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結果的に人命救助しても人間やめてる
萌え 2023/06/05 22:57


・ゾル兄さん結果論シリーズ
・成り行きで伊達さんが助かる話





 ゾルディックの人間だから適当に過ごしていても常に俺TUEEE、とかそんな上手い話はない。なんやかんやで一応は人間なので、日々の鍛錬を怠ると筋肉はあっという間に衰えるし勘も鈍る。そんなことになろうものなら俺は家族にシバかれる……どころではなく、冗談抜きで死活問題に直面する。暗殺業から離れている以上、勘が鈍るのは致し方ないだろうが肉体スペックが落ちるのは言い訳できない。

 そんなわけで早朝、暗いうちから起き出してジャージ姿でロードワークというのが朝の日課になっていた。あらゆる異世界において、ある程度生活が安定した際の俺の日課とも言う。諸伏が工藤邸に身を寄せてしばらくの間は、彼も俺のロードワークに付き合いたがったが、出会ってから1年以上経過した現在では口が裂けてもそんなことは言い出さなくなった。朝から一日分以上の体力を使い果たすので無理、とのこと。うん……俺がやってるの、ゾルディック的価値観のロードワークなんで……。サッカー部で朝練をこなしていた時期の新一も俺にドン引きしていたらしく、意見が合ったのかやたら諸伏と仲良くなっていた。新一と諸伏が仲良くなるのは別に構わないが、そういう仲の深め方って酷くないか? そうでもない? そうですか。諸伏とは「カッコイイ筋肉の付け方」で盛り上がっていたのに、俺相手には聞いてもくれないのは寂しいのだが。試しに理由を聞いてはみたが、「参考にならない」とバッサリ切られて余計に悲しい。俺だって、自分がやる時と一般人に勧める時はちゃんと方法を変えるのに! 諸伏が完全にいい奴なので嫉妬もしづらくてどうしようもない。

 ロードワークと称して決まったコースもなくあちこちを動き回るのも意味はある。地形を知っておけばいざという時に役立つ。いつぞやに監視カメラを避けてウロウロできたのも、周囲に何があるか把握していたからである。今後については、もしかしたら諸伏関連で役立つ機会もあるかもしれない。いざというときは新一と諸伏を抱えて空港まで走って逃げるのもやぶさかではない。どうして空港かって? アメリカにはチート夫婦がいらっしゃるからだよ! 今も定期的に帰国しているが、工藤夫婦の本拠地は相変わらずアメリカである。

 思う存分ウロウロしていると、空もだいぶ白んできた。そろそろ帰る時間だ。徐々に人の動く気配が広がって来た住宅地の角を曲がったところで、俺は前方から走ってくる軽トラックと出くわした。住宅地の割に速度が出ているように見えたため、俺は何だコイツと思いつつ運転席を窺った。

(は?)

 見上げると、運転席で男性が項垂れているのが見えた。居眠りをしているのか意識を失っているのかまでは分からない。だがこのまま放っておけば大惨事に繋がりかねないことは理解した。

(はぁ!?)

 たまに事件現場にいる新一を迎えに行く都合上(さすがに諸伏を迎えにやれないので俺の役目である)、やたら手の込んだことをする犯罪者にはちょくちょくお会いしている身だが、交通事故関連は意外にも出くわしていなかった。もしかするとあの運転手の男性が何らかの被害者で意識を失っているオチなら話は別だが、何はともあれ車を止めねばなるまい。良かったな運転手さん、出会い頭に衝突しかけたのが運動できる系の念能力者で。運動というか暗殺できる系念能力者というツッコミをしてはならない。

(よっこいせ)

 脳内の掛け声は間抜けに、実際は無言のまま俺は軽トラのボンネットに挑みかかった。本来は生身の人間が喧嘩を売れば秒で負けるところだが、そこはハンター世界基準でそこそこ鍛えた人間である。無防備に受けたのならまだしも、しっかり両手で受け止めたので痛くも痒くもない。しかし、スニーカーとアスファルトが激しく擦れた。

 いくら俺が非能力者と比べて頑丈で豪腕とはいえ、体重ばかりはどうしようもない。靴底が激しい摩擦で悲鳴を上げ、勢いこそ弱まったものの数メートルは押し込まれる。腕力にものを言わせることはできなくもないが、無理矢理捻じ伏せようとすると、恐らく車体の前面が変形して運転手に危害が及ぶ可能性があるだろう。死にはしませんでしたが両足が潰れました、なんて笑えない。であれば、衝撃を俺の体で受け止めつつスピードを緩めていく必要がある。

「――≪殉教の楔(ゴーストハック)≫!」

 緊急用として靴底に仕込んでおいた超小型ナイフで念能力を発動し、敢えて浮かせた踵の下に窒素分子を超低速化して足場を作り、車止めならぬ人間止めになる。空中に足場を作って二段ジャンプする方法の応用である。大して頑丈な足場ではないので連続して生成する必要があるが、恐らくアクセルペダルに足が乗っていないのだろう、徐々に軽トラのスピードが落ちてきた。

 ……というタイミングで、通りすがりの男性二人に素手で車止めてるところ見られた時の正しい反応を述べよ(配点50)。ねーよそんなもん!!

 スーツを来た大柄な男性とやや細身の男性という組み合わせで、年齢は俺と似たり寄ったりだろうか。二人揃ってこちらを見て目を丸くしている。

「あ、当たり屋……?」

「道交法違反か……?」

(この絵面だと悪そうなの俺かー!!)

 とりあえず初見で俺がヤベー奴扱いされかけているのは分かった。インパクト的にそうなるのかもしれないが、俺じゃなくて運転席を見てくれ!

「えっとですね……運転手さんの意識がなさそうだったので止めとこうかと」

 言いながら止め方おかしいわと内心自分でツッコミを入れるが、大柄な男性の方はすぐに顔色を変えて運転席を見た。

「意識が? ――高木、救急車呼べ! 俺は車の中を見る!」

「は、はい!」

「よく分からんがアンタはそのまま車を止めといてくれ!」

「はい!」

 高木という青年につられて、俺も背筋を伸ばして返事をした。兄貴とお呼びしたくなるような貫禄と采配力である。上司になって欲し……いや今の俺の上司は公式チートだったわ。あと美人な奥さんと息子さん。思い返すととんでもねぇビジュアル強ご一家である。やっぱりいいわ間に合ってます。

「おい! 大丈夫か!?」

 大柄な男性は素早く運転席に駆け寄って声を掛けたが、運転手が微動だにしないのを確認すると、すぐにドアガラスを割って中に腕を突っ込んだ。いや判断と行動早くね? そのままロックを解除してドアを開けると、軽トラのブレーキを掛けてエンジンを切った。

 運転席から引きずり出された男性は、蒼白い顔色でぐったりとしている。しかし息はあるようだ。救急車も呼んでいるのだ、後はその到着と男性自身の生命力にかかっているだろう。……と軽トラの車体から手を離しつつ見守っていると、高木という男性の通話する声が耳に届いた。彼は自分の身分を名乗り、的確に状況を伝えている。

(ってアンタ警察かー!!)

 さすが米花町。その辺をうろつくだけでも警察官との遭遇率が高い。ここだけ配備率がおかしいのでは? というか高木刑事のことをどこかで聞いた覚えがあるような気がする。すぐには思い出せないが、そういう既視感があってなおかつ付き合いのない相手なら、何かしらの役割を背負った登場人物の一人である可能性がある。

(これ以上俺に出来ることもなさそうだし、さっさと逃げとこ)

 触らぬ神に祟りなし、触らぬ刑事に事件なし。あまり身元を探られたくないので、このまま善意の一般人ということで終わっておきたいところだ。そうです、俺は一般人です(自称)。

「助けていただいてありがとうございます。じゃあ、俺はこれで」

 俺は大柄な男性ではなく、通話を終えたばかりの高木刑事(言い換えると後輩っぽそうな方)にあえて声を掛け、しっかり呼び止められる前にその場を立ち去った。最後に見たポカンとした彼の顔は、何というか人の好さが滲み出ていた。





「……ってことがあったんだ」

「その場にいたのがルイで良かったな。オレだと止められないし」

 工藤邸に帰った俺はシャワーを済ませると、クオリティの高すぎるモーニングセットを作り出した諸伏に最大限の感謝を示しつつ、世間話の一つとして今朝の出来事を話した。居候を始めたばかりの頃は半信半疑の苦笑を浮かべていた彼も、今ではすんなり話を受け入れるようになったのは良いことなのか悪いことなのか。最近はぽやっとした反応をすることが多くなったので、元々素直で穏やかな性格なのだろうと新一と見解が一致している。作中屈指の悪役・黒尽くめの組織に幹部として潜入していたようなので、優しいだけではなく優秀なのだろうが。

 すると、最高にサクふわなトーストを齧っていた新一が「止め方雑だな」と俺にツッコミつつ目を細めた。

「高木刑事ってもしかすると俺が知ってる人かも」

「そうなのか?」

「捜査一課の目暮警部の部下だったら知ってる……つーか、聞いたことがある人」

(……ってあの高木刑事か!!)

 新一に言われた途端に思い出した。そういえばいたわ、そんな名前の若い刑事。捜査一課所属で原作にめちゃくちゃよく出てくる刑事だ。大柄な男性の方は一ミリも思い出せないが、高木刑事と一緒にいたのだから同僚の刑事とかだろう。あの時の高木刑事の動きが完全に後輩とか部下っぽかったし。

「へー。もしそうなら世間は狭いな」

「……一緒にいた大柄な男性の名前は聞かなかったのか?」

 諸伏が尋ねてきたが、俺は首を横に振った。

「いや。そもそも高木刑事の方も、たまたま名前を呼ぶのを聞いていただけだから」

「そうか……」

 諸伏は何でもない顔をしてサラダをフォークでつついているが、わざわざ聞いてくるくらいなので、もしかすると捜査一課に知人でもいるのかもしれない。聞いてない名前を答えることは出来ないが、特徴くらいは言えるだろう。俺は今朝の記憶を浚った。

「俺よりも多少は年上っぽく見えたかな。頼もしい感じでこう……兄貴って言いたくなる人だった」

 そう言うと、諸伏はきょとんと目を丸くしてから……思わずといった様子で吹き出した。ああ、この反応は知り合いなんだろうな。それも仲の良さそうな。

「ふ〜ん」

 香りの良いコーヒーを優雅に飲みながら諸伏を観察していた新一はニヤリとした。新一も俺と同じようなタイミングで諸伏を見つめていたので、彼に何かあるのは推測できていたのだろう。それを悟らせる辺り、諸伏も多少なりとも気が緩んでいるのかもしれない。俺も新一の前で特徴を言うのは軽率だったが、新一のことだから俺が何か言わなくても自分から嘴を突っ込んでいそうだ。

「捜査一課の刑事ならこれから世話になりそうだし、俺、今度挨拶してこようかなぁ」

「新一君、ちょっとそれは」

 突拍子もない新一の言葉に、諸伏が困ったような声を上げる。実際、困ったことだろう。だが本当に困るのは、新一に悪意がないことである。未だに諸伏の正体をきちんと教えられていないとはいえ、彼のことだから確度の高い推理を進めているはずだ。その上で諸伏の素性を探るついでに、“訳あって身を隠しているお兄さんが知り合いに連絡を取るのを手伝ってあげよう”などと思っているだろう。しかしながら地獄への道は善意で舗装されているとも言うわけで、下手を打てば悲惨なことにもなりかねない。新一の場合は本人の頭の良さと巡り会わせの良さでどうにかなってはいるが、詰めの甘さが拭えないので野放しにはできない。

「そこまで分かってるなら、唯がGOサイン出すまで大人しくしてろ。何かあった時、傷付くのは新一だけじゃないぞ」

「……へーい」

 数年一緒に暮らして何となく分かってきたが、新一は「危ないことをするな」と言ってもそこまで意味がないが、「誰かが傷付くからやめろ」と言えば割とすんなり受け止める。根っこは思いやりのある優しい子だと言えるし、根っからのヒーロー体質であるとも言える。誰かを守るために自分の危険は多少なりとも度外視出来てしまうのは、さすがの主人公と言ったところだろうか。だからこそ俺も諸伏も新一に対して気を揉む羽目になるし、甘くもなってしまうのだろう。うーん、恐るべき人誑し探偵よ。

 俺に窘められて拗ねたような顔をした新一だったが、すぐに気を取り直して身を乗り出した。

「それでさ、高木刑事と一緒にいた人は唯さんの知り合い? ルイより年上なら先輩刑事とか?」

「……新一君、食事の時はきちんと座って食べようね」

 諸伏に注意されて大人しく椅子に座り直す新一の欠点は、この詮索好きの体質なんだろうな。間違いない。





+ + +





もちろん高木刑事と一緒にいたのは伊達刑事。ゾル兄さんの年上どころか年下なので、老け顔のせいで新一に景光さんの同期と推理されない悲しみ。



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