、俺はゾルディックで鍛えられた暗殺者だ。数日食事を抜いたくらいでは全く堪えない肉体である。そんな俺にとって、ルイズの行動は(意地が悪いものの)可愛らしい範疇だった。

 俺は我ながら珍しく分かりやすい作り笑いを浮かべ、ルイズを見下ろした。

「じゃあ、君が食事をしている間、俺は自由に歩き回ることにするよ」

 すると、ルイズはぷーっと頬を膨らませて俺を怒鳴り付けた。

「勝手に出歩くなんて駄目に決まっているでしょう! 大人しく外で待っていなさい!」

 そしてつんと顔を逸らした彼女は、ずかずかと貴族らしくない仕草で食堂に入って行ったのだった。……俺の中にある主観的な認識では、彼女が誘拐犯で俺が被害者となっているのだが、彼女を始めとしたこの学院の人間にとってはそうではないのだろう。この世界に引き摺られてから何度も思ったが、なかなか酷い扱いである。ゾルディッククオリティのスペックと異世界トリップの経験値、そして相手が子どもでなければキレたくもなる(実際にその3つの要素がない状態ならば、キレている余裕すらないのかもしれないが)。

 人の出入りがある食堂の入口を避け、俺は少し離れた廊下の壁に背中を預けた。近くの窓からは、異世界の夜空が見える。紺色の絨毯のような空には、人口の灯りに乏しいが故に大量の星が煌めき、ハンター世界や現代日本のものよりも大きな月が2つ浮かんでいた。しかも、2つの月はそれぞれ赤と青の光を放っている。ファンタジー全開の光景だった。

(……さて。アレはどうしようかな)

 ところで、俺はこの校舎に入って少ししてから、俺を監視する視線があることに気付いていた。直接見られているような感覚ではなく、監視カメラを通して観察されているような感覚である。そんな曖昧なものが感じ取れるのはさすがゾルディック。そして俺は、こうしてひと気のない場所に来ることによって、ようやくその正体を暴くことができた。

 廊下の隅、ちょうど柱の陰に小さな白い影が見えた。ほんの一瞬、廊下を横切ったそれは、一見すると何の変哲もないハツカネズミである。しかし俺は、確かにそのネズミから視線を感じていた。

(ここは魔法の世界だし、あのネズミの目を通して誰かが俺を監視しているのかもな。順当に考えれば、監視しているのは教師の誰か。コルベール……いや、人間の召喚に前例がないのなら、コルベールよりも上の人間が俺を警戒して監視しているのかもしれない。コルベールが上の人間に俺の存在を報告したんだろう。俺もコルベールと同じ立場だったら、生徒の安全を考えて同じことをしているし)

 そこまで考えた俺は、やはり今まで通り監視に気付いていないふりをすることにした。監視に気付けたので、その視線を感じるところで不穏な行動を取らなければ良いだけだ。単独行動が必要に迫られれば、監視が外れるタイミングで絶(ぜつ)をして気配を断ち、こっそり行動すれば問題ない。監視役があのネズミだけならば、行動範囲もそう広くないだろう。撒くのは容易い。

(監視はどうにかできるけど、結局は地道に聞き込みをして、必要な情報を集めるしかないのか……もしくは、字を覚えてこっそり文献を漁らないと。俺、語学は壊滅的に苦手なんだけどなぁ)

 使い魔契約をするにしても、ハンター世界への帰還方法を探るにしても、道は楽そうではない。先の苦労を思い、俺はひっそりとため息を吐いた。この際、ツンツンしていて尊大ではあるが、根が素直そうなルイズから直接聞き出すのも悪くはないかもしれない。そうだ、そうしてみよう。





 食事が終わった後、俺がルイズに連れて来られたのは女子寮(この学校は全寮制らしい)だった。俺の脳内で“淫行教師”という四文字が踊り狂ったのは仕方がないことである。俺はロリコンではない。女子寮に足を踏み入れたのもルイズの都合であり、俺の都合ではない。こんなところでも俺の人権はないのだろうか。淫行教師という絶望的な四字熟語のせいで、男の身ながら女子寮に入れたという喜びは全くなかった。そもそも、俺は年下ではなく年上のお姉さまが好みである。この女子寮に居る少女は全員俺の年下、しかも恐らくハンター世界での俺の教え子と似た年頃と思われる。スケベ心など恐ろしくて微塵も湧かない。ハンター世界の可愛い教え子たちよ、先生は絶対にヘンタイ教師にはならないからな!

 俺がそんなしょっぱい思いをしていることなど知る由もないルイズは、さっさと自分の部屋に入った。年頃の少女の部屋に入ることに抵抗を覚えていると、彼女は俺の腕を引いて部屋の中へ放り込み、扉に鍵を閉める。彼女は男を部屋に入れることに対して、何の頓着もしていないようだった。変に騒がれるよりはマシなのかもしれないと自分を言い聞かせた俺は、さっと目を走らせてさり気なく部屋を観察した。ちなみに、あのハツカネズミは部屋の中まではついて来なかった。さすがに拙いと思ったのか、もしくはいい加減にバレそうだと思ったのかもしれない。

 広さは12畳程度だろう。昼間の太陽の向きから考えて、恐らく南側に窓が設けられており、窓の下には藁の束が積まれている。そして西側には天蓋付きの可愛らしいベッド、東側には大きなタンスが置かれていた。北側は扉である。他には参考書を広げてレポートを書くくらいはできそうな大きさの丸テーブルと、それと同じデザインの椅子が2脚ある。家具はどれもアンティーク調で、一般家庭には置けないような高価な物だと一目で分かった。そもそも、そんな上等な家具は、普通の家庭にあっても不自然に見えてしまうだろう。この学院と、この部屋の主である彼女の上流階級特有の雰囲気があってこそ、それらの家具は違和感なくそこに存在していた。

 ルイズはカーテンを閉めると、テーブルの上に置かれている洒落たデザインのランプを点けた。この世界にはどうやら電気が通っていないらしく(この学院で電気を使っていないのなら、高確率で電化製品は存在しないだろう)、光源はそれしかない。ガス式ではないランプは、魔法の力で動いているのだろうか。動力源が分からないそれは、室内を淡く照らし出した。

 ルイズは椅子に座ると、据わった目付きで俺を見上げた。

「さあ、そろそろわたしと使い魔契約してもらうわよ」

 ……どうやら、契約を巡って第2ラウンドが勃発するようである。



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