結果的に解決しても心臓に悪い
萌え 2023/01/16 00:29
・ゾル兄さん結果論シリーズ
・成り行きで松田さんが助かる話
ある冬の日の早朝。前日の夜中から発熱して涙目になっていた新一を、パジャマの上から厚手のカーディガンやらダウンジャケットでグルグル巻きにした俺は、まだ薄暗い中、米花中央病院の救急外来に連れて行っていた。結構な高熱だったため点滴送りになった新一が落ち着いた頃には、太陽はすっかり昇り、病院内は朝の活気で賑わっていた。
新一を病室に残して廊下に出た俺は、ロサンゼルスにいる有希子さんに電話を掛けて状況を報告した。一応、病院に行く前にも連絡は入れていたので、電話口の有希子さんの声は一度目の時より落ち着いている。
「どうやらインフルエンザだったようです」
『あらあら。それならしばらく学校はお休みね。ルイちゃん、あの子の体調が良くなるまでしっかり見張っておいてね。新ちゃんったらお休みの間、きっと本ばかり読んで大人しく寝ないはずよ』
「ああ……あり得ますね」
むしろそれ以外の未来が思い浮かばない。俺も俺で同じ状況なら漫画読むしアニメ見るしゲームすると思うので、他人のことは全く言えないが。
『そうだわ。新ちゃんが具合が悪い癖にコーヒーが飲みたいって言ったら、ホットレモネードを出してあげて。あの子、それなら文句も言わずに大人しく飲むのよ。蜂蜜の量は……』
さすが有希子さん。息子の細やかな好みをよく分かっている。俺が作っても全く同じ味にはならないだろうが、こうして教えてもらえれば多少なりとも新一好みの味にはなるだろう。俺はホットレモネードを筆頭に、具合が悪い時の新一専用レシピを色々と教わった。きっとこの知識は、いずれ蘭ちゃんが継承していくんだろうな。
学校への連絡は、有希子さんがやってくれることになった。ロサンゼルスから元人気女優の電話を受ける帝丹高校職員の心臓が止まらないことを願う。有希子さん、今でも物凄くお美しいし若々しいからな……。なお、俺の容姿も四年前とほぼ変わっていない。一定以上の実力を持つ念能力者は大体そんなものである。あまり詳しく言及すると、ハンター世界の合法ロリ(ロリBBA呼びは手の込んだ自殺)と名高いビスケちゃまにぶっ殺されるので避けるが、念能力とは生命エネルギーを操る術を指す。念能力を維持する修行をその他諸々含めて毎日欠かさず行なっていれば、生命力に満ち溢れ若々しいままでいられるというわけだ。ただし、全く年を取らないというわけではなく、加齢速度が著しく遅くなるということである。それから、元来の老け顔はどうしようもない(誰とは言わないが)。
昼前になるとぐっすり眠れて口だけは元気になった新一だったが、症状が落ち着いたとはいえ熱は下がり切っていないし、咳はしているし鼻水も垂らしている。俺は新一にマスクを付けさせ、防寒着で再度グルグル巻きにし直すと、ひと気のない場所のソファに座らせてから支払いに向かった。
支払いから戻ると、新一は自販機の前で床に這い蹲っていた。……いやいや何してんだこの子。周囲に人がいなくて良かっ……いやドン引きしたお顔のナースさんが遠巻きにいらっしゃる。うちの子が大変に申し訳ない。
「ルイ! ちょっと来てくれ!」
「はいはい」
自販機のジュースが飲みたくて小銭を探しているという訳ではないだろう。新一は育ちが良い子なので、そもそもそういう行動は選択肢に上がらない。だが好奇心と探求心が異様に旺盛なので、たまに訳の分からない行動を取る。歴代お手伝いさんが振り回されるわけである。ただし、誰かを傷つけるための行動ではないので、そこは俺も新一を信用していた。
「どうした?」
「自販機の下――爆弾がある」
「……ハァ!?」
信用していたが、爆弾の申告はやめてほしい。どうなってんだよ米花町!! 一般庶民が爆弾に遭遇する確率なんて人生に一度もないのが普通だろうが!! いや、この世界において爆発は五月の季語だっけ? 今は十一月なんですけど。
俺は床に膝をつくと、新一が指さした場所を覗き込んでみた。そこには赤く光るデジタル時計が置いてあり、淡々と一秒ずつカウントダウンしている。とはいえ、タイマーがゼロになるにはまだ二時間以上あった。確かに見た目は完全にアニメや漫画でよく見る時限爆弾だ。自販機の下にあったせいで、微かな機械音が自販機の稼働音に紛れて俺も気づけなかったらしい。守るべき子を爆弾に傍に座らせた俺のミスを嘆きたいところだが、今回は目敏い新一を爆弾の傍に置いたファインプレーと言えるだろう。今ならまだ、患者や病院スタッフが避難する時間があるのだ。
「でかした新一」
俺は新一の頭をわしゃっと撫でると、あからさまに困った顔をしているナースさんに声を掛けた。
「すみません、ちょっと良いですか?」
一瞬、あんまり良くない顔をしたので申し訳ないが、事は一刻を争う。俺は傍に寄って来たナースさんに小声で告げた。
「うちの子どもが、この自販機の下に時限爆弾のような不審物を見付けたようです」
「えっ!?」
慌てたナースさんも俺たちと同じように床に膝をつき、自販機の下にあるブツを確認すると真っ青になった。それでもパニックを起こさず、割と冷静に立ち上がったのはさすが米花の民というべきか。……いやヤバすぎだろ米花町。たまたまこのナースさんが冷静な人だっただけだと思いたい。
「多分タイムリミットは14時頃です。とりあえず今から俺が通報するので、その間に混乱が起こらないようにスタッフの皆さんに知らせていただけませんか。本物か偽物かも分からないので、ひとまずこの棟からの避難が必要になると思います」
「ありがとうございます!」
ナースさんは頷くと、小走りでナースステーションの方へ向かった。全力を出さないのは、患者の目を不必要に引いて不安がらせないためだろう。患者の動揺が酷いと、それだけ避難に遅れが出かねない。
俺は新一の隣でスマホを取り出し、110番通報した。
「米花中央病院で不審物を見付けました。病院スタッフには連絡済です。デジタル時計の表示が減っていくのが見えるので、時限爆弾みたいだと――」
しばらくすると、病院内の警備員がやって来てこちらに声を掛けてきた。彼も爆弾の話を聞きつけたらしい。俺は彼にも自販機の下を確認してもらい、警察への説明役を任せてその場から離れることにした。俺も子連れの一般人枠なので、完全に避難する立場である。爆弾の解体が気になるらしい新一の手を引き、遠慮なく帰宅させていただく。ほら、教師兼暗殺者兼家事手伝いに爆発物解体技能とかないし。
そうして俺と新一が病院のエントランスに差し掛かった時だった。やたら素早いご到着の警察官の一団とすれ違おうとした俺の目に、妙に見覚えのある顔が映った。ヘルメットをかぶっていても分かる、やたら整った垂れ目がちの男は――
「あ」
「あ」
やべ。うっかり素で反応してしまった。しかしそれは相手も同じだった。
「お兄さん、四年前の……」
いや四年前のこととか何で覚えてると言いたいが、俺のインパクト(爆弾投げ捨て+マンション上層階のベランダから逃走)が強すぎて忘れられなかったんだろうな分かる。俺も出会い頭の爆弾とイケメンと逮捕未遂のインパクトで忘れられなかったわ。え、ヤバくね?
(いや俺今武器持ってないし! く、靴底の超小型ナイフだけだし! あんなちっさいのノーカンだろ!)
俺は引き攣りそうな表情筋を総動員し、ニッコニコの笑顔を浮かべた。俺は善良な米花の民です!(ただし住民登録はない)
「お仕事、頑張ってくださいね」
「え? あ、ハイ」
善良極まりない米花の民の笑顔を受けてとりあえず頷いた、という感じのイケメンの横をそのまま通り過ぎ、俺は新一の手を引いたまま帰宅の途につく。お巡りさんはこれからお仕事だから大変ですね、本当に頑張ってください。失敗したら病院が一部消えます。
「なあ、ルイ。今の知り合いか?」
もちろん目敏い新一が黙っている筈もなく(むしろ先程口を挟まなかったのが奇跡)、早速探りを入れてきた彼に俺は苦笑いする。
「知らない人。向こうは知り合いになりたいようだけど」
「え、ナンパ? ……いや待てよ。さっきあの人“四年前”って言ってたな」
あの一瞬で本当によく聞いてるなこの子。誤魔化しが聞かなそうな気配に、俺は肩をすくめた。
「分かった分かった。家に帰ったら説明するよ」
「絶対だぞ」
新一はじろっと俺を見上げ――そしてようやくハッとして俺と繋いでいた手を離した。反抗するのがだいぶ遅かったので、やっぱり調子が悪いらしい。
+ + +
萩原さんはギリギリ12時前に米花中央病院の爆弾を解体できたので、松田さんは観覧車から元気に生還しました。
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