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ゾル兄さんinゼロ魔その1
萌え 2014/05/11 21:45


・兄さんの格好はいつも通りの黒い上着&白いハイネック&ジーパン&黒いブーツ。
・兄さんが結構イライラしている。
・今までの中で1、2を争う理不尽系かもしれない。





 俺は仕事前の空いた時間に、ぶらぶらとククルーマウンテンの森林を歩いていた。隣には、体高が俺の身長よりも高い番犬・ミケがいる。俺はミケとごく稀に、こうしてゾルディック家の私有地内を散歩する。ミケは番犬とはいっても、鎖に繋がれてはおらず、常にあの試しの門付近に待機しているわけではない。思い出したように、ククルーマウンテンを見回るように移動しているのだ。無論、その間に試しの門付近に客が来れば、ミケはすぐさま察知して門へ戻る。俊足のミケが本気を出せば、その長く逞しい足で大した時間もかからず門に辿り着けるのだ。つまり俺は、番犬を無理矢理連れ出したのではなく、ミケ自身の気まぐれな散歩に付き合っている。不規則な警邏(散歩)自体が、番犬のための躾としてプログラムされていることかもしれないが、あまり気にしないようにしている。

 時刻は昼下がりだ。それなのに、森林の中は霧に満ちていた。それは、歩を進めるごとに深くなっていく。生い茂る枝葉が湿り、こうべを垂れる花弁から雫が滴る。それらと同じように、俺の体全体も湿気に包まれ、前髪がしっとりと肌に貼り付いた。霧で見えにくくなっているミケの白い体毛も、ぺたりと寝ている。

(この時間に、こんなに霧が濃いのは珍しいな。……仕事前に濡れネズミになるのは困る)

「俺は先に戻るよ。ミケはどうする?」

 俺がそう言いながら、ミケが居る方向に顔を向けた時だった。姿こそ霧に覆われて見えないものの、確かに感じていた番犬の気配が、唐突にふつりと途切れたのだ。何者かに殺されたとも思えない、それこそ消失したとしか思えない消え方だ。おまけに、それとほぼ同時に、俺の足元がずぶりと沈んだ。咄嗟に視線を落とすが何も見えない――いや、何かが見えた。まるで水のような、あるいは銀色に輝く鏡のような何か。非現実的な表現になるが、鏡のような水というのが正しいと思われる物体が、俺の足元にあった。その不可解な水は、瞬く間に俺の体を下から上へ飲み込む。

(――≪殉教の楔(ゴーストハック)≫!)

 何者かからの念攻撃の可能性を推測しながら、俺はすぐさま発(はつ)を起動させた。起点にしたのは衣服に装備しているナイフでも、ブーツの側面に装着しているナイフでもなく、靴底に仕込んだ超小型ナイフだ。小指の第一関節ほどの長さもないそれは、あまりにも小型過ぎて、殺傷能力はないに等しい。しかし、だからこそ俺の発を最速かつ最大限に使用できる隠し種である。それは、刃先をほんの少しだけ靴裏から露出させている。当然、手入れ目的以外で取り出すことは想定していない。土踏まずの辺りにあるため、地面にすらまともに接触しないものだが、空気に触れてさえいれば発を使用できるので十分だ。

 鏡の水は薄皮一枚程度存在するだけで、向こう側の空間に繋がっているような感覚だった。既に膝下まで喰われている状態だったが、まだリカバリーは可能だろう。

 俺は靴裏の付近にある窒素分子を制御し、急速にその温度を低下させた。それによって生成された固形窒素の小さな床を踏み台に跳躍すれば、鏡の水から脱出できる。言ってしまえばこれは、格闘ゲームでいう二段ジャンプだ。俺にはコマンドやゲームシステムによる制限がないため、オーラが続く限り空中ジャンプができるし、空中に立つこともできる。……手の内を晒したくないので、必要に迫られない限りはやらないが。

 俺の足は、確かに固形窒素の床を踏みしめた。そして、その床を蹴った。だが、体は一瞬だけ落下を止めただけで、既に鏡の水に飲み込まれた部分が浮上することはなかった。

(どうなってんだ!?)

 数回繰り返すが、やはり体は浮上しない。これが念能力によるものならば、一度飲み込んだものは吐き出さないという設定なのだろう。ならば、俺が落下に抗う術はない。

(ミケ!!)

 鏡の水の向こうに敵が居るのならば、声も名前も情報になる。俺は叫びたいのを堪えて、内心でミケを呼んだ。だが、俺の体が完全に飲み込まれるまで、霧の向こうにミケの気配が現れることはなかった。





 鏡の水の向こう側も、白い世界だった。そして、落下はすぐに終わった。突然現れた床をしっかりと踏みしめて着地した俺は、すぐさまナイフを抜き放って周囲を円で索敵した。右手にグルカナイフ、左手にスローイングナイフを構え、どこから何が来ても即応できる体勢で、ひたすら気配を探る。

(この白いもやは……霧じゃ、ない?)

 そうしてまず初めに気付いたのは、俺を取り囲む白い物体が霧ではなく煙だということだ。先程とは違い、水の匂いではなく埃っぽい土の匂いが辺りに立ちこめている。そして、床が土ではなく柔らかい草――森林の中ではありえないものになっている。しかも、木々が密集した閉塞感はなく、広間の様な開放的な空間だと感じる。

 俺がその場で警戒していると、徐々に白煙が薄れてきた。すると、それと入れ替わる形で、煙の向こう側に大勢の人間の気配とざわめきが染み出るように現れる。その気配は俺を囲むように位置しているが、その中の1人は集団から突出し、ちょうど俺の正面にいるようだ。

(鬼が出るか蛇が出るか……でも異世界は勘弁してくれ)

 そんなことを考えながら、煙が完全に晴れるのを待つ。向こう側の人間に動く気配がなかったので、待ちに徹することにしたのだ。そうして煙の隙間から最初に見えたのは、小柄な少女だった。不安と期待に揺らめく無防備な幼い顔を見た瞬間、俺は咄嗟にグルカナイフを腰に戻し、スローイングナイフを手の中に隠した。ざわめく周囲と危機感の欠片もない少女の様子から、あからさまな敵意は見せない方が良いと判断したのだ。まずは、様子見だ。構えも解いて、一見すると無防備に見えながらも、やはり攻撃には即応できる姿勢で待つことにする。

 やがて、ようやく白煙が完全に消え失せ、少女の全貌が明らかになった。年は11歳のキルアよりやや年嵩程度に見える。身長は150cm前後だろう。ストロベリーブロンドというのだったか、桃色がかった金の柔らかそうな髪を腰まで伸ばした彼女は、甘そうな髪色とは裏腹に、目尻が吊った鳶色の大きな瞳が勝気そうに見える。透明感のある白い肌に、どことなく上品そうで愛らしく整った顔立ちなので、キャラ付けをするのならばツンデレお嬢様といったところか。そして折れそうで華奢な体には、白いブラウスと黒いプリーツのミニスカート、黒のニーハイソックスにローファーを身につけ、更に肩から羽織った黒いフード付きマントを、胸元の五芒星(ペンタクル)を刻んだブローチ……いや、ループタイらしきもので留めている。ちらりと視線を走らせると、周囲にいる大勢の子ども達も同じ格好をしているので(男子はもちろんスカートではなく、黒のスラックスだが)、制服なのかもしれない。そんな彼女は右手に30cm程の木の棒を持ち、こちらに向けていた。……その姿からは、某イギリスの魔法学校を彷彿とさせられる。周囲の風景は、俺の記憶の中のホグワーツ城とは全く一致しないので、違うと思われるが。

 そう。現在、俺が立っている場所は、ククルーマウンテンでもホグワーツでもなかった。広い草原である。遠くには、いかにも富豪の屋敷、あるいは城といった風情の豪華な建物が建っている。さらにその向こうに小さく見える街の景色も、どこか中世ヨーロッパを思わせる造りで、ククルーマウンテンはおろか、ビルが並ぶパドキア共和国のものとも思えない。頭上に広がっている抜けるような青空が、妙に虚しかった。そして極めつけは、俺の目の前に居る美少女。

(あの子、すっげー見覚えがあるような……)

 嫌な予感が募る。これがハンター世界のどこかで開かれたサバトだかオカルトマニアのオフ会でなければ、俺はまたしても異世界に突っ込まれたのではないだろうか。異世界は勘弁してくれって、さっき心の中で言っただろうが!! たまには俺の話を聞けよ神様! あと一発くらいグーで殴らせろ!

 俺が内心で罰当たりな事を考えていると、周囲の子ども達が俺を見ながらひそひそと話し出した。

「人間だ……」

「あいつ、人間を召喚したぞ」

「あの人は平民なのかしら?」

「でも平民らしくない格好よね」

「貴族らしくもないな。田舎の平民なんじゃないか?」

 事実を淡々と述べるという風情ではなく、俺(というよりも平民)に対する蔑みが滲んでいた。恐らく、周囲の子ども達は、貴族といった特権階級の人間なのだろう。しかし、揃いも揃って平民を蔑視するというのは、どういうことなのか。中世ヨーロッパ的なファンタジーの中で、平民を蔑む貴族は珍しくも何ともないが、子ども達からは、それがまるで普遍的で当然の価値観のように感じられる。

「君は……?」

「あんた、誰?」

 俺がそう訊ねるのとほぼ同時に、目の前の少女も俺に訊ねてきた。そのセリフが出てくることや、先程の子ども達のセリフから推測すると、本来は人間以外の何かを召喚しようとして、何故か俺が現れたということになる。同時に、恐らく少女が俺を召喚したのだろうということも推測できる。

「……推測すると、俺は君に“召喚”された人間なんだろうね」

 その“召喚”の対象範囲が召喚者と同じ世界、つまりハンター世界に限るのならば問題ない。だがもしも、異世界まで含んでいたら面倒だ。そして俺は、高確率でその面倒な事に巻き込まれている気がする。

 俺があえて曖昧な返事をすると、少女は俺から視線を外し、子ども達の集団の傍に立っていた中年の男に向かって叫んだ。

「やり直しをさせてください、ミスタ・コルベール! もう一度召喚させてください!」

 どうやら彼がこの場の責任者のようである。大きな木の杖を持ち、中肉中背の体を真っ黒なローブで包んでいる。額が頭頂部まで浸食しているのは、中年男の悲しい現実だろう。アー●ネイチャーに縋らない潔さを称えれば良いのか、そもそもそういう技術がない可能性を考慮して同情すれば良いのか、考えどころである。

 穏やかな目をした男――コルベールは眼鏡の位置を直しながら、しかし少女の申し出をばっさりと切り捨てた。

「やり直しは認めないよ」

「どうしてですか!」

 少女はすかさず噛み付くが、コルベールは首を横に振る。

「決まりだよ。2年生に進級する際、君達は“使い魔”を召喚する。それによって現れた使い魔で今後の属性を固定し、専門課程へ進むんだ。一度呼び出した使い魔の変更は出来ない。春の使い魔召喚は神聖な儀式だからね。好むと好まざるにかかわらず、彼を使い魔にするしかない」

 進級というからには、子どもたちは生徒で、コルベールは教師なのだろう。そうなると、ここらから見える豪華な建物は、富裕層を対象とした学校の校舎なのかもしれない。

「でも……」

「これは伝統なんだ、ミス・ヴァリエール。例外は認められない。相手が何であれ、呼びだされた以上、君の使い魔にならなければならない。古今東西、人を使い魔にした例はないが、春の使い魔召喚の儀式のルールは、あらゆるルールに優先する。彼には君の使い魔になってもらわなくては」

(わーすっげー。学校の先生が俺の人権丸無視してるーぅ。いくら俺が得体の知れない相手といっても、扱いが酷過ぎるだろこのやろー)

 人権教育の欠如かもしれないし、常識力の欠如かもしれない。文化の違いと言ってしまえばそれまでだ。だがムカつくものはムカつくので、俺は心の中でコルベールの残された髪の毛達にバリカンの刃を当てた。実行しないだけ有難いと思え。

「うぅ……」

 一方、コルベールにぴしゃりとそう言われたヴァリエール嬢は、渋々と俺に向き直った。

「ミス・ヴァリエール。彼と儀式を続けなさい」

「彼と?」

「そう、早くしなさい。次の授業が始まってしまうじゃないか。君は召喚にどれだけ時間をかけたと思っているんだね? 何回も何回も失敗して、やっと呼びだせたんだ。いいから早く契約したまえ」

 周囲の生徒たちも、コルベールに同調して野次を飛ばす。その野次の中に「ゼロ」という言葉を聞いた俺は、先程とは比べ物にならないほどの悪寒に襲われた。嫌な予感がする。とてつもなく嫌な予感がする。

 肩を落としたヴァリエール嬢は俺の顔をじっと見上げ、悔しそうにも恥ずかしげにも、困惑したようにも映る表情になって頬を染める。

「光栄に思いなさいよ。貴族にこんなことされるなんて、普通はあり得ないんだから」

 彼女は目の前で小さな杖を振り、ぶつぶつと妙なことを言い始めた。



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