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ティアとルク兄さんと護衛騎士
萌え 2023/02/12 20:14


・ティアとルークの疑似超振動に護衛騎士が巻き込まれたパターン
・ティア視点





 物語で読んだ王子様とお姫様を掛け合わせたらこんな風になるのかもしれない。メシュティアリカ・アウラ・フェンデ――ティア・グランツとして軍籍を持つ彼女が、彼に抱いた第一印象がそれだった。

 キムラスカ・ランバルディア王国の将来を担うサラブレッドである彼が美しいのは当然かもしれない。





 第七音素術士(セブンスフォニマー)としての才に長けたティアは、真夜中の草むらの中で最も早くに目覚めた。それはティアの生死の岐路であったのだが、目覚めたばかりの彼女は知る由もない。

 辺りを見回したティアはぎょっとした。草むらに一人の青年が倒れていたからだ。月明りを浴びた青年はあまりにも幻想的で、絵画の様に美しかった。

(きれい……)

 幼い頃から読書を嗜んでいた――両親がおらず、子どもも少ない町でティアの相手をするのは専ら本だった――ティアは、特に童話を好んでいた。日中でも薄暗いユリアシティではない別のどこか、空想上の華やかな世界に身を投じるのが好きな彼女は、物語の中の王子さまやお姫様に一種の憧れを持っている。そんな彼女が、浮世離れした青年の姿に目を奪われるのは必然だった。

(本物なのかしら……?)

 あまりにも非現実的な光景に、ティアは惚けた頭のまま青年に手を伸ばした。触れたら溶けて消えてしまうのではないか、と疑わしかったのだ。しかしその手が触れることはなかった。音律士(クルーナー)としての内勤が主であった彼女の、それでも軍人としての直感がそれを感じ取ったのだ。

 それとは、殺気だ。

 反射的に腕を引いた彼女の目の前を、一迅の銀光が過ぎ去る。ティアが腕を引かなければ、確実に前腕の半ばから切断されていただろう。驚愕と恐怖で右腕を抱えようとしたティアは、しかし傍らに転がっていた長杖(ロッド)を拾いつつ、直感のまま全力で後方へ飛び退く。その判断は正しく、肌が裂け血が噴き出すことはなかったが、代わりに靡いた朽葉色の髪が数本斬られていた。

 職業の性質上、見栄えを重視して高めに作られている白い踵(ヒール)が土を抉る。体勢を崩しながらもどうにか杖を構えたティアの視界に飛び込んできたのは、鞘に収まったままの長剣を振り抜いた姿勢の白い騎士だった。兜を被っていないため、黒髪赤目の若い男だと知れた。若いとはいえ、ティアよりは年嵩だろう。何故か彼の得物や軽鎧はあちこち歪み、本来の機能を阻害する形状になっている。それでも強引に剣を振り抜いたばかりか、鞘が付いたままでありながらティアの髪を切り裂いた技量と、鋭く射抜いてくる殺気の圧に、ティアは背筋が凍り付くのを感じた。あの武器なら腕が断たれることはなかったかもしれないが、骨は確実に折られていたはずだ。そして剣が歪んでいようが鞘に収まっていようが、人を撲殺するのに困ることはないだろうとも。

 すっかり夢から醒めたティアは、笑いそうになる膝を叱咤しながら青年騎士と対峙した。訳の分からないまま殺されたくはない。一方、赤毛の青年とティアの間に割り込んだ騎士は、殺意でぎらつく血色の双眸を細めて口を開く。

「――所属と目的を吐け」

 外敵に喰らい付く寸前の獣のような表情に反して、静かな声だった。次の一撃を想定していたティアは、予想外の問いかけに答えを見失った。

「……何?」

「貴様の所属と目的を吐け」

 騎士の歪んだ金属製の膝当てがギシリと軋む音を立てる。恐怖と緊張で氷のように冷たい指先で杖を握り直しながら、ティアは男に答えた。

「音律士のティアよ。少なくとも、あなたたちを害する目的はないわ」

 そもそも状況が理解できていないティアが答えられることは少ない。最低限の返答をした瞬間、ティアは目の前の男の体が膨れ上がるような錯覚を覚えた。無意識に一歩下がったティアは、長杖の石突を地面に突き刺してそれ以上の後退を堪えた。最早、目の前の男に覚えるのは恐怖しかなかった。まるで自分が断頭台の下で頭を垂れ、無防備に首を露にしているかのような。

(一体何なの、この男は!)

 軍人としての教練を受けていなければ、無様に泣き出していたかもしれない。むしろ泣いて許しを請いたい衝動に駆られる。しかし、なけなしの矜持がそれを踏み止まらせた。泣いたって、叫んだって、その場で立ち竦んでいては何も変わらない。守りたいものがあるなら、自分で守る力を持たなければならない。だからティアは軍人になったのだ。

 ――軍人になっても、守りたいものは手の平から零れ落ちていくけれど。

「貴様……」

 騎士は怒りと憎悪を無理やり押し殺したような声色で告げた。

「ルーク様の御身をかどわかしながら、そのつもりはないと嘯くのか」

「……え?」

 赤毛を持つキムラスカの若い青年貴族。瞼で隠されていた瞳の色は恐らく緑色だろう。ならばあの美しい青年の正体はただ一つしかない。ルーク・フォン・ファブレ。キムラスカ・ランバルディア王国における事実上の次期国王である貴人だ。道理で他とは一線を画した人物だと納得したティアは、次の瞬間には全身の血の気が引くのを感じた。

 事故である。それは間違いない。ティアとルークの間で起きた不測の疑似超振動は、割り込んできた騎士を巻き込んで一度肉体を分解し、首都バチカルではないどこかで再構築するに至った。それはティアの目的とは一切掠りもしない。しかし、対外的に見ればそれはティアがルークを誘拐したことに他ならない。兄を殺すつもりが、無関係の青年を巻き込んでしまった。確かに、わざわざ他国の公爵家でことを起こしたのは、妹に襲われる兄という不祥事をもみ消されないようにする意図もあった。仮に兄の殺害に失敗しても、公爵家で事を起こした責任として連座で首を落とす保険でもあった。それでもこれはあまりにも予想外である。

「ま――待って。違うの。そんなつもりは」

 焦りを深めるティアの言葉は上滑りしていく。自分の言葉がより一層青年騎士の怒りを煽っているのは分かるが、上手く言葉を紡げない。紡げたとしても、そもそもティアが兄を襲撃した根本的な理由は、外殻大地で生きる一般的な人々にとっては荒唐無稽な話だ。信じてもらえるはずがない。

 誰だって信じられないだろう。自分の足元には、瘴気が渦巻く奈落が広がっているのだなんて。





+ + +




ルク兄さんがティアから外殻大地の話を聞いたら「え〜マジかよ。それ世界が滅びそうになるいつもの奴(お約束)じゃん」と秒で信じてくれる話。テイルズだからしょうがないね。



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