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結果的に人手が増えても得はしてない
萌え 2023/04/02 22:19


・ゾル兄さん結果論シリーズ
・成り行きで諸伏さんが助かる話





 ある日のこと。俺は久し振りに帰国して自宅のリビングで寛ぐ優作さんに、何の脈絡もなく告げられた。

「君をモデルに小説を書こうと思うんだ」

「アッハッハッハ御冗談を」

 ご冗談ではありませんでした(結論)。

 締め切りと担当さんに追われ過ぎてとち狂ったわけではなく、たまに俺の第二の故郷たるハンター世界の話を聞いていた優作さんは、異世界というネタを小説に使いたいとずっと考えていたらしい。“既存の異世界”なら、世界観から構想する必要などないし、知らない社会形態が取説(俺)付きで丸ごとドンとあるのなら、小説家なら飛びつきたいのかもしれない。……なんならハンター世界以外の異世界もご説明できますとか白状したらどうなるんだこの人。イギリス人魔法少年の経験とか、公爵子息と公爵令嬢抱えてゾンビを相手にした経験とか、ポケットサイズのモンスターのトレーナーした経験とか、枚挙にいとまがない。ネタに事欠かない人生には頭痛を禁じ得ないのだが、何がどうしてこうなった。

 曖昧な笑みを浮かべてお茶を濁そうとする俺を逃がすまいと、優作さんはキラキラした笑顔を俺に向けた。

「念能力だなんて面白いじゃないか! しかも君は理解が深く説明がとても分かりやすい。様々な念能力者を考えるのも楽しめそうだ」

 分かる。「俺が考えた最強の念能力」とか絶対に全国のキッズで流行っていたはず。とはいえ、今の俺は自分の発(必殺技)を考えるのを楽しむどころか、ものすごく神経を使ったけどな……。なにせ、自分の生存率と仕事の幅に直結するので。お陰様で≪殉教の楔(ゴーストハック)≫などという中二病な名前の発が誕生しました。ゼノじいちゃんだって≪龍頭戯画(ドラゴンヘッド)≫とかカッコ良くやってるので許して欲しい。あとウチのじいちゃんの活躍はヨークシン編とかキメラアント編を読んでくれ!(ダイマ)

 俺が念能力に対する理解が深いのは、単純に俺がかつて“一読者だった”からである。創造主たる富樫神から直々にコミックスで解説頂いているので、読者は大体分かっている。突き詰めると矛盾がとか何とか出てくるが、その辺りは考えてはいけない。ともかく俺はそのお陰で、ハンター世界では一流のプロハンターの一握りが知っているような念能力知識を生まれながらに持っているのである。世の中には、それを知らないまま念能力の運用に失敗して四肢欠損やらお亡くなりになる奴がゴロゴロいるのだから、とんでもなく幸運なことである。なお、そもそもハンター世界に放り込まれたこと自体がとんでもなく不運であるというツッコミをしてはいけない。泣くぞ。

「それに世界的に有名な暗殺一家というのも得難いものだ。きっと素敵なご家族なのだろうね」

「素敵……ですか?」

 まあ、アサシン教団(アサクリ)よりアサシン一家(ハンター)で良かったかもとは思っているが、外部から素敵なご家族と言われることはないので首を傾げる。

「君がご家族を愛しているのはよく伝わってくる。君自身の気質からも、ご家族の情の深さが伝わって来るよ」

 ――ゾルディックは暗殺業を営んでいる。そのため、依頼があれば誰であっても殺す。だからこそ、家族をとても大切にする。今の俺が帰る場所はあの家族の許なのだから、一般的に見て歪な家族でも俺にとってかけがえのない人たちだ。俺は間違いなくあの人たちが好きだし、家族も俺を受け入れてくれている。好きな人を褒められるというのは嬉しいものである。

 俺がテレテレしていると、微笑んでいた優作さんが不意に真顔になった。

「……ルイ君。君は甘い言葉で騙されないように注意しなさい」

「えっ」

 騙されやすそうというかチョロそうなのはむしろご子息の方では? だが優作さんの雰囲気が渋い顔をしたゼノじいちゃんとかシルバパパにそっくりだったため、俺は反論を諦めた。

 ともかく、優作さんからは「君の視点が見てみたい」とのことで、好き勝手に街を歩き回って俺の目線での写真を撮るようにとの命が下った。もちろん、写真は個人利用のみだが、プライバシーに抵触する様なものは避けてと注釈付きである。俺の仕事の話を聞いていると、ご丁寧に道を歩いて玄関からこんにちはする以外のルートも少なくないからだろう。

 そんなわけで俺は一人、夜の街をデジカメ片手にウロウロしているのであった。……プライバシーには気を遣うも、犯罪行為(不法侵入)については触れもしなかった辺りがお察しである。さすが、未来の原作時間でチートかましてた親父クオリティ。ハワ親(ハワイで親父に習った)の祖よ。よく知らないが、いずれ黒尽くめの組織のみならず警察相手にもアウトなことをやらかすのだろう。渡されたデジカメがフラッシュなしで撮影音もない設定の時点で理解は容易い。

 それ故に俺に要求されている内容も分かりやすいので、俺はゾルディック……というか、ハンター世界の鍛えた連中にありがちの身体能力を生かし、人目につかない範囲で自由に動き回った。建物同士の狭い隙間を撮影してそこを登ってみたり、街灯の上にお邪魔してみたり、廃ビルに変なルートから侵入してみたり。要は一般(犯罪)者的に「そうはならんやろ」という視点の写真を撮って回った。

 廃ビルの屋上で実家(山)より星の少ない夜空を見上げていた頃、階下から二種類の足音が近づいてくるのが聞こえた。廃墟は特有の退廃的な魅力があるとは思うが、そこに碌でもない連中が居つくと実体験で学んでからは、俺がそれなりに警戒して近付くようになった場所だ(仕事上の都合で目的地になることもあるので)。そのお陰ですぐに気付けたと言える。廃墟マニアとそれ以外を見分けるのは容易い。階段を駆け上がる荒い息遣いからは、切羽詰まった色を感じられた。自分の“中身”を売っても足りなくなった債務者が、債権者から逃げようとして失敗する時と似ている。捕まったらどうなるか? それはもちろん、余さず“パーツ分け”されて売られるだけだ。この世界は分からないが、あちらの世界では大抵のパーツに値段が付く。社会勉強の一環として、その工程を見せられたことがある。

(追われてる? カツアゲか通り魔か揉め事かそれとも)

 逃げている側がバラされる寸前とまではさすがに思わない。こちらはハンター世界に比べるのもおこがましいレベルの治安の良さだ。殺人に隠蔽トリックを使う率が異様に高いが、日常的に命のやり取りがされるほどでは……今のところはない。高校生探偵が台頭する時期には変わっているかもしれないが、まだ先の話だ。足音の方向からは緊迫した気配であれど殺気は感じられず、しかし暴力の気配がするのは間違いないので、適当に様子を窺い、うっかり殺人事件になりそうになったら妨害しておけば心も痛まないだろうか。

 空気と同化するように気配を消し、しっかりオーラを抑えて“絶”までしたところで屋上の朽ちたドアが乱暴に開かれる。現れたのは黒髪の若い青年だ。俺よりは年下に見える。余程急いでいたのだろう、自身が飛び出してきたドアの方を振り向いた拍子に汗が飛び、――俺の鼻先を、懐かしい硝煙の臭いが掠めた。

 後は脊髄反射だった。俺は瞬時に彼の背後を取り、首を捉えて絞め落とす。酸欠気味の脳にそれはよく効いた筈だ。青年は訳も分からないうちに目の前が真っ暗になったことだろう。

 現代日本に限りなく近いこの世界で、硝煙の臭いをさせる男など碌な所属でない可能性の方が高い。銃を扱う公権力者でさえ、この国ではさほど発砲する機会に恵まれないのである。銃を扱う組織なんぞ、別に黒尽くめの組織に限らず山ほど存在するだろう。

 銃を持ち出される可能性が高い以上、殺人に発展するのは必定だ。ならば、目の前でドンパチされる前に片方を黙らせておけば、わざわざきな臭いやり取りの最中に割って入る危険を冒さずに済む。俺はとりあえず気絶させた男を肩に担ぎ上げた。薬物中毒者にありがちの匂いはしないが、この青年が善玉か悪玉かは分からない。追ってきているのは警察関係者かもしれないし、犯罪組織の人間かもしれない。前者なら適当なタイミングで近場に放り出しておけば良いし、後者なら……何も考えてなかったわ。

 俺は青年を担いだまま、屋上の縁を片手で掴んで身を踊らせた。別に飛び降り自殺したわけでも敷地外に離脱したわけでもなく、ビルの外壁にへばりついている錆びた配管に掴まって身を隠したのだ。留め具部分には片足を掛けられるので、なんならちょっと休憩も出来るオススメポイントである(ただし逸般人に限る)。老朽化しているので成人男性二人分の体重を任せるには少々不安が残るが、いざという時は俺の靴裏に仕込んだ超小型ナイフを起点に簡易的な足場を作ればい良いし、なんならビルの内部にお邪魔しても良い。あるいは一気に地面まで下りることもできるが、そちらはどんな手段を取っても多少の音がするので避けるべきだろう。

 何者かが屋上に足を踏み入れる音が聞こえた。位置関係の問題でその姿は見えない。俺の“発”を応用すれば、光の屈折を利用してこの位置から屋上の様子を覗き見ることも出来なくはない。だが別に仕事でもないのにそこまでする気がしないし、下手を打てば相手とこちらの目が合うというちょっとしたホラー案件になりかねないので、余計な手は使わずに耳を澄ませることとする。都合良く、更に何者かの足音が階段を駆け上る音が聞こえたのだし。鉢合わせした二人が何らかの会話をしてくれるだろう。

 大人しく待っていると、屋上で何者かが顔を合わせたようだ。早く会話してくれないだろうかと待っていると、恐らく後から追いついたであろう人物が口を開いた。

「ライ、スコッチは見付かりましたか」

(アムロ・レイだわ)

 脳裏に蘇る滅茶苦茶聞き覚えのある声に、コナン世界の主要メンバーの気配を感じ取った俺は顔を引き攣らせた。中の人的な意味で咄嗟に人名を挙げたが、実際は違う名前だろう。親父にも殴られたことがない声だけどガンダムがないから違う。残念ながらこの世界にお台場ガンダムなるものは存在しない。

「いや。逃げおおせたようだ」

(シャア・アズナブルだわ)

 またしても聞き覚えのあり過ぎる声に、思わず宇宙世紀を疑う。いや違うな、声は赤い彗星だけど専用ザクがないし。俺もモビルスーツと殴り合う気はないので、その方が助かる。

 二人の大御所(声的な意味で)に俺がこっそり震え上がっていると、アムロ(仮)の方がシャア(仮)を煽りにかかった。

「ホー。裏切り者を始末して点数稼ぎのつもりが、まんまと取り逃がすとは残念でしたね」

(うっわ。この兄ちゃん始末される人かよ) 

 警察官が裏切り者を始末とか言うわけないので、俺が担いでいる青年が後ろ暗い組織の所属であるのは確定。もういっそこの男は警察に保護という名の逮捕をしていただいた方が安全な気がするが、男を送り届けた善意の第三者:俺に詮索の手が及ぶのは避けたい。細かいことを考えず、交番の前に捨てていけばいいのだろうか。いや下手に捨てると、むしろ交番のお巡りさんが危ないのでは。いっそ梱包して警視庁前にでも置き配するのが良いだろうか。その辺のゴミ捨て場で段ボールでも探すか?

「点数稼ぎをしたいのはお前の方じゃないか、バーボン。俺のおこぼれにあずかる筈が、当てが外れたようだな」

「あなたでは碌に情報も抜けないでしょうから。気遣って差し上げたんですよ」

(なんだこの二人。仲わるぅ……)

 どちらかというと噛み付いているのはアムロ(仮)の方だが、シャア(仮)もしっかりやり返しているので、刺々しい空気が肌に痛い。お肌が荒れちゃう……他人より頑丈な皮膚だけど。

 二人がチクチクと言い争いをしながら調べ物をして帰って行った後、気配が完全に消えたのを確認した俺は屋上に戻った。改めて青年を調べてみると、身元が分かるものを一切持っていなかった。スマホを持っていたが、ロックが解除できないので中身を検められない。そして硝煙の臭いは微かにするが、肝心の銃を携帯していなかった。だが、知り合いのブラックリストハンターと同じような手をしているので、日常的に銃を扱う人間ではあるようだ。体格に至っては俺よりも恵まれているくらいで、しかも実用的な筋肉に覆われていたので荒事も出来るだろう。念能力者じゃなくて良かったなんて弱気なことを考えつつ、結局男の素性が“銃持ってそうな後ろ暗い奴でなんか殺されそう”程度にしか分からないままだと思い至る。

 俺は困った時の最終手段(スマホ)を懐から取り出し、耳に当てた。

「優作さん……どうすればいいですか」

 助けて、優作えもーん!(語呂が悪い)





 どうして工藤優作氏を公式チートとお呼びしているのかと言うと、彼の手に掛かれば大体のことが何とかなるからである。普通そうはならねーだろということもなるのである。

 優作さんから「じゃあ家に連れてきなさい」と言われた俺は、思わず聞き返してしまった。俺としては、後ろ暗い理由で殺されそうなやつを現代日本でイイ感じにリリースする方法を聞いたつもりが、まさかの回収指令である。行き先、米花町で本当に大丈夫? 霞ヶ関にしない? 何だか手の込んだ殺人事件(日常茶飯事)が起こりそうな気がしないでもない。

 結局工藤邸に連れ帰ったタイミングで青年が意識を取り戻したので、物凄く動揺している彼を応接間のソファに座らせて尋問と相成った。俺の立ち位置は青年の背後である。バックスタブ(背後からの一撃)は男のロマン、もとい暗殺者の領分である。一部のゲーマーは大好きだと思う。俺も好き。

 ところで俺に拉致された青年だが、どうやら警視庁公安部所属の潜入捜査官だったようだ。身元が知れたのは彼が話したから……ではなく、俺から得られた捕獲当時の状況や青年の仕草、発言を材料に優作さんが推理したからである。こっわ……敵に回さんとこ(俺の場合は回した時点で社会的に死ぬ)。もちろん、青年はあの手この手で反論していたが、反論する言葉すら材料に追い詰められていく様は可哀想でしかなかった。何が怖いって、優作さんがずっと笑顔なことだよ。恐らく本人は素というか、むしろ安心させるためにやっているのだろうが、追い詰められる側としては底が見えなくて怖い。最終的に真っ青になって黙り込んだ青年には同情するしかない。とりあえず命は助かったから良いことにしてくれ。

 始末されそうな奴改め諸伏景光は、これまた聞き覚えのあるいい声をしていた。緑の川が光ってる感じの。どうせ主要キャラなんだろうなと思うが、猫目のイケメンには見覚えがない。コナンの周りをウロウロしている面子に入っていないような気がするので、準レギュラーとかだろうか。名探偵コナンを読んだのは三十年近く前(転生前)になるので、記憶が遠くても仕方がない。うわ……年取ったな俺……。

「あの……まさか、最初からオレを助けるためにこんなことを?」

 諸伏が何やら気が付いたような顔をして俺を見上げたが、そこは申し訳ない。俺の行動に計画性など微塵もないのである。

「そこは偶然というか成り行きというか。たまたま硝煙の臭いがしたからうっかり絞め落としてしまって」

「うっかり……?」

 うっかりです(真顔)。業界(意味深)的には殺してないのでむしろセーフ。いやホント、俺が家業で足を突っ込まざるを得ない界隈なんて、たまたまそこにいたから殺したとか、虫の居所が悪かったから殺したとか、割と普通にある治安の悪さである。

 どことなくオオカミに追い詰められた子ウサギのような面持ちの諸伏に、有希子さんが笑顔で温かいマグカップを差し出した。ちなみに新一は寝ている。中学生は寝る時間です。

「はい、どうぞ。疲れている時は甘いものよね」

「あ、ありがとうございます……」

 戸惑いつつも丁寧に頭を下げて両手でマグカップを受け取る辺り、根っこは育ちが良さそうである。

 有希子さんが作ってくれるココアは美味い。何回か手伝ったことがあるのだが、単純作業ながら愛情と手間が掛かっているだけある。適当にインスタントのココアパウダーにミルクをぶち込んでレンチンする俺とは格が違う。有希子さんは俺にも用意してくれたので、遠慮なくいただいた。やはり美味しい。

 諸伏はマグカップを持ったまま困ったような顔をして固まっていたので、俺はその手からマグカップをひょいと取り上げ、代わりに自分が一口飲んだ方を持たせた。

「こっちどーぞ」

「……すみません。お気遣い、ありがとうございます」

 毒見が済んでるからどうぞの意を、さすがの立場というべきかすぐに察したようだ。まあ実際のところ、毒耐性のある俺が飲んだものを渡されたところで、何一つ安心できる要素はない。なにせこの俺、実家ではキルアに次いで毒耐性がある男だからな。そこだけはシルバパパよりすごいのだ。戦闘能力は下から数えた方が早いという体たらくだが。

 諸伏はひたすら恐縮した様子で、それにどこか怯えてもいた。殺されかけていたのだから当然と言えばそうなのだが、しきりに工藤邸から出たそうにしていた辺り、自分よりも周囲の人間に被害が降りかかることを恐れているようだった。この期に及んでその反応とは、つくづく善良な青年である。それが優作さんにも感じ取れたのだろう、優作さんは自身の顎を撫でながら口を開いた。

「君の身元が割れた理由が分からない以上、身内の捜査一課から公安部に連絡するより、ICPOを経由して警察庁の警備局に連絡した方が良さそうだな」

「は?」

(なんて?)

 諸伏が物凄い顔をしている。俺も多分同じ顔をしている。そりゃそうだ、ICPOといえば国際刑事警察機構(インターポール)、つまりはトップエリートの集団である。なんでそこを経由する伝手があるんだ優作さん。

「私は公安部や警察庁に伝手がないから回りくどいが、そこは我慢してくれ」

(そんなこと誰も気にしてない)

 俺の隣で諸伏が首を横に振った。振るしかないだろう。有希子さんはニコニコしている。うん、楽しそうで何より。

 優作さんは子ウサギから首振り人形と化した諸伏から俺に視線を移した。

「聞くまでもないと思うがルイ君。誰にも見られていないね?」

「はい。市街地の監視カメラにも映っていません」

「それは何より」

 諸伏が「えっ」と言いたげな顔で俺を振り仰ぐ。そもそもの外出理由があまり褒められたものではないので、最初からそういう風に動いていた。従って、今夜工藤邸に誰かが出入りしたことは露見しないだろう。優作さんは満足げに頷いた。

「さて、諸伏君。しばらく我が家で休んでいきなさい。恐らく、君にはいずれ死んでもらうことになるだろう」

 緊張した面持ちで生唾を飲み込む諸伏の一方で、有希子さんが目を輝かせながらも旦那にウットリしていた。悪だくみするあなたも素敵って? ご馳走様です。





 翌朝。新一が久し振りのジト目をして俺とエプロン姿の新入りを見ていた。

「家事手伝いが増えた……」

「緑川唯です。しばらくよろしくな」

 昨晩決めた諸伏の偽名を聞いた俺は、ヒイロ・ユイなんだろうなと勝手に納得した。そして後から冷静に思い出してみれば、屋上の二人は酒の名前で呼び合っていたので黒尽くめの組織の関係者だろうが、そんなことより野生の大御所声優に気を取られていたのである。黒尽くめの組織にスコッチなんて奴はいただろうかと思うも、そもそも細けぇことは覚えてないので考えるだけ無駄である。何にせよ、こちらには公式チート・優作氏がいるので大丈夫だろう(慢心)。

 ちなみに諸伏には俺の服を貸している。優作さんより俺の方が体格が近かったからである。諸伏の方が少々身長が高く、少々ガタイが良いのだが……俺の方が馬力出るから別にいいし!!

 新一は俺のせいで素性がよく分からん同居人という存在には慣れているだろうが、そのせいかでかい態度で初対面の諸伏を指さした。

「絶対後ろ暗い事情があるんだろ!」

「ええ……」

 さすが新ちゃん、名推理である。肯定も否定も出来ずに困り果てる諸伏の隣で、俺は新一を嗜めた。

「新一、初手で急所を突き刺すスタイルはやめなさい」

「ルイだって後ろ暗いじゃん」

「えっ」

 諸伏がこちらを振り向く。その驚きの表情は俺の立場故か、あるいはそれを新一が理解している故か。とりあえず俺はピースしておいた。

「バイトもしてない家事手伝いで現役中学生の将来の部下に内定してまーす」

 字面にするとホントひっでぇな俺。工藤親子の脛を齧り尽くしている。あと言ってないけど†異世界の暗殺者†でーす。うわ、俺の経歴痛すぎ……。

「ええ……」

 諸伏、さっきから「え」しか言ってないが大丈夫か? むしろ俺の将来が大丈夫かって? なぁに、天下の工藤家に養われてるんだから大丈夫なんだよ!!(自己暗示)

 新一はふんすと鼻息荒く腕組みをした。寝癖頭とパジャマでそんなことされても面白いだけなのだが。

「で、夜中に何やってたんだよ」

「採用面接」

「嘘つけ! 夜中にわざわざするかよ!」

「でも実際採用されてるし」

「なんでだよぉ……っ!」

 理由はパパに聞いておいてください。俺も優作さんの底なし沼な懐の深さがちょっとよく分からない。

 頭を抱える新一に同情したのか、諸伏はおろおろしながら新一に声を掛けた。

「その、新一君。オレ、時々顔が変わると思うけど気にしないでね」

「どうやったら気にしないで済むんだよ!? つーか何だその自己申告!」

 確かのその自己申告はどうかと思う。そのうち有希子さん監修で変装するだろうからその通りではあるのだが。諸伏は新一のツッコミを真に受けてしおしおと肩をすくめた。

「そ、そうだよな。ごめんね……」

「あら、新ちゃんたら。唯ちゃんのこといじめちゃ駄目よ」

 キッチンから有希子さんが顔を出して口を挟むと、新一はぶすっとしてそちらを睨んだ。有希子さんは真面目で善良で、しかも料理も手際良く手伝ってくれるイケメンの新入りがお気に召しているのだ。美しい人妻からのちゃん付けにアワアワしている諸伏は確かに可愛げが……あれ、俺の立場は? 車ごと持てる荷物持ちとかじゃダメですか? 家事手伝いの立場にちょっと危機感を覚えるぞ。

「優作が拾ってきなさいって言ったんだから、文句は優作に言いなさい」

「……オレって犬猫……?」

 遠い目になった諸伏の呟きが聞こえたのか、新一の眼差しがちょっとだけ優しくなったのは救いかもしれない。





+++





ヤバそうな人が目の前で倒れていたら、一旦懐に入れて逃げる辺りが兄さん共通の行動(参照:麻衣兄・ゾル兄)。

潜入捜査官拾ってくるのは、将来新一君もやる(赤井さん)ので親子そっくりである。

なお、ICPOにいる優作さんのお友達が銭形警部と知ったらゾル兄さん大興奮間違いなし。



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