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動機論的に期待しても会えないなら意味はない
萌え 2023/02/12 20:05


・ゾル兄さん結果論シリーズ
・萩原さん視点





 都内某所の早い・安い・美味いの三拍子が揃った牛丼チェーン店のカウンター席に、二人の警察官の姿があった。非番で私服姿のため身分が察せられることはないが、サングラス姿の幼馴染が見た目の柄の悪さで少々目を引きがちなのはよくあるので今更気にならない。しかし今回に限っては、萩原自身が彼に食って掛かっている姿の方が目立ったようだ。他の客から訝し気な目を向けられた萩原はへらっと笑って誤魔化すと、小声で松田に食い下がった。

「本当だって!“アレ”掴んで投げたし、ベランダから逃げたんだって!」

「おい萩、いつまで寝ぼけたこと言ってやがる」

 割り箸を割りながら熱弁する萩原に目もくれず、松田は牛丼に紅ショウガを乗せた。萩原とて荒唐無稽な話だという自覚はあるので、聞いてくれているだけマシなのかもしれない。松田の視線は完全に牛丼に固定されているが。

 マンションでの爆弾事件後、萩原は耐爆スーツを脱いでいたことをこっぴどく叱責されて減給を食らった。至極当然のことであるどころか生易しい扱いである。それは別に構わない。いつの間にか伸びていた鼻っ柱(あるいは慢心)を命ごとへし折られずに済んだのは、むしろ途方もなく幸運なことだ。しかしながら、上司による肝心の爆発物を放り投げた理由の追及にはほとほと参っていた。そう、当初は萩原自身がベランダから爆弾を投げ捨てたと勘違いされていたのだ。しかも運の悪いことに、マスコミの映像は撮影角度がよろしくなく、ベランダから上半身を出した謎の男の姿はちょっとした黒い影程度しか映っていなかった(しかも投げられた爆弾を追跡したため、すぐにフレームアウトしている)。いくら萩原が体力のある機動隊員とはいえ、爆弾を遥か上空にまで投げ捨てる膂力はない。萩原はそれを必死に訴え、更にベランダのガラス戸を強引に抉じ開けた痕跡を見せつけ、ようやく尋常ならざる何者かがいたのだと納得してもらえたのである。だがベランダから逃走したと伝えるとまた疑われ、と萩原は精神的に疲労困憊を極めていた。

「つーか、実際にいたとしてどうする気だ。ぶち込みてぇのか?」

 逮捕したいのかと婉曲的に尋ねてくる松田に、萩原は首を横に振った。爆弾犯か銃刀法違反者かとの疑いもなくはないが、前者であれば自分の作品を投げ捨てるとは思い難く、後者はだいぶ怪しいが実物を確かめられていない。それになにより、あの男は一貫して萩原に悪意を向けなかった。爆発寸前の爆弾が恐ろしければ、あの身体能力を生かして一人だけ逃げれば良かったのだ。だが彼はそうせず、わざわざ爆弾を掴んで遠くへ投げ捨てた。手にした瞬間に破裂していたかもしれないというのに。

「悪い奴じゃないと思うんだ。むしろ……正義感があると思う」

「お前とカバディした不審者がか?」

「カバディじゃなくて牽制! け・ん・せ・い!」

 確かに萩原と男で変な空気になったが、断じてカバディではない。今になって思い返すと、あの場で無理に男を取り押さえようとしても無駄に終わるどころか、下手すれば腕の一、二本くらい折られていたかもしれない。ベランダのガラス戸の鍵を破壊し、爆弾を遠投する腕力の前には、萩原の至って普通の骨などポッキー同然である。掴みかからなくて良かったし、襲い掛かられなくて良かった。

 それに。

「アレを上に投げただろ? それってさ、普通に投げたら下に集まってた連中に当たるかもしれないって気遣ったんじゃないか?」

「……かもな」

 ただ単に爆弾をベランダの外へ投げ捨てただけなら、マンションの傍にいた警察官や野次馬、マスコミが爆発に巻き込まれていた可能性が高い。しかしあの男は、咄嗟の判断でありながら投げにくい上空に向けて爆弾を投擲した。人間、いざという時こそ本性が出るものなので、彼の性根は善良なのだろう。

 松田がサングラス越しにじろりと萩原をねめつけた。不審げですらある。

「なんでそんなに会いたがるんだ」

「まだ礼を言ってなかったから、伝えておきたいんだよ。……ついでに、弁解で苦しんだ八つ当たりもしたい」

「そっちが本音か」

「ほんっとーに苦労したんだぞアレ……しまいにゃ俺、カウンセリング勧められたからな」

 何者かがいたという説得が叶うまで、上司の目が怒りから呆れ、憐れみに変化していた時期を思い出した萩原は思わず頭を抱えた。口頭報告だけでなく、公文書に化け物クラスの存在を書かねばならなかった萩原の苦労は是非本人に知って欲しい。





 日を改めた早朝。松田と勤務上がりの時間を合わせられた萩原は、退庁前に職場のパソコンを使ってとある動画を再生していた。それはマンション爆弾事件の報道映像である。

「これ見てくれよじんぺーちゃん! サイバー課に行った同期に頼み込んで、マスコミの報道を解析してもらったやつ」

「サイバー課に知り合いなんていたか?」

「陣平ちゃんだって会ったことあるだろ? 山野井だよ。“山”野井なのに合コンの持ちネタが海原雄山のモノマネっていう」

「もうちっとマシな例えねぇのか」

 やたらとしゃくれ顎が上手い同期を思い出したらしい松田は、半眼でディスプレイを覗き込んだ。映像はマンションの件の部屋を斜め下から捉えたものであり、現場が角部屋だったため辛うじてベランダが映されている。本来であれば向かいの建物の許可を取って正面から捉えたかっただろうが、爆発物ということもあり、マンションの周囲に避難命令が出ていたため立ち入りできなかったのだ。

 萩原は映像を一時停止し、松田にその場面を見せた。

「ここ、何かが映ってる」

 示したのは二つ。男が爆弾を遠投する直前でベランダから身を乗り出したシーンと、男がベランダから飛び降りたと思しきシーンだ。フードを目深に下ろしていたためどちらも顔が映っておらず、後者に至ってはただの黒い影にしか見えない。それらを見せた後、萩原はさらにもう一つ松田に見せた。飛び降りたシーンの数秒後である。一見すると何も映っていないように見えるが、件のベランダの数メートル下部分に黒い影が映っている。松田はわざわざ萩原に指示された時点でようやくその影に気付いたようだった。

「……早過ぎるから人間じゃなさそうって言われたけど、大きさは人間くらいだろうってさ」

「爆弾の破片じゃねえのか?」

「あんな大きな落下物は見つからなかったらしい」

 松田の疑問に答えると、萩原はニヤリとした。

「この位置に映り込んでいるってことは、真っ直ぐ下に降りたんじゃなくて何回か着地を繰り返して降りたってことだろ? それなら、複数個所にその痕跡が残ってるはずだぜ」

「……しょうがねぇな」

 萩原と松田に捜査権はないので、法に違反しない程度に現場を外から眺めるくらいしか出来ることがない。だが人の目が二つもあれば、何か手掛かりを見付けることが出来るかもしれない。松田を根負けさせた萩原は、朝食を奢る条件で彼を現場に連れ出すことに成功した。

 だが、予想に反して件のマンション周辺からは男がいたという痕跡が全く見つからなかった。当時は警察、野次馬、マスコミと大勢の人間がマンション周辺に集まっていたせいだろうか。大勢の誰かがいた痕跡はいくらでもあるが、その中から人一人を特定することは出来なかった。想定される男の着地地点からも、足跡一つ見つからなかったのである。萩原とて、完全に空振りだった個人的な捜索をずっと続けられるほど暇ではなく、松田を引っ張り続けるのも申し訳がない。男が爆弾犯とは思えないことを考慮に入れ、萩原は一旦捜索を諦めることにした。

 そうして概ね何事もなく四年が過ぎた。逃げおおせた爆弾犯からと思しきFAXが警視庁に届くようになってから三年。それに怒りを触発された松田が、捜査権を得るために特殊犯係への転属をしつこく希望し続けた結果、頭を冷やせとばかりに伊達もいる捜査一課へ異動して一週間程経った冬の日。再び事態が動いたのである。










「あ」

「あ」

 米花中央病院に時限爆弾らしきものが仕掛けられているという通報を受けた萩原は、幸か不幸かショッピングモールの観覧車に仕掛けられた爆弾に辿り着いた結果、捜査一課の刑事でありながら解体のためにゴンドラに乗り込もうとしているらしい松田とは全く離れた場所に駆けつけていた。観覧車と病院、どちらかがダミーかもしれないが、どちらも本物かもしれない。碌な装備もなく爆弾に挑むであろう松田に対して不安がなくもないが、萩原は彼の腕前を誰よりも信頼している。萩原も為すべき仕事を為そうと意気込んだ矢先に、米花中央病院の入口で懐かしい顔と出くわした。

 服装は変わっていたが、間違いなくあのマンションで出会った男がそこにいた。あれから四年経ったが、男の容姿は微塵も変わっていないように思える。以前は相手の方がやや年上かと思っていたが、改めて見るとほぼ同じ年齢だろう。日本人では見ない、不思議な氷の色をした双眸が印象的だった。

「お兄さん、四年前の……」

 思わず口を開きかけた萩原の目に、男の傍らにいる小さな何者かが映り込んだ。そこには、キラキラと光る幼く美しい一対の碧玉があった。宝石の持ち主である紅顔の美少年は、かの男と仲良さげに手を繋いでいる――

(なんで???)

 思考が停止しかけた萩原をどう思ったのか、男がにっこりと微笑んだ。人好きのする笑顔だ。ちゃんと笑うと彼はこんなにも愛想が良いらしい。そういえば四年前も、変な奴だとか不審だとは思ったが、不愛想だとか意地が悪そうだとは微塵も思わなかった。

「お仕事、頑張ってくださいね」

「え? あ、ハイ」 

 ほぼ脊髄反射で返事をした萩原の脇を、笑顔の男が少年を連れて通り過ぎていく。労わりの言葉に裏表はなさそうに聞こえたが、取りつく島もなさそうだった。何より、萩原は仕事中である。同僚に無言で背中を叩かれ、萩原はひとまず気を引き締め直した。





 都内某所の早い・安い・美味いの三拍子が揃った下町中華店のカウンター席に、二人の警察官の姿があった。非番で私服姿のため身分が察せられることはないが、サングラス姿の幼馴染が見た目の柄の悪さで少々目を引きがちなのはよくあるので今更気にならない。むしろカウンターに肘をつき、沈痛な面持ちの前で手を組む萩原の方が余程異様だろう。しかしそんな常連客の繊細なお気持ちなどどうでもよろしい店主は、大盛中華そばを二つ萩原と松田の前に豪快に置いた。ギリギリで汁が零れない絶妙な配膳である。店主の眼光に気圧されたわけではないが店の回転率に貢献すべく、萩原はのっそりと割り箸を手に取った。

「……多分俺らと同じくらいなのに子持ちだった」

「ガキくらいいてもおかしくないだろ」

 若干面倒臭そうな松田の返事は容赦がなかった。確かに、かの大女優・藤峰有希子も若干二十歳で息子を授かったと聞くので、自分たちと同じ年頃で子持ちなのもおかしな話ではない。子どもが幼稚園児とか小学生であれば。

「あれは中学生くらいだった」

「何歳の時にこさえた!? せめて年の離れた兄弟だろうが!」

 渾身のツッコミにより、松田の口からメンマが飛びそうになる。だがそんな松田の犠牲により、萩原はようやくあの男と少年が親子関係でなく兄弟関係である可能性に思い至った。人間の形をした変な生き物に奥さんと子どもがいるという想像ができなかった萩原は、少なくとも子持ちではないことに安堵した。あの美少年が父親譲りの怪力でフライパンを折りたたんだらだいぶ怖いし、萩原の世界観が変わる。……兄弟揃って鉄棒で三つ編みする可能性はあり得るのだろうか。あの男の遺伝子が固有のものであることを願う。

「で、人相は?」

「突然だったから、どっちも顔がいいくらいしか覚えてない」

「テメーの目は節穴か」

 男はともかく、少年の方は防寒着でぐるぐる巻きにされた上マスクまでつけていたので、目元くらいしか見えなかった。だがあの容姿の整い方は普通ではない。麗しの天才子役と言われたら信じるだろう。

「きっとお母さんすごい美人」

 思い出しながら呆ける萩原の与り知らぬことだが、確かに少年――工藤新一の母は一世を風靡した大女優であるため、間違いなく美人であった。下手をすれば、萩原世代も彼女の引退と電撃結婚で血涙を流したクチである。ある意味、気付かない方が幸せである。

「……そういえば、子どもの方はどこかで見たことがあるような」

「なら頑張って思い出せよ。ガキの住んでる辺りからヤツの居場所が絞れる」

 萩原は唸った。体調が悪そうなせいか儚げな美少年なんて、どこでお目にかかったのだろうか。少なくとも、萩原の記憶にありそうなのは近所の悪ガキレベルのやんちゃ具合で、あんな大人し気な少年なんて思い当たらない。

「うおおぉ……唸れ俺の灰色の脳細胞……!」

「萩が唸らせるのは車のエンジンだろ」

「そこはうちのラーメンに唸っとけや」

「大将のラーメンは日本一っす!」

 萩原は店主の茶々入れに対して元気に返事をした。唸っても記憶力が仕事をしないが、それはそれとしてラーメンは美味い。あと大盛の量が大変気前が良く素晴らしい。

 萩原のよいしょに気を良くした店主は「おごりだ」と言うと、色艶の素晴らしい煮卵を萩原の松田の間に置いた。ひとつ、置いた。

 ここに同期一ぽやぽやしている諸伏がいれば「半分こしようよ」とごもっともな解決方法を提示したのだろうが、残念ながらここにいるのは気心知れた幼馴染二人である。「おっちゃんの煮卵は俺のモンだ」とお互い譲らず、決着がつかなかったので結局煮卵を追加注文し、ついでに餃子も二皿注文した。つまりは店主の一人勝ちであった。

 なお、結局男の居所も少年の素性も分からなかったが、割と世の中は平和だった……米花町の基準で。





+ + +





結論:萩原さんと松田さんが平和に飯を食う話。

別に新一君は大人しくないというか、萩原さんの記憶は警察学校時代に新一君が公園の蛇口壊した時なので、雰囲気が悲しいほど一致しないだけ。



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