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天女じゃないよ大学生だよ
萌え 2014/03/11 20:25


 高い所は嫌いではない。遊園地の絶叫マシーンは普通に乗れるし、スカイツリーの展望台から景色を見ることに恐怖感はない。しかし、高い所が特別好きというわけでもない。高層ビルを登りたがる特定の人種の心理は、一生理解できないだろう。つまり、俺は高所に対する思い入れは全くない、人並みな人間なのである。

 そんな凡人たる俺は今、地球を眺めている。かろうじて大気圏内だろうかという絶妙な距離で、母なる惑星を眼下にしているのである。この距離では、首をめぐらせても大地の切れ目が分からない。ただ、目の前の物体がゆるやかな曲線を描いていることは分かった。ちなみにこれらはホログラム等の映像作品の話ではない。肉眼での話である。

(地球が青い……いや白い)

 某有名人の台詞を脳内でぼんやりと確認する。確かに俺の眼下に見える巨大な球体は青い。だが大気圏内なので、白い雲に覆われている部分も多い。そういえば、地球が青かったのは昔の話だったろうか、などと現実逃避気味に考えた。そもそも俺はスカイダイビングに興味はない。さらに言えば、ひもなしバンジーにも興味はない。それらをやりそうな知り合いもいない。つまり、普段着という全くの装備なしで上空に放り出されるような事態に陥るわけがないのだ。

(せめて夢であってくれ。現実でも異世界でも嫌だぞこれ)

 思考の中にこの場が異世界であるという選択肢が自然と加わっているのが悲しい。だが、何の前触れもなく、見たこともない場所に放り込まれる類の事件には、残念なことに慣れてきているのである。そして今回も夢ではなかったようだ。

 存在を忘れかけていた、あるいは忘れようとしていた重力が俺の体を捉えた。即ち自由落下である。眼下に見えるのは青い海に白い雲、そしてそれらの奥には堅そうな地面。都合良く海に落ちる保証はない。いや、たとえ真下に海が広がっていたとしても、あまり高所から落下してしまえば、水面でさえ凶器に変わる。その高さがどれくらいだったか思い出す余裕はなく、思い出したところで地面か水面とこんにちはする未来が目前の今では何の意味もない。

 頭から真っ白な雲に突っ込み、それを切り裂いて下へ下へ落ちていくと、雲の切れ目から懐かしの日本列島が見えた。どうやら日本かその付近に落下しそうではある。だからなんだというのか。俺の死に場所が発覚したから喜べとでも言うのか。

「駄目だこれ死んだ!!」

 どう考えても死ぬしかない。俺が小さなアリだったり、重力が軽かったりするのならば助かる見込みもあるが、体に感じる負荷は死しか予感させない。

 しかし、いつまで経っても死の前兆である走馬灯は過らない。しかも意識が飛ばない。20歳になってから碌でもない体験が多いせいか、この期に及んでも頭の一部にある冷静な部分が、事態の異常性を訴える。人間の体は、こんな状況下において重力に対抗できるほど強くはない。自由落下を続ける肉体は、重力によって体内を巡る血液が偏り、確実に身体機能に異常をきたす。特に今の俺は、視界に概ね青い空が映っていることから、頭部を下にして落下しているものと思われる。つまり、血液が下半身に偏り、とっくに脳貧血で意識を失っているはずなのだ。こんな状況下でも脳の血液量を保てるほど、俺の心臓は強靭ではない。

 意識が途切れるどころか、こうしてとめどなく思考の波が押し寄せるのはおかしい。まるで極度の集中状態で訪れる刹那の世界を連続して体感しているようである。そこまで考えた俺は、今の俺は思考が異常に高速化している状態であると気付いた。この感覚には覚えがある。この感覚は身体能力が飛躍的に向上した世界――ハンター世界で念能力者として開花したあの時のものだ。

 そう自覚した次の瞬間には、俺は体で覚えたオーラの探り方を実行し、確かにそれが存在することを確認した。ここは異世界だ。念能力者としての能力を持っているのならば、俺の命はまだ終わると決まっていない。諦めるには早すぎる。

「死んで、たまるかあああああ!!」

 全力でオーラを体に纏い、纏(てん)を。そしてそこからオーラの防御膜の強度を上げ、堅(けん)に移行しなければならない。だが、この地点から地上に接触するまでどのくらいの時間がかかるか分からない。念能力には生命力たるオーラが必要不可欠だ。堅はただでさえ大量のオーラを使う上、全力で使用するとなると俺では30分間の維持すら厳しい。心情的には今すぐ使ってしまいたいが、せめてまともに地上が見えてからにしないと、着地の瞬間まで持たないかもしれないのだ。今は纏を維持したまま落下し、上手く全力を出して堅に移行するタイミングを計らなければならない。

 纏をした瞬間、体中に走っていたピリピリとした感覚が消失した。その瞬間、俺は流星を思い出して血の気が引く思いに駆られる。これだけ高所から落下していれば、地球に落ちる隕石のように、大気との摩擦で燃え尽きていてもおかしくない。今までそうならなかったのは、異世界補正だろうか。俺としてはむしろ、そんなことを心配する必要がなくなる補正の方が切実に欲しい。とりあえずありがとうハンター世界。散々な目に遭わされたが、あの世界で念能力を会得していなければ、今頃俺はとっくに死んでいた。

 高層・中層・低層の雲を突き抜け、とうとう落下地点が地面だと確定した。日本列島の某山が、ぐんぐん俺に近づいてくる。最早、堅を出し惜しみする必要もないだろう。というよりも、これ以上の出し惜しみは精神的に不可能だ。怖すぎる。俺は全身の精孔を開くイメージでオーラを体内から発散し、体をオーラの壁で覆った。非能力者には見えないが、今の俺は全身をくまなくオーラの鎧で護られている状態だ。

(とにかく上半身は護り抜く!)

 地面に接触する部分は、オーラで護られていても絶対にボロボロになるだろう。そのため、せめて足から地面に降りなければならない。両足はほぼ確実に潰れるだろうが、両腕が使えれば、発(はつ)を使用できるかもしれない。使えないにしても、下半身より上半身を護った方が、生存率が高いのは明らかである。

(地面に接触する瞬間に、全てを賭ける!)

 意識が途切れないのならば、最後の瞬間まで死に対して抗える。俺は堅をしながら、空中でなんとか体勢を変えようと必死になった。しかしなかなかうまくいかない。頭を下にした状態から、なんとか頭と足の位置を入れ替えたかと思えば、体が余計に回転してしまう。徐々に強くなる焦りを無理やり押し潰しながら、俺は何度も体勢を変えようと奮闘した。

 山が接近し、生えている木が接近する。俺が落下するところはちょうど木々が生えていない、開けた場所だった。しかも建物が見える。どうやら何かの敷地内らしいが、それがどういうものなのかを観察する余裕はない。木のクッションも当てにできないのなら、ますます自力でどうにかするしかない。だが体勢が定まらない。拙い。

(このままだと……っ、ん?)

 死が濃厚になってきたその瞬間、急激に落下速度が落ちた。俺は運悪く、地面に背中を向けるという不格好な形になってしまう。この速度ならば地面に落ちても怪我しないだろうが、かといって無防備な背中から落下するのは嫌だ。だが妙に緩やかな落下速度のせいで、上手く姿勢が変えられない。

 仕方なく、俺は背中から地面に落ちることにした。真下にある地面が平坦なのか、何も物がないか覚えていないので、念のため堅は続ける。程なくして俺はゆっくりと地面に接触――することはなかった。

 誰かが、俺の体を受け止めたのだ。いつの間にか、2本の腕が俺の背中と膝裏の下に差し入れられていた。状況がよく分からないが、親切な人間もいたものである。しかし、自分の体勢がいわゆる姫抱きもとい横抱きであることに思い至った瞬間、落下したせいだけではない疲労感がどっと体に押し寄せた。

 俺はシータを受け止める役に立候補すれども、パズーに受け止められる役にはなりたくない。「親方! 空から女の子が!」と叫ぶ役であっても、「親方! 空から不審者が!」と叫ばれる役はご免である。

 そんなことを内心で考えつつも俺は、受け止めてくれた恩人を見上げる。恩人は年若い少年だった。どこかで見たような気がする、前時代的な頭巾と着物を着た彼は、俺を見下ろして困惑した顔になった。

「……天女、様?」

 その言葉が本気ならば、お前の目はムスカのごとく潰れてしまえ。





* * *



天女にしてみよう→空から落とそうぜ→ちょっと高すぎた
天女ならば天空から舞い降りるべき。

最後に受け止めた忍たまが誰なのかは想像にお任せします。天女と思って受け止めたらでかい男だったという悲劇(兄さんの身長は175cmなので、忍たま全員よりでかかったはず)。受け止める前に気づけよ。



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