更新履歴・日記



選ぶも何も成り行きである
萌え 2023/06/26 22:22


・景光さんと麻衣兄同居シリーズ
・麻衣兄さん視点
・ゼロティー時空で景光さんが公安コンビと再会





 会社帰りのサラリーマンがメインターゲットの高架下屋台なんて、高校生が行きにくい飲食店の上位だと思う。ただ、酒を飲める年になってからは「友人を誘って行けそう」くらいにはなるので、いつか行ってやると思っていた矢先に軽率に何回もバラエティに富んだ未成年の体にしてくる異世界はクソである。

 さて、俺と同居し始めて二年近く経っている同居人の自称緑川唯青年は、大変に真面目である。真面目であるが故に高校生をオッサンの憩いの場たる(偏見)高架下屋台に連れて行くなどやりそうにない人物である。それなのにSPRの現場調査帰りにわざわざ寄り道してくれるのは、俺が出来心で唯さんにお願いしてみたからである。つまり唯さんは俺のおねだりに結構弱い。……死ぬほどいらない情報だなこれ。誰得だよ。

 そんなこんなでひと気も減って来た夜。唯さんが片手で赤い暖簾を上げる横からひょこっと顔を出した俺は、屋台の年季が入りまくった丸椅子にやたらキラめいた人間が座っているのを目撃した。

(……アァー! なんつー分かりやすい顔面!!)

 口が裂けても言えない本音を胸中でぶちまける俺は悪くない。屋台の暖簾を上げたら安室透とか何の即死トラップだ。これからこの屋台で殺人事件でも起きるのだろうか……いやそれはコナンの方か。だがポアロ以外で安室さんと鉢合わせるのは心臓に悪いので本当にやめて欲しい。俺が既に何回か彼と顔を合わせたことがある知人というのは、果たして良いことなのか悪いことなのか。

 それにしても、こちらを振り向いたまま瞠目している安室氏はさすがのイケメンぶりである。金髪も青い双眸もキラキラしすぎて屋台の中で浮きまくっている。目が痛いし頭も痛い。そしてそのえげつない顔面光源のせいで隠れがちだが、彼の隣に座っているやや強面の眼鏡でスーツの男性もこちらを見て息をんでいる。いやその反応、絶対安室さんというか降谷さんの部下だろ。それだけ同じ顔をしておいて他人とかあり得ないだろ。

 安室さんも眼鏡さんもこちらを見て驚いているのだが、こちらというのは正確に言うと――俺の隣にいる唯さんである。安室さんとその部下っぽい人と唯さんが知り合いと仮定するならば。

(うーん。俺、邪魔だな)

 どう考えても俺はこの場にいない方が無難である。俺は唯さんの袖をちょいと引いた。厄介事には首を突っ込まないのが長生きする秘訣である。この流れだと唯さんは安室さん関係の人間ということから警察官で確定っぽいが(眼鏡スーツの男性が黒尽くめの組織関連には見えないので)、だからといって警察官の中でも特殊であろう人物たちに挟まれておでんなんぞ食っていられるか。俺はもっと静かな環境で大根とか牛すじと向き合いたいのである。

「……忘れ物しました」

 誰が聞いても分かる大嘘だが、この場を離れられるのなら何でもいい。俺に悪意がないことが伝われば問題ないのだ。俺、善良で何も知らない一般通行人なので家に帰りまーす。余計な情報を俺に与えないでください泣くぞ。

「取りに帰るので先に注文していてください」

 帰るとは言ったがここに戻るとは言ってない。家が俺を放してくれない予定なので致し方ない。俺は愛すべき自宅に向かうため踵を返した。さらば安室透と厄介事たちよ。俺がいないところで存分に情報共有でもしてくれ。

 知人の安室さんに挨拶の一つもなく帰るのは失礼な気がしないでもないが、そんなことよりさっさと離れたい。安室さん? そんな人屋台にいましたっけ?

 などと内心ですっとぼけながら戦略的撤退を図るが、その前に唯さんに腕を掴まれた。今に始まったことではないが、長身の部類に入る唯さんに不意打ちで掴まれたりすると、どうにもならない体格差で結構ビビる。俺の腕を掴む唯さんの手に力は入っていないが、かといって容易に振りほどける気は全くしない。それでもビビる程度で済むのは、彼がこのまま俺の腕をへし折るような真似はしないと知っているからである。……何故へし折られる心配をするかって? 今まで巡らされた異世界の中には、気分次第で通行人の首を飛ばすヤベー奴もいたからである。それを思えばちょっとばかし殺意が高いだけの米花町って平和なのか?

 唯さんが咄嗟に俺を引き留めたのは、ギスギスおでん祭に強制参加させるためではなく、単純に俺を一人で帰らせることを厭ったからであった。そりゃそうだ、常識的な判断である。俺だって逆なら同じことをするだろう。

「夜道を一人で歩かせられないよ」

 だがそんな紳士なことを言う割に、彼はどこか不安げな空気を纏っている。俺よりも唯さんの方が余程危なっかしい気配すらする。何となくそのまま二人で手を繋いで夜道を歩いていると、俺が子どもの頃のことを思い出した。

 昔、家族で出かけた夏祭りではぐれた幼い弟を見つけ出し、泣きべそをかいている弟と手を繋いで歩いたことを思い出す。目の前の青年は図体こそデカいものの、あの時の弟と似たような雰囲気がするのだ。これで面倒見の良い兄か姉持ちの弟でなければ、相手に庇護欲を抱かせる天性のヒモ属性かもしれない。俺も俺で、この人相手だと少し甘いというか弱いのだろう。俺の本当の弟はこの人ほど真面目じゃないが。

 帰る途中でコンビニに寄ったときに自然と繋いだ手が離れたが、それは彼の不安が解消したからではなかったようだ。

「おでん、また今度食べに行こう」

 自宅近くでそんなことを言われ、その屋台に安室透(厄介事フラグ)がいないならな。と馬鹿正直に言えるはずもなく、俺は無言でにこりとするだけに留めた。笑顔を返した後で、微妙に唯さんの表情が暗くなったような気がしたので、反応を間違えたのかもしれない。

 玄関に辿り着いたところで、何か思うところがあるらしい唯さんに手を取られた。妹だった麻衣と生活習慣が違うからか、冷え性の俺にとって彼の手はあまりにも熱かった。俺(麻衣)の手を簡単に握り込める骨ばった手は、皮膚が厚く“何か”をやっているのだろうと知れるので穏やかな彼には似つかない。俺なんぞひと捻りだろう。そのくせ、はぐれないように兄の手を握り締める弟のようないじらしさを匂わせるのだ。実際、思わず見上げた唯さんの顔は笑みこそ浮かべているものの、眼鏡の奥にある灰色の双眸は縋るようにこちらを見下ろしていた。

(情緒不安定過ぎでは?)

 突然危なっかしくなるのはやめて欲しい。とりあえず目の届く場所にいる間は面倒くらい見るが、この人そのうち元の職場に戻るんだろうし、早めにメンタルを元気にして欲しい。それとも、かつてこの人はそうならざるを得ないような環境に置かれていたということだろうか。あるいは今夜、唯さんは俺の前から消えるのだろうか。それならば最後の別れの前に、手の一つや二つ握って感傷に浸りたくなるのも仕方がないかもしれない。俺と唯さんは長くはないが、短いとも言い難い付き合いではあるのだ。

 仕方がないので、俺は何も言わずに手を握り返した。これで握り納めかもしれないと思えば文句も出ない。翌朝、起きた時に一人になっていたとしても、俺は平気だ。俺の大事な人たちは別の世界でちゃんと守られているので、むしろ一人の方が身軽に動けて身を守りやすいと割り切れる。寂しいと思わなくもないが、俺はその寂しさが永遠には続かないと知っているので、この世界にいる間は一人でも生きていけるのだ。

 そして唯さんは、緑川唯と名乗らなくてもいい場所に戻れるのならそれが一番だ。彼との同居生活はいい思い出になったが、それでも彼の本名は俺には必要ないのである。





 ――とか何とか考えつつ図太く惰眠を貪っていたのだが、翌朝になると唯さんが笑顔でぶり大根作ってた件について。え、帰るんじゃないのかよ。じゃあ昨日のアレコレは本当にただの情緒不安定か? 大丈夫かよお巡りさん。





+++





景光さんは深読みし過ぎ。麻衣兄さんはあっさりし過ぎ(というか覚悟完了してる)。

兄さんは親友相手なら現代日本に帰るまできっちり付き合う気なので、メンタル的にどれだけ寄りかかられても平気。それ以外の異世界人相手なら責任持てないので、他に居場所があるならそこへ誘導する。

リドル? アイツはほっといても元気にしてるよ。



prev | next


×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -